【1.例えば彼女と僕のお話】

 石が置いてあると、必ずつまづいて涙目になる。
 雨に濡れると、次の日は必ず風邪を引く。
 ミスをしても、間違ってないもんってムキになる。
 頭を撫でると、手を払おうとしながらも、嬉しそうな顔をする。
 
 彼女の名前はコンドウミサキという。
 彼女と出会ったのは高校の時。
 小学校は別の学校、中学校は同じだったけどいつもクラスが違った。高校生になって初めて彼女と同じクラスになり、同じ中学校だったよねと言う話題から仲が良くなった。
 後はこれと言って大きなイベントはなかったけれど、クラス内の活動で何かとグループを組むことが多くて、毎日会っているうちに会話をする回数が増えていき、気兼ねなく話せる相手になっていた。
 彼女のことを異性として気になり始めたある日、偶然時間帯が合って一緒に帰ることになった。
 今でもはっきりと覚えている。彼女は学校でもよく転んでいたけど、帰る間になんと五回も転んだのだ。三回は石に、二回は自分の足に引っかかって転んだ。三回は倒れるのを防いであげられたんだけど、二回は無理だった。なんでこんなに転ぶのかと呆れていたのだが、起き上がり涙目になっていた彼女を見て、心の底から可愛いと思ってしまい、つい「好きです」と告白してしまったのだ。
 OKを貰ったから良かったものの、このシチュエーションには今でも後悔している。


【2.例えば彼女と試験勉強】

 僕の彼女はそこまで頭が良くない。
 僕と彼女の家はそれなりに近いので、勉強を一緒にすることが多いのだが、質問してくるのはもっぱら彼女だ。
 ただ、彼女は少々意固地なところがあって、解らない問題があっても最低十分は悩み続ける。
 彼女の手が止まっているようなので「どこが解らないの?」と訊ねると、彼女は黙って僕を睨みつけてくる。まだ考え中だから静かにしてろと無言の抗議だ。
 とは言え、十分もその問題に費やしているのは効率が悪いから、僕は彼女が解いている問題を見て、独り言を模して彼女にヒントを与えることにした。
「そうか、この問9はこの公式を使えばいいのか」
 彼女がぴくんと反応し、僕のノートを盗み見てくる。ばればれだけど。
 そんな彼女の為にノートを見やすくしてあげて、その問題を丁寧に解いていく。いつもは省略しちゃうような計算式も書き込めば完成。しばらくして、彼女も解き終わった。
「どこか解らないところある?」
「この私に解らないところなんてあるわけないよ」
 自身満々に言い切った彼女だけど、次の問題を見た瞬間にまた固まった。
 あまりにも可愛かったので、頭をくしゃくしゃに撫でてやった。


【3.例えば彼女と猫屋敷】

「ミサキは僕と猫どっちが好き?」
 普通ならもう少し悩んでくれてもよさそうだけど、彼女はためらうことなく「猫」と即答する。それほどにまでに、彼女は猫が好きだ。
 彼女の親も猫が好きで、小さい頃から猫に囲まれて生きてきたのだと言う。何においても、基本的に彼女の行動は猫本位。猫のために生きていると言っても過言ではない。猫がベッドに寝ていれば床で眠るし、自分の夕飯より猫の餌を優先する。猫の幸せ我が幸せ、猫の粗相も我が身の幸せ、何があっても話が至福に通ず。そんな感じだ。
 家の中に入ると大量の猫が視界に入ってくる。生ものの猫だけじゃなく、絨毯にも猫の刺繍がしてあるし、時計も猫の形をしているし、カレンダーの写真は当然猫だし、携帯の待ち受け画像は僕と猫が一緒に映ってる写真だし(猫の方がたくさん写ってる)、猫柄の服をたくさん持ってるし、見渡す限り猫だらけ。
 彼女の家はそれなりに広いが、猫が跋扈しているせいで狭く感じる。現在十数匹もの猫を飼っているそうだが、人より猫が多いのは比率が間違っていると思う。
「別に増やそうと思ってないんだけど、どんどん増えてくんだよね。どうしてだろう?」
 そんなの知りませんと言うか、彼女は捨て猫を次々と持ち帰ってるんだから増えるのは当たり前だと思う。自覚がない辺り恐ろしい。
「生まれ変わるなら何になりたい?」
「猫になりたいな」当然と言わんばかりに、彼女は笑った。
「もし私が猫になったら、その時はきちんと飼ってよね」


