〔14〕 真実の穴

 

 寒い……。

 俺は穴の中から、上を見上げた。もう、外には光すら見えていない。

「修……」

瑠那が潤んだ声で言った。よくは見えないが、震えているのが分かる。

 俺は制服を脱ぐと、瑠那にかけてやった。

「でも、修が……」

「俺は大丈夫だから」

結構厳しいけど。もう足ががたがたいっている。

 瑠那は俺にぴとっとくっついてきた。

「こうすれば……寒さが少し和らぐかな…………?」

瑠那はつとめて明るくいった。

 俺は、瑠那の手を取った。こうでもしていないと、手が動かなくなってしまいそうだ。お互いに身を寄せ、寒さに耐えていた。

 助かるんだろうか………………? 

 

 事は数時間前にさかのぼる。

 

「したみぃ?」

俺は情けない声で聞き返した。

「そうだ」

相変わらずの車の中で、隼先がいった。現在登校中。冬休みも終わり、新学期が始まった。おととい始業式が終わり、昨日は、なんら代わりない一日を過ごした。今日は三日目だ。

「何で?」

「さあな。俺も知らん。俺がこの学校に就任した時から、もうその体勢は決まってた」

淡々とした口調で喋る隼先。

 隼先いわく、クリーンバトルで勝つためには、下見が必要だ。とか何とかいって、結局は効率よく掃除をさせようという魂胆である。一流校のする事はえげつねえ。賞品がなんだかんだっていってても、一番得するのは高校だ。うんうん賢いな。

 俺がひそかに感心していると、先生がこう言った。

「お前も大変だろ?」

「何が?」

「瑠那と一緒に下見だからよ」

 下見は、学級委員の仕事だ。放課後にごみがたくさんあるところを見つけ、地図にマークする。全く不公平だよな。なんでクラス全体でやろうとしないんだろうか?

「別に。もう慣れたし」

「ほうほう。女嫌いの人の発言とは思えませんな」

隼先は、ニヤニヤ顔でいう。

「そうだな……少しは緩和されたかもな……」

「……!」

隼先は俺の素直な意見に、ひどく驚いて声も出なかった。

 確かに、もう女嫌いとか、ほとんど関係なくなっているかもしれない。うちのメイドは嫌だけど。しつこいからかな……?でも、瑠那もしつこいしな……?何ででしょうね?

「お前もついに、彼女ができるかもな」

先生はえらく感動している。

「そうだ」

俺は感動している隼先を無視するかのように言った。あ、そうそう、最近、自分に不幸が降りかかるであろう質問はシカトできるようになった。

「あれからさ、美奈津先生とうまくいってる?」

今度は俺がからかうような口調で言った。 隼先には冬休みの間、みっちり家事の仕方を教え込んだ。料理はまだ作れないが、掃除と洗濯は行えるようになった。でも、それができない人の方が少ないと思う。だって……自分の部屋が汚かったら、心休まんないでしょ。

「うまくいってる? ってな……付き合ってるわけでもないし」

「早く告白すればいいのに」

「できるかっ! お前……学校内でしてみろ。どんな事が起こるか……それでふられたら…………」

先生の顔は暗くなった。

 ミスったら、隼先も、美奈津先生もかなり恥ずかしいよな。隼先なんか学校やめるかも。それは思いこみすぎか。

「とりあえず。がんばるよ」

先生は窓を開けると、車の外に吸っていたタバコを投げ捨てた。

「よし、俺は、煙草をやめる」

 へーぇ…………?

「マジでっ!」

俺は驚くのに時間がかかった。先生は、一日に3箱も吸っている。それを突然止められるものなのか?

「ああ、美奈津先生は、煙草が嫌いらしい。おい、いいか修。俺が車の中で吸いそうになったら、すかさず止めろよ」

 自分でやれよ……とは口に出せず。だってさ……先生って……思ったより一途じゃない? 俺は泣けてくるよ。恋は盲目にならないようにしないとね。

「御意」

俺はかしこまりそう答えた。

「じゃあライター」

俺は隼先に手を出した。

 隼先はライターをしぶしぶ俺に手渡した。煙草やめられるのかなぁ……?

