〔22〕 入学式

 

 俺の今現在の場所は屋上。しかも階段上がってきても見えないところ。

 さぼりってわけじゃないんだけど、とりあえず、ここに隠れているのだ。

 

 2月14日から特に何も起こらなかった。

 別に何も起こらなく、あっさり春休みに突入してしまった。

 ま、何もないのが普通なのだが、動揺しまくる事が多すぎたからな。

 何に対しての動揺かって言うといろいろあるのだが、うん、つまるところあれだ。えっと……。

 ともかく、文も書いた。課題文。たぶん皆さんが忘れているだろう。なんたって作者も忘れていた。書いたんだけど……。

 キレイ事並べすぎたような気がする。何かのわだかまりを、そこにぶつけてみたら、何かそうなった。わだかまりってなんだかよく分からないけど、いろいろと書いたな。

 初めてのことだよ。自分で書いた内容を覚えていなかったなんて。

 さて、なぜこんな所に隠れているのかというと。おっと、逃げたわけじゃないぞ。いや、逃げたか。

 事の始まりは春爛漫の入学式。ながったらしい校長先生の話しのあと、みなは前回と同じクラスに散っていく。もちろん一学年うえのクラスだ。そしてHRも終わり、休み時間に突入した。そのとたん、女子がいっせいに動き出した。休み時間十五分だぞーとか言っても、たぶん次のHRに遅刻してくる事間違いなしだろう。

 女子の目は、ある二人に注がれていたのだ。込み合って見えない人がほとんどだったので、それで見えない人もいたし、初めから見る気もなく自分のクラスに残っている人もいたけどな。

 その二人というのは、香甲斐と秀二。

 予想通りというか、なんと言うかっていう状態だったけど、二人はまるで動物園の動物のように、檻の外から痛いほどの視線を浴びているのだ。

 秀二も格好良かったのだ。前見たときよりりりしくなっているような気がするが、それもあるだろう。

 ま、香甲斐はカッコイイのは皆さんも知っているはずだ。

 全く、大変だな。

 他人事他人事。

 そうか……俺がもし去年メガネとかかけてなかったら…………。

 想像するだけで嫌になる。

 あ、忘れてたが、二人はクラスAだ。頭もよくルックスもいい。ははは、ま、高校生ライフを楽しんでくれ。

 ま、ちょっとからかってやりたくもなったし、ちょっと様子も気になったので、二人の教室に乱入したのだ。女子がこんなことしたらブーイングが入るのだろうが、俺は香甲斐の兄だし、男だし、そんなひんしゅくを買うことなく二人に近づけた。

 これが仇となったのだが。

「大変だな……二人とも」

内心ほくそ笑んでいるのだが、隠して心配そうにいう。

「兄貴……あれどうにかしてくれない?」

香甲斐が小声で耳打ちする。

「修斗先輩。俺からも頼みます」

秀二も耳打ちした。

 二人は前に会った事もあり、仲がいいのだ。それはともかく。

「どうにかって……無理だろ」

廊下からおもしろいぐらいの視線。クラスの女子からも多少なりとも視線がきている。

「兄貴がめがねとって逃走すればいいんだよ」

「あ、いい考え。修斗先輩、実行あるのみです」

秀二も敬語で便乗する。内容は結構えぐいが。

「俺に死刑宣告をかましているのか?」

その問いに、二人はコクリとうなずいた。

「お前らな……ま、俺の知ったこっちゃないな。相談だったらのるからな。香甲斐は家にいるからいいけど、秀二も声かけてくれな。瑠那ごしに言ってくれてもいいけど」

「いえ、姉貴に言ったら馬鹿にされますから」

「そうか」

 そこで飛び込んできたのだ。俺の耳に、重要な事が。

「兄が兄なら、弟も弟か」

ため息混じりの女子の声。それは、この前俺の顔を見た女子だった。

 それをすべて翻訳すると、兄がカッコイイなら、弟もカッコイイ。ということだろう。

 普通だったらそんなぼやきに近い言葉に反応する人はいないだろう。

 だが、今はそんな普通な状況じゃないのだ。

 香甲斐と秀二に向けられていた視線が、半分ほど俺に集まる。

 寒気がした。まったく春だぞ春。なんで寒くなきゃいけないんだ。風邪でもひいたかな。

 理由はわかっている。分かっているから理解しないようにつとめているのだ。

 冷や汗が流れる。

 香甲斐と秀二にもそのぼやきが聞こえたらしく、哀れみか嘲りか。もうそんなのどうでも良くなってきた。

 そこで、俺はベランダから逃走をかましたのだ。

 俺がベランダに出たとき、数名の人が俺を追いかけてきたのだが、後ろを見なかったので、誰かは分からなかった。ま、殺気を放ってたからな。

 