【4.例えば彼女と手作り弁当】

 僕が学校に持ってくる弁当は母さんが作ってくれるものなので、冷凍食品のオンパレードながらも見栄えはよい。
 彼女は弁当と購買の割合は5:5だが、弁当の場合はやはり母さんが作ってくれているものだ。
「じゃあ、明日はお互いに自分で作ってきて、お弁当交換しようよ」
 何を血迷ったか、彼女は突然そんな提案をしてきて、僕が断る暇もなく決定してしまった。
 僕は家に帰ってから一生懸命料理の内容を考えた。そう言ってもレパートリーが貧困で、結局冷凍食品を漁ることにする。から揚げにフライドポテト、ミニハンバーグミニグラタンなんてのもあるし、後はサンドウィッチでも作ればお弁当としては及第点だろう。
 前日にレシピを決めて、次の日の朝五時に起きて弁当作り開始。冷凍食品は温めるだけなので、サンドウィッチを懸命につくる。一時間経って、ようやく弁当が完成した。ちょっと量が多くなってしまったが、彼女が食べきれないなら僕が食べればいいし、上出来である。それにしても、毎日こんなのを作っている母さんには平伏だ。
 そして僕は弁当を持って登校し、ついにお昼の時間になった。
 僕は彼女に弁当を公開する。へたっぴーな盛り付けだが、彼女は喜んでくれたようだ。次は彼女が弁当を公開する番。僕が促すと、彼女はふと僕から目をそらした。
「あ、あのね、作る気はあったんだよ、作る気満々だったんだよ? だけど前日どんな料理を作ろうか考えてたらつい夜更かししちゃって、朝起きられなくて、ね?」
 言い訳を始めた彼女から弁当箱を掻っ攫い開封する。するとそこにはタコさんウィンナー数匹と、敷き詰められた白米と、赤い梅干。
「タコさんは作れたんだけど、他のは作る時間がなくて……。ほ、本当だからね! 時間があれば作れるんだから!」
「解ったよ。今度ミサキの家に遊びに行ったときに作ってくれればいいよ」
 無難な提案だと思ったんだけど彼女の顔が強張ったので思わず吹き出しそうになった。何とかこらえると、彼女が作ってきてくれたタコさんを口へ運んだ。
 うん、おいしい。


【5.例えば彼女と和のお菓子】
 
 彼女は和菓子が好きだ。どれぐらい好きかと言うと、三日三晩和菓子だけで生きていけるほど好きらしい(彼女談)。
 彼女が和菓子好きの理由は、餡子が大好きだから。餡子をお皿に山盛りにして、スプーンですくって食べるのが至福なのだという。意識しなければ一キロぐらいあっという間に完食してしまうとの事。想像しただけで気分が悪い。
 今日も二人で和菓子屋へと買い物へ行く。彼女御用達のお店は安くて量が多くて、当然味も最高のお店。彼女は常連なので割引もしてくれる。全部で二千円くらいの和菓子を買うと、僕が商品を持って岐路につく。
「私が持つ」
「転んでつぶれたらどうするんだよ」
「そ、それはっ」
 大好きな和菓子を我が手で運びたいと言う気持ちと、もしものときに潰れてしまったらどうしようと言う葛藤が彼女を悩ませる。彼女も自分がよく転ぶことを理解しているらしい。
 彼女がどうしようか悩みながら歩いていると、期待通り、こけた。
「うう、持つのは諦める」
 彼女は涙目になり本気でへこんでいる。僕は空いている手を差し出した。
「ほら、僕の手を握ってれば、和菓子を持ってる気分にもなるし、転んだときの保険にもなるよ」
「なによそれ」
 彼女はかなり不満そうだったが、僕達は手をつないで帰り、小さな和菓子パーティを開くのだった。