 

 そして放課後。

 あさ、隼先が言った通り、下見をする事になった。いや、生徒会からの強制だったかもしれないな。どちらにしろ、俺は瑠那とただっぴろい敷地の奥の方を探していた。さすがに学校付近には何も無いが、遠くになるにつれ次第にごみが増えてくる。ここの敷地は、休みの日に開放されているので、やっぱりマナーを守らない人が捨てていくんだろう。

「ねぇ修?」

瑠那が訊いてきた。

「何?」 

「私と居る時はさ、メガネとってよ。ねっ」

「『ねっ』て……。しょうがないな……」

俺はメガネをはずした。もうここらは校舎からはなれているし、見られる心配も無いだろう。

「うーん……」

瑠那はなぜか悩みこんでいる。

「思ったけど、修って、メガネかけてても結構いけてるんじゃない?」

「……そうか?」

この伊達メガネ、いっちばんダサいのを買ったんだぞ。

「能有る鷹は爪を隠すっていうけど、修は隠しすぎだよ」

「…………いろいろあるのも大変なんだよ……」

真面目な話し、全部いいと、自分の道を失いかけない。一回かなり悩んだからな。

「うらやましいな。私に取り柄なんてあるのかな?」

「あるんじゃないの? 明るいところもそうだし、この高校に入ってるんだから頭もいいし」

明るいってのは、明る過ぎだけど。

 俺の言葉をきいて、瑠那は目を輝かせていた。

「ワーイ♪ 修がほめてくれたー」

瑠那は飛びついてきた。

 そこまでうれしいのかな……? 俺の感性がおかしいんだろうな……。俺ってなんなんだろう? 何を目的にすればいいんだろう? 11秒切る事か?それは近いうちに切れるよな……。

 俺が感慨にふけっていると突然背中に激痛を覚えた。

「いっつー……」

俺は背中を抑える。瑠那がひっぱたいたのだ。

「私の前で暗い顔すんな! ほら、二人っきりのデートだし」

何を言ってるんだこの娘は。

「はいはい、分かりました。しっかりエスコートしますよ」

俺は瑠那に合わせて適当に答える。

「それでよろしい」

瑠那は俺の腕に自分の腕を絡めた。俺は俺は微妙に苦笑すると、二人で歩きだした。

 

 ……一時間ぐらい経過。

 俺たちは敷地の約三分の一を見て回った。

 ごみがたくさん落ちている場所は大体把握した。今日は西方面を調べたのだが、奥の方がたくさん落ちていた。なかなかの盲点だよな。これだったら、優勝できるんじゃないか?いや、他のクラスも見つけてるかもしれないし……。

「そろそろ戻ろっか♪」

俺と一緒に長い時間いたから有頂天になっている。とってもすばらしい笑顔を俺に見せてくれている。俺も自然にほころぶ……。

 ……なにほころんでるんだ……?

「そうだな。でも、ちょっとあっちだけ見てからな。あそこまで調べると、今度やるときにきりがいいんだ」

「どうして?」

「あそこらからちょっと一段高くなってるんだ」

敷地の地形図で調べたところ、そこだけ小さな崖となっている。

 そしてそこまで歩いていき、周りを見渡した。

「ここら辺は綺麗だな……」

「全然無いね」

瑠那も見渡しながら言う。

 ここは湖の周りよりは綺麗じゃないけど……でもいい場所だよな。そろそろ太陽も沈みかけて赤くなってるし……。もう帰るか。この時間だったら、バスが二十分後に出ている。ちょうどいい具合だ。