 そんで、いまここにいるわけだ。

 まったく……。後十分ぐらいしたら外に出るか。

 はぁ……。

 中にため息。

 くそ、ばれたら今までの苦労が水の泡じゃないか。

 せっかく穏便に今まで過ごしてきたのに……。江津と瑠那にばれたけど。

 どうしたもんかなぁ……。

「はぁ……」

今度は外にため息。哀れだな、俺。

 どうしようか。このままばらしてしまおうか。いやそれはさっき水の泡になるとか言って却下したのだ。

 ……そうか、さっきの言葉を、兄も頭がいいから、弟も頭がいいということにすればいいのか。

 ……それをどうやって広めようか……。

 マジで困った。マジで困った。うーん……。

 そのとき感じた人の気配。思わず身を潜める。

「兄貴!」

香甲斐の声。ほっと胸をなでおろし、姿を現す。

「……香甲斐……誰も連れてきてないだろうな?」

とりあえず睨む。誰か来てるところでもう遅いのだから。

「……一応。振り払ってきた」

 なぜ振り切るじゃないのだろうか? ま、それはほうっておく。香甲斐の顔が沈んでいたのでな。

「香甲斐、やっぱりあの後、俺が……そういう状況になってたか?」

「うん」

即答だったのでダメージがでかい。

「すごかった。呟いた人は吐かされそうになってたから。……秀二の姉ちゃんと栄美の姉ちゃんがその人つれて逃げたのを俺は見たかな」

 瑠那と江津が……か。とりあえず一安心。とりあえずってことには変わりないのだが。

「そうか…………どーすっか」

ぼやく。先刻の提案が広まればもちろん『一件落着♪』(なぜか音符付き)の状態になるのだろうけど、そうさせてくれないのが噂だ。人の噂も七十五日とか言うけど、二ヶ月半は耐えられない。あ、例えだよ例え。本当に二ヵ月半続いたら、噂じゃなくて本当の話になっているだろうから。

 とりあえず、フェンスに寄りかかる感じで座る。香甲斐も隣に座った。そして香甲斐が話し出す。

「なぁ兄貴。……兄が頭がいいから、弟も頭がいいってことにすればいいんじゃない?」

 兄弟とは恐ろしい。こうも思考が一致するものだろうか。

「ああ、俺もそれ考えた」

 それを聞いて、香甲斐は笑う。

「兄弟って恐ろしいな。こうも思考が一致するものかな?」

 もう恐ろしいを通り越し、香甲斐は俺の心を読んでいるのかと疑う。口調は違うものの、概要はぴったりだ。

「……秀二は?」

気になったので訊いてみる。というか、今は授業中だ。

「俺が兄貴追いかけて、見失って、一回教室戻ろうとして、中覗いたら、あ、もちろんすごく遠くからな。秀二は……廊下に連れ出されて……」

香甲斐の表情がかげり、うつむいた。

 香甲斐よ、入学そうそうにサボって怒られても知らないからな。

 本当に、去年メガネをかけて登校したことを嬉しく思います。

「とにかく……どうすっか」

 何も思いつかない。つかない。つきそうに無い。ないない。

 そんな!!

 ついに神は私を捨てた。

 ……痛いなぁ。

 放送か? いや、逆に怪しすぎるし、第一放送させてくれないだろう。

  ……逃げないようにして、逃げるか。

 意味分からん!

 だめだ、最近頭ってのが働かなくなってきている。

 それもこれも、瑠那や江津のせい……。

 何で?

 自分で言ったことに問えれば、せわしないな。

 ほーんとイライラしてきた。ストレスか? きちんと栄養配分は考えて出してくれているはずなのに。自分の弁当だって、彩りや味付け、栄養などすべてを見てつくっているのに。

 ……イライラではないのかもな……。

 なんと言うか、不思議な感じ。不思議な感じ。

 一歩間違えればイライラになってしまうかもしれない、そんな感じ。

「兄貴、てっとりばやくばらしちゃえば?」

突然香甲斐が呟く。

「そんなこと、するわけないだろ!」

 したらただの馬鹿だ。俺はとりあえずそう思う。

 一般論だろ?

