【81.例えば友人と近況報告】

 僕がタカハシさんとの遭遇を果たしてから一週間が経過した。
 あれ以来、タカハシさんについての情報の更新はない。向こうから会いに来ることはなかったし、こちらから接触を試みようとしても、どうにも避けられているみたいで、姿を視界に入れるぐらいしかできないのだ。
 タカハシさんの近況が解らないが、そのタカハシさんに無視され続けてきて、一時期僕に泣きついてくるほどブルーになっていた友人が、なんだか最近は生き生きとしている。
 なぜかとたずねたら、満面の笑みを浮かべてこう答えた。
「最近タカハシさんが俺を無視するのを止めてくれたんだ」
 僕は驚きを隠せない。遭遇以来、タカハシさんに何か変化があったのだろうか。
「それはよかった。挨拶返してくれるようになったとか?」
「いや」と友人は首を振った。「それはまだなんだけどよ。挨拶するとこっちを見てくれるようにはなったんだ。初めて会った時のような、少し恥ずかしそうにしながら、ゴミを見るかのように蔑んだ視線を向けてくれるんだ! ほんと嬉しくてさ、ガッツポーズとっちまったよ」
 大丈夫。僕は人が出来ているのだ。僕は人のどんな性癖だって否定はしない。それがどれだけ周りからドン引きされることでも、僕にとっては大切な友人だ。友人が弩Mだからって付き合いを変えたりは、できるだけしない。
 僕は笑顔で、友人から半歩離れた。
「いやまて、その視線の質が嬉しいんじゃなくて、つまり、昔から好きの反対は無関心って言うだろ? だからせめてこっちに関心を持ってくれてる今が嬉しいって意味で、これから好意の視線に変わっていくのが楽しみなだけだからな!」
 一目ぼれしたシチュエーションがシチュエーションだけに、友人の言い訳がうそ臭い。
 それはともかく、タカハシさんに変化が見受けられたのはいい傾向だ。
「あいさつ返してくれるようになるといいね」
「おう」
 そうは言っても、まだまだ道のりは長そうで、友人の恋の前途は多難なのは間違いない。何か手助けできればと思いつつ、今の友人は楽しそうだからしばらくはこのままでもいいかと思ってしまうのだ。


【82.例えば僕とコンドウさんのお話】

 一年生一学期も終盤、夏休みまでカウントダウンが始まろうとしていた。クラスの皆も浮き足立っているのか、それともじめじめした暑さにうだっているのか、授業に身が入らずに上の空の生徒多くなってきている。
 休み時間になると、みな一斉に姿勢を崩し、周りの人間と雑談を始める。その教室の、僕から遠くの席に、友人のカタヤマとコンドウさんが仲良く話す姿があった。
 七月の頭に席替えがあったので、僕とコンドウさんの席はもう隣同士ではない。五月、六月と、二回の席替えでは近くの席だったので、コンドウさんとはよく会話をする友達になっていただけに、少し寂しい感じもある。
 ただ今回の席替えは、いつもと違うメンバーが周りの席になったおかげで、僕の情報収集は非常にスムーズに進行していた。これでこのクラスの九割の人間関係及び、人物情報が埋まったと見ていい。入学当初は人間同士の繋がりは薄かったが、今は濃くて太くて、綾取りの紐のようにラインが交差し合っている。このラインの移り変わりを見ているのがとても楽しい。
 ふと、もう一度友人とコンドウさんのほうを見た。何を話しているのか知らないが、友人の表情を見て、何となく解ることがあった。
 たぶん、友人はコンドウさんのことが好きなんじゃないだろうか。
 友人からまだ相談を受けてないから確証はないけれど、友人の会話する時の表情、仕草、テンポが、好きな人を相手に会話する時のそのものだ。これまで友人と付き合ってきて、何となくわかる。
 相談される前にコンドウさんのデータを集めておこうかと考えた。幸い、コンドウさんとは気軽に話せる仲だから、情報収集もそんなに難しくはないはずだ。
 友人はどんな理由でコンドウさんのことを好きになったんだろう。僕とコンドウさんが会話しているときに、友人も交ざってきたこともあったから、そこからだろうか。それとも僕の知らない何かがあったのだろうか。
 僕は二人から視線を引き剥がし、前を向く。コンドウさんの情報収集は後でいい。友人が相談してきてからでも遅くはない。今までも、そうだったではないか。
 僕は何か別のことに集中したくて、教科書を取りだし次の授業の予習を始めた。すでに予習したところを、むやみになぞる。


