【21.例えば僕と彼女の漫画】

 彼女は暇な時に漫画を描いている。
 漫画と言っても単なる鉛筆での落書きの殴り書きで、内容は、文房具たちが暴れまわるシュールレアリズム極まりないものだ。
 今日も彼女は紙に漫画を書いている。彼女は暇つぶしと言っているが、前のめりになって書いているあたり、なかなかの集中力だ。
「今回はどんな内容?」
 僕が訊くと、彼女は顔を上げた。
「えーっとね、分度器のぶんちゃんとコンパスのコンちゃんのどっちが綺麗な丸を書けるか喧嘩しちゃうの」
「さすがにコンパス有利じゃないの?」
「普通に考えたらコンちゃんが有利なんだけど、でも針が刺さるところがない場所だったから、綺麗な丸が書けないんだよ」
「針が刺さらないなら書けないね」
「そうそう。そうなったらぶんちゃんが有利なんだけど、でもぶんちゃんは線を書くものを持ってないから、丸を書けないの」
「ってことは引き分け?」
「ううん。ぶんちゃんが『俺の体に針を刺せ!』と漢気を見せて、コンちゃんはそれに応え、見事な丸を書くんだよ。こんな感じで二人が仲直りして終わりって言う美談」
「……美談なんだ」
 相変わらずシュールである。
 漫画を少し楽しみにしている僕がいることは、彼女には内緒なのだ。


【22.例えばバレー部部長と僕のお話】

 バレー部部長の名前はモチダユウキと言う。
 彼とは一年の頃からの付き合い。バレーボール部に入ったカタヤマから知り合い、僕もバレー部に関わるようになりよく話すようになった。
 モチダは二年の秋に部長を任され、よくサボるカタヤマをまとめつつ、次の大会に向けて練習を重ねている。
 モチダは頭も良く運動神経も良く、今では生徒会の副会長も務めていて人格者。容姿も良いときたもんだから、そりゃかなり女子にもてた。
 一年生の頃なんて、僕が恋の仲介人をやっているうえにモチダと知り合いだったもんだから、日ごと時間ごとに相談が来た日もあった。当の本人はしれっとしていたというか、堅物なので俗物的なものに興味がないというかで、苦労していたのは間にいた僕だけだったということになる。
 あまりにも相談が舞い込んできたので「ハセガワくん……最近やせた?」とミサキに心配されたことすらあった。
 なんだかんだで一年の冬にようやく彼にも彼女ができて、彼目当ての相談は激減したのである。
 カタヤマが裏切り者ーと叫んでいたが、元々張り合えるほどじゃないだろというツッコミは野暮なのでしないでおいた。


【23.例えばモチダとホワイトシャツ】

 傍から見ると完璧超人のモチダは、身近にいると決してそうではなかったりする。
 真面目に見えて面倒臭がり屋だし、几帳面のように見えてずぼらだし、周りから『働き者』のレッテルを貼られているだけで、決してそんなことはない。
 この性格が最も出ていると思われた出来事は、夏のある日のことだ。
 登校中、途中でモチダと会ったので一緒に学校に向かう事になったのだが、僕は彼の服装を見て言った。
「モチダ、ワイシャツボタン掛け違えてるよ?」
 モチダは、上から下まで見事にボタンを掛け違えていた。すがすがしいほどの掛け違えっぷりに、実はこの掛け違えはファッションで、注意したこちらが間違っているのではないかと錯覚してしまう。
「ああ、通りで着るときにボタンが一つ足りないと思った」
「そこは気付こうよ」
「ハセガワが気付いてくれたなら問題ない。ありがとうな」
 礼を言ったモチダは、何事もなかったかのようにあくびをしながら歩き出す。ワイシャツに手を伸ばそうとする気配がない。
「……って、だからボタンの掛け違えを直そうよ」
「別にこのままで生活に支障が出るわけじゃないからな。直すのは面倒だからこのままでいい」
 てっきり冗談だと思ってそれ以上何も言わなかったが、モチダは本当にそのままの格好で一日を過ごした。
 ここまでずぼらだと芸術の域だよなぁと思いつつ、今でもたまに掛け違えられているモチダのワイシャツのボタンを眺めているのである。