「だって、そうすれば、とりあえず、俺が先輩から何かされる可能性はへるじゃん」

にこっと笑いながら、俺を見る。

「他人事だな」

俺は香甲斐を睨みつける。鋭くだ。

 香甲斐はびくっと体を震わせ、すぐに目線を落とした。

 俺、少しいらだってるな。

 いらだちすぎだよ。落ち着け、落ち着け。

「香甲斐……俺の前を歩け」

 そうすれば俺に視線が来る事はなくなる。

「兄貴。俺を被害者にするきか?」

「当たり前だろ」

即答。

「どっちにしろ、ずっとってわけにはいかないからね。無理」

 香甲斐の言ったことは正論だ。

 俺も苦し紛れに発したものだから、これっぽっちの希望も持っていなかったが。

「香甲斐?」

 もう考えるのが面倒臭くなってきているので、とりあえず話題を振ることにする。

「何?」

「俺さ、一回も訊ねてなかったけどさ、しかも、話題古いけどさ、栄美からもらったチョコあったろ?」

「……ああ」

香甲斐はゆっくりうなずく。

「美味しく感じたか?」

「た、多少な。根本的には変わらないけど……何となく」

 何なんだろう。本当に。これは一体、なぜなんだろう。不思議な感じ。胸に広がる暖かいもの。動くもの、頭の中を駆け巡る感じ。そんな微妙な気持ち。

 香甲斐も、俺と同じような気持ちを持っているのだろうか。

 だから……なのだろうか? 

「考えつかないな……」

あきらめるしかなさそうだ。

「もうさ、俺、自然を装って逃げ回るわ」

「それがいいね」

 香甲斐はそう言うと、空を見てため息をついた。

「俺も、顔を隠して学校来ればよかったなぁ……」

 香甲斐の声は、空に吸い込まれた。

 

 

 NEXTDAY

 恐怖の登校だ。

 学校までは車で来た。車を降りてからが問題なのだ。

 走っていきたいのは山々だが、そんな事をしたら余計怪しまれる。

 というか、香甲斐も一緒に、隼先の車に乗ってきたのだ。

 俺は、香甲斐が見えなくなってから外に出る事にした。

 一緒に歩いてたら、変に視線が集まるだろうから。

 俺は、車の中で待機していた。隼先も待機してくれている。

 香甲斐が出ていってから数十秒。

「修、そろそろ出たらどうだ?」

 久しぶりの隼先のセリフ。久しぶりの出演だが、セリフはこれだけだ。

 隼先のせりふを聞いてから、車を出る。

 走ってはいけないが、少し行動が早くなる。いつもより歩くスピードが早い。

 こういう状況からだからか、視線を感じているような気がする。

 焦るな。焦ったら負けだ。

 一つ大きな深呼吸をすると、心の動揺が消えた。

 冷や汗をかきながら、俺は教室に乗り込んだ。

 

 がらがらっと、ドアをスライドさせる。そのとたん、視線が俺に向いた。

 さも分からないような表情を、皆に見せる。むちゃくちゃ自然な表情。

 視線が痛いが、俺は席に座る。

 ここまで緊迫感を覚えたのは初めてだ。

 誰とも話せない。友達と話していれば多少気がまぎれるのだろうが、まず自分からオーラを発してしまっている。無理があった。

 突然心臓が跳ね上がった。

 肩に手が置かれた。急いでその方向を見る。

 数人の、女子がいた。

 名前を知っているのは知っているのだが、言う必要はないので言わない。

「何?」

とりあえず、怪訝そうな表情を作り上げる。

「あのさ、修斗君って、香甲斐君のお兄ちゃんだよね?」

「ああ、そうだけど?」

 これで彼女達がどう出るのか。それによって頭の回転速度を変えなくてはいけない。

「香甲斐君って、彼女いるの?」

 はれっ?

 拍子抜け。

「い、いないけど」

 真実を告げたが、どっと疲れた。

 

 

 この後の質問はすべて香甲斐絡みで、俺の名前は初めの呼名にしか出てこなかった。 よかったんだろうが、複雑な心境。

 ふっ、どうせ目の前のものがいいんでしょうよ。

 はぁ、何か、女嫌いが極まったような気がする。

 どうせ、女なんて流されやすいんだよな。

 見直そうとしていた俺が馬鹿だった。

 ま、隼先がだまされない事を願うしかないな。

 

 

 

  HR

     女性の皆さんすみません。

     あれは修斗の意見です。けっして俺の意見は入っていません。

     これだけ言いたかったので。

 

     修斗の女嫌い直ったと思ったら……また……。

 

 

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