【83.例えば僕とコンドウさんのお話2】

 いつも一緒に昼食をとっていたカタヤマが、「ちょっと用事があるから」と今日はどこかに出かけていた。仕方がないので、カタヤマは放っておいて、クラスで仲良くなった人と一緒に弁当を食べる。
 実は今日だけでなく、最近友人はちょくちょくと休み時間中に教室から出ている。毎回同じ方向へ歩いていくから、目的地は固定されているのだろうけど、理由や場所を聞いても教えてはくれない。
 調べようと思えば簡単にわかるんだろうけど、
「調べようとしたら絶交だからな!」
 と、絶交なんて滅多に使われない言葉を使ってまで釘を刺されては、調べるわけにも行かない。情報を得る時に、人が嫌がるなら詮索はしてはならないのは鉄則だ。
「知ってるかハセガワ。カタヤマのやつ、なんか隣の隣、一組のクラスの女子に会いに行ってるんだってよ」
 昼食を共にしていたクラスメイトが言った。
 まあ、このような不可抗力の情報入手は仕方がない。だいたいカタヤマの行動は不自然で、彼の頻繁な外出を疑問に思っている人もいるだろうから、僕以外の誰かが情報を入手することはおかしくないのだ。
 しかし、一組の女子とは誰だろう。そして何をしに行っているのだろう。その女子に惚れて、遊びに行こう、ご飯を一緒に食べようとでも誘っているのだろうか。確か一組にはヤマさんがいるはずだから、そこからカタヤマの情報を得られればあっという間だ。ただし、情報を得られそうな人が解ったところで、カタヤマに調べるなと言われているから、結局聞き出したりはしないけれど。
 ちらりと、コンドウさんのほうを見た。友人はコンドウさんが好きだったのではないだろうか。それとも僕の思い違いだったのだろうか。
 僕の思案をよそに、友人は昼休みの終わりごろ颯爽と帰って来て、僕たちの輪に加わりさっそく談笑を始めた。聞きたいことはあるけれど、僕は何も言わず友人と一緒に笑う。


【84.例えば僕とコンドウさんのお話3】

 友人は結局、昼休みを三日連続教室外で過ごした。毎度目的は同じだと思うのだけど、それを詮索するすべを持たず、僕はやきもきしながら三日間を過ごしていた。周りで起こっている不思議なことを、自分が納得できる情報にできないのは非常に落ち着かない。
 その三連続最終日の放課後に、友人が僕に話しかけてきた。
「なあハセガワ、八月が始まってからすぐにある土曜日暇か?」
「うーん、まあ暇かな」
「じゃあさ、一緒にその日の花火大会行こうぜ」
 友人が言う花火大会とは、この高校の最寄駅から三十分ほどの場所の海沿いで行われる、この地域最大の花火大会だ。打ち上げられる花火の数は八千発とそれなりの規模を誇る花火大会で、訪れる客の数は二十万人、その日の交通機関は激しい混雑が予想されることになる。
「別に行ってもいいけど、カタヤマは他に誘いたい女子とかいるんじゃないの?」
「そりゃーいたけど、しかたねーだろ。ここ数日頑張って誘ってみたんだけど結局断られてよ……」
 友人は、がっくり肩を落とした。
 いや、落としてみせた? 友人が肩を落とした際、ちらりとこちらを見て僕の反応をうかがったような気がしたのだが、穿ちすぎだろうか。
 友人の話が本当なら、出向いていたという一組に、誘いたかった女子がいるはずだ。だが友人は、コンドウさんが気になっているような素振りを見せていたではないか。しかし嘘をつく必要もないだろうし、嘘をついて僕と行く意味が解らない。
 頭が混乱してきて、自分の考えに自信がなくなってきた。
「ねえカタヤマ」
「なんだ」
「その、一緒に行きたかった女子って誰?」
「それはだな、一組の女子なんだけどよ。えーまあ、結局断られたんだから気にするなって。ほら、男二人で行くと決まったんだから、待ち合わせ場所とか決めようぜ!」
 この半年、色恋沙汰に関する女子の名前を伏せることはなかった。それより、その女子を誘いたかったのなら、まず僕に相談をしていたのが今までの友人だ。
 友人の行動がますます怪しいのだが、情報不足で混乱している僕には疑いきることができず、友人主導で花火大会の日の予定が決まっていく。


