列車が荒野に突入してから数十分が経過した。
 コトリはオクターに寄りかかって寝息を立てている。自由稼業者が依頼遂行中に睡眠なんて本来なら言語道断であるが、お腹が切ない切ないとうるさかったから無理矢理寝かしつけた。
 彼女が人間など太刀打ちできない力を持っていても、彼女の胃袋がオクターの財布を苦しめても、寝てしまえば可愛いものだ。無警戒に眠る彼女を見て、彼女をドラゴンだと思う人間などいないだろう。
 オクターはコトリの寝顔を眺めた後、窓の外へ視線を移した。荒野にはぽつぽつと岩陰が現れ始めている。これより先に行くと岩場が多くなるために線路が蛇行しはじめる。つまり列車のスピードが落ちるので、列車強盗がこの時を狙ってくる可能性が高い。そこに到達してからが依頼の本番だから、それまでは寝ていてもらったほうがコトリのお腹に優しい。
 忙しくなる前に真偽の程を確かめようと、オクターはコトリを座席に横にして立ち上がった。進行方向へ進み、二両目へと続く扉を開く。目的の人物は列車中央に陣取っていた。列車護衛の依頼を請けている女性、シーニアである。
 オクターが遠くから窺っていると、シーニアがこちらに気づいた。オクターは彼女に近づいて、挨拶なしに目の前の座席に座る。
 ――さて、何から話そうか。
「その露出の高い服は趣味か? 他の奴も言っていたが、男にとってはたまらない格好だな」
「仕事中なのに第一声でそんな話をしてくるなんて変わった人ね。それじゃナンパは成功しないわよ」
 シーニアは妖艶に微笑む。隙だらけの服装とは裏腹に返答には一切の隙がない。リーダーであるオクターが訪ねて来たのだから、秘があるなしに関わらず多少は動揺があるはずなのだ。いきなりの腹の探り合いに、気を引き締めて掛かる。
「ナンパじゃないさ。残念ながら俺には連れがいるからな」
「コトリ、って言ったかしら? 見てる限りでは貴方が尻にしかれてるみたいね」
「まあな。頑固なくせにわがままなんだあいつは。毎日毎日苦労してばっかりだけど、それなりに楽しくやってるよ」
「その気持ち解るわ。私にもそういう男性がいるんだけど、頑固でわがままなのに、一種の惚れた弱みよね、離れられないのよ」
「惚れた弱みか。少し違うが、これも一種の惚れた弱みなんだろうな」
 オクターは竜の主となり強制的に彼女の傍にいる。初めは後悔していたし散々迷惑をかけられているけれど、今その気持ちが殆どなくなっているのはコトリを知り始めたからなのだろう。
「ふふ、大変ね」
「お互い苦労してるみたいだな。それにしても、彼からこんな危険で野蛮な仕事をやるなって言われないか?」
「言われないわ。むしろ推奨されてるし、一緒に仕事をすることもあったわ。もう彼は自由稼業者ではないから、私一人でやっているけれど」
「その服は男の趣味か?」
「違うわ。残念ながら彼は私の服装にまで興味を持ってくれなくて。だからこれは私の趣味。ちょっと前は清楚な白いワンピースを着てたのよ」
「今の服と正反対だな。ま、あんたなら何でも似合いそうだ」
「ありがとう。でも、褒め言葉のような特別な言葉は彼女にしか言っちゃ駄目よ。そういう人って結構嫉妬深いから、下手に他人を褒めたら一日中口聞いてくれなくなるわ」
「そんなことはないと思うけどな」
「それは貴方の思い違いよ。淡白な反応しかしなくても、意外と相手は嫉妬してくれるものよ」
「そういうものなのか?」
「絶対そうよ。案外そういう相手に限って寂しがり屋だったりするの。うちなんて、自己主張も腕力も強いくせに、独りきりは嫌なのかしらね、私が勝手にどこかに行くと拗ねるのよ。貴方の彼女も私なんかと会話してて今ごろやきもち焼いてるかもしれないわ」
