一週間前、スルトが提示しオクターが請けた依頼は「列車護衛」の対依頼である「列車強奪」である。
 シルバーライセンス以上の自由稼業者五名以上が請ける列車護衛。オクターはいかに彼らを出し抜けるかに興味を惹かれ、強奪の依頼を請けたのだ。
 まずは小規模な強盗団へ情報をリーク。敵襲を退ける事で自分への信頼を厚くし、自分の行動を自由にする、さらに煙幕を張ったのは盗賊団だと誤認させるための罠だ。
 紛れ込み方は単純で成りすまし。大人数に依頼を頼んだのが仇となり、横のつながりが浅く入れ替わっても気付かれにくい。人数には差を出さないため男女ペアの自由稼業者を襲い、潜入に成功したわけだ。
 あとは記したとおり。途中でマリウスに気づかれたのだけが誤算だが、それ以外は予定通りに宝を強奪できた。
「おーい、オクター」
 列車の外でしばらくのんびりしていたら、ようやく待ち人がやってきた。荒野のど真ん中にトレーラーでやってきたのはスルトである。彼は列車の近くにトレーラーを止めると車を降りた。
「これが例の宝物がぎっしり詰まった客車か」
「ああ。お前の言う通りなかなか面白い仕事だったよ」
「あったりまえだろ。このスルト様がつまらない仕事を押し付けるなんてありえないっしょ」
「五本に一本ぐらいしかないけどな、こういう当たりくじは」
「言ってろ。オクターのえり好みが激しいだけだよ」
 スルトは悪態をついてから、あたりをきょろきょろと見渡す。
「ところでコトリちゃんは? そういえば、ホワイトライセンスだったけど彼女きちんと働いたのか?」
「一度に二つ質問するな。ああ、コトリは大活躍だったよ。何回か助けられたし、コトリがいなきゃもっと難しいことをする必要もあった。それだけじゃなくて仕事は失敗してたかもな」
「へぇ、オクターが言うんだから相当活躍したのか」
「したと言うかしてると言うか……とりあえず、コトリは車両の中にいる」
「中? これまたどうして?」
 ガキンと、二人の会話を砕く、金属が真っ二つに割れたような甲高い耳障りな音がした。音の大きさに二人は思わず耳をふさぎ、その発生源である車両を見やる。車両からコトリが顔を出した。
「開いたよ」
「おお、よくやったコトリ」
「何が開いたって?」
 スルトが疑問符を浮かべると「見れば解るさ」とオクターはスルトを連れて車両の中に入った。
 中に入った二人は思わず目を見開いた。事情を知っていたオクターですら驚いたその場所は、目も当てられないような凄惨な光景が広がっていたのだ。
「コトリ、これはいくらなんでもやりすぎだな」
「だって邪魔だったし」
 金庫付近の座席はすべて吹き飛んでおり、床や天井にも穴があき、そこで暴動でも起きたかのような荒れっぷり。しかし何よりすさまじいのは、ぱっくりと口を開けた金庫である。幾重もの鍵と分厚い金属で囲まれたあの金庫が見る影もなく開放されているのだ。
「……これ、コトリちゃんがやったのか?」
 コトリはこくんと頷いた。スルトは口をあんぐりと開けたまま呆然としている。
 今回の依頼の中で何より困難だったのは金庫を開けることである。事前に調べておいたのだが、金庫の鍵は容易に盗み出せないし、鉄板を重ねに重ねた横っ腹を破壊するのは人間の手では不可能。そこで手っ取り早くコトリに破壊してもらったというわけだ。
 いち早く平静を取り戻したオクターは、ぶち破られた金庫の中に入り込む。
「――やっぱりな」
 そこに入っていた宝物の山を見て、オクターは呟いた。
 本当に家宝ということも考えられたのだが、それにしてはいくらなんでも厳重すぎるし、何より依頼主に付き添った身内が少なすぎた。
「見ろよ二人とも。これ全部盗品だ」
 刮目に値する名品がずらりと顔を並べている様は圧巻。絵画や調度品、貴金属や古文書など、まさに逸物と呼ぶにふさわしい代物が金庫の中にひしめいている。
 遅ればせながら金庫に入ってきたスルトも感嘆の声を上げた。コトリはそれらの価値が良く解らないらしくきょとんとしている。価値が解らないというより、価値があったとしてもドラゴンからすれば興味がないのだろう。