【85.例えば僕とコンドウさんのお話4】

 高校生活が始まって初めての終業式が終わり、夏休みに突入した。
 約四十日の長い休みをずっと遊んでいられれば最高なのだが、たるんだ生徒に鞭を打つ夏休みの宿題や夏期講習などは、世の学生の大ブーイングを買いながらもどの学校でも行われているはずだ。
 僕は夏休みの宿題は七月中にやってしまうタイプなので、三日間の夏期講習を挟んで順調に終わらせてしまった。カタヤマは夏休み終わりに慌ててやるタイプ、モチダは毎日定量をこなしていくタイプだそうだ。
 カタヤマなんて「後で手伝ってくれ! 飯おごるから!」と、夏休み始まる前から僕やモチダに頼み込んでいるくらいの用意周到さというか、横着ぶりを発揮していた。それじゃ成績上がらないよと忠告しても友人が聞くわけないし、何だかんだで僕たちも手伝ってしまうだろうしで、夏休み後半の予定はほぼ決定している。
 ヤマさんは確か、七月に終わらせようと頑張るんだけど、結局だらだらしちゃって半分以上を終盤に残してしまうタイプと言っていた。文句を言いながらも手伝ってくれる人が身近にいるので、つい怠けちゃうのだそうだ。
 ではコンドウさんはどんなタイプだろうか。直接聞いたわけではないので予想になってしまうが、毎日こつこつやりながらも、課題をこなすペースが遅いせいで終盤になってしまうタイプとかはどうだろうか。コンドウさんは真面目だから、終盤にまとめてやるというのはない気がする。
 他の人の夏休みの宿題タイプはともかく、僕は七月中に終わるように宿題をこなしながら、カタヤマ、モチダの所属するバレー部の練習を見学しに行ったり、試合を観戦したり、その帰りにカラオケやゲーセンに遊びに行ったり、充実した七月を過ごした。
 そして夏休みも、あっという間に八月に突入する。


【86.例えば僕とコンドウさんのお話5】

 八月初めの土曜日がやってきた。この日は友人と花火大会に行くと約束した日だ。
 集合場所は高校の最寄り駅。友人は五つ離れた駅から電車通いをしており、今回高校最寄り駅は花火大会に行くための通過駅になる。花火は七時から始まるのだが、遅く行き過ぎると電車が込むので、高校最寄り駅へ四時五分に到着の電車先頭で待ち合わせることになっている。
 約束の電車が来たので先頭車両に乗り込むと、すぐに友人を発見。軽い挨拶を交わす。
 四時と言っても花火大会へ向かう人は多いようで、座席はすでに空いておらず、先に乗っていた友人ですら立ち乗車だ。
「やっぱり花火大会は混みそうだね」と僕。
「そうだなー。でも人がひしめき合っててこその祭りだと俺は思ってるぜ。ただ人が多いとお互いはぐれちゃった時が怖いよなー」
「それは携帯があるからなんとかなるだろうけど、僕は帰りの電車が怖いよ」
「……それはあまり考えたくねーな」
 電車が花火大会開催地へ近付くにつれて、車両の中に人が増えていく。到着するころにはパンパンで、僕たちは這う這うの体で電車から降りることになった。
「四時ですら電車がこの人の数かよ。失敗したな。もっと早くするべきだったぜ」
 改札を出るなり友人が言った。
「まあこれくらいなら大丈夫だよ。帰りはサンドイッチ状態覚悟だけどね」
「いや、なんつーか、これから来る奴はそのサンドイッチ状態を味わうわけだろ?」
「それはそうだね。でも僕たちには関係がないと思うんだけど」
 友人がしまったという顔つきになり、慌てて「花火会場どっちだっけ」と話を変えようとした。
 この前からそうだけど、友人が不審な動きを見せすぎている。いくら詮索するなと言われていても、ここまで不自然だと勘繰りたくもなってくる。
「ところでカタヤマ。結局、一緒に行きたかった女子って誰だったの?」
「そ、それはいいじゃねーか!」
 単刀直入に訊ねたら、目線が遥か大西洋まで泳いで行ったほどの動揺をみせた。何かあることは解るのに、こうなる理由が解らないのは結構悔しい。
「それよりハセガワ! 俺が誘っといてあれだけど、お前は誰か一緒に行きたい女子とかいなかったのか?」
「いたらカタヤマと一緒に来てないよ」
 僕が肩をすくめて言うと、友人はつまらなそうな、残念そうな、何か物言いたさげな顔つきで「それもそうか」と呟いた。
 さっきから友人の表情の意図が読めないまま、僕たちは屋台が展開されている通りへ向かう。