「そう、なのか」
 やりづらいと言うのが正直な感想。シーニアはとても落ち着いていて、挙動に変化は見られないし不自然なところがない。むしろ彼を試しているとすら感じられ、オクターが今から話そうとしていることなど既に見透かされているような気さえするのだ。
 遠まわしに聞いても無駄かもしれない。オクターは直球で勝負することにした。
「さて本題に入ろうか。実はな、マリウスって奴から聞いたんだが、この依頼を請けた女性は一人だけだったらしいんだ。シーニア、あんたはどう思う?」
「あら、それが本当なら大変なことが起きそうね」
 間髪いれずに、既に用意されていたような答えが返ってきて、オクターは心の中で笑みを浮かべた。
 こいつも自分と同族だ。先ほど自分とマリウスは同族だと言ったが、自分とシーニアとは性質の悪い部分での同族だ。
 何か隠したいことがある時でも、決して嘘だけはつかないのだ。スルトにコトリとの出会いを隠した時のように、本当のことを話しているのに根本的な部分だけはひたすら隠す。嘘をつくときは、それが効果的だと確信を持ったときだけ。
「そう、大変なことが起きるかもしれなくてな。一応確認しに来たんだ。この列車に乗っている自由稼業者の中で、女性はうちのコトリと、シーニアだからな」
「女性が一人しかいないという情報は本物なの?」
「いや、確定情報ではなかったらしい。俺も伝聞だから断定的なことは言えないがな」
「そうなの? てっきり、完全に私を疑っているから貴方がここに来たと思っていたのに」
「俺の得た情報がガセネタの可能性もあるから、黒と決め付けるのはいけないと思ってな。疑心はぬぐえないがあんたが違うと言えばそれまでだ」
 マリウスが発した情報が嘘であるとは考えにくい。自分がそうであるように、彼が信用度の低い情報で行動するとは思えないからだ。
「ところでそのマリウスって人、貴方のことも疑ってた?」
「ああ、もうねちねちと言われたよ」
「嫌だわ。私のところに彼がきたら、同じような目に遭うのかしら」
「それは無いんじゃないか?」
「どうして?」
「単純にあいつは俺を敵視してるからな。疑われてるだけじゃあんな粘っこい視線は味わえないと思う」
「ふふ、そういえば見たときから犬猿の仲っぽかったものね」
「完全に一方通行だ。こっちは迷惑してるんだ」
「それでも、やり取りは楽しかったわよ。漫才を見てるみたいで」
「勘弁してくれよ。こっちはどうやって関わらないようにするかを精一杯考えてるところなんだから」
「私が見る限りなかなかいい相性よ。貴方って面白そうなことに首を突っ込む癖がない? あのマリウスって人も、損得関係なく面白そうなことを求めてる人だと思うわ」
「どうしてそう思う?」
「心底嫌いな相手に情報を教えたりはしないし、疑っている人間に情報を与えるなんてありえない。それなのに情報を与えたのは、マリウスが貴方と関わり持ちたかったからよ。その方が面白いことになると思ったんじゃないかしら?」
「俺の場合は?」
「ここに来たことがその理由」
「……参ったな。否定できそうにない」
 くすりとシーニアは笑った。笑顔が似合う女性である。
「それでもマリウスとは関わりたくないな。同族嫌悪ってやつだ」
「同族嫌悪ね、それを言われちゃったらなんとも言えないわ。でも、いくら嫌いな相手でも、人との関わりは大切にするべきよ。いつかそれが朽ちたときに後悔しないように、ね」
 諭されてる? それとも経験論? いや、そもそも何故こんな話になっているのだ?
