【11.例えば友人と僕のお話】
 友人の名前はカタヤママサキと言う。
 高校からの付き合いだが、友人はとても惚れっぽく、月に一度は女の子に告白をしていた。同じクラスの女子から他学年、他学校や社会人に中学生までなんとも節操のないくらい幅広いジャンルの女の子を好きになり、そしてふられていた。
 友人はよく「もてたい!」と狂ったように叫ぶのだが、その時僕はためらわずに友人のケツを蹴飛ばすことにしている。
「ハセガワ、いてーよ!」
「叫ぶなカタヤマ。近所迷惑」
「彼女持ちにはこの痛みはわからないんだよ。まったく、ちょっと童顔で美人で巨乳な上に性格もいい彼女なんて持ってるお前はは死ねばいいんだ」
「いや、ミサキはそんな巨乳じゃないよ」
「他のを否定しないところが余計にむかつく。だがいいんだ。俺はお前のミサキちゃん以上にびゅーてふぉーな女性を見つけたからな。また俺の恋路を手伝えよ、ハセガワ」
「はいはい」
 こんな馬鹿な会話ばかりしているが、カタヤマは僕の一番の友人だ。


【12.例えば友人とペン回し】

 友人はペン回しが滅茶苦茶上手い。
 僕は単に一回転させるくらいしかできないが、そんなものとは違い、もはや芸術の域に達しているほどのテクニックを誇る。
 時計回り反時計回りの回転を自由に操り、親指から小指まであっという間にペンは移動し、時には縦回転をも織り交ぜて、一瞬でも目を離せば左手にペンが移動していたりと、マジックでも見ているような感覚に陥る。
 超絶ペン回しを会得しているカタヤマだが、一つだけ残念な事がある。
「俺? 俺がペン回しなんてできるわけねーじゃん」
 カタヤマはペンを持つと、ぎこちなく指を動かし、あっという間にペンは落下した。
「ほら、無理無理」
 友人は笑った。僕は残念そうに溜息をついた。
 どういうわけか、友人は意識しているとペン回しができないのだ。
 友人の手の上でペンが舞うのはもっぱら授業中やテスト中。完璧に無意識の状態でしか友人はペン回しができない。それどころか、友人は自分がペン回しが上手いことを知らないと来たもんだ。
 何度か自覚させようとビデオにまで撮ったのに、合成だろと一蹴する始末である。技を教えてもらいたいのに、自覚がないならどうしようもない。
 授業中、友人のペン回しを見逃さないように注意を払うのは必要経費である。


【13.例えば友人と泡立ち麦茶】

 お茶のペットボトルを買ったとき、飲みかけで放置しておくと、誰かにシェイクされて絶妙な色をかもし出した状態の泡立ち茶になっていることは、人生で何度かは経験することだと思う。
 あれは高一の夏前、僕が麦茶のペットボトルを買って、半分残して机の上に置いたまま、トイレに行ってしまったときのことだった。
「お帰りハセガワ」
「トイレから帰ってきた程度でお帰りと言われても……って、おい」
 机の上のペットボトルの中には、見事なまでの泡立ち麦茶が完成していた。液体よりも泡の方が体積が多くなっている。
「おう、人生を棒に振る勢いで泡立ち麦茶にしておいたぜ」
「どんな勢いだよ。今まで人生を棒に振ったことないから解らないや」
「突っ込みどこはそこか!」
「別に僕は泡が立ってても気にならないしね」
 言動を一致させるため、僕はペットボトルを取り上げると、キャップを外して一口飲み込んだ。
「ほら……ってうえっ!」
 麦茶の清涼感を期待していた口の中に、苦くえぐい風味が広がっていく。
「……カタヤマ、これはなに?」
「いや、だから泡立ち麦茶」
「……なんだって聞いてるんだよ」
「嫌だなぁ。ハセガワも飲んだことぐらいあるだろ。泡立ち麦茶もといビールだよ、ビール。お前がトイレ行ってる短時間に中身取り替えるの大変だったんだからなっ!」
「………」
 その後、友人はたっぷり半日先生たちに怒られた。
 僕もついでに怒られたのは、本当に理不尽だと思う。