【87.例えば僕とコンドウさんのお話6】

 海岸沿いの道には、花火大会に訪れた客をぼったくろうと屋台がひしめき合っている。いつも同じラインナップなのに、飽きることなく騒ぎ立てる人の波に沿って歩いていく。
 時刻は六時半。道行く人の数も膨大になり、人とぶつからず歩くのが困難になってきた。この全員の表情や会話が読み取れ聞き取れるのなら僕は楽しいのだけれど、この量では障害物にしかなっていない。
 電車を降りてから、友人はやはりちょっとおかしい。友人の性格ならすでに屋台の食べ物を二,三個買っていてもおかしくないと思うのだが、友人はソワソワしているだけで屋台に目が行っていない。すれ違う人の顔を見ていたり、突然後ろを向いたり挙動不審だ。
 しまいには、携帯の画面が僕に見えないよう、反対側の腰辺りに隠しながらメールを打っていた。友人の注意力が散漫としていて、前から来る人に何度もぶつかっては謝っている。
「カタヤマ」
「あ、おう、なんだ?」
 友人は慌てて携帯をしまった。
「どうしたの? 今日ずっと浮き足立ってるし」
「そんなことないってば。よし、たこ焼きでも買うか。お、あそこのたこ焼きうまそーだな」
 携帯をしまった後は友人が、いきなり平静さを取り戻していた。と言うより、何かをやり遂げて満足しているようにも思える。ますます謎が深まっていくのだが、とりあえずたこ焼きの屋台に向かった友人についていくことにする。
 しかし、人の波にとらわれて、なかなか友人のもとへ行くことができない。一度この流れから脱出しようと、人を押しのけて多少強引に横に逸れた。人の少ないところで一息つき、体制を整えて、友人の姿を確認しようとして――見知った顔が、人の波の中にいた。
「あら、ハセガワじゃない」
 白地に無作為に引かれた青いラインを取り持つように、赤い花が添えてある浴衣を着ているヤマさんと、
「ハセガワくんこんばんは」
 黒地に、天の川のように花を散らしている浴衣を着たコンドウさんだった。
 二人の浴衣姿が、雑然とした背景に映える。


【88.例えば僕とコンドウさんのお話7】

「あんたら男二人なんて寂しいわねー。と言ってもこっちも女二人なのよね。せっかくだから一緒に歩かない?」
 たこ焼きを買って戻ってきた友人と僕に、ヤマさんは言った。友人は「おう、もちろんいいぜ。ヤマモトに誘われなきゃこっちが誘うところだったしな!」と二つ返事で了承し、僕も断る理由が無いので四人で歩くことになった。
 コンドウさんと一緒に花火を見られるのだから、友人はさぞかし興奮しているだろうと思いきや、カタヤマはコンドウさんから一番離れた場所を歩き、僕を除いたらむしろヤマさんとばかり会話をしている。
 いつの間にカタヤマはヤマさんと親しくなったのだろうか。僕の知る限り、二人に接点はないだ。中学も違えばクラスも違う、部活や委員会でもなんの繋がりもないはずだけど、先ほど『ヤマモト』と気軽に呼んでいたので、どこかで知り合っていたことになる。もしかして夏休み前、友人は一組へヤマさんに会いに行っていたのだろうか。
 しかし、そうだったとしてもまだ謎は解けない。一緒に行くのを断られたと言っていたのに、ヤマさんは普通に僕たちを誘ったし、もしヤマさんにコンドウさんを連れてきてくれと頼んだのなら、もっと友人はコンドウさんに関わろうとするはず。
 僕には何か決定的な情報が足りないみたいだ。しかもそれが何なのか想像がつかない。
「ハセガワくん、どうしたの? 何か悩みこと?」
 コンドウさんが話しかけてきた。いつもは真っ直ぐに下ろしている髪を結い上げていて、別人にように見える。
「あ、いや、なんでもないよ」
 いつの間にか、僕とコンドウさんが前を歩くようになっていた。後ろではヤマさんとカタヤマが、どの食べ物が一番コストパフォーマンスが良いのかを議論している。お好み焼きやたこ焼きは小麦粉だから安いに違いないとか、チョコバナナは家でも数十円で作れそうだとか、あんず飴二百円は高すぎるだろうとかで盛り上がっていて、話に入りづらい空気になっていた。
「ところでさ、コンドウさんは僕たちと一緒に歩くことになってもよかったの? 嫌じゃなかった?」
 ヤマさんが僕たちを誘ったとき、コンドウさんは驚いたような顔をしたけれど何も言わなかったので、もしかしたら嫌だったのではないかと思ったのだ。
「い、嫌じゃないよ!」コンドウさんはふるふると首を振った。「それより、ハセガワくんこそ嫌じゃなかった?」
「僕も嫌じゃないよ。お祭りは大人数で騒いだほうが面白いと思うし、コンドウさんの浴衣姿も見れたしね」
「え、えっと、に、似合うかな? 今日無理矢理リサに着せられて、家のタンスから適当に出てきたのを着ただけなんだけど……」
「うん、可愛いし、似合ってるよ」
 ありがとうと、コンドウさんははにかみながら笑った。空が明けのように光をまとい、コンドウさんの笑顔を照らす。大気を震わす衝撃が胸を鼓動させ、僕は息を飲んだ。思わず、目線をそらした。
 観衆が天を見上げている。僕もコンドウさんもそれに倣い空を見る。開幕を告げる一発の後に、スターマインが空に彩りを連ねて行く。感嘆の溜息があちこちから聞こえる。
 もう七時になっていたのか。どこか定位置を見つけたほうがゆっくり鑑賞できるので、花火が始まる前に探そうと思っていたのだけれど。
「始まっちゃったね」とコンドウさん。「どこか座れるところ行く?」
「うん、そうしよう」僕は後ろを振り向き、「二人とも――」
 呼びかけようとして、僕は固まった。友人とヤマさんの姿が見えない。見知らぬ人の波が押し寄せてくるだけだ。数多いる人の中から、その二人の姿を見つけ出すことは果てしなく困難なことだと思わされた。
 コンドウさんがおずおずと僕を見て言う。
「もしかして……はぐれた?」
 僕はため息をついて、首肯する