(有り体に言えば、誘導か)
 先ほどの話題が触られたくなかった事なのは確かだろう。しかしこれ以上会話してもシーニアはボロを出しそうにないし、また話題の矛先を変えられてしまう危険がある。オクターは適当に切り上げて立ち上がった。
「俺は戻る。もう少しで強盗団多発ポイントだから、気を引き締めてくれよ」
「ええ、お互いにね」
 シーニアの妖艶な笑みを傍目に、オクターは元の車両に戻った。
(……疲れたな)
 たった数分の会話なのに頭に汗をかいた。それどころか、シーニアの情報を得に行った筈なのにこちらの情報だけ引き出されて収穫がなかった気がする。
 弄ばれた。その言葉がしっくり来る。すべてがシーニアの予定通りに進んでいたようで、薄気味が悪い。
 しかしその中で疑いは深まっていた。シーニアは確実に何かを隠している。狙いが宝物なのか否か、判断はできないけれど。
 自分の席に戻ると、コトリが既に目を覚ましていた。彼女の隣に腰を下ろすと、いつもは寝起きがすこぶる良いはずの彼女がどことなく不機嫌である。
「お腹が切ないのか?」
「どこ行ってたの?」
「ん? いや、二両目に行ってた」
「何しに?」
「シーニアっていう女性がいたのは覚えてるか? ちょっと仕事関係の会話をしてた」
「どんな?」
「マリウスがこの依頼を請けた女性は一人だって話をしてたろ? だからその女性がどんな奴か確認してきたんだよ」
 本当のことを話したのに、まだコトリは不機嫌である。
「どうした? やっぱり腹が切ないのか?」
「わたしに黙ってどこか行くのは禁止」
 ――淡白な反応しかしなくても、意外と相手は嫉妬してくれるものよ。
 オクターはシーニアの言葉を思い出した。まさに彼女の言う通りで、コトリは少しばかり妬いてくれたのかもしれない。
 と思ったが。
「オクターがお金持ってたから、さっき来た売り子さんから何も買えなかった」
「そんなこったろうと思ったよ。もしかしてと一瞬でも思った俺が馬鹿だった」
「何のこと?」
 それでも、コトリには嘘をつく必要もないし、腹の探りあいをする必要もない。
「コトリが綺麗だってことだよ。俺の周りにいるのは俺を含めて汚い人間ばっかりなんだもんな。余計にコトリが綺麗に見えるよ。まぁ、コトリはもともと綺麗だけどな」
「え、え、え?」
 顔を赤くして狼狽し始めたコトリを見ながら思う。
 彼女は出会って短いながらも、一緒にいて心安らげる相手だと。一蓮托生、死ぬまで共にいなければならない間柄、ある種の惚れた弱みで彼女に振り回されるのもいい退屈しのぎになりそうだ。
「解ったよ。お前に何も言わずどこかに行ったりはしないから。もし行くときはお金を少し置いてく。これでいいだろ?」
 彼なりに最大限の甘さで応えたのだが、コトリはまだどことなく不満そうである。
「どうした。お金が少しじゃ足りないとか言うなよ」
「それはそうだけど、そうじゃなくて、お金を置いていかなくても、オクターが――」
コトリが何か言った気がしたが、汽笛の音が重なりよく聞こえなかった。この汽笛はスピードを落とす合図。この合図と共に、強盗団の侵入を防ぐために窓を閉めることが義務付けられているので、乗客たちが窓を閉め始めた。
 オクターも窓が閉まっていることを確認し、とりあえず事が起きるまでコトリとのんびり時間を潰していようと思うのだった。


「音がする」
 突然コトリが呟いた。ドラゴンの聴覚は優れているため、遠方の音も聞き分けることができる。
「何の音だ?」
「馬が走る音」
 一瞬その言葉を理解できなかったオクターだが、はっとしたように列車の窓を開け放った。規則で締め切ることになっているがそんなこと気にしてられない。窓の外に体を乗り出し前方後方と見渡したが、異変は見つからず列車が揺れる音と風を切る音しか入ってこなかった。
 オクターは一度列車の中に身を戻す。
「どの方向から聞こえる?」
「反対側」
 オクターは反対側の席に移動し窓を開け放つ。先ほどと同じように身を乗り出すと、列車前方、砂埃を引き連れた馬の集団がこちらに近づいているのを見つけた。
