数日後、オクターとコトリは依頼主のスルトと共に遺跡へ出かけることになった。報酬は宿代とほんの僅かなお金に、見つけることのできた財宝の三割である。コトリの莫大な食費はいつも通りオクター持ちだ。
 初めは財宝の三割を出し渋っていたスルトだが、依頼金が格安だと言うこともありオクターが無理矢理約束させた。そうでもしないとコトリの食費がまかなえないからである。
(そもそも、どれだけの宝が手に入るかも解ってないからな)
 最近発見された遺跡らしいが、簡単に見つけられる財宝はすでにないだろうし隠された宝がどれほどあるかにも因ってくる。
(全部発掘された後だったりしたら、もう笑うしかないよな)
 ともかく、三人は遺跡へ向けて出発した。
 今まで未開だったこともありその遺跡はまさに秘境の地にあった。密林を抜け、断崖絶壁を登り、大地の裂け目を越え、湿地帯を駆け、肉食獣が住まうジャングルを突破し、もう足が動かない、そんな時に遺跡が見えてきた。
 ……このような旅路になれば、いくら遺跡嫌いのオクターでも、それなりに興味を持ったものなのだが。
「おいスルト。どうして獣道が整備されていて、登山ルートがあって、橋があって、回り道があって、獣が飼いならされて猛獣ショーが行われてるんだ?」
「人もいっぱいいるよね」とコトリ。
 そう、何故か道が整備されていて、何故か頻繁に人とすれ違う。
「――きっと俺の人徳だよ」
 スルトが何かほざいたようだが突っ込む気にもなれず、オクターは黙々と前へ進んでいく。やがて苦労することなく遺跡に到着した。
「おいスルト。今一度聞くが、この遺跡が最近見つかったという情報は、本物か?」
 目の前に広がったのは紛うことなき雄大な遺跡。どれほど昔のものかは知らないが、古の人々が知恵を結集して作り上げたものに違いない。
「遺跡見学料、お一人様大銀貨一枚となっております」
 その遺跡に踏み込む前に、肩もへそも見えている露出の高い軽そうなねーちゃんが三人の前にやってきた。ねーちゃんはお金を入れる箱を持ち営業スマイルを浮かべている。
「こ、ここは俺が払うよ」
 スルトが慌てて大銀貨三枚を入れた。代わりに紙を三枚手渡される。
「こちらがパンフレット兼入場許可証になっております。なくさないようにしてくださいね」
 ねーちゃんは笑顔のまま、次の『お客さん』の元へと向かっていった。
「ねえオクター、お腹が切ないから、屋台で何か買っていい?」
 遺跡の前に立ち並ぶ屋台。遺跡を訪れる客から絞れるだけ絞ろうと値段は割高に設定してあるが、それでも飢えた観光客達はこぞって食べ物を買い漁る。屋台の後ろには舞台もあり、そこでは踊り子たちが舞う派手なショーが行われていた。
 オクターはしばらく唖然としていた。
 スルトも戸惑っているし、彼も遺跡がこんな状態になっていたなんて知らなかったのだろう。スルトを責めるのは簡単だがそれは無益というものだ。
 秘境なんて言葉はこの遺跡に似合わない。人の手が加わった、女子供も和気藹々と訪れる観光地である。
 家族連れやカップルなどがお祭り騒ぎで目の前を歩いていく姿を見ながら、どうしてよいか解らずに立ち尽くす。
 今までに味わったことのない長閑なひと時だった。
「帰ろう」
 オクターは踵を返す。スルトとコトリは慌てて彼を引き止めた。
「待ってくれよ! せっかくここまで来たんだからちょっとぐらいは見ていこうぜ!」
「わたしが屋台の食べ物全然食べてないから、まだ帰るのは駄目」
 オクターとしては未練なんてさらさらないのだけれど、もはや二人の意見を振り切るのも面倒だ。
「勝手にしてくれ」と吐き捨てるようにして言った。
「そうこなくっちゃな。ま、俺もさすがに遺跡に関しては興醒めしたから、あっちのビアガーデンでおねーちゃんと戯れてくるわ!」
 宝石を持って返って、ギルドの気になる女性にプレゼントするんじゃなかったのか? オクターが疑問を吐き出す前にスルトは目の前からいなくなってしまった。
「あいつは何しに来たんだか」
 頭が痛くなりそうだが、ため息一つ、オクターは近くの椅子に腰掛けた。スルトは飲み始めたら長いだろうから、その間何をして暇を潰そうか。異常なまでに賑やかなこの場所をぼうっと眺めながら、ふと思った。
(異常、か)
 人が訪れやすいように道が整備されていたが、こんな辺鄙な場所にある遺跡にここまで人が集まるのだろうか。現実に集まってるから異は唱えられないが違和感はある。
(そもそも、この遺跡は発見されてから幾日も経って無いはずじゃなかったか?)
 彼は先ほど大銀貨一枚で買ったパンフレットを広げる。そこには遺跡の詳細図とご丁寧なまでの解説が添えられていた。幾日も経っていないのならここまでパンフレットに書き記せるだろうか。
 スルトの情報が間違っていたのは確かだろう。ならば、彼の情報はどこから得たものだったのだ?
