〔21〕 St.Valentine.
2月13日。今日は休みだった。
いろいろと思い出してみると、なんだか騒がしかった。
クリーンバトルは他のクラスの優勝。そのクラスは盛大にパーティーを行ったらしく、瑠那はすねていた。瑠那らしいというかなんと言うか。
そして、江津のおかげで、休みの日に襲われる確率がぐんと減った。……半分だが。俺に彼女がいるということで、逆効果になった人もいた。『盗っちまえば問題ない!』と、絶叫しつつだ。
計画では完全に消滅する予定だったが、それは無理だったか……。改めて彼女たちは、ゴキブリ並の生命力を持っていることを恐る恐る認識してしまった。
余談だが、俺を襲えなくなった分、香甲斐が大変な目に会っているらしい。ま、他人事他人事。
2月頭に行われたクラス分けテスト。俺はもちろんB。瑠那はBのトップのほう。江津はAのトップのほうにいた。二人とも伸びている。なかなかできないことだ。
現実に戻り、時計を見る。
午後十時。二十四時間であらわすと二十二時。後二時間だ。後二時間で日付けが変わる。
―――逃げなければ。
脳みそだけでなく、体が危険信号を出していた。
チョコをもらうのはいいんだ。量が多すぎると言うだけで、たいした問題ではない。
うちのメイドたちは、ついでと言わんばかりに襲い掛かってくるのだ。過激だ、フーリガンなみだ。恐怖を覚えないものはいない。
それは、2月13日と2月14日の境目、午前0時にやってくる。身の毛がよだつ思いだ。その前に脱出しなければならない。だがドアからでは駄目だ。もう外では彼女たちがひしめき合っているだろう。
ともすれば窓からだ。だが、ここは二階だ。
名づけて、エスケープ大作戦。
ベタだが。
そこら辺は問題ではない。この日のために秘密裏に製作していた、ながーいロープ。とりあえず、夜は隼先宅で過ごす事にする。それは事前に打ち合わせしておいた。
部屋の中を見渡し、静まり返っている事を確認する。そして、電気を消した。静寂が支配する。
……よし。
窓を音もなく開けた。外に顔を出す。庭が多少ライトアップされているものの、暗い道は調べた。ロープを丈夫に縛り付け、外にたらす。
そして、するすると外に降り立った。
人の気配はない。
空を見上げる。綺麗な満月だ。ウサギさんがよく見える。
そのとき、隣でごそごそっと音が響いた。
とっさに身を構える。だが、すぐにそれを解いた。
香甲斐だ。
香甲斐も悩んでいる一人。誘ったのだ。当然だが、OKと即答。
「こっちは大丈夫」
香甲斐が声を潜めて言う。
俺は黙ってうなずくと、ゆっくりと忍び足で歩き出した。
こんだけの大きな屋敷だ。防犯設備はほぼ完璧。だから、今日の昼間のうちにその設備を、十一時から翌日の一時まで、解除しておいた。そうでもしないと大変な事になるからな。
意外と怖い。うちのメイドは神出鬼没だ。かすかに音を立てただけでも聞きつけてやってくる可能性は否定できない。
日が日だけに、いろんな意味でぴりぴりしている。
その雰囲気に飲まれるかのように冷や汗が出る。冷や汗なんて久しぶりだ。
そして、俺らは慎重に玄関へと向かった。
本当に月が明るい。ほんわかとした柔らかい光は地面に乗っかり、光を帯びていた。その明るさは吉とでるか凶と出るかは分からない。でも、真っ暗な道を進むよりはましだった。
夜の空気が突き刺さる。こんなことだったらオーバーコートでも羽織ってくるべきだった。
たぶん氷点下だろう。
ひしひしと伝わってくる空気の震えは、冷たい意外にも何か気持ちよかった。何かこの状況を楽しんでいるのかもしれない。それは分からない。ただ、緊迫した中で、足を進めていた。
「やっと着いたな……」
俺は小声でため息交じりに言う。
「ああ……良かった」
香甲斐もため息をついた。もちろんお互いに安堵のため息だ。
これで、門からでれば作戦は終了する。
「……香甲斐、ここで言うのもなんだけど、おまえ、……メイド以外から何個もらう予定?」
「……さぁ……」
闇にまぎれて暗くなっている香甲斐の顔が、いっそう真っ暗になった。
かわいそうに……。
俺は……この前ばれた女子は平気だろうか? ……めがねとってたから、誰だか分からなかっただろうな。クラスも確か下のほうだったし……。
とりあえず、外に出ることにしよう。
そう思い、門に手をかけ……。
かける直前、突然脱力。
背中……いや、全身に悪寒が走り、身が緊張した。
……香甲斐の顔を覗く。
ただ一言、顔面蒼白。わけあって明るかったのですぐ分かる。
悪寒は膨張しつつあった。
「ははははは……」
苦笑しながら振り返る。
そこには、数十名のメイドさんが……。
「あら、修斗様、香甲斐様。どこへお出かけされようとしていたんですの?」
「ちょっと…………夜の散歩に……」
もう嘘は通用しないと思いつつ、言ってみる。
「駄目ですよ。良い子は9時に寝なくちゃ」
そう言って、メイドの一人は携帯を取り出した。もう用意してあったかのように、携帯から声が響く。
「ぴ、ぴ、ぴ」
不吉なカウントダウンの音だ。
「ぽーん。午前、零時ちょうどをお伝えします」
―――さらば、地球よ。
……何も言わないでくれ訊かないでくれ。
あの後というか、直後というか、……危なかった。いろいろと危険だった……。
俺はぐったりとした状態で、隼先の車に乗り込んでいた。
寝てない。睡眠不足というか、疲労というか。寝たら襲われるので、寝れなかった。
作戦が普通に撃沈した。くそう、メイドたちが進化している。
「……隼先」
おもむろに口を開く。
「なんだ?」
「……美奈津先生からチョコもらえそうですか?」
なぜ敬語なのだろう。自分で言っといてなんだが。
「ああ」
ためらう事もなく即答。
……!?