【89.例えば僕とコンドウさんのお話8】

 僕たちは一度人ごみから離れ、携帯電話を取り出しカタヤマ、ヤマさんへと電話をかけてみた。しかし何度電話しても『電波の届かないところにいるか、電源が切られています』と返って来たので、僕たちは諦めて携帯電話をしまった。人が多いせいで回線がパンクでもしているのか、はたまた単純に二人が電波のないところにいるだけなのか。
「はぐれたらここで待ち合わせしようって場所、ヤマさんと決めてない?」
 訊ねると、コンドウさんは首を横に振った。
「心配だから決めておこうとも言ったんだけど、携帯あるからいいよって話になって……」
「だよね。僕も携帯があるから大丈夫って思ってた」
 携帯が便利すぎるゆえの思考の退化である。想定内のアクシデントがあってもつい油断してしまうのだ。
 さて、これからどうしよう。携帯が繋がらないことには合流は難しいし、向こうが通話できる状態になったら折り返し電話がかかってくると思うので、これ以上携帯を使う必要はない。確か大会運営本部には迷子アナウンスもあったはずだから、いっそそれで呼び出してもらおうか。
 冗談はさておき、僕はコンドウさんに提案した。
「カタヤマとヤマさんを探すついでに出店を見て歩かない? はぐれたといっても、僕たち高校生だから大きな問題あるわけじゃないし、せっかくのお祭りなんだから楽しまないともったいないし」
 こうして悩んでいる今も、空には花が咲いて散っていく。その一瞬の輝きを見るために来ているのに、ここでうだうだしていたら意味がないではないか。
「なによりさ、お腹すいたんだ。何だかんだで祭り来てから何にも食べてなくて」
 僕が苦笑いを浮かべつつ言ったら、コンドウさんは笑ってくれた。
「うん、私もお腹すいたし。そうだね、出店見て回ろう」
 コンドウさんの了承をもらい、僕たちは祭りの只中へと足を踏み入れる。