「ヴィッチの『洛陽』、クウヤの銀細工もごっそりあるし、大地の心臓とまで呼ばれた世界最大級のルビーまであるぞ」
「名前は聞いたことはあるが……よく全部が盗品だって解るな」
「端から盗品だと思ってたからな。盗品リストを漁っておいた」
 依頼の前に読んだ盗品リストには、世の中の貴重品はすべて悪人の手に渡っているのではと疑ってしまうほどの量が記載されていた。あまりにも分厚かったので一読しかしてないが、ここにある盗品はリストの一握りほどの量しかないことは解る。
「さて、運び出すぞ」
 オクターの指示に従って、金庫の中の盗品をトレーラーに運び入れる。傷をつけてはいけないものなので肝を冷やしたが、何とか運び終えた。
「これ全部依頼主に渡しちゃうのか」
 スルトが積み込まれた宝物を眺めながら溜息まじりに呟く。
「仕方ないさ。そうするのが自由稼業者だからな」
 この依頼は大金貨五十枚の仕事だけれど、この盗品をすべて合わせたら大金貨何枚になるのか想像もつかない。今思えば割が合わない気もするが、それも自由稼業者の宿命だ。
「契約違反だってばれたら困るのは俺だしな。仕方ないさ」
「ばれなきゃいいじゃんかよ」
「ギルドで働いてるお前が言うか。そんなルール違反するわけないだろ。少なくともすぐにばれるようなことはやらないさ」
 オクターのお堅い言葉にスルトが肩をすくめる。これだけたくさんあれば一つぐらい盗んでもばれないだろうに。
 ともかく、三人はトレーラーに乗り込み、依頼主が指定した宝物引渡し場所まで向かうことになった。

「オクター」
 しばらく走っていたら、トレーラーの上からコトリが呼んだ。列車の上で行動していたことが思いのほか面白かったらしく、彼女はトレーラーが走ると聞いて迷わず上に乗ったのだ。
「どうした?」
「車が走る音がする」
 コトリの視線の先を見ると確かに土煙が舞っている。向かってくるのはジープだ。
(せっかちな依頼主様だな)
 まだ宝物引渡し場所から程遠いが、トレーラーを止めるとオクターとスルトは車から降りた。ジープが滑り込むようにしてオクターの目の前に停車する。
「また会ったな」
 オクターは待ち兼ねていたように、ジープを運転してきた依頼主へと手を差し出した。
「解ってたの?」
「いや、あんたが現れて、不可解だった事象に合致したから納得しただけだ」
 ジープに乗って現れたのは、列車護衛の依頼をしていたはずの自由稼業者、列車の中で会話もしたあのシーニアだった。何か裏があることは解っていたがまさか列車強奪側の依頼主だったとは。
 滅多にないことだが、自由稼業者がギルドに依頼を申し込むことも可能なのである。
「乗り込んだ理由は、俺たちの仕事ぶりでも見たかったからか?」
「ええ。自分が出した依頼を他人が解くのって見ていて楽しいのよ。それに貴方たちが失敗したら私がやろうとも考えていたわ」
「依頼主の手を煩わせることがなかったようでなによりだ」
「完璧だったわね。危うく私も睡眠ガスを吸ってしまうところだったもの」
 シーニアはにこりと微笑んだ。こぼれた白い歯が美しいが、オクターはそれと同時に底知れぬものを感じた。
「一ついいか? あんたほどの腕を持つ人間がどうして異性と入れ替わったんだ?」
「入れ替わるときも本当は同性と入れ替わりたかったんだけど、列車護衛を請けるはずの女性は一人しかいなかったし、それは貴方の連れに奪われちゃったでしょ?」
「なるほどな」
 そこにずずいとスルトが割り込んできた。小声でオクターに訊ねる。
「この露出の高い麗しい女性は知り合いなのか?」
「この仕事で偶然一緒になっただけさ。特別な面識はないよ」
「彼女の名前は?」
「シーニアだ。しかし、名前ぐらい自分で聞いたほうがいいぞ」
 オクターが言い終わる前にスルトは女性に言い寄っていた。いきなり手を取って不躾ではあるが、彼女はそこまで嫌がっていない様子。むしろスルトを手玉にとって楽しんでいるようだ。
(そういや、シーニアには恋人がいるはずじゃなかったか?)