【6.例えば彼女と引っ掛け問題】

 僕が彼女に勝てない事がある。
 冬のある日、彼女の家に遊びに行ったとき、側に手袋が置いてあるのを見て僕は問題を出した。
「てぶくろを逆さから読んでみて」
「なんで?」
「いいから」
 不思議そうにしながらも、彼女は腕を組んで考え始める。
「ろ……く……ろぶてく?」
「違う」
「ろてくぶ」
「はずれ」
「ろくてぶ」
「おしい」
「むー、わかんないよ。答え何?」
 たった四文字なのに彼女は問題を投げた。これでは問題の意味をなさない。
「ろくぶてだよ」と僕は答えた。
 てぶくろを逆さから読むとろくぶて。「六回ぶって」という意味になる引っ掛け問題だ。小学生の頃流行ったもので、ふと思い出したので問題を出してみた。彼女が「ろくぶて」と答えたら、ぶつ代わりに頭を六回撫でようかと思っていたのだけど。
 ……と、彼女がにやりとしているが目に入った。
「解った。アキヒトくん、どこを六回叩いて欲しい? やっぱり叩くといったらおしりかな?」
「……ミサキ様すいませんでした。薄皮饅頭一つで許してください」
 駆け引きでは、彼女に勝てない。

 
【7.例えば彼女とてるてる坊主】

 彼女は雨が大層嫌いなそうで、次の日が雨だと知るといつも不機嫌そうな顔をする。
 今日は休日。天気はあいにくの雨だ。彼女は僕の部屋にやってきて、両膝を抱えたまま窓の外をにらみつける。昨日から不機嫌顔だった彼女が、さらに渋面になっている。
 雨が嫌いな理由を尋ねたら、「私の前世は猫だから、雨が嫌いなのも当然なの」と電波な返事が返ってきた。
「夏はまだいいけどね。冬の雨は大嫌い」
「冷たいから?」
「うん。冷たいから」
 ふと彼女がティッシュボックスを見つけ、猫がじゃれるように無造作に何枚かを取り出すと、くしゃくしゃに丸めた。
「輪ゴムある?」
 残念ながら僕の部屋にはなかったので、裁縫セットの糸を渡してあげた。中学校の頃買って、結局使わなかった金色の糸だ。
 僕は彼女の横に座って、しばらくすると「できたー」と元気な声。
 彼女は颯爽と立ち上がると、完成したそれをカーテンレールに勝手に結びつけた。
「これで晴れるよね」と、彼女はとっても満足そうに笑んでいたので、
「ミサキが帰ったら逆さにしとくよ」とついつい意地悪なことを言ったら、彼女は僕を監視し始めた。
 僕はてるてる坊主に一切近づけなくなり、「逆さになんてしない」と言っても信じてもらえず、てるてる坊主死守の構え。結局、彼女が帰ったのは僕の家で夕飯を食べてからだった。
 軽口は叩くもんじゃないねと、カーテンレールにぶら下がっているてるてる坊主と一緒に苦笑した。


【8.例えば彼女とトマトケチャップ】

 彼女はケチャラーだ。
 マヨラーが「マヨネーズがないと生きていけない人種」ならケチャラーは「トマトケチャップがないと生きていけない人種」だ。
 目玉焼きにはケチャップ派、ケチャップがあればご飯三杯はいける、マイケチャップ常備、食卓の上には業務用ケチャップをいつも置いておく、肉魚野菜穀物どんな料理にでもケチャップをかける、こっちがちょっと引くぐらいのケチャラーである。
「さすがに和菓子とか甘いものにケチャップはないよ。羊羹とかプリンにはちょっと合わなかったかな。あ、ゼリーにケチャップはちょっと美味しかったけど」
 甘いものはそのまま食べたい派の僕には解らない世界である。
 トマトケチャップが大好きな彼女だが、嫌いな食べ物がまたおかしい。
「なんかね、感触がダメ。ぐにーって潰すのがどうしても耐えられない。元から潰してあればいいんだけど。味は好きだし」
「トマトケチャップが好きでトマトが嫌いとか、変わってるよな」
「嫌いなんだから仕方ないよ」
 彼女の味覚は、僕には理解できない。
「あ、でもね、トマトにトマトケチャップかけたら結構美味しかったんだよね」
 彼女の味覚は、本当に理解できない。


