一週間後、オクターとコトリは依頼を遂行するために隣町のセンセレイにやってきていた。センセレイはこの地域で一番の大きさを誇る町で、オクターの故郷からもたくさんの人々が訪れる。二人がいるのはその町にあるセンセレイ駅。ここから依頼の列車が発車することになっている。日も昇らぬ時間でホームは閑散としているが、やがて人で埋め尽くされていくだろう。 ホームの柱に寄りかかり、二人はその時が来るのを待っていた。手には白バラと赤バラが添えられており、それが列車護衛任務に携わる者の印である。 ここに来るまでにしかるべきことはすべて行った。大衆食堂でコトリの腹を満たしたし、任務中に腹が切なくなっても困るので携帯食料も多分に持った。 「それでもわたし、お腹が切なくなる自信あるよ」 「頼むからそんな自信持たないでくれ」 しばらくすると、一人の男が二人に近づいてきた。 「ギルドの人間か?」 男の問いかけにオクターは黙ってうなずき、自分のライセンスを見せる。ゴールドライセンスを確認した男は自分について来いと告げた。誘導された場所は駅にある一つの部屋。壁は防音壁でここでの会話は絶対に外へ漏れない。既に自由稼業者二人が入っており、入ってきたオクターとコトリを一瞥する。 (こんなところで列車護衛依頼の説明を受けるのか) 駅の奥の方にある防音壁で囲まれた部屋、厳重にもほどがある。ますます自分の仕事に興味が湧いたオクターは、臆することなく適当な椅子に腰掛けた。コトリも椅子に座り、干し肉を一枚取り出して食べた。 「もう腹が減ったのか?」 「うん。少し切ない」 「……言っとくがな、仕事終わるまで飯は食えないからな」 「気をつける」 また一人、また一人と自由稼業者が部屋に入ってくる。ここにいるほぼ全員がシルバーライセンス以上の持ち主だと思うと武者震いが起きた。 かちゃりと、また扉が開いた。 オクターはそいつを一瞥すると、見知った顔に思わず声をかけてしまった。 「その節はどうも」 コトリも顔を上げて、そいつを見やる。 「あ、お金の人」 筋肉質な男は、顔面の筋肉という筋肉を引きつらせその場に固まっていた。例の酒場で、腕相撲によってお金を恵んでくれた聖者である。 「手前らも自由稼業者だったのか」 怒りの所為なのか、聖者は全身の筋肉をプルプルと震わせている。 これ以上聖者と関わっても得がないと判断したオクターは無視を決め込むことにした。聖者の顔が茹ダコのように真っ赤になっていることに気づいたけれど、あくび一つで忘れることにする。 聖者もここで騒ぎを起こすのは得策ではないと考えたのだろう、拳を振り上げることなく椅子に腰掛けた。さすがシルバーライセンスを持っているだけあって、依頼が関わってくると我慢強いようだ。 部屋に合計八人、内訳男六人女二人が集まったとき、部屋の奥の扉から、先ほど二人をこの部屋に案内した男が現れた。その後ろから、けばけばしい真っ赤で豪奢な服に、ゴージャスでデラックスな宝石が埋め込まれた指輪やネックレスを身に付けたマダムが現れた。自由稼業者たちの空気が凍ったのがオクターには感じられた。 マダムは自由稼業者たちの前に立つと、突然甲高い声で喚き出した。 「あなたたちはわたくしからの勅命を受けたの、それだけでも光栄なのだからその下賎な身の奥深くまでに刻んでおくことね、いいこと、あなたたちには愚民が身を切っても得る事のできない破格の報酬を出すのだからわたしくの可愛い宝物を死ぬ気で守りきりなさい、もし守りきれなかったらわたくしはギルドを訴えてつぶす覚悟もありますのよ、失敗だけは許されないわ、解ってるわね、肝に銘じておきなさい、心に記しておきなさい、脳味噌に直接ねじ込んでおきなさい、失敗は死を持って償うことを、叩き込んでおきなさい」 興奮気味に一気にまくし立てたマダムは、それだけ言うと部屋から出て行ってしまった。唖然としている自由稼業者の前に、一人残された男が立った。 「すまない。奥様の悪い癖だ。