【90.例えば僕とコンドウさんのお話9】

 海岸沿いの道は二キロ。その道とそこから枝分かれした道を中心に出店があり、それだけ聞くとすべてを見て回るのは苦行のようにみえる。
「私ね、お祭りの出店っていっつも一緒なのは解ってるけど、見て回るの楽しいんだ。お金もったいないからたくさん買うわけでもないんだけど、どうしてだろうね?」
 僕もお祭りの時は、目的もなく練り歩いているだけで楽しい。祭りは人の心を躍らせる独特の雰囲気を持っているから、長距離歩くことが苦にならないのだ。
「もうちょっと人が少なければもっと楽しいのにね」
 とコンドウさんが笑いながら言った。僕もそう思う。
 歩きながら、僕はやきそば、からあげ(大)、イカ焼きを購入。コンドウさんはチキンケバブだけの購入となった。
「コンドウさんはそれだけでいいの?」
「あんまり買わないようにしてるんだ。それにこれ一つでけっこうお腹一杯になるから大丈夫。あとね、私にはメインディッシュがあるんだよ。何だと思う?」
 具を何度もこぼしそうにしながら食べていたチキンケバブがメインディッシュではないのか。
「たこ焼き?」
「はずれー」
「牛串とか」
「そういうのじゃお腹いっぱいで食べられないよ」
「ってことは、デザート系?」
「うん」
 大きくうなずいて、コンドウさんは、ある出店の前で立ち止まった。
「正解は今川焼きでした」
 一個百円の、大判焼きとも言われるオーソドックスな焼き菓子だ。カタヤマとかヤマさんが小麦粉使う奴はコストパフォーマンス低いみたいな話をしていたけれど、今川焼きのボリュームなら大抵の人が満足すると思う。この出店のメニューには、定番の黒あん白あんクリームなどの他に、チョコ、うぐいすなどもあった。
「そういえば、コンドウさんは餡子が好きだったんだよね。買うのはやっぱり黒あん?」
 好きな食べ物は和菓子で、何より餡子が大好き。お饅頭はもちろん好きで、お昼なんかには購買であんぱんを買ってくる率はほぼ百パーセントだったはず。
 コンドウさんは答えずに、眩い光をまとって打ちあがった花火に視線を巡らせて、それからじっと僕の目を見つめた。遅れて、音が大気を震わす。
「ハセガワくんって、いろんな人の趣味とか癖とか、なんでも知ってるんだね」
「なんでも知ってるってことはないけど……いろんな人のことをいろいろと知ることが、僕の趣味であり癖だから」
 コンドウさんは少しだけ寂しそうに目線を伏せ「……だよね」と呟いた。しかしすぐに笑顔になると「メインディッシュ買って来るね」と屋台へ向かう。
 よく解らないけれど、少しだけ、胸が痛い。


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HR(独り言ルーム)

81.例えば友人と近況報告
 友人がどんどんMッ気が強くなっていきますね。
 当初はこんな予定じゃなかったんですが、仕方がありませんね。どうしようもありません。
82.例えば僕とコンドウさんのお話
 僕とコンドウさんシリーズ。
 70話付近の話は「コンドウさんと僕」なので、どちらかと言うとコンドウさん寄りの話なのですが、ここからは僕寄りのお話。
83.例えば僕とコンドウさんのお話2
 席が離れ、何とも解りやすい嫉妬に陥る僕ですが、本人は気付いていません。
 このシリーズは本当にもどかしかった。
84.例えば僕とコンドウさんのお話3
 このシリーズの裏話は、ヤマさん視点で書く予定。
85.例えば僕とコンドウさんのお話4
 作者は、前半面倒臭そうなのを1〜2個処理し、簡単なのを夏休み終盤に終わらせるタイプでした。
 ヤマさんの夏休みの宿題を手伝ってくれる人はササキくんです。
 で、一応、僕はコンドウさんの宿題処理方法を的中させています。
 教えてもらっていないのに推測できるほど、コンドウさんと関わっていたということがここから解っていただければと。
86.例えば僕とコンドウさんのお話5
 「お前はコンドウと行きたかったりはしないのか?」とでも訊ねていても、ここではまだ肯定しなかったでしょうねぇ。
87.例えば僕とコンドウさんのお話6
 浴衣の描写無理w
 一応浴衣販売サイトを探して、二人に似合いそうな浴衣ピックアップしてちらりと模様を書いておきました。
88.例えば僕とコンドウさんのお話7
 僕は天然なので、さらりとストレートに浴衣を褒めてしまいます。
 それにしても、屋台での焼きソバが400円だった時代が懐かしい。それでもぼったくりですけどね。
 ところで、うなじっていいですよね。
89.例えば僕とコンドウさんのお話8
 まさに計画通り! と言うわけでもなかったのは、ヤマさん視点の裏話で書きます。
90.例えば僕とコンドウさんのお話9
 大判焼きは美味しいよね〜。
 ここは一応、中学時代コンドウさんがハセガワくんを好きになったお話に繋がっていきます。

 ちなみに、女性陣の身長ですが、ミサキ(153)<イデさん(157)<ヤマさん(161)<タカハシさん(167)になってます。
 ま、変更あるかもしれないけどね!
ちなみ胸 ミサキ>イデ>タカハシ>>ヤマモト
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