スルトはオクターを探していた。
 日もほとんど落ち、遺跡で興行をしていた人たちがそろそろ撤収するという。ビアガーデンで仲良くなった女の子と一緒に帰りたいので、オクターに自慢ついでに伝えたいのだが姿が見当たらない。
 遠くで、仲良くなった女の子が早くしようよと催促してくる。早くしたいのは山々だが、長い間姿を見せないオクターが心配だ。
 もう少し待っててとお願いすると、もう一度だけオクターの姿を探す。遺跡の高い場所に上り、暗闇で視界の悪い中ぐるりと頭を巡らせると歩く人影を見つけた。スルトは遺跡から飛び降りるとその人影に走り寄る。 
 走り寄ったスルトだが、一瞬驚いて足を止めた。その人影が普通の人間より一回り大きかったからである。近づくと、オクターが誰かを背負っているのが解った。
「オクター、背負ってるのは誰なんだ?」
 声を掛けるがオクターの反応がない。
「オクター?」
 微動だにしない彼の頬を叩き何度も彼の名前を呼ぶ。やがてオクターの瞳がスルトのそれと向き合うと、何かに怯えるように目を見開き、しかしすぐ何事もなかったかのように彼は喋りだした。
「スルトか? ちょうど良かった」
「何がちょうどいいだよ。大丈夫か? その背負ってる男は誰だ?」
「こいつはマリウス、自由稼業者なんだ。訳あって気絶してる。命に別状はないが、介抱してやってくれ」
 スルトが疑問を呈する前に、オクターはマリウスをスルトに預け、身を翻し元来た道を戻り始める。
「重っ……それより、オクター! またどこ行くんだよ! それよりもコトリちゃんはどうした?」
 オクターはひたと立ち止まった。
「少しな。行かなきゃならない場所があるんだ」
「コトリちゃんに何かあったのか?」
「いや、そういうわけじゃない。いいから、お前は心配せずに帰っていいぞ。どうせ仲のいい女の子でも見つけたんだろ?」
「確かに見つけた、けど……」
「可愛いか?」
「ああ、すっげぇ可愛いぜ。俺の話を良く聞いてくれるし、なにより性格が滅茶苦茶合うんだ。住んでる町も一緒だって言うし、こりゃうまくいく可能性が高いぜ」
「そうか、頑張れよ」
 オクターの返事は短かった。彼は歩き始め、どんどん暗闇の中へ消えていく。
「オクター!」
「……どうした」
 またオクターが歩みを止めた。そう、こうやってオクターを止めなければいけない。止めなければ、オクターがこのまま消えていきそうで、永遠に戻ってこないようで。
 会話をして引き止めなければいけない。それは解っているのだが、普段なら咄嗟に出てくる馬鹿話が一つも思い浮かばない。
「何もないなら行くぞ」
 オクターはまた歩き始める。焦慮がスルトの頭を駆け巡るが、オクターから預けられた自由稼業者が枷になり引き止められない。
「オクター! 依頼の報酬、ギルドにきちんと収めてあるから取りにこいよ!」
 今度は足が止まらない。
「聞いてるのか!」
「そうだ、スルト。そいつが起きたら『巻き込んで悪かった』って伝えておいてくれ」
「一応伝えるけどさ、そーいうのは自分で伝えた方が良いぜ。何に巻き込んだのか知らないが、オクターもそう思うだろ?」
 返事がない。オクターが暗闇に溶けて行く。
 もう、止められない。
「オクター!」
 声を張り上げ、彼の名前を呼ぶ。それほどまでに、彼は遠くにいた。
「今までもそうだったもんな、何があったって――生きて、帰って、来るよな?」
「礼を何度言っても言い尽くせないが――スルト、今まで、ありがとうな」
 オクターの姿は闇に飲み込まれた。スルトはしばらく、呆然と立ち尽くしていた。


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