 崖が切り立ち、俺達を包み込むようにして立っていた。周りには木が覆い茂っていて、木漏れ日がキャンパスに絵を描いていた。

「じゃあかえっか」

俺が隣にいる瑠那に言ったが……そこに瑠那はいなかった。崖の方に近づいて上を見上げている。

 俺は瑠那に近づいていった。

「どうした?」

「ん? あーなんだか、カッコイイなって……」

「崖が?」

「そう崖が」

瑠那は崖を見上げたまま微笑んだ。

「なんだか力強い感じがしない? 崩れそうで崩れない……一生懸命それを耐えてるみたいでさ」

瑠那の横顔に、木の間をかいくぐって差し込んできた赤い太陽の光があたっていた。

 俺は瑠那のその横顔をボーっと見つめていた。なんだか……綺麗…………。

 瑠那は俺の方に視線を向けた。

「修もそんな感じでかっこいいけど♪」

瑠那が飛びついてきた。

 さっきの綺麗だったのは嘘だったのかもな。今じゃ普通の瑠那だ。……たぶん。

「さて」

俺は自分の思考に区切りをつけるためにそう言った。

「帰るぞ」

「うん♪」

 そして、俺達が歩きだして、数秒経った時だ。事件は起きた。

「きゃっ!」

瑠那の声と同時に、左腕にずっしりとした重い感触が伝わってきた。

 瑠那が俺の腕にしがみついているのだ。瑠那の足元を見てみた。

 そこには、何も無くただ空洞になっていた。

 穴……と考えるのが妥当だろう。

 俺は瑠那の腕をつかみ力を入れて引き上げた。正確には、引き上げようとした。

 ガクン

 足元から嫌な感触が伝わってきた。考えたくも無い最悪の自体だ

 岩盤がもろかったのだ。

 力を入れすぎたせいで……地面が崩れ……俺と瑠那はなすすべも無く穴に落ちていった……。

  

 気絶はしなかったが……瑠那は気絶している。俺、初めてコードレスバンジーを味わった。

 上を見上げた。

 穴の深さは約七メートル。

 穴の底が腐葉土になっていたおかげで、クッション代わりになり何とか助かった。頭から落ちなかったのも不幸中の幸いだな。

 寒い……。

 今頃だけど、今って冬なんだよな……。

 とりあえず立ち上がってみた。

 この穴の中は6畳ほどだろうか

 ……ロッククライミングか……。

 一回だけしかやった時無いけど……思ったより簡単だったしな……。でもこれは自然のものだからな……。

 俺は穴の側面に手をかけてみた。

 しかし、俺の手はすぐに離れた。ボロっと側面が崩れたのだ。

 ……崩れるのが心配だな。そう思った俺は断念した。いや、断念するしかなかった。崩れると言う事は、絶対登れない。

 その時瑠那が起きた。

「あれ……結局落ちちゃったの……?」

瑠那は起き上がり、上を見上げながら言った。

「そうらしいな……」

俺は呟いた。

「……でられる?」

「無理」

俺は深刻な表情でそう言った。

「瑠那。携帯持ってる?」

俺のはバックの中に置いてきてしまった。

「……置いてきちゃった……」

助かる見込みがこれで随分と減ったな……。

「何とかなるでしょ?」

瑠那が気楽に言った。

「そうだな」

 

 ―――落ちた時はそう思っていた。

 しかし、事態は深刻だった。

 冬の夜。……凍え死ぬ。

 多分今は零度ぐらいだろう。

 あると言えば、隼先からのライターのみ。

「修……」

瑠那が不安そうな声で俺を呼ぶ。お互いに身を寄せ合いながらも、がたがた震えていた。

「助かるかな……」

瑠那が俺の腕をぎゅっとつかんだ。

「助かるさ」

たぶん……俺は心の中で付け足すと、ライターを点け、腕時計を見た。

 ……七時……。

 まだ七時。

 もう日をまたいでるのかと思った。

 ははは……。

 心の中で乾いた笑い。

 外はもう暗く、星も見えない。

 誰がこんなところに探しにくるだろう。

 ……二、三日はここにいる事になるかもしれない。

 そんな不安が俺達を包んでいた。 

 

        HR

                 おお、シリアス。この話でシリアスを持ってくるとは……。

                 難しいったらありゃしない。

                 さてと、この次の話で瑠那と修斗が良い感じになる予定なので、

          その次は江津と修斗を……ふふふふふふふ。

          微妙な三角関係にもつれこませましょう。

          ついでに栄美と香甲斐と秀二もね。

 

 

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