宝物を死ぬ気で守れ、それ以外の奥様の発言は無視してくれてもかまわない。気を取り直して依頼の説明に入ろう」 彼はまともそうなので、自由稼業者たちはほっと胸をなでおろす。彼は多分執事なのだろう。執事はマダムの悪癖を謝罪しつつ、本題へと入った。 「まず今回の護衛目標だが、知っての通り宝物を守ってもらう。この駅から王都までつけば依頼完了だ」 執事は自由稼業者たちの真ん中にやってくると、紙を広げた。 「これが王都まで行く汽車だ。機関車に客車四両で全五両編成。宝物は最後尾の客車半分を改造し巨大な金庫を作ったのでそこ保管する。金庫自体かなりの重量があり、壁も分厚く幾重もの鍵を掛けるのではっきり言えば盗まれる心配などないのだが、万が一に備えて依頼を頼んだ。最後尾は貸切にしたので一般客は入れない。そこに私たちや君たちが乗り込むことになる。当然、客車にも何人か座ってもらい、見張りは置くことになるがな。それと機関車両については心配がない。内側から厳重な鍵がかけられていて、外からの進入は不可能だそうだから、君たちは客車を、最後尾の積荷を死守してくれれば良いわけだ」 執事は紙を広げたまま元の位置に戻る。 「簡単に話したが、内容はこんなものだ。この依頼を請ける資格を持つ君達に、これ以上難しいことを言う必要もあるまい。何か質問は?」 知らぬ自由稼業者の一人が手を上げる。 「アクシデントが無くても、報酬は変わらないのか?」 「変わらない。平穏無事に辿り着いても報酬は一緒だ。もちろん、トラブルが起きて忙しくなっても報酬は一緒だ」 また一人が手を上げた。コトリを除いて、この依頼に参加する唯一の女性だ。妙に露出の高い服を着ていて、思春期の若者は目のやり場に困るだろう。 「どうしてこんな大人数に護衛を頼んだのかしら?」 「それも知っての通り、今回運ぶ宝は高価なもので、本来門外不出のものばかりだからだ。もし損害が出れば被害総額はとんでもないこととなる。万が一のときに備えて沢山の護衛を雇ったのだ」 すっと、オクターが手を上げた。 「その宝物ってのは、どんな代物なんだ?」 「依頼に関係ない質問は控えてもらおう」 予想通りのシャットアウトに、オクターは心の中で笑みを浮かべた。 今度は聖者が手を上げる。こちらを一瞬睨んだような気もしたが、先ほど決めた通り無視。 「これだけの大人数だ。一人リーダーのような奴を決めておいた方がいいんじゃねえのか?」 「それはこちらも考えていたことだが、向き不向きもあるだろう。そちらがリーダーを決めた方がやりやすいと言うのなら勝手に決めて欲しい。荷さえ守ってもらえればこちらとしては問題ない。他に質問は?」 今度は誰も手を上げなかった。 「ではこれで私は失礼する。列車の出発は一時間後だ。それまでに準備をして乗り込むように」 一礼して、執事はこの部屋を出て行った。部屋に残るは、男性六名、女性二名の自由稼業者たち。互いに値踏みするような空気の中、均衡を破り、筋肉質な聖者が立ち上がった。 「今回に限っては、同じ依頼を受けた仲間だ。自己紹介ぐらいしようぜ」 筋肉質な聖者の癖にまともなことを言った。オクターは驚きを隠せなかったが、聖者の意見に従って他の自由稼業者が名前とライセンスランクを告げていく。 オクターとコトリと聖者を除く五人の紹介が終わり、シルバーが四人、ゴールドが一人だった。滅多に見られない豪華な共演である。 次はオクターの番。彼は自分のライセンスとコトリのライセンスを掲示して皆に見せた。 「俺の名前はオクター。こっちはパートナーで名前はコトリ。俺のランクはゴールド、コトリのランクはホワイトだ」 誰の表情にこそ現れてなかったが、確実にコトリへの眼差しが厳しくなった。仮にもシルバー以上しか請けられない依頼なのだから、ゴールドの連れとはいえ新米に対して見方が厳しくなるのは当然だ。 「安心してくれ。まだライセンス取立てで依頼についてのノウハウは足りないが、実力は保証する。経験は浅いから俺がカバーすることになるが、実力だけなら俺と同じかそれ以上だ。