「来たな」
 オクターは顔ににやりと笑みを貼り付ける。
「コトリ、後方車両に伝えてきてくれ。俺は前方車両に伝えてくる。敵襲だってな」
「わたしが前方車両に行く」
「そうか? じゃあ俺が後方車両に行く。伝えてきた後は、各自仕事に入ろう」
「うん」
「仕事失敗したらご飯抜きだからな」
「頑張る」
 二人は顔を見合わせうなずき合うと、各車両に散っていった。
 オクターは後方車両へ向かうと、嫌な顔を思い出しつつ扉を開ける。列車護衛の依頼主や自由稼業者たちが一斉にこちらへと視線を向けた。何事かと怪訝そうにしていた彼らだが、自由稼業者たちはオクターが発す張り詰めた雰囲気を察し、表情を引き締めた。
 オクターは一言「仕事だ」と告げた。それだけですべてを理解した自由稼業者たちは静かに準備を始める。それから彼は、未だに理解していないマダムに近づいた。
「いったい何があったの!」
「列車前方に強盗が現れました。まだこの列車には到達していませんが、間もなくやってくるものと思われます。しかしご安心を。マダムの命や宝物は必ずや守って見せます。我々にお任せください」
 マダムに話すことはこれぐらいで十分。強盗団の規模や具体的なことなどを話しても混乱させるだけだろう。マダムは彼の頼れる言葉に落ち着きを取り戻しているのを確認し、オクターは再度自由稼業者に告げた。
「皆、敵を確実にかつ圧倒的な力を持って撃退してやれ。二度と強盗なんて起こす気をなくすぐらいにな」
「了解」
 もうここにいても仕事はない。あとは自分の持ち場の三両目に戻るだけ。彼が踵を返すと、後ろから声がした。
「リーダー、頑張ろうぜ、お互いにな」
 マリウスの声。オクターは振り返らずに答えた。
「ああ、依頼に全力を尽くそう」
 まだ疑ってるのか。オクターはうんざりしつつも、その雰囲気は嫌いではないのだった。
 
 鬨の声が近づいてくる。その数三十前後。先頭車両ではすでに前哨戦が行われているのだろうか、金属がぶつかり合う激しい音が響いてくる。
 乗客の女子供は客車中央で待機してもらっている。窓ガラスは強化ガラスでできているため、中央は比較的安全なのだ。危険なのは車両の前後。扉があり鍵が掛けられるとはいえ不完全。そこには男が座り、もしものときに備えて武器を構えている。
 オクターは二両目側の扉を開いた。外気が飛び込んできて一瞬バランスが崩れる。二両目の扉がきちんと閉められていることを確認すると、オクターは一般客に告げた。
「俺がやられたら、すぐにこの扉を閉めて鍵を掛けろ」
 男はうんうんと何度も頷いた。それを見届けて、オクターは二両目と三両目のジョイント部分に立つ。強盗団の雄叫びが近くなり、ようやくその姿を捉えることができた。
 強盗団の一人が弓を構えているのが見えた。オクターはすかさず剣を引き抜き、襲い掛かってきた矢を弾き飛ばす。
「いきなり熱いな」
 この狭い空間では剣が使いにくい。どうしようかと剣をもてあましていると、一人の強盗が手馴れたようにジョイント部分に飛び乗ってきた。
 狭い空間で対峙する二人。オクターは客車に乗っている客に扉を閉めるように指示した。
 扉が閉まりきる。それを合図に強盗団がナイフを片手に迫ってきた。この狭い空間では短剣の方が有利なのは明白。オクターは剣の腹でナイフを受け止めると、しかし強盗も力を緩めずナイフを押し付けてきた。こちらの方が踏ん張りが利くのが幸い、何とかナイフを弾くとそいつの腹を蹴り飛ばした。強盗は列車から吹き飛び姿が見えなくなった。
 次の敵が来ないうちにオクターは列車の上に登った。列車の上には、コトリやマリウス含む数人の自由稼業者の姿が見える。彼らは全員長い棒を持っており、オクターも列車の上に用意しておいた長い棒を手に取った。
 初めから計画していた作戦である。相手は馬に乗り駆け足で列車を追いかけているから、小回りが利かず上からの攻撃には無防備。ならばという事で、列車の上から長い棒で攻撃する作戦を組み込んでいたのだ。