【14.例えば友人とバレーボール部】

 友人はバレーボール部に所属している。
 僕はバレーボール部に所属はしていないが、バレーボール部の部長とはよしみがあり、大会があるときはマネージャーとして関わっていたりもする。
 友人は運動神経もよく、選手としても部内で一位二位を争う実力を持ち、反射神経と打点の高いスパイクは賞賛に値する。
 選手としては優秀な友人だが、彼には欠点があった。
「あれ、カタヤマ今日も帰るの?」
「おう。授業に疲れたから帰るわ」
「バレーボール部そろそろ大会だったろ?」
「いいのいいの。初めにあたるところは弱小だから練習する必要なーし」
 このように、サボり癖が強いということだ。
 バレーボールの部長は「サボり癖さえなければ俺より格段に上手くなってるだろうに」と愚痴をこぼしたことがあるが、友人は取り合おうともしなかった。
「ハセガワ、帰り一緒にゲーセン行こうぜ」
「いや、僕はバレー部覗いてくよ。今日は大会に向けてミーティングを開くみたいだから」
「マジで? ……一人でゲーセン行ってもしゃーないしな。俺もミーティング出とくか」
 気まぐれな友人である。
「いい加減サボり癖直せよな」
「天変地異が起ころうと無理だね!」
 即答された。
 バレー部部長さんも大変な部員を持ってしまったなぁと、ちょっと同情するのである。


【15.例えば友人と購買部】

 高校一年生の冬、三時間目の授業が終わると友人が話しかけてきた。
「ようハセガワ!」
「どうしたの? なにやら嬉しそうだね」
「実は昨日バイト代がたんまり入ってさぁ。今月は頑張ったから十万近いかな」
 一応うちの高校はバイト禁止になっているが、友人は親戚が経営しているスーパーでバイトしていている。恐らく先生にはばれているだろうが、黙認状態だ。
「財布もかなり潤ってて、気分がいいんだ」
「それはよかった。そのついでに昼飯のパン奢ってくれない? 親が弁当作り忘れちゃって今日は購買部に買いに行かないといけないんだ」
 うちの高校の購買部のパンはとても安い上にとてつもなく美味い。そのパンを求めるのにたくさんの学生が殺到し、昼休みに入って五分経つ頃にはパンはなくなっているのだ。
 購買部ではパンを求めて激しい争奪戦が繰り広げられているそうだから、今日は気を引き締めてかかろうと思っていた。
「よーし、いいだろう、パンの一つや二つ奢ってやらぁ! ついでに買ってきてやるよ」
 予想外の答えに僕は驚いた。
「え、本当にいいの?」
「おう。今日は長年夢見た計画を実行する日だから、それくらいわけないね。四時間目の途中で脱出するから、もしもの時はよろしくな」
 長年夢見た計画が何のことか解らない僕は微妙な表情をしながら、とりあえずよろしくと友人に頼み、休み時間は終わった。
 四時間目が始まって、しばらくして友人は教室を抜け出した。化学の先生はいつも眠そうにしており、授業中によく自習時間を設けるので、その隙を見計らって脱出したわけだ。
 四時間目が終わる。今から昼休みとなるわけだがなかなか友人が帰ってこない。クラスメイトが昼食を貪り始めているころ、友人が姿を見せた。
 出て行ったときのテンションと正反対に、友人は肩を落とし悲壮に満ちた顔でとぼとぼと歩いている。
「どうしたの? なにやら悲しそうだね」
「……断られた」
「何を?」
「購買部のおばちゃんにさ『ここにあるパン全部くれ!』って言ったら、あっさり拒否されてさ。粘ったんだけどダメだったよ」
 そりゃダメに決まってるだろう。完璧に営利目的の店ならともかく、学内にある購買部じゃ無理に決まっている。そんな馬鹿なことをしようと意気込んでいたのか。僕は頭が痛くなった。
「まあ、それは置いといて、僕らの昼食用のパンは買ってきたの?」
「えーと」
 友人は目をそらした。僕は友人の両手を見た。パンなんて一つも握られていない。
「ショックで忘れちまった」友人はぼそりと呟いた。
 昼休みに突入してから十五分は経過している。どう考えても、購買部にパンなんて残っているわけはない。僕たちの昼食は、絶望的だった。
「……僕はミサキに弁当わけてもらって来るね」
「……俺は……どーしよ」
 結局、僕はミサキからおにぎりを一つもらい、友人は昼食抜きで午後を過ごすことになったのである。


【16.例えば友人と失恋の涙】

 友人はわりと良く泣く。
 情に厚いからと本人は言うが、どんな映画を見てもすぐに泣くし、辛い事があるとすぐ泣きそうになるし、男のクセに泣くなといわれるともっと泣く。ちょっと厄介。
 カタヤマはとても惚れっぽい。その性格が災いし、告白してもふられるし、運よく付き合えても三日でふられる。その度に彼は、静かな場所で静かに泣くのだ。
「……ふられちゃったぜ」
「そっか」
 日が落ちたあとの住宅街の公園はとても静かだ。周りから生活臭が漂ってくるのに、この場所だけ切り取られたかのような静寂。
 二人でブランコに腰掛ける。鉄のきしんだ音がした。
「今回はごめんね。彼女に好きな人がいること、調べられなかった」
「謝るなよ。ハセガワのせいじゃねーから」
 暗がりで友人の顔は見えないが、確かに泣いている。
 友人は呟いた。
「横で慰めてくれる奴が、女だったらよかったのに」
「横で慰めてくれる奴が女だったら、今泣いてないだろ」
「……それもそうか」
 車が一台、公園の前を通り過ぎた。赤い車だった。
 しばらくして、友人は少しだけ元気になった。
「俺に生涯付き合ってくれるような女性っているのかな?」
「いると思うよ。女性は星の数ほどいるんだし。まあ星は滅茶苦茶遠くにあるけどな」
「うわひでー。ハセガワそれはひでーよ。じゃああれだ。ミサキちゃんくれ」
「死ねばいいと思うよ」
 友人はまた泣いた。
 本当に、友人の隣にいてくれるやつが現れればいいのにと、僕は星空を見上げた。