とはいえ、身内が評価しても信用してくれないだろうから、そうだな、誰かこの中で一番の力持ちはいないか?」 そう言って、オクターは筋肉質な聖者を一瞥してあげた。聖者はその意図に気づいたのだろう。不敵な笑みを浮かべて、のそりと立ち上がる。 「良いぜ、この俺が受けてやる。ちなみに、俺の名前はマリウス、ランクはゴールド。相手としては十分のはずだ。前回は油断してたが今回はそうは行かないぜ。リベンジマッチといこうじゃないか」 筋肉質な聖者、もといマリウスは近くの机を動かして中央に持ってきた。 「さぁ、コトリやろうぜ。俺も本気を出す。いいか、お前も本気を出せよ」 前回負けたのがよほど悔しかったのか、マリウスの瞳がギラギラと燃え滾っている。対するコトリは無表情のまま机の上に肘を置いた。コトリとマリウスの手が、机上でがっちりと組まれる。 他の自由稼業者は何が起きているのか良く解ってないといった面持ちでその様子を見つめていた。彼らが理解できたことは、ゴールドライセンスを持つ筋肉質な男が、ホワイトライセンスの超か弱そうな女と腕相撲で勝負をつけようとしていることだけ。私怨が持ち込まれていることは何となく把握しているだろうが、どんな私怨なのかは想像もついていないはずだ。 解る限りで説明しても良かったが、マリウスから怒られそうなので止めておいた。オクターは組まれている手の上に自分の手の平をのせる。 「レディ」 マリウスの顔が引き締まる。コトリの表情はいつものまま。周りの自由稼業者たちはマリウスの圧勝だろうと決めてかかっている。 (さあコトリ、見せてやれ) ただの勝利ではない、ここにいる自由稼業者たちの度肝を抜くような勝利を。 「ゴー!」 一瞬、マリウスがフライング気味だったためコトリの腕が傾きそうになった、が。 次の瞬間、ズパンっと激しい音を打ち鳴らし、マリウスの手の甲が机に叩きつけられる。骨でも折れたかと錯覚するような音を打ち鳴らし、机がしなり真っ二つに割れた。 部屋を静寂が支配する。コトリは勝者の言葉を一言も発しないし、マリウスは痛めた腕を抱え、声をあげることすらできず悶絶している。周りの稼業者たちも目の前の出来事に呆然としていた。仕方がないので、オクターが先に進める事にする。 「これで文句は無いよな?」 他の自由稼業者に同意を求めると、彼らは無言でうなずいた。 「じゃあ、紹介が終わったところで、さっきマリウスも言っていたが、リーダーを決めた方が何かとやりやすいと思う。決める方向でいいか?」 誰も異を口にしない。 これだけデモンストレーションをすれば、この質問の答えは決まったも同然だろう。 オクターは噛み締めるように、その言葉を口にした。 「リーダーは、誰にする?」 まさかリーダー決めの多数決でコトリに負けようとは思っていなかった。 さすがにホワイトのコトリがリーダーではまずいだろうとのことで、結局はオクターに落ち着いたのだが、コトリの勝利を強く印象付けすぎたか。。 とりあえず、リーダーはオクター及びコトリ。オクターの提案で、客車一両目には二人、二両目に一人、三両目はオクターとコトリ、四両目の宝物が積んである車両にはマリウスと他二人が配置されることになった。 「コトリは汽車に乗ったことがあるのか?」 「ない。だけど思ったより遅いね」 コトリはそっけない返事をしたが、たくさんの人を乗せて走ることができる列車にそれなりの興味はあるようだ。 二人は向かい合って座り、外の流れる景色を眺めながら優雅な時間を過ごしていた。列車が発車してから一時間経過しており、列車は王都へ順調に向かっている。コトリの食も順調に進んでいるようで、用意してきた食料の半分がなくなっていた。コトリは「同じ味で飽きてきた」などと文句を言っているがペースは衰えていない。依頼も順調に進んでいて今のところアクシデントは無い。 スルトにも言ったが、事が起きるまでは暇を持て余すことになる。折角なので、この依頼が終わった後のことについてじっくりと話すことにした。 