 彼はジョイント部分に飛び移ろうとしていた強盗に長い棒を一薙ぎすると、それは顔面にぶちあたり強盗は後方に流れていった。棒を振り回すのも重くて手間だが効果覿面のようだ。
「コトリ、首尾はどうだ?」
「ちょっとつまらない」
 コトリも長い棒を扱い、次々に強盗団を排除していく。長い棒を振り回しているはずなのに、コトリはバランスも崩さず的確に強盗団を狙って行く。たまに矢が飛んでくるが、彼女はそれを素手で掴み取ってしまうほどの余裕を持っていた。
「文句言うな。これも仕事のうちだ」
 強盗団の数があっという間に半数になった。このまま終わるかと思われた襲撃だったが、強盗団が一人車両の上に乗ったのを皮切りに、次々と車両に上って来た。
 オクターの元にも強盗が二人襲いかかろうとしていた。長い棒を振り回し一人は吹き飛ばせたが、もう一人はオクターの懐に飛び込んできた。
 この広さならば剣が使える。オクターは棒を投げ捨て剣を引き抜いた。強盗もナイフではなく剣を持ち、不安定な列車の上で間合いを計る。条件はほぼ一緒だが、敵の方が風上にいる分有利だろうか。
 強盗の体が沈んだ。このまま向かってきて殺陣の開始かとオクターが身構えた瞬間、しかし強盗はこちらに向かって剣を投げつけた。
(そんな小手先の技が効くかっての)
 オクターは悠々とその剣を弾き飛ばそうとしたのだが、風で流された剣は予想以上に重く体が弾かれた。その隙を見逃さず、強盗はオクターの足を狙ってくる。避けるのも防御も間に合わない。だが倒されてしまっては列車から落ちるかもしれないし、落ちなかったとしても不利な体勢になることには違いない。
 万事休すかと思われたその時、頭の後ろから風を切る音が聞こえた。
 オクターは自ら体を後ろに倒した。髪を掠めて、オクターの頭上を一本の棒が通過していく。その棒は強盗の体を弾き飛ばし、列車の下へと突き落とす。
 誰かが助けてくれたのかと思い後ろを見たが、単にコトリが棒を振り回しているだけだった。こちらを気にしている様子など見受けられない。
「コトリ」
「何?」
「もう少し周りの事を考えて棒を振り回してくれ」
「解った」
 避けられたし結果助けられた形にはなったが、棒にぶつかっていたら強盗と一緒に列車とおさらばしていただろう。当然依頼も失敗で、コトリは飯にありつけない。
 コトリに注意をしたものの、彼女の動きは先ほどとさして変わらなかった。仕方がないので、とばっちりを受けないように距離を取る。それから改めて長い棒を掴むと強盗を撃退していった。
 強盗団が残り数名にまで激減した。初めは勢いのあった強盗団もここにきて士気が落ち、我先にと逃げ出し始めた。逃げ出したなら無理に追う必要はない。
 それにしても、シルバーライセンス以上の自由稼業者たちだけの集まりだとこんなに早く終わるのか。仮にも敵は三十人以上。強いとは言えないが弱くもなかった強盗団をたった十数分で追い返してしまうとは。
 自由稼業者の力に感嘆しながら、屋根の上で強盗団の姿がいなくなるのを見届けていると、後ろから声を掛けられた。
「よおリーダー、いいこけっぷりだったな」
 嫌味ったらしく近づいてきたのは、予想を裏切らずマリウスである。
「周りの事を見られるほど余裕があったなんて、さすがゴールドライセンスだな」
 オクターは嫌味ではなく本気で答える。生理的に嫌な奴ではあるが、仕事の面では完璧だった。
 マリウスも本気で褒められたことが気持ち悪かったのか、チッと舌を鳴らした。
「それにしてもリーダーさんよ、コトリの奴の方が断然いい働きしてたじゃねえか。そこんところはどうなんだよ?」
「はっきり言えば、俺よりコトリの方が強いしお前よりも強い。それは腕相撲と今の戦いで解ったと思うけどな」
「悔しいが、それは認めるぜ」
 コトリの常人離れしたような動きをマリウスは視界に収めていた。攻撃に狂いはないし、列車の速度が遅いとはいえよろめきすらしなかった。今回の撃墜数はコトリが一番多かったはずだ。
「わたしがどうかした?」