 胡散臭い感じはあるけれど、オクターは興味がないと言わんばかりにパンフレットをくしゃくしゃに折りたたんだ。残念ながらそういったことを調べるようなモチベーションではない。
 コトリはどこに行ったのかと視線を巡らすと、いつの間にか彼女は隣に腰掛けていた。
「いたのか」
「わたし、初めからいたよ?」
 それに気づかないまでに気分が荒んでいたのか。オクターは苦笑する。
「コトリはこんなところで腐ってないで、屋台で買い物してきてもいいんだぞ」
「わたし、お金貰ってない」
「……それもそうだったな」
 お金に関してはオクターが全権を握っている。財政は火の車だけれど、こんな祭り騒ぎで何も買わずに呆けているのは酷だろう。
 オクターは大銀貨三枚を取り出し手渡そうとしたが、しかしコトリは首を横にふった。
「今はいい」
「――なっ!」
 コトリが食べ物に直結する物事を拒むなんていったい何事だろう。食物を得るためなら例え火の中水の中でも喜んで飛び込んでいく彼女が何のために銀貨を拒んだのか。これは天変地異の前触れか、はたまた人類滅亡への序章か。邪推だとは思うのだが、オクターは恐ろしさのあまり総毛立ってしまう。
「大丈夫か? 体の調子が悪いのか?」
「そういうわけじゃない」
 コトリは小さく首を振り、じっと、オクターの瞳を覗き込んだ。
「オクターがつまらなさそうにしてるから、わたしも今はいいと思ったの。そんなにお腹も切なくないし、しばらくここにいる」
 コトリの口から意外な言葉が出た。いつもはお腹が切なくなくても食べ物のことを考えているのに今回は違う。
 銀色の瞳に見つめられ、どう返答していいか解らなかったオクターは「そうか」と一言だけ呟くと、気まずそうに視線を外した。
「コトリはこの遺跡楽しいか?」
「楽しくはないけどつまらなくはないよ。賑やかなのは少し苦手だけど、遺跡そのものの雰囲気は好き」
「雰囲気か。俺には何がいいのかさっぱり解らないな」
「オクターはどうしてそこまで遺跡が嫌いなの?」
「単に古いものに興味がないんだ。古いからって俺に関係してくるようなことじゃないし、遺跡から読み取れる重要なことは誰かお偉いさんが俺らに伝えてくれるだろ」
「そうなの?」
「そうそう。ま、もしこれからドラゴンのように一万年も生きていくとしたら、様々な建造物の興りを直接見ることになるだろうし、それなりに興味が湧く羽目になりそうだけどな」
 今まで深く考えたことがなかったが、一万年もの寿命とは途方もないことではないだろうか。国は短い平安を過ごし、栄枯盛衰の言葉の通り消えていき、そして争いを繰り返しまた国が興る。長くても三百年、短ければあっという間に国は滅ぶ。平均二百年としても五十回も国の繁栄と衰退、さらに多くの戦争を見届けていかなければならないのだ。
(ドラゴンも案外大変なんだな)
 儀式で死んでしまう自分には他人事だけど、もし一万年生きられるとしたらたった一人で過ごすことができるだろうか。肝っ玉がでかいのなら可能だろうが、人間とドラゴンの思考にそこまで大きな差はないみたいだし、長い月日は暇で暇でたまらないように思える。
(前は独りでも平気だったんだけどな……)
 コトリと会う前は一匹狼だったけれど、彼女と過ごして心情が大きく変化したように思う。今は一人で何かをすると、どことなく物足りない感じがあるのだ。
 ふと、彼女の横顔を眺める。三百年近く独りだった彼女は、どう考えているのだろうか。
 彼は首を横に振ると、彼女の肩をぽんと叩いた。
「頑張れよ」
「ん? 何を?」
 コトリの疑問には答えずに、オクターは立ち上がった。
「ここにいても暇だし、遺跡でも回るか」
「うん。でもその前に、お腹が切ないかも」
「解ったよ、ほら」
 大銀貨一枚をコトリに渡した。コトリは不満そうに口を尖らせる。
「さっき三枚だった」
「今から遺跡を回るんだからほどほどにしとけ。ここで待ってるから適当なの買ってこいよ」
 さっきもらっておけばよかったと思っているのか、コトリは不満顔でしぶしぶ屋台の方へと向かった。
「柄にもなく遺跡見物か」と彼は頭を掻きながら遺跡を見やる。無駄に広い遺跡だが、ふとあるものを見つけ、屋台へ向かおうとしていたコトリを引き止めた。
「三枚くれるの?」
「いや、首にかけてるペンダントをちょっと貸してくれ」
 コトリは露骨に不満そうにしながらも、ペンダントを手渡し、屋台で食べ物を物色し始めた。
 オクターは椅子に座りなおすともう一度遺跡を見る。遺跡に無造作に点在している柱一本一本に、重厚なつくりの壁一枚一枚に、あらゆる場所にドラゴンの紋様が刻まれている。それは、列車強盗依頼の時に盗ったペンダントに刻まれているドラゴンと似ているのだ。
 いや、よく見ると違う。羽の大きさや首の向き、爪の長さなど、僅かだがすべてのドラゴンが異なっている。まるで間違い探しでもさせようとしているかのようだ。
(このペンダントと同じ紋様のところに何かあるってか)
 列車強盗の依頼でついペンダントをくすねたことや、それを売らずにコトリが気に入ったこと、さらに遺跡嫌いの自分がここにいること。それらはコトリが成竜になるための儀式に関係しているとしたら、その可能性も否定できない。
(だけど……興味ないな)
 儀式の最中での死を受け入れてはいるが、わざわざ興味のないことに首を突っ込み寿命を縮めることはしたくないし、儀式を見つけることが必然ならば図らずとも舞い込んでくるだろう。
 ペンダントを無造作にポケットに突っ込むと、コトリが両手いっぱいの食べ物を買い込んで戻ってきた。
「ずいぶん買ったな。で、おつりは?」
「頑張ってなくした」
「そんな所で頑張るなよ……」


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