「この依頼が終わったらどうする?」 「知らない」 会話が終わった。そしてコトリの食事が再開された。 一瞬で終わるとは思わなかった。何とか会話を持続させようと、彼は努力を始める。 「成竜の儀式の場所だが、本当に何も知らないんだよな」 「うん。何も解ってない」 「手がかりすらもないんだよな」 「ないよ」 まさかここまで不毛な会話になろうとは。しかしオクターはめげない。会話を楽しむためではない、どうやったら会話を継続できるのか自分自身との戦いだ。 「じゃあ、どこか行きたい場所はあるか?」 「それはやっぱり、食べ物が美味しい場所」 コトリが話に食いついてきた。毎度のことだが、食関係になるとコトリは良くしゃべる。 「食べ物が美味しい場所といっても、それは幅が広すぎるだろ。山の幸とか海の幸とか、古今東西死ぬほど料理は存在するし、美味珍味郷土料理に宮廷料理までたくさんあるからな」 「色んなところに行けばいいよ」 「随分簡単に言ってくれるな。そんなに旅できる金が用意できると思うのか?」 「う、またお金が問題なの?」 「そうそう。人間社会ってのはこれまた面倒にできててな。金が無ければ生きていけないシステムになってるんだよ。だからこうやって仕事をしてお金を手に入れてるわけ」 「そっか。でも料理食べるためならわたしは頑張れる。お金を貯めて世界中にある料理を食べ尽くさないと」 「何年かかることやら。ま、ドラゴンは一万年生きていられるみたいだし、お前だったら可能かもな」 儀式で死んでしまう自分はその旅には同行できない。覚悟していることだが、認識するたびに少しだけ寂しい思いにとらわれる。話題を変えた。 「それにしても、料理めぐりをしたところで、儀式の手がかりが得られるとは思わないけどな。そこらへんはどうなってるんだ?」 突然、コトリが身を乗り出した。驚いたオクターに覆い被さるように身をにじり寄せ、口付けができる直前まで顔面を近づけてきた。 「それは大丈夫。前にも言ったけど、儀式に関する情報は、私たちが望めば何があろうと入ってくる仕組みになっているの。ドラゴンの世界では、この世に起こるすべてが必然と考えられているから」 真面目な話をするときに顔を近づけてくるのはコトリの癖。初めて会ったときもそうだったしこれまでに何度か経験している。その行為に何ら問題はないのだが、竜眼を使われるかもしれないと思うと少し緊張する。 「俺とコトリが出会ったのも?」 「そう。竜が欲したその時にオクターがわたしの元にやってくる、これは必然。この依頼を受けたのも、列車に乗っているのも、この先何が起ころうとも、すべてわたしが成竜になるための必然で、何一つ欠けてはいけないものなの。そうドラゴンの世界では決められている」 「なるほど。森羅万象すべてが竜の為にあるということか」 「それもまた少し違う。すべては必然だけど、わたしがそれを拒んだり求めなかったり、実力が見合って無かったりすれば、必然という名の歯車は狂い、わたしはオクターと共に死んでしまうの」 「下手したら俺は道連れってことか」 竜の主と言うだけあって扱いは下の下である。 「でもよ、それを聞いてもやっぱり食めぐりとの関係が解らんけどな。小難しいこと言って無理矢理こじつけて誤魔化そうとしてないか?」 コトリの言葉が一瞬止まった。 「オクターの意地悪」 「図星かよ」 オクターは苦笑する。 「でも、必然とかの話は本当。心配しなくても、おのずと道は現れるから。だからオクター、そのついでに食めぐりしよう」 「解った。ま、のんびりとな」 瞬間、列車がガタンと揺れた。コトリの姿勢が崩れ、二人の唇が重なった。竜の契約時と同じく気絶するのかと思ったけど、今回は大丈夫だった。 コトリの話を聞いて、オクターは思ったことがある。今まで女に特に興味を持たなかったのはこういうことだったのかもしれない。もしオクターに彼女や妻ができてしまっていたら、コトリと一緒に行動するなんてできなかっただろう。 