 自分の名前が出ていることが気になったのか、コトリがこちらにやってくる。
「コトリが強いって話をしてたんだ」
「オクターは、今回はあまり調子出てなかったね」
「正直、今の戦いにはあまり興味持てなかったからな。つい手抜きになった」
「興味?」と聞いたのはマリウス。コトリは聞かずともすでに意味を理解している。
「やる気が出なかったってことだよ。今回は敵が弱かったしな」
「敵の強さでやる気を決めるなんて自由稼業者失格だな」
「いやいや、これでも結構やれるもんだぞ。俺はいつもこうやって来たが成功率はすこぶる良好だ。さて、列車の中に戻ろう。被害状況を確認だ」
 早々に会話を切り上げる。マリウスはまだ何か言いたそうにしていたが、これ以上質問されても答える義務なんてあるわけがないし、オクターは構わず列車の中に戻った。

 オクターは四両目に数名の自由稼業者を集め被害状況を聞いていた。そこには筋肉質な聖者や露出の高いお姉さんはいない。彼らには乗客をまとめるように指示してある。強盗団が引いたとはいえ混乱している客は多い。
 コトリには別の仕事を頼んでいるのでここにはいない。それに、コトリはマダムのことがちょっと苦手なのだそうだ。その気持ちは良く解る。自分も苦手だ
「被害状況は?」
「一両目、窓ガラス一枚。乗客に怪我はない」
「二両目は窓ガラス二枚。乗客一人が切り傷を負ったけど、大した傷じゃない」
「三両目は特別な被害はなし。ただ動揺した客が転び擦り傷を追ってしまった程度だ」
 そして彼らがいる四両目だが、ここにはまったく被害がない。自由稼業者たちがここを重点的に守ったのだから当然の結果ではある。
 総合すれば、窓ガラス三枚に、限りなく軽傷の人間が二人。敵を撃退するのも早ければ被害も最小限。やはり自由稼業者の力は侮れないと再度驚かされた。
「マダム、お怪我はありませんか?」
 オクターが訊ねると、マダムはいつもどおりの口調で話した。
「ええ、大丈夫よ。一時はどうなるかと思ったけれど、予想以上にいい仕事をしてくれたわね。いえ、わたくしが雇った方々なのだからこれぐらい当然よね。これからもしっかりと守って頂戴」
 いちいち上からの口調で癪に障るが、マダムも自由稼業者の仕事振りに感心してくれているらしい。
「お褒めに預かり光栄です」とだけ答え、オクターはリーダーらしく自由稼業者達に指示を出した。
 出した指示は、乗客をまとめているマリウスやシーニアの手伝いや二度目の襲来がないかの見張り、そして最も重要な四両目の厳重護衛である。四両目は厳重に守らないとマダムがうるさいのだ。他の自由稼業者たちもそれは心得ているので、オクターが妙にその部分だけ強調していたことに文句はつけなかった。
「では各自仕事に移ろう」
 オクターがそう告げた瞬間だった。けたたましい音を立てて窓ガラスの一枚が砕け散った。破片はマダムや自由稼業者を襲い、マダムが悲鳴をあげた。窓ガラスが割れると同時に円筒のようなものが次々と投げ入れられる。そこからは煙が発されており、瞬く間に視界を真っ白に埋め尽くした。
「皆! 一度三両目に避難だ!」
 オクターは叫ぶ。視界が利かない中、敵の襲来があったら危険だ。視界が利かなくても何とか位置取りはつかめたので、彼はマダムと執事の元に向かった。
「マダム、大丈夫ですか?」
「これはどうなってるの! 何が起きてるの? 宝物は平気なの!?」
 マダムは混乱に陥っている。強盗団の残党が残っていたようですと言おうとしたが、余計混乱を招くだけだと思い止めておいた。
「マダム、一度三両目に非難しましょう」
「でも宝物が! 宝物が!」
「宝物なら大丈夫です。厳重な鍵が掛けられている上に分厚い壁を持っているんです。盗まれることは絶対にありません」
 ヒステリックに叫ぶマダムを何とか落ち着かせ、足元を確かめながら三両目に移動する。他の自由稼業者たちはすでに移動済みで、マダムは自由稼業者にすがるように倒れこんだ。
「いったいあれはなんなの! 何が起こってるの!?」
「落ち着いてくださいマダム。今から私が見てきます」