【17.例えば僕と中学時代】

 中学の頃、僕の仕事は恋の仲介人だった。
 僕は人を見るのが好きでクラス内の人間関係をよく把握していたし、男女から話しかけやすい性格だったのか、ことあるごとに恋愛相談を受けていた。
 中学時代の後半になると、ハセガワに相談すると上手くいくという風説も飛び交ったため、相談事はほとんど僕に回されることとなる。その相談を聞いているうちに今まで知らなかった人間関係も解ってくるから、雪だるま式に情報は増えていったのだ。
 どんな交友グループがあるのか、誰が誰を好きで嫌いなのか、日ごとに変わる情報をほとんど把握していたのだから、我ながら良くやっていたと思う。
 人間関係のプロフェッショナルとなっていた僕も、唯一の弱点があった。それは、自分に向けられている好意がわからなかったということだ。
 同窓会で、当時同級生だった女子に「中学生の頃、ハセガワくんのこと好きだったんだよ」と笑いながら過去形で言われた。その同級生曰く、他にも僕を好きな人がけっこういたのだそうだ。
「でもやっぱり告白しづらくてさ。すぐ噂が広まっちゃいそうで」
 そんなこと言われても、僕からすればどうしようもない。
 こんな感じで中学時代、様々な色恋沙汰の中心にいた僕は、自分の青春には恵まれなかったのである。


【18.例えば僕と友人の出会い】

 高校に入ると知り合いも減り、僕の恋の仲介人として激務は終わるかと思われていた。同じ中学の人なんて、クラスにはミサキしかいなかったし、学年に五人いたかどうか。
 だが同じクラスにいたカタヤマが俺に話しかけてきたことで、中学時代と似たような役職につくハメになる。
 カタヤマはどこから話を聞いたのか、僕が中学時代に恋の仲介人の仕事をしていたことを知ったらしく、
「頼む、俺の恋路を手伝ってくれ!」
 と言うのが、僕の席に来たカタヤマの第一声だった。
 第一回目の仕事は、カタヤマが好きになった女子を呼び出すこと。こんなこと中学時代ではしょっちゅうだったので、任務はあっさりと完了した。
 で、友人はふられた。高校に入学してからわずか一週間で、高校での記念すべき第一回失恋を喫したわけだ。
 それからと言うもの、僕は恋の仲介人として仕事を全うすることとなる。ただし、仕事の大半が友人がらみで、その辺が中学の頃と大きく違う。そのせいで恋愛成就率は寂しいことになるのだが、それはもうあまり気にしないようにしている。


【19.例えば友人と恋のお話】

 それは高校二年生、秋のことだった。
 先日一年生女子にふられて、失恋街道の長距離記録を更新し続ける友人だが、その記録をさらに伸ばそうというのか、数日後新しい恋話を持ってきた。
「今回はマジだ。本気と書いてマジだぜ」
 過去十数回、いつも同じことを言っている。僕はそんな台詞より、友人の左ほほにある大きめの絆創膏の方が気になるのだけれど。
「今度はどこの誰?」
「いや、誰だかは知らないんだ」
「どういうこと?」
「実は、昨日の帰り道、ちょっと冷えてたから自販機でコーヒー買おうとしたんだよ。したら手が滑って小銭落としちゃってさ。その小銭がかなり転がったもんだから、身をかがめたまま追いかけてたらバランス崩しちまったんだ。そしたらさ、目の前に棒が現れて、とっさに掴んじまったんだが、それが実は、誰かは解らないんだけどうちの高校の女子の足でさ。思わず上を向いたら見えちゃったわけよ。パンツがさ! 真っ白な! リボンのついたやつだぜ!」
「カタヤマ、周りの視線が痛いから静かにね」
「お、わりぃわりぃ。ついテンションが上がっちまった」
 言いつつも悪びれた様子はない。
「まあ、その後だよ。その女子が思いっきり俺を蹴っ飛ばしたのよ。俺は見事に顔面から道路に倒れてさ。その結果がこの頬の傷」
「……で? 傷つけられて惚れちゃったの?」
「いや、そのコすっげー美人な上に、俺を蹴飛ばしたあとさ『消え失せろ下郎が』って言ったのよ。しかもちょっと顔を赤らめて、キツイ目線で俺を見たんだぜ! ここがポイントだ! 惚れるっきゃないだろ!?」 
 僕は友人から目を背け押し黙った。
 今のどこに惚れる要素があったのだろうか。美人なのはほれる要素だが、下着を見られたとはいえ事故なのに蹴られ、下郎なんて言葉で罵倒されておいて惚れるだろうか。
 友人がドMならありうるとの結論に達し、哀れみの目で友人を遠くに見る。だが僕はそんな性癖如きで人を差別するような人間ではない。偉いのだ。
「ハセガワ、今回も頼めるかな? いつもより難しいかもしれないけど……」
「解ったよカタヤマ。僕が候補を何人か絞ってくるよ。同じ高校ってことが解ってるんだし、時間はかからないと思うよ」
「サンキュ! いつも悪いな!」
 笑んだ友人を見ながら、今回もさっくり終わってしまう恋なのかなと、心の隅で思っていたりもした。