しかしながら、惜しむらくはコトリが人間でなくドラゴンと言うことである。こんな美女と一緒に旅ができる自分は、傍から見れば幸せ者に違いないのに。必然という言葉に縛られていなければ、もっと楽しめるだろうに。 考え事をしていたら、ようやくコトリの唇が離れた。 「オクター、そういえば、食べ物がなくなりそうなんだけど」 ドラゴンにとってキスは大層な物ではないらしい。オクターも考えごとをしていたせいで、キスをしたのかどうかがあやふやになってきた。 というか、もう食料がなくなりそうなのか! 「どうすればいい?」 「知るか。量を控えろ」 今度はオクターが会話を終わらせた。無いものは無いのである。 しばらくして、列車から見える景色が変わった。今までは町中を走っていたのだが、家々は見えなくなり果てしない荒原が広がった。ここから三時間、ずっと荒原を走りぬけるため面白い景色は見られなくなる。 列車護衛の依頼はここからが本番。荒原は列車強盗の聖地なのだ。 「さてコトリ、ここからは気を引き締めていこうな」 「うん」 二人が気合を入れると、ガラリと扉が開く音がした。お宝がある四両目側のドアである。音がした方を見ると、そこには筋肉質な聖者、マリウスが立っていた。 「よぉ、リーダー、暇してるか?」 「マリウス、持ち場に戻れ。荒野が強盗団に襲われやすい場所だってことは言ったはずだし、お前も解ってるはずだぞ」 「そう固いこと言うなよ。現れたらすぐに戻れるようにしとくぜ。それで誰も困らないだろ」 「……まぁ、そうだな」 マリウスはオクターの正面の席に座った。つまりコトリと同じ座席。コトリはそれが嫌だったのか、オクターの座席に移動してきた。マリウスはチッと舌を鳴らす。 「そんな邪険に扱わなくてもいいだろ? 俺もお前らは気に食わないが、この仕事では仲間なんだからよ」 「それで、何の用だ?」 マリウスはもう一度舌を鳴らした。 「まあいいさ。確認したいことがあって来ただけだからな」 彼は声を小さくする。誰かに聞かれるのをはばかるように。 「お前らも疑問に思ってるんだろ? 宝物の正体」 オクターの目つきが変わった。 「常識で考えたら怪しいのよな。通常は自由稼業者をこんなに雇わないし、雇った自由稼業者のランクも皆高い。それに、守らせるのなら四両目だけで問題ないよな。ほんの少しのアクシデントも起こって欲しくないのか、それとも前々からアクシデントが起こることが解っていたかのどっちかだ。あと疑問なのは、そんなに厳重に守りたいなら、どうして家から出すときに俺らを雇わなかったかが不明だ。この荒野があるから乗車してからの護衛で良いと言われちまったらそれまでだが、何にせよ謎が多い依頼ってことは確かだぜ」 「どうしてその話を俺に?」 「リーダーになるヤツが俺より切れない訳がないからな」 オクターと同じ考えをマリウスは持っている。依頼人についての詮索はタブーだが、同じ穴のムジナとなのだろう。 (だから苦手なんだな) 性格としては嫌いじゃないが生理的に受け付けなかったのは、同族嫌悪に近いものがありそうだ。 「リーダーはどう思う?」 リーダーの部分が妙に強調され嫌味掛かっていたが、オクターは気にしない。 「俺か? 俺はそういう詮索は好きじゃないけど」 オクターは頭を掻いて一応断っておく。マリウスは彼の意図が解ったのか嫌らしい笑みを浮かべた。 「で、そんなリーダーさんの詮索結果は?」 「ほぼ似たような意見だ。もう少し付け加えるとしたら、依頼主の付き人が極端に少ないことも気になる。列車に乗ってるのは依頼主とさっきの執事、あわせて二人しかいない。自由稼業者を八人も雇っておいて、家の者にも知らせたくない何かがあるのか、そう勘繰りたくはなるが、いやはや、俺には解らないよ」 お互いに相手の腹を探りつつの会話。同じ話題で見解も一緒だが、何故こういう空気になるのか。その理由は解っていないが、この雰囲気が嫌いではないので話を続けることにする。 