〔20〕 家の中

 

 ながーい道のりをゆっくりと歩き、およそ十分かけて本宅の前にやってきた。

 そして、何事もなく扉は開き、何事もなく家に入ることは出来た。

 ま、もう慣れたことだし、逆に来てくれないと江津を連れてきた意味ってもんがない。

 だがしかし、俺の思惑通りには行かず。

―――来ない。

 おかしい。

 おかしすぎる。

 なぜこんなに静まっているのだろう。

 なぜだ?

 いつもだったら否応なしにメイドさんが来るのに。

 特に今日は告知してあったはずだ。

 ……おかしい。

「しゅ……うと?」

怪訝そうな表情を浮かべる江津。俺が動かない事に対して不思議に思ったのだろう。

 江津には何も伝えていない。ただ家での惨状を緩和するためにきてくれと、必要最低限の事しか言っていない。俺の作戦を知らないのだ。……知ったら不自然になるしな。

 しかし……こないなぁ……。

 おじゃんになっちまう。

「はぁ……」

俺はため息一つつくと、歩き出した。

 もうしょうがないか。また今度の機会にでもな。

「江津。まさか俺の部屋のあり場所まで栄美調べてないよな」

「うーん……私が聞いたのは庭の部分だけだったから、家の中の構造は知ってるか分かんない」

 分かんないっすか。

 栄美は敵に回したくないタイプですね。

 まぁ……本当に重要な事だったら相手の弱み握ってお互いにばらせないようにすればいいんだけど……。

 おっと、危険な世界に入ってしまいました。

「ま、とりあえず俺の部屋に行く―――」

 殺気。

 もちろん江津からではない。

 江津に注がれているのだ。

「修斗様」

後ろから突然の女性の声。そう、メイドの一人だ。

 メイドと言っても、あんなコスプレみたいな格好はしていない。普通に動きやすい格好で仕事をしてもらっている。

「はい? なんでしょうか南さん」

すべての名前は記憶済み。

「……その方が、彼女なのですか?」

「そうだけど」

さらりと答える。

 どさっ!!

 どこかで何かが崩れるような音がする。その音と同時に、後ろの壁からたくさんのメイドが姿を現した。

 はぁーあ……何やってんだか。

 これには思わず笑う。

 江津は何がなんやらという感じで、ボーゼンとしていた。

 ……あんなにいたのに俺、気づかなかった……。くそ、あいつら気配の消し方うまくなったな。

 いやいや、関心などしている場合ではない。

「じゃ、今から彼女と安らかな時を過ごしますので、邪魔しないで下さい」

 とはいっても、邪魔などすぐに入る。

 メイドさんたちに俺に彼女がいるということを示せたので、もうこれで大体のミッションは終わりなのだが、そうさせてくれないのが彼女たちだ。

 歩き出そうとした時に、彼女たちが江津と俺の間に割ってはいる。一種の壁だ出来上がった。

 さぁ、江津、がんばってくれ。

 別にキリスト信者ではないがとりあえず胸で十字架をきる。そして、合掌。

 質問の嵐だ。

「何歳?」

「名前は?」

「身長何センチ?」

「体重は?」

「趣味は?」

「好きなアーティストは?」

「スリーサイズは?」

「家族構成は?」

 

 エトセトラエトセトラ。

 香甲斐の場合、ここで第一のボロが出たらしい。

 これは江津に事前に教えておいた。だが、今江津は錯乱状態に陥っているかもしれない。大丈夫。江津を信じよう。

 普通はこんなことされたら人間おかしくなる。約30人、年上からの質問攻め。俺は迷わずそこから逃走をかます。

「15歳です」

江津の返答

「桐生 江津」

名前。

「159.5」

身長。

「―――」

体重。プライバシーに関わるので聞かないでおいた。

「趣味は……えっと……美を感じる事」

趣味。何馬鹿な事を発言しとるんだ江津。

「××と、○○」

好きなアーティスト。宣伝になりかねないので伏せ字。 

「―――。―――。―――」

ここもプライバシー。

「えっと、私と妹と、お母さんです」

家族構成。……ん?

 とりあえず、江津はすべての質問に冷静かつ正確に答えた。さすが圓城高校生。

 質問の嵐が終わったので、俺はメイドさんたちを掻き分けて、江津を救出に向かう。

 江津の顔を覗き込む。かなりやつれていた。致し方ないことだ。

「付き合ってからどれぐらい?」

「えっと……三ヶ月です」

 俺が前に来ても質問は出てくる。

 三ヶ月ってのは打ち合わせどおりのもの。

「初デートは? 初キスは?」

 香甲斐は、この質問でダウン。

 つれてきたニセの彼女がここでだんまりになってしまって、周りからキスをしろと言われまくったあげく、白状してしまったらしい。不憫だ。

「えっ……えっと……」

 これだけは江津に伝えなかった。そう、俺たちがカップルだと思い込ませるために、堅くなってしまっては逆に怪しい。

 俺は、江津を引き寄せ、肩を組む。

「俺たちは、二人で行くならどこでもデートですし」

 江津の顔を、くいっと上げる。

 そして、顔を思いっきり近づけた。少しでも動けば、くっついてしまうかと思うほどに。

 寸止めだ。

 端から見れば、キスしているように見える、と思う。

 なぜなら、周りのメイドさんが、一部歓声を上げ、一部崩れ落ちた。

 作戦成功。……恥ずかしいけど。

 そっと顔を離す。

「キスなんてしょっちゅうですから、そんなの忘れました。ね」

江津にふる。

「う……うん」

 とりあえず一段落したので、呆然唖然としている江津を引きずるようにして自分の部屋へと向かった。

 後ろから聞こえる嘆き声がしょうしょう耳障りではあったが。

 