「はぁ!? 決定事項なの?」
「いやぁ……冬休み以来、結構いい感じでよ、あの後何回かデートとかも行ってるんだぞ」
隼先には珍しく、照れ笑い。
「……は……初耳だ」
いつのまにだろう? 先生同士が付き合ってればある程度噂にはなるはずだ。
「そりゃそうだ、俺はお前に言った覚えがない。もちろん、他の人にも」
そう言うと、隼先はふっと笑い、続ける。
「修、お前のおかげだな。今じゃ部屋が片付いてるし、なんだかお前に駄目だしされまくったせいで、自分をすこーしずつ直してけたんだな」
隼先は軽く頭をかく。なんだか顔がすっきりとしている。
「さてさて、お前は誰か好きな奴いないのか?」
少しのろけた話から、今度は俺のことをからかうための話題に振ってきた。
「いな……い」
いない、絶対に……と思う。
「……鮎河と桐生は?」
どうなんだろう。……最近俺の心のどこかにわだかまりができている。シコリ。小さく、何か歯がゆい。瑠那と江津か……。
「……どうなんだろう……?」
と言葉に出してしまう。チョコの数は増えるのは問題だが……あの二人……の……な……ら?
慌てて首を振る。
隼先は、意味深な笑みを浮かべていた。たばこをやめたせいか、すこし血色が良くなっている。本当に少しだが。
そして前を向きながら、呟くように言った。
「修、ゆっくり悩め」
隼先の言葉の意図が読めなかった。
これは俺にとって初めての事だった。
学校はそこまで変わっていなかった。
ただ、何個かチョコをもらって喜んでいる奴。もらっているがしれっとしている奴。もらえずに嘆いている奴。もらえないがいつもの事だといって気にしていない奴。
俺はいろいろな意味で四番目にはいる。
俺は学校ではもらっていない。つかいらない。
まぁ……家に帰ったら50+αがあるわけだし。当分は糖分に困らない。ああ、寒。
教室の中で、俺は普通に友達と会話していた。ただ、たまに、瑠那のほうをちらりと見やる。相変わらずうるさい。席は離れてしまっていたが、横顔を見るのには事足りる場所だった。
―――気にすんな!
周りにいた友達にばれないように頬をたたく。
そうそう、ただ瑠那と江津と仲が良いだけ。そして、こういう日だから気になるのさ……。
なにが気になるって!? ……もう一人のり突っ込みじゃないか。
はぁぁ……。
馬鹿みたいだな。
いや、ただの馬鹿だ。
心の中で手を大きくパチンとたたき、脳みそを覚醒させた。
どうせ、今日も変わりなく過ぎていくだろう。
チャイムが鳴り響く。休み時間も終わり、変哲もなく授業は始まった。
今日は久しぶりに隼先と帰れる。やはり、俺の部活終了時間と、先生の帰る時間が合ったのだ。校舎から隼先の車まで二人並んで歩いていた。
「先生?」
「なんだ?」
「もらったの? チョコ」
「まぁな。女子生徒から八個。先生方から六個。そんで、美奈津先生から一個だ」
言っていなかったが、結構隼也先生はもてるのだ。もちろん、最後の一個以外は義理だろうが。
「お前は?」
「ゼロ」
「家での個数だよ。」
……少し頭の中で計算。えっと……。
「6……3個ぐらいになるかも」言ってからブルーになる。
「本命はどれぐらいだ?」
「七、八個……?」
たぶん、後 +10
嘘ついたって、ばれやしないばれやしない。
本命出した人も、俺がいい返事を返すとは思わずに出しているんだろう。毎回答えはNOだ。当たり前だが。
人を好きになるって、どのような感情なんだろうか? その人に、否応なしに会いたくなる? そんで面と向かい合ったら頭が混乱して何を言っていいかわからなくなる? そんな恋、いくらなんでも古かろう。
やっぱり、お互いを知ってから、『好き』という感情が生まれるものだろう。一目ぼれなんて、一種の『好き』だろうが、本当に『好き』ではない。一回も話したことのない人を好きになるなんて、なんだか違う気がする。
話し合って、相手の良い所悪い所を認め合い、そして気が合うと思ったら、そこから『好き』という感情が発生するのではないだろうか?