「その宝物が何か、そっちは検討はついているか?」 「二,三な。リーダーは?」 「俺もそんなものだ」 これは嘘だ。本当は確信に近い一つの考えがある。 この後も少し言葉を交わしたが、お互いにこれ以上の会話は無駄だと判断したのか、マリウスは立ち上がった。 「俺も任務に戻るぜ。邪魔したな」 戻ろうとしたマリウスは、思い出したように口を開いた。 「そうそう、俺な、この依頼を請けたときに聞いたんだが、この依頼を受ける自由稼業者の男女割合、7:1って聞いたんだよ」 今この依頼を受けているのは、男六人に女二人。 「その情報は俺が引き受けた時点での物だったから、本当かどうかわかんねえけどな。でも本当だったら、そういうことになるだろ?」 「成りすまし、か」 この依頼を請ける自由稼業者を先に倒してしまい、その人物と入れ替わる。自由稼業者は素性を明かす義務が無いので、ライセンスさえ持っていれば可能である。 なるほど、だから自分達が疑われているのだ。コトリが女性だから、少しでも可能性がある限り白とはしないのだろう。 女性と言えば、コトリとそしてもう一人。ゴールドライセンスを持つ、露出の高い女性だ。 「確か、名前はシーニアだったな」 あえて、コトリのことは話題にしなかった。コトリは食事にご執心だし、わざわざ持ち出してこじらせる必要は無い。 「あの露出の多いねーちゃんだよな。いいねぇ、あれぐらいの美人を抱いてみたいもんだぜ」 「ここでは下品な口は慎んでもらおうか」 「わりいな。そっちは女連れだったことをすっかり忘れてたぜ」 マリウスはこちらを茶化しながらも、こちらの反応を逐一窺っているようだ。食えない奴であるが、オクターは気にしていないそぶりで話を続けた。 「シーニア、か。でも彼女は自ら二両目に乗ると言っていたはず。もし成りすましていたとしたら、四両目に乗ろうと思わないか?」 「成りすましだと見抜かれないように、わざわざ宝物から遠くの車両に座ったって考えたらどうだ? それに二両目ってのがミソだ。一人しか乗り込まないから誰とも顔を突き合せなくて済むぜ」 「なるほどな。いい考えだ」 「だろ。そのシーニアって奴もそうだが、自ら宝物から離れた三両目に乗り込んだ奴もいるんだよな。女性連れのよ」 「疑ってるのか?」 「俺は可能性を示唆しただけだぜ。それをどうとるかはリーダー次第だ」 「疑われていても俺たちが潔白なら問題ないわけだ」 「その通り。宝物を狙う賊が現れたら、依頼どおり撃退すればいい」 「そうだな。宝物を狙う賊が現れたら、お前が悔しがるぐらい華麗に依頼をこなしてやるよ」 余韻を愉しむような、長い時が流れる。この間にオクターが思ったことは、やはりマリウスは苦手だということだ。 「それじゃあ、お互い旅を楽しもうぜ」 マリウスは最後にコトリを一瞥して、自分の持ち場である四両目へと帰っていった。 「………」 オクターは腕を組み、じっと考え込む。 シーニアという女性。彼女が提示したゴールドライセンスは本物だったので自由稼業者なのは確実。だが入れ替わったのだとしたら、何のためなのだろうか。 (それにしても、厄介なことをしてくれたな) 成りすますにしても、性別が同じ自由稼業者と成り代わるべきだろう。自分達が成り代わるとしたら必ずそうするし、そうしないと今回のように矛盾が生じることもある。 (それ以前の問題でもあるわけだが) ともかく、入れ替わっているとしたら、常識的に考えて狙っているものは宝物。 (忙しくなりそうだ。しかもそれなりに興味のありそうなことだから性質が悪いな) マリウスのこともあるし、依頼は簡単に終わりそうにない。 オクターが突きつけられた問題に悪態をついていると、くいくいと、服の袖が引っ張られた。 「どうした?」 「食べ物がなくなった」 新たな問題が現れて、オクターはさらに頭を抱えることになった。 |
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