【24.例えばモチダと友人のお話】

 バレー部部長であるモチダにとって、カタヤマは友人であり、部活をサボる問題部員でもある。
 一年の頃は互いに平部員だったので気にしないでいたようだが、部長となってからはそうもいかず、サボったカタヤマを捕縛するために授業が終わったらすぐにクラスに直行するなどの手を講じているようだ。
 だが、その勝率は五分五分というところ。カタヤマが元から部活に参加する予定だった日も加えてその程度だから、モチダと言えど難題だったといえよう。
「ハセガワ、カタヤマを見なかったか?」
「いや、見てないけど。またあいつサボり?」
「そうなんだ。先週は丸まる休んだからな。今週はさすがにと思ったんだが……」
「モチダも苦労するな」
「まったくだ」
 モチダはやれやれと首を振った後、ふと僕の顔をじっと見た。何事だろうと思いきや、モチダは携帯を取り出し「試してみるか」と携帯を取り出した。
 モチダは電話をかける。ツーコールでカタヤマが電話に出た。
「カタヤマ。今日は部活に出てもらうぞ。今どこだ?」
『残念だったなモチダ! 俺が捕まるような情報を提供すると思うか!』
「そうかしかたない。実は目の前にハセガワがいるんだが、この前お前が話したこと、言っていいか?」
『は? なんのこと……は、ちょっそれは待て! 解った! 行くから! 全速力で!』
「いい心がけだ」
 一瞬でカタヤマが部活に参加することになった。一体何があったんだろう。
「よくわかんないけど、良かったね。何か秘密でも握ったの?」
「まあ、似たようなものだ」
「じゃあこれからはそれを使って毎日参加させられるね」
「いや」と、モチダは首を振った。「このネタは重要な時にしか使わない」
「どうして?」
「開き直られたら意味がないからな。そもそも、あいつ一人が恥かしいだけで、なんの得もない話題だからな。いや、これを話したらハセガワも恥かしいか? よき青春ってことだよ」
 含み笑いを浮かべたモチダに、謎はますます深まるのであった。


【25.例えばモチダと胡椒ラーメン】

 モチダは辛いものが好きで、僕たちが食べられないような辛いものも、顔色変えずに食べつくしてしまう。
 これは僕とモチダとカタヤマでラーメン店に行った時の話だ。
「俺チャーシュー!」
「俺は醤油に白髪ネギで頼む」
「じゃあ僕はしおバタコーンで」
 三者三様のラーメンを注文し、今日の授業の文句を述べながら待っていると、ほとんど三つ同時にラーメンがやってくる。
 モチダは早速机の脇にある胡椒を手に取ると、ラーメンにまぶし始める。火山灰が降り積もったかのようにみえるまでかけた彼は、満足そうに胡椒を置いた。
「ずいぶんかけるんだね」と僕。
「これぐらいかけないと美味くないんだ」
 するとここで何を思ったのか、カタヤマが胡椒を持ち、叫ぶ。
「俺はモチダを超える!」
 カタヤマは胡椒を逆さにし、勢いよくラーメンに胡椒を振りかけ始めた。次の瞬間、故障の蓋が外れ、中身が全部ラーメンに突入した。胡椒ラーメンの完成である。
「まいった。確かに超された」
「超えたね」
「いや、えっと、その、ここまでやる気は……」
 勢いだけで突っ走るのが大得意な友人がおろおろしている。当人にも不本意なアクシデントだったようだ。
 見かねたモチダが言った。
「交換してやろうか? チャーシューとネギだけ入れ替えて」
「え、いいのか?」
「一度それくらいかけてみたかったんだ」
 ラーメンを交換し、チャーシューとネギの移動を行った後、僕たちは何事もなかったかのように食事を始めた。
 ちなみに食事後の会話だが「……辛い」とはカタヤマの談。「さすがにちょっと辛かったな」とはモチダの談である。
 もちろん、何の変哲もないしおバタコーンはとても美味しかったのは言うまでもない。