【20.例えば彼女と扇風機】

 僕の部屋のエアコンが壊れた夏の日に、彼女がうちに勉強をしに来た。今日は記録的な猛暑である。
「今日エアコン壊れてるんだ。せっかく来てもらったけど、ミサキの家か図書館行こうか?」
「えー、もう外歩きたくないからいいよー。冷たい麦茶頂戴」
 彼女を先に部屋に通し、僕は台所に向かい、氷をたっぷり入れたコップに麦茶を注いだ。僕が部屋に入ると、彼女はソファベッドに座りこみ、勝手に扇風機をつけて、風に向かって無気力そうに「あー」と声を出していた。
「あーつーいー」
「ほら麦茶。さっさと課題終わらせちゃおう」
 うだっているミサキを机の前に座らせて、僕たちはテキストを開いた。扇風機の首振りを解除しようと、ちっちゃいキノコみたいなボタンをカチッと押した。が、扇風機はただ強風を送り続けるだけで、首を横に振ろうとしない。
「動かないな。壊れちゃったか。このまま斜めでいい? そうすれば二人ともあたるし」
「アキヒトくんの方が近いんですけど。交換しなさい」
「いや、僕も近いほうが良い」
「レディーファーストにしないとはなにごとだー!」
「麦茶でも飲んで身体冷やしてればいいじゃないか」
 お互いに暑さからイライラしていて、ちょっとした口論になってしまった。
 数分後、セミの声が二人の声を奪い去り瞬く間に喧嘩は収束した。落ち着いた結論が、扇風機に一番近い席に二人とも座るというものだった。
「ねえミサキ、密着してて暑いんだけど」
「私もそう思う」
「今からでもどこか行く?」
「ここから動いたら負けのような気がするからいい」
「そうですか」
「ねえねえ、アイス食べたいよぉ。雪見だいふくがいいな」
「それは冬限定でしょ。アイスキャンディーはあるから、課題終わったら食べよう」
「……はーい」
 苦行の後のアイスは、それは天にも昇るような味をしていたのであった。


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HR(独り言ルーム)

11.例えば友人と僕のお話
 漢字は片山正樹。マサキとミサキってちょっと音かぶるなぁと思ったときには手遅れでした。
 どうとでも動かせるバカです。
12.例えば友人とペン回し
 作者はペン回しできません。だれかこつを教えてくらさい。
13.例えば友人と泡立ち麦茶
 こんなことやった人、いないですよね?
14.例えば友人とバレーボール部
 なぜバレーなんだ。あまり気にしない方向で。
 一応、「僕」も「彼女」も帰宅部です。
15.例えば友人と購買部
 この日カタヤマは十万円ちょっと持ってました。
16.例えば友人と失恋の涙
 僕と彼女が付き合う前、友人はミサキを好きになったこともあります。その話はのちのち。
17.例えば僕と中学時代
 僕と彼女の中学時代ものちのちですね。
18.例えば僕と友人の出会い
 ここは友人視点での話をのちのち。のちのちばっかw
19.例えば友人と恋のお話
 主軸その2。と言うより本題ですね。主要キャラ出したら話し進めます。
 友人ドM説勃発。
 ちなみに作者もMです。Tシャツのサイズが。
20.例えば彼女と扇風機
 いちゃいちゃ。暑いです。熱いです。こういう話書くの大好き。趣味です。
 この二人がカップルじゃなかったら至高なんですが。趣味です。
 雪見だいふくは冬限定じゃないらしいですが、作者の中でのイメージは冬限定なんで諦めて下さい。

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