 オクターはマダムの肩をがっちりと掴み、まっすぐに視線を向けた。マダムは彼の真剣な眼差しに口を結んだ。
「俺が今から四両目に入る。すぐに援護できる態勢は作っておいてくれ。ただ、視界が利かない狭い場所だ。交戦中に入ってこられても相打ちになってしまう可能性があるので、時間を置いてきて欲しい。普通に考えれば発煙筒を投げ込んだのはさっきの強盗団。誰かが隠れていて投げ込んだことになる。――つまり、お前達が援護に来るにしても、その時は俺が仕事を達成してるか死んでるかのどちらかってことになる」
 自由稼業者たちは静かに頷いた。
「念のため三両目の扉は閉めさせてもらう。もしもマダムに怪我があったら大変だからな」
 オクターは剣を引き抜くと三両目後方の扉を開ける。風が車内に流れ込み彼の髪を乱す。一度振り返り、自由稼業者たちが自分を見送っているのを確認して、オクターは三両目の扉を閉めた。
 四両目は未だに煙がもうもうと渦巻いており視界が悪い。窓一つ割れ扉も開いているが、それだけでは排煙が追いつかないようだ。
 四両目はそんな状態だが、オクターはさして気負うことなく車両の中に入り込む。
 とりあえず煙を外に出すために窓を開けようとしたオクターだが、前方からやってきた気迫にとっさに剣を構えた。中に誰かがいる。
 息を詰めて車両の中の気配を探ったが、相手は相当の手慣れなのか何も把握できない。オクターは慎重にいくつかの窓を開けるとようやく煙が晴れてきた。
「よぉリーダー。どうした、鳩が豆鉄砲喰らったような顔してよ」
 煙の中から出てきたのは、見知った顔だった。
「まさかお前がここにいるとは思わなかったから、驚いただけだ」
「俺は予想してたぜ。リーダー一人がここに来るってな」
「いやはや、買いかぶられてるみたいだな俺は。で、煙の中で待ってた気分はどうだ?」
「悪くはないぜ。恋人を待ってる気分だ」
「気持ち悪いこと言うなよ! お前はいつもどおり会話の端々に筋肉ネタを仕込んでいけばいい」
「俺がいつ筋肉ネタを使った! というか俺の体つき馬鹿にしてんだろ?」
「別名筋肉質な聖者だから仕方がないさ」
「ああん? 今なんて言った?」
「いや、気にするな」
 煙が晴れたその先にいたのは筋肉質な聖者、マリウス。しかし今までのようなおどけたような皮肉ったような、そんな様子は見られない。今のふざけた会話をしていた時ですら抜き身の状態で、厳しい眼差しでこちらを望んでいる。
「マリウス、お前はどうしてここにいるんだ?」
「俺は依頼を果たしにここに来ただけだぜ。そしたらたまたまお前が来ただけだ。俺は自由稼業者だからな、それ以外の理由はねぇよ」
「奇遇だな。俺も自由稼業者だから、依頼を果たしにここに来ただけだ」
 沈黙が舞い降りる。互いに睨み合い、そして二人はにやりと笑みを浮かべた。
「さぁて、やろうぜオクター! 手前の事は嫌いじゃないが心底大嫌いだったからよ。手前とやれると思うとぞくぞくするぜ」
「これまた奇遇だな。俺もお前を嫌いではないが生理的嫌悪を覚えるよ」
「はっ、これで心置きなく手前の依頼を失敗させられるな。運悪く命まで奪ったら骨を拾ってきちんと埋めてやる」
「それはありがたい。もしもの時はよろしく頼む。当然、負ける気なんてないけどな」
「そうだ! 本気で来いリーダー。俺はさっきの強盗団みたく甘くねえぜ」
「お前もさっきの俺を本気だと思うなよ。お前との戦いは興味があるからな、存分に本気を出せそうだ」
 剣を構え、列車の揺れに負けないように腰を落とし重心を低くする。狭い車両内、動きが制限され派手な立ち回りは不可能。この勝負、一瞬、それも一閃で決まる。互いにそれを理解しているから、間合いを計り合い容易に近づくことができない。じりじりと間合いが狭まり、やがて二人は動かなくなった。
 これ以上近づけば決着がつく。どちらかが死、または相打ちという形で。
 緊迫したその時はいつまでも続くかと思われた。しかし、それはオクターが剣を下げると共に終りを告げる。
「どうして剣をおろす? 負けを認めたのか?」