 ただ、それを言うとしたらシーニアの仕事で、自分が横槍する必要はないだろう。やぶへびになっても困るし。
 とんっと何かが着地した音がしたので振り向くと、コトリが隣にいた。
「あの人はシーニアだよね?」
「ああ。俺たちの依頼主だったんだ」
 それだけ聞くと、コトリはじっとシーニアを見つめていた。その表情は今までにないくらいに険しい。
「シーニアに何かあるのか?」
「解らない」
 コトリの不思議な答えに怪訝な表情になったオクターだが、訊ね直す前にシーニアが彼の前にやってきた。スルトはふられてしまったショックでジープに寄りかかって嘆き倒している。
 シーニアはオクターを一瞥すると、コトリに視線を向けた。
「貴方がコトリね。私はシーニアって言うの。以後よろしくね」
「……よろしく」
 シーニアが差し出した手に、おずおずとコトリが応えた。シーニアは妖艶な笑みを浮かべ、告げる。
「貴方、綺麗な髪をしてるのね」
 綺麗という単語に反応し、コトリの顔が一気に赤くなった。ぱっとシーニアの手を振り払うとオクターの後ろに隠れてしまう。
「すまんな。こいつ、褒め言葉が苦手なんだ」
 オクターが代わりに答えた。
「ふふ、なかなか純情なのね。私の彼にそっくり」
「さっきもその話を聞いたが、そんなにそっくりなのか? いつかあんたの彼氏を見てみたいな」
「いつか会えるわよ。保証できないのが残念だけれど」
 シーニアは悪戯っぽく笑うと、腰に下げていた袋とジープの鍵を手渡した。
「大金貨五十枚とジープの鍵よ」
 オクターは未だに嘆いているスルトからトレーラーの鍵を奪うと、シーニアに投げ渡した。シーニアはトレーラーの中身を見渡し頷いた。
「確かに受け取ったわ」
「これで依頼完了だな」
「ええ」
 シーニアがちらりとオクターの胸ポケットを見た。その視線に気づいたオクターだが、何食わぬ顔で訊ねる。
「どうした?」
「いいえ、何でもないわ。詮索はしないことにする」
 また悪戯っぽく笑うと、彼女はトレーラーに乗り込んだ。
「また会いましょう。オクター、コトリ」
 スルトは無視かよとオクターが笑おうとした時、かすかに響いた彼女の声に、彼は凍りついた。
「きっとそれは、『必然』だから」
 トレーラーのエンジンが掛かり走り出した。 はっと束縛から解けたオクターは車を追うが、しかし追いつくことができず、車は荒野の彼方へ消えていく。砂埃すら消え、タイヤの跡だけが残された。
「オクター何やってんだ? 車に追いつけるわけないだろ。もしかして報酬貰い損ねたか?」
「いや、ちょっと気になることがあっただけだ。報酬はちゃんと貰ったさ」
 貰えなかったら路頭に迷うことになるし。
「オクター、早く帰ろう。わたしお腹が切ない」
「コトリちゃんと同じく俺も腹減ったし、さっさと帰ろう。俺はここまで運転してきて疲れてるから、オクターよろしく」
「俺だって疲れてるんだぞ……まあいい、解ったよ」
 三人はシーニアが乗ってきたジープに乗り込んだ。オクターが鍵を差し込み回そうとした時、シーニアの言葉が脳裏をよぎった。
『必然』
 コトリが散々口にしていたその言葉を、何故シーニアが使ったのか。
「一度車から降りろ」
 気になることがあり、オクターは紐を取り出すと鍵に結びつける。
「何でそんなことする必要があるんだよ?」
「いいから、四の五の言わずに降りろ」
 スルトの質問を一蹴し、オクターは二人を連れて車から遠ざかる。差し込んだままの鍵に結ばれている紐を、ぎゅっと握り締めた。
「何するつもりなんだ?」
「いや、ちょっと、気になることがあるだけだ」
 くいと鍵を引っ張る。カチリと小さな音を立てて車の鍵が回り、エンジンが動き出した。
 次の瞬間、閃光が視界に焼き付き荒野に激震が襲った。爆風と轟音と熱風と砂埃が三人の元へ殺到し、容赦なく体をなぎ倒す。肌が焼けるように熱く閃光でやられしばらく目を開けることができなかったが、熱が引き徐々に視界がはっきりとしてくると共に、ジープの姿を捉えることができた。
 ジープは原形すらとどめておらず、部品は三百六十度に飛び散っていた。そのすべてが炎を帯びておりゆらゆらと空気を焦がしている。ジープの近くにあった岩は砕かれ、遠くの岩には部品が突き立てられている。ぞっとした。破片が一つでも直撃していたら車に乗っていなくても死んでいた。
「……よく気づけたな」
 唖然としながらも、スルトが言葉を搾り出した。オクターは胸の内ポケットをぎゅっと握り締める。
「これもきっと、必然、なんだろうよ」
 愕然と、火達磨になった車の残骸を眺めている二人は、これが彼らに襲い掛かる悲劇の序章だということは、コトリが呟くまで知る由もなかった。
「車壊れて、どうやって帰るの?」
「………」
「………」
 周辺に美しいほど何もない荒野のど真ん中で、二人は思わず絶叫したのだった。



 その後、シーニアの自由稼業者としてのライセンスは剥奪された。
 罪を犯した者でも自由稼業者として働くことは可能だが、依頼主が不当に自由稼業者へ攻撃を加えた場合、ギルド側からの徹底的な制裁が下るのだ。
 依頼主であるシーニアが依頼を請け負ったオクターを殺そうとしたとみなし、現在ギルドは総動員でシーニアを追跡中だ。しかし未だに彼女の行方はつかめていない。
 そのシーニアがリークしたのか、列車護衛の依頼を申し込んだマダムは盗品を所持していたとして警察に追われている。シーニアと違い彼女は間もなく捕まるだろう。

 ちなみに。
 荒野に置き去りにされた三人は、三日三晩飲まず食わずの大行進の結果、なんとか近くの町へ辿り着き事なきを得た。
 コトリがその間中、お腹が切ないと騒いでいたことは言うまでもない。


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