【26.例えば部長と副生徒会長】

 モチダはバレー部部長と副生徒会長を兼任している。
 モチダとは一年からの付き合いだけど、二年一学期に、彼が副生徒会長に立候補したと聞いたときは耳を疑ったものだ。
 バレー部部長になる事はほぼ確定の流れだったが、彼の性格上、生徒会に立候補するなんて思いもしなかったのだ。
「僕はてっきり、モチダは立候補はしないものだと思ってたけど」
 彼が立候補したと聞いて、僕は思わずそんなことを言ってしまった。
「俺も立候補する気はなかった」
 彼はあくびをしながら眠そうに言う。
「できればバレー部の部長もやりたくなかった」
 聞いてのとおり、モチダ自身やる気など一欠けらもない。
 バレー部部長に関しては、モチダが一番技術がある、先輩たちからの信頼もある、何より他に適任者がいなかったなど、モチダがやるしかないと本人も自覚していたようだ。
「じゃあどうして副生徒会長に?」
「生徒会長は嫌だったからだな。正味な話、それだけだ」
「どういうこと?」
「どうもこうも。毎年生徒会への立候補が少ないのは当たり前だろ? 先生方としては、生徒会に適合しそうな人間を早めに確保しておきたいわけだ。で、白羽の矢が立ってしまったのが俺で、生徒会長として推されそうになったからな。一番楽そうな副生徒会長にしておいただけだ」
「なるほど……」
 本人にやる気がないのに周りから信頼されてしまうって言うのも大変そうだ。
「まあなによりも最大の要因は、現状を見てのとおり、俺が断り下手ってことだな」
 達観したように遠くを見て呟いた彼の言葉を聞き、僕はつい吹き出してしまった。
 笑う僕を見て、モチダも一緒に笑うのだった。


【27.例えばモチダと喜怒哀楽】

 モチダは表情や感情のバリエーションが少ない。
 感情の変化が激しいカタヤマが側にいるから余計にそう思うのだが、モチダは喜怒哀楽など、一方の感情へと針が振れたりしない。
 まず怒っても注意する程度だし、笑っても大声を出さないし、試合に勝っても喜びを露わにしない。
「モチダって泣いたことあるのかな?」
 カタヤマと二人で雑談中、ふと僕は言った。
「どーだかな。そもそもあいつ感情変化が少ないからなー。泣いても姿を人に見せなさそーだしな」
「だよね。せめて青ざめるほど驚くとか、声をあげて怖がるとかないかな」
「案外ホラー映画でも見せればびびったりしてな。しょんべんちびったりして」
「それはモチダのイメージが完全に崩壊するね……」
「よっしゃ、決めた! 絶対モチダを泣かす!」
 そんな趣旨の話題ではなかったはずなのだが、なぜか友人は燃えている。
「あいつを絶対ぎゃふんと言わせてやるぜ!」
「ぎゃふん」
 後ろから声がした。驚いて振り向くと、モチダの姿があった。カタヤマは一人だけ時を止められたみたいにフリーズした。
「言ったぞ。で、どんな会話をしていたんだ?」
 友人は気まずそうだが、僕は特にやましいことはないので答える。
「モチダって感情の起伏が少ないよねって話。なんでかカタヤマはモチダを泣かそうって話になったけど」
「感情を表に出すことで何か解決するならいつもそうするさ。そうでないなら極力控えておくべきだろう? と言ってみたが、お前らは勘違いしているようだが、俺はよく泣くぞ」
 モチダが言った。僕とカタヤマは驚いて彼を見た。
「何をそんなに驚いてるんだ。俺だって悲しむときは悲しむ」
 彼は少し、一瞬だけ自嘲したような笑みを浮かべた。
「泣いたところで、解決したことはないけどな」
 すぐにいつも通りの表情になったモチダは、突如にやりと笑う。
「ところで、なんなら豪快にでも笑って見せようか?」
 キャラが崩壊すると危惧した僕とカタヤマは、モチダを止めるのに精一杯だった。


【28.例えば僕と彼女の漫画2】

 彼女は暇な時に漫画を描いている。
 漫画と言っても単なる鉛筆での落書きの殴り書きで、内容は、文房具たちが暴れまわるシュールレアリズム極まりないものだ。
 今日も彼女は紙に漫画を書いている。僕も読書が一段落したので、彼女の漫画を覗き込んだ。
「今回はどんな内容?」
「んーとね、ホワイト戦隊イレイスマンの話」
「戦隊もの?」
「うん。消しゴム、修正液、修正テープの三人組なんだけど、彼らは書類の秩序を守る仕事なのね」
「間違いを修正するからってこと?」
「そうそう。でね、彼らのとっても偉大な仕事なんだけど、三人は自分達の仕事に疑問を覚え始めるの。俺たちは間違いを正すのが仕事だけれど、それはしょせん事後処理。俺たちはなんて無力なんだろうって」
「まあ確かにね」
「三人が悩んでいるときに敵の誤字ラが現れるの。自分たちを見失っている三人は誤字ラを倒せず苦戦するんだ。でもそこに鉛筆とボールペンたちが現れて言うの。『君たちがいるから俺たちはのびのびと間違いを犯せる。君たちがいてくれて、本当に助かっているんだ!』この言葉を聞いて、イレイス戦隊ホワイトマンたちは自信を取り戻して、誤字ラを倒すって言う話」
 相変わらずシュールである。
「ところで、イレイス戦隊ホワイトマンのほうがいいかな?」
 個人的には、そちらのほうが良いと思う。