 マリウスは訝しげな表情だが、オクターは不敵な笑みを返す。
「いや、勝ちを確信した」
「は?」
 マリウスが眉を顰めた瞬間、窓ガラスが割れ何者かが飛び込んできた。オクターに気を取られていたマリウスはそれを捕捉する前に痛打をくらい壁に叩きつけられる。頭を打ち意識が朦朧としその場に崩れそうになるが、このまま倒れたら負けと、マリウスは気力を振り絞って剣を握ろうとした。しかしそこでオクターの剣が首筋に突きつけられ、負けを悟った。
 その一瞬、マリウスが見ることができたのは、銀色の髪の毛のみ。
「コトリ、ナイスアシスト」
 窓から入ってきたのはコトリ。巨体を吹き飛ばした直後なのに、何事もなかったかのようにいつもの言葉を呟いた。
「お腹が切ない」
 依頼が始まる前も依頼中もその後も飯のことしか考えていない、そんなコトリに倒されたマリウスに少しだけ同情してしまった。
「お腹が切なくて倒れそう。これでご飯食べられる?」
「ああ、これでほぼ依頼は完了。金貰ったらたらふく食って良いぞ」
「今日はわたし頑張ったからいっぱい食べる」
「……やっぱり少し遠慮してくれると助かる」
 らんらんと輝くコトリの瞳。釘をさしておかないと一日で報奨金を使われてしまいそうだ。
 オクターは縄を取り出すと、マリウスの手足を縛って身動きを取れなくする。オクターは自分の口に布を当てると、マリウスを担ぎ三両目後部の扉を開けた。
 車両の中からは乗客の声もマダムのうるさい声も聞こえてこなかった。人がいないわけではない、乗客やマダム、自由稼業者たちがこぞって床に突っ伏している。
「いやはや、ここまで皆が寝てると爽快だな」
 オクターはためらうことなくマリウスの巨体をその中に投げ込んだ。
「コトリ、きちんと一両目二両目にも投げ込んだよな?」
「うん」
「催眠ガス、余ってるか?」
「余ってるよ」
 コトリから催眠ガス入りの筒を受け取る。このコックを捻ると、数秒後に催眠ガスが噴射される仕組みだ。
「マリウス、すまんな。お前の依頼を失敗させることになっちゃって」
「へ、これも自由稼業者同士の争い、悔しいが諦めるさ」
 やはり、オクターは思った。マリウスは反吐が出るほど嫌いだけれど、嫌いではない。
「ところで、どこで俺たちが列車護衛の依頼を受けてないと解った?」
「最後の最後まで確信はなかったけどよ、一つのきっかけは、お前にも話したが依頼を請けた自由稼業者の男女比が違うことだ。それだけじゃなく、襲ってきた盗賊団相手に手を抜いてたろ? あの強盗団仕込みなんじゃないかと思ってよ」
「事前に強盗団に教えてやっただけだよ。そしたら予想通り来てくれただけだ」
「やっぱりな。あと最後、車両に催眠ガスが投げ込まれた瞬間なんとか脱出したんだが、その時に艶やかな銀髪が見えてね。残念ながらそんな奴、この列車には一人しかいないだろ」
 コトリは何食わぬ表情で首をかしげる。本来なら叱りたいところだが、すべての列車に催眠ガス入りの筒を投げ込む大仕事をほぼ成功させたし、失敗の尻拭いも自分で行ったからこれぐらいのミスはよしとしよう。
「俺はまだまだ詰めが甘いって事だな」
「いーや、俺が鋭いだけだぜ。安心しろ、手前の力量は充分だ」
「マリウスに認められても気持ち悪いだけだな」
 オクターは筒のコックを捻り三両目に放り込む。マリウスはそれをどかそうとのた打ち回ったが、結局手も足も出ず諦めた。
「オクター、今度は絶対俺が勝つ」
「無理だと思うが、努力してくれ」
 オクターは三両目の扉を閉めた。車両内でガスの漏れる音が聞こえたのを確認し、三両目と四両目をつなぐジョイント部分を外した。オクターとコトリは四両目へと飛び乗った。
 荒野の岩場地帯を抜け、機関車と客車三両が前方へと加速していく。スピードを落としていく四両目の中で、二人は依頼達成の歓喜の声をあげるのだった。
 『列車強奪』の任務、一先ず完了である。


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