 

 部屋に入り、かぎを締める。いつもだったら後二、三個かけるのだが、ま、今日は大丈夫だろう。

 はぁ……。

 部屋に入ったとたん恥ずかしくなってきた。

 顔が熱い。

「……ごめんな、不自然になるのは避けたかったからさ」

一応謝る。

 寸止めとはいえ、やっぱりなぁ……。

「大丈……夫。修斗、寸止めうまいね」

江津も真っ赤になっていた。

 そりゃ少し練習したからな。……マネキンにしたということにしといてくれ。

「部屋……広いね……キッチンまで付いてるし」

「分けてあげたいぐらいだけどな」

苦笑。無駄なほど広いよな。

 とりあえず、部屋のど真ん中にある椅子に江津を座らせる。

「コーヒーと紅茶、どっち飲みたい?」

「じゃあ紅茶」

「砂糖とミルクは?」

「レモンがいいな」

 ひねくれた返答だな。面白いと言えば面白いのだが。

 ま、それいいとして、煎れる準備を始める。

 のどかだなぁ……。

 この前死にかけたとは思えないほど普通だ。

 のどかな雰囲気は俺を満たす。

 いつもは全然気が抜けないのだが、いまは別だ。そんな心配はない。気が抜ける。いつもこういう雰囲気だったらいいのに。そうすれば俺も少し気持ちは普通の人のようなんだろう……それはないか。

 準備ができた。カップとポットをトレイに乗せ、机に向かう。

「何やってんだ?」

江津が何やらノートを開き、いろいろと計算をしている。

「宿題。数学の問題なんだけど、先生も解くのに一時間かかったって言ってたやつ」

 おいおい、無謀な問題を出すもんだな。

 とりあえずカップをおき、紅茶を注ぐ。そして、レモンをカップに刺す。

「修斗解ける?」

そう言って、江津は俺に問題を見せた。

 その問題をジーッと見る。

 ……ああ、なるほど。

「これは―――」

 

 五分後。

 

「―――ってこと。解かった?」

「うん。……よくできたね。これってAクラスの人しか出されてないはずなんだけど」

「……まあな」

「修斗って、実は知力もずば抜けてる……の? わざとクラス落としてるとか。ほら隼也先生と一緒のクラスだといろいろと助かるとかさ」

 す、するどい。

「あはははは……まあな、実際そうなんだけど……勘いいな」

「第六感は重要だからね」

驚きもせず、ただ笑いながら江津はそう言った。驚く事ばかりで慣れてしまったのだろう。

 ふと、何か変な物が頭を通過した。

 ……何か違和感を覚える。何かを遠くに置き去りにしてしまったかのような気分。『何か』を忘れている。何か…………。

 そのとき、スッと記憶が戻ってきた。そうだった。

「なぁ江津。さっきの、家族構成。……父親……抜けてたよな?」

 その言葉を聞いたとたん、江津は急に表情を辛らつにした。

 触れてはいけなかったのだろうか? そうだとしたら、もう詮索はよしたほうがいい。

「言いたくないんだったら、訊いた俺が謝る。ごめん」

「あ、謝る必要はないよ。……ただちょっとね」

江津はつとめて表情を明るくしていた。

 大体想像はできる。やっぱり……だろう。

「前さ、私、修斗にそのこと……言ったよね? 修斗が寝てたとき」

「ああ」

「多分あの時は、修斗が寝てたから言えたのかもね」

そう言って江津は苦笑した。

 これ以上この話に触れると、江津がかわいそうだ。

 別の話をふろう。

「なあ江津、昼飯、何がいい?」

「え、ああ、もうそんな時間?」

 そろそろ12時。昼飯の時間だ。

「私作ろうか?」

江津が立ち上がった。

「江津が? いいよ。

今日は江津がゲストなんだし。」

 下手って事はないだろうが、今日は俺が呼んだんだ。俺がやるべきだろう。

「違うの、私が作りたいの」

 へっ?

「だって、ここだったらいろんな食材そろってそうじゃない? いろいろと試したいから」

「確かにいろいろそろってるけど……」

 俺もたまにレパートリー増やしのために作るからな。

「じゃ、修斗は寝てて。私が作るから。ね」

 ま、江津がやりたいんだったらいいか。

「道具のある場所わかる?」

「それを把握するのも楽しみの一つだよ」

そう言って微笑むと、江津は簡易キッチンに向かった。江津の言う通りに俺はベッドに寝そべる。

 江津は鼻歌交じりで料理を始めていた。

 ……特に眠くないんだけどな。でも寝そべってれば勝手に眠くなるか。

 なんだか、今日は初めてのことばかりだったな。

 家に誰か呼ぶのも初めてなら、キッチンを他人に使わせるのも初めてだ。

 ……他人ってのはおかしいか……。

 うーん……。

 俺、変わったな。昔とは比べ物にならないくらい。

 江津と、瑠那が、変えたのだろうか?

 変わり行くことに、何か嫌な気分が付きまとう。

 ―――変な気持ちが……

 

 次に意識があったのが江津に起こされた時で、その後に、文句なく美味しい料理を食べた。

 食後に二人とも昼寝し、そのまま午後三時。

 会話した後、午後4時に江津を送った。

 とりあえず、作戦は成功したわけだ。だが……そろそろ……。地獄の日がやってくる。これだけは対策の仕様がない。

 

―――――その名は、St.Valentine.チョコ業界にとって最高の日だ。―――――

 

 

     HR

      いい感じですねぇ。江津、四連ちゃんは予定外だったけど。

      さぁてと、次、修斗は、『○○計画』を実行します。

      いやーな伏せ字(笑)

 

 

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