俺にチョコくれたメイドやらどこぞやの令嬢やらは、一目ぼれの類いだろう。ろくに俺と話したことのない。話したって、なんだか形式ばった話になって、何も分からない。
少なくとも、俺はそう思う。
そりゃ、一目ぼれで、告白して、成功して、そこで相手の性格が思ったとおりだ! って言う人も、中にはいるのだろうけど、……ま、それは奇跡とまぐれと偶然が重なっただけだろうな。もしくは運命だったとか。
……俺が、完璧に生まれてきたのも、何かの運命なのだろうか? ここに今いるのも決められた事なのだろうか?
……俺は、どうなるのだろうか……。
「どうした修?」
…………
「んっ!?」
考えにふけっていた俺は、隼先の言葉に過剰に反応する。
随分と悩んでたみたいだ。知らぬ間に、もう車の前まで来てしまっていた。
隼先はとっくに運転席に乗り込んでいる。俺が乗り込まなかったので、声をかけたのだろう。
「早く乗り込め。出るぞ」
俺を促す。
俺は適当に乗り込んだ。
思っていたとおり、なーんにも起こりませんでしたね。
隼先は車のキーを回し、エンジンをかける。そして、出―――
ガッ!! 何かが何かに当たる音がする。発信源は真後ろだ。
後ろを見る。そこには、直径十センチぐらいの石と、痛々しく傷がついた、車体。窓にも傷がついている。
そして、そこには、瑠那と江津の姿が……。
「まてーっっ」
瑠那がすごい勢いで追ってくる。
もちろん逃げるわけはない。逃げたくても、隼先が車から飛び出し、傷がついた車体を見て呆然としている限り無理だ。
たぶん、瑠那が投げたのだろう。
隼先はまだ唖然としている。
瑠那先頭で、二人は車の前、俺のドアの前に止まった。息を切らしている。
こんこんと叩いたので、とりあえず窓を開けた。
「はぁ……よかった、間に合って」
瑠那がため息をついて安堵する。
そんな瑠那を後目に、江津がすっと何かを差し出した。
「えっと……これ……」
紙袋だった。何か重量感があったが。
「ああ、桐生さんなに先に渡そうとしてんの!」
瑠那が江津の前に出て、箱状の物を手渡した。
「私のはもっちろん本命だからね。あ、返事は好き意外聞かないから」
…………。ああ、チョコか。
本命ねぇ……。
よく瑠那の言った事を考えれば、随分と自分勝手な渡し方じゃないか?
……俺は、今、嬉しいのか? 心の中が満たされたような気がしたのはどうしてだ?
「修斗、これ……」
江津が恥ずかしそうにすっと紙袋を手渡す。
「修斗の分と、香甲斐君の分。香甲斐君のは栄美が作ったんだけど……」
そして、もう一つ紙袋。
「鮎川さん。あの、栄美が、秀二君にもあげてって」
江津は瑠那に紙袋を手渡した。
瑠那はその紙袋を受け取ると、江津に向かって言い放った。
「負けないからね」
江津をギラリと睨みつけた。
「え……あ……うん」
「なぁにが『うん』よ。そんな意気込みじゃとっちゃうからね」
「え……それは……困る」
瑠那に押されながらも、しっかり否定する。瑠那とは正反対に真っ赤になりながら。
……何をとるって?
「じゃ、それだけだから、また明日ね」
瑠那が手を振る。
「じゃ……あね」
江津も瑠那と同じく手を振り、そして、二人は去っていってしまった。
随分と展開早いなぁ。本当に重要な事だけをして帰ってしまった。
重要な事…………ふと、手に持っているものを見てみる。
……ちよこ。ですよね。
………………。座席に座ったまま黙る。
「よお、修、随分と修羅場だな」
やっと現実に戻ってきた隼先がニヤニヤ顔で近づいてくる。
「ったく……鮎河か? これ投げたの? あとで叱らないとな……で」
意味深な笑みを浮かべる。
「真面目に悩めよ。女心ってのは、繊細だからな」
隼先はそれだけ言うと、車に乗り込み、車を発進させた。
―――隼先が言った通り、人生のほかに、悩むものが増えたのかもしれない。
そして、美味しく感じたチョコも、あの二つがはじめて食べたのかもしれない。いや、本当に少し、ちょっとだけだけだよ。
HR
すいませんねぇ。少しこれ書いててぐれてるんです。
俺は修斗と違って、もらった事ありませんからぁ……はぁ……。
だからちょっと微妙。
ま、それはさておき、修斗が自分の気持ちに気づきつつあります。
それと、本当に修斗って鈍すぎ。鈍感。書いててじれってぇー。
気づけよ! って、書いててなんど突っ込もうと思ったか……。
いっか、それは。
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