【29.例えば彼女と灰の雪】

 それは一年の冬、一月の下旬、金曜日、彼女と付き合ってから二度目の雪。地域一帯に、しんしんと雪が降り注いだ。天気予報によると、明日の朝までに五から十センチは降り積もるらしい。すでに人の通らない地面には薄っすらと雪が積もっていた。
 学校の授業が終わり、僕は彼女と一緒に下校する。彼女はずっと僕の手を握ったまま、無言で歩いている。
 一ヶ月前に降った雪の時もそうだった。あの時はちらちらと降っただけだったけれど、彼女は僕の手を握り締めて押し黙ってしまったのだ。
 ただその時に一言だけ、彼女は雪が嫌いだと言った。理由は結局解らなかった。まだ、その理由を聞けるほど僕に勇気がなかった。
「アキヒトくん」
 交差点の赤信号に引っかかった時、口を鎖していた彼女が僕を呼んだ。
「何?」
「今日、お母さんが帰ってこないから、アキヒトくんの家でご飯食べていっていい?」
「別に大丈夫だと思うよ。ミサキだったらもうみんな歓迎だろうし」
「ありがとう」
 それだけで、また彼女が押し黙る。
 雪が強くなった。彼女は僕の腕に自分のそれを絡ませる。息が白い中、ミサキと触れている側だけが妙に暖かい。


【30.例えば僕と人探し】

 高校二年生秋、僕は友人のカタヤマが一目ぼれしたという女子を探していた。
 名前も学年もクラスもわからない女子だけど、同じ高校に通っているということは解っているから、他校生や社会人に比べたら労力は格段に少ない。
 身長は165cmくらい。髪は肩口まであり、全体的に細身で、それなりに美人。友人から得た容姿の情報を元に学内の女生徒を絞り込み、五枚ほどの写真を用意して友人に見せた。
「ハセガワ……手伝ってもらってる俺が言うのもあれなんだけどさ、こういう写真ってどこから入手してるんだ? 犯罪臭がぷんぷんするぜ」
「情報提供したり、恋愛成就させた貸しとかで、その被写体の友人とかからもらってるだけだよ」
「わーお、そんな当たり前って感じで言われても俺ついていけないわー。ハセガワの変態」
「写真見せないぞ」
「あ、ごめんってば!」
 俺から写真を奪ったカタヤマは、あっという間に一枚の写真を選び出した。
「このコだと思う。写真では眼鏡かけてるけど、多分このコ」
 僕はその写真の裏に書かれた名前を見る。
 友人が好きになった子の名前は、タカハシトモカ。僕たちと同じ二年生の女子である。


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HR(独り言ルーム)

21.例えば僕と彼女の漫画
 文房具の擬人化です。
 たとぼくではやりたいネタを好きなだけ書けちゃうから良。
22.例えばバレー部部長と僕のお話
 漢字表記は持田祐樹。
 モチダの彼女は後々登場。生徒会長も後々登場。
23.例えばモチダとホワイトシャツ
 真面目そうに見えてずぼらってのはツボです。
 でもボタンの掛け違えくらい直して欲しい。
24.例えばモチダと友人のお話
 バレー部つながり。
 秘密の話は後々。
25.例えばモチダと胡椒ラーメン
 適度にかければ美味しいですが、やっぱり掛けすぎは辛い。
 一度ネタで大量にかけたことがありましたが、辛すぎて水のみまくった。
26.例えば部長と副生徒会長
 真面目そうに見えて面倒臭がりってのはツ(ry
27.例えばモチダと喜怒哀楽
 主題その3。モチダと、モチダの彼女のお話。
28.例えば僕と彼女の漫画2
 思い立ったら文房具小説。絵は、文房具に待ち針のような手足がある感じです。
29.例えば彼女と灰の雪
 シリアス雪シリーズ。
 何回くらいになるかな? 最低でもあと四回くらい。
30.例えば僕と人探し
 人物写真とかを入手できるなんて、カタヤマの言うとおりハセガワは変態です。作者が認めます。
 タカハシさんはしばらく名前だけです。
 ちなみに漢字は高橋智香。

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