【9.例えば彼女とデートコース】

 僕達は週に一度、近くの公園でデートする。
 デートと言えば聞こえはいいが、二人で家にいても読書とかゲームぐらいしかやることがないし、毎週毎週遠出していたらお金もなくなるしで、いつしか公園でまったり過ごすようになっていた。
 公園といっても規模は大きく、広さは県内一を誇るのだそうだ。ただしその話は近隣住民が言っているだけなので、正直なところ眉唾物の謳い文句ではある。
 県内一の広さかはともかく、たくさんの人に愛され、休日にはたくさんの人が訪れる公園だ。
 今日は公園にある「さわやか遊覧コース」を歩くことにした。「さわやか遊覧コース」とはその名の通り、公園の爽やかなプレイスを巡るコースである。他にも「わくわく遊覧コース」「きらめき遊覧コース」も用意されている。
 彼女と二人で歩く時、彼女が一切転ばないように歩くには、それなりの熟達が必要になってくる。道の段差や障害物を見極めるのは当然のこと、彼女は舗装されている平らな道ですら転ぶので、とにかく彼女の体のバランスを把握しておかなければいけないのだ。
 神経をすり減らすような努力のかいあって、彼女は一度も転ぶことなく池までやってきた。池にはたくさんの鯉がいて、僕たちは百円で鯉のエサを買う。
「池に落ちないように気をつけてね」
「……気をつける」
 彼女は池にダイブの前科有。
 あの時は酷かった。彼女がバランスを崩して池に落ちそうだったので、僕は慌てて助けようとしたんだけれど、突飛な出来事だったので僕は足を踏み外し一緒に池に落ちてしまったのだ。しかもあの時は冬だったから、僕たちは身も凍る思いで帰宅したのである。死ぬかと思った。
「あと、お腹がすいても鯉のエサを食べないように」
「そんなことしないよ!」
 鯉に餌をやって、ベンチでしばらくぼうっとして、日が暮れてきたらデートは終わり。仲良く並んで家に帰るのだ。
「ミサキさ、毎回こんなデートでいいの?」
「全然問題ないよ。アキヒトくんといられるだけで楽しいしね」
 こんなデートで彼女は満足しちゃうのだから、安上がりだと思う。もちろん、僕も不満なんてないんだけど。


【10.例えば彼女と黒の雪】

 僕と彼女が付き合いだしたのは高校一年生の十月下旬ころ。
 雪が降ったのは、その丁度二ヵ月後のことだった。
 彼女は、空を見て呟いた。
「雪なんて嫌い」
 呟いた。
「大嫌い」
 彼女はぎゅっと、僕の手を握りしめた。
 僕は何も解らず、その時はただ、握り返すのが精一杯だった。


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HR(独り言ルーム)

1.例えば彼女と僕のお話
 僕と彼女の名前を考えるのは苦労したなぁ。名前で悩むのはいつも通りなんですが。
 主役ですからね。かっこよく呼びやすい名前にしないといけない。
 ちなみに、漢字表記は長谷川秋仁、近藤美咲です。
 この物語の名前がカタカナ表記なのは、気分です。
2.例えば彼女と試験勉強
 設定では、この高校入学するための得点が主要五教科で360〜400点。
 頭悪いとも良いとも言えないような高校です。
3.例えば彼女と猫屋敷
 ミサキが猫になったら、ことあるごとにアキヒトに引っ付いてるでしょうけどね。
4.例えば彼女と手作り弁当
 ミサキが弁当の日は月水。買う日は火木。金曜日は母さんの気分次第。
5.例えば彼女と和のお菓子
 和菓子と言うよりあんこ好きは結構多いはず。1キロは引くが。
6.例えば彼女と引っ掛け問題
 一応シリーズで考えてる話。彼女との駆け引きにことごとく負ける僕をご堪能あれ。
7.例えば彼女とてるてる坊主
 10話で書いていますが、雪が嫌いなので、雨、特に冷たい雨も(雪に変わるかもしれないから)嫌いです。
8.例えば彼女とトマトケチャップ
 ケチャラーなんて俺のまわりにはいねーよ。後にソースラーとマヨラーも登場予定。
9.例えば彼女とデートコース
 転倒はありませんでしたが、つまずいた回数は二桁です。
10.例えば彼女と黒の雪
 僕と彼女のお話の本題。超シリアスの多少R15予定。

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