Third Day

 

 

 

 起き上がってベッドを見ると、そこにはもう人影は無かった。代わりに一階で人の気配がする。それから芳しい匂いも漂っている。これは何の匂いだろうか。うつろな意識の中、今日は日曜日だという事を頭の中で再確認し、達巳は立ち上がった。

 日曜にサッカー部がないわけではない。ただ達巳の場合日曜日は免除にしてもらっている。一人暮らしのため、家事の重労働に収入を得るためのアルバイト、休日まで休まないようでは過労で倒れてしまう。学生の本分学業もおろそかになるだろうから、高校一年生の時、部活に入ってすぐに申し出たのだ。部内には日曜日を休んでいるのにレギュラーを取っている達巳を妬んでいる人もきっといるだろうから部活に出ている時は一生懸命にやっている。

 階段をとんとんと降りていってリビングに入ると、朝食を作っているポニーテールの幸天が見えた。料理の時は髪の毛が邪魔なので結っているのだ。

「幸天おはよう」

「おはようございます」

 些細な挨拶を交わして、達巳は机の上に置いてある新聞に手を伸ばした。電気代節約のためテレビを見る量ですら節約しているため、新聞による情報収集は最重要のものとなっている。音楽に関して疎くなってしまっているから、せめて誰も興味を持ってなさそうな政治面では、と意気込んで読み始めたら、いつの間にか習慣化してしまっていた。どんな日でも朝十五分は新聞を読む時間に当てている。

 まずくだらない4コマで苦笑してから表に戻して政治面に目をやると、さらにくだらない政治家の汚職事件についての記事が載っていた。

 人間、『汚い人間』と『綺麗な人間』と『上辺だけ綺麗な人間』と『汚くなってしまった人間』がいるのだから、トップだけでも『綺麗な人間』であって欲しい。ただし、政治に興味を持っている人が少ないから、見分ける事は困難に決まっているのだけれど。

 幸天が緑茶を持ってきて達巳の前に置いた。達巳は軽く手をあげて礼を言うと、湯飲みを持ち上げてお茶を一口飲み込んだ。空腹の胃袋にじわじわ染み込み、少し残っていた眠気が飛んだ。幸天は朝食作りを再開していた。

 今日はあまり面白い話題が載っていないのですいすいと新聞はめくられ、テレビ欄までやってきてしまった。

 何か面白い番組は無いものか。厳選して見なければならないので、その選局眼はたいしたものだ。

「あ」思わず小さな声をあげてしまった。「なんでもない」とこっちを見た幸天に言ってから、ため息をついた。

 金曜日に見たいドラマがあったのに、幸天のとのごたごたでつい見るのを忘れてしまった。好きな女優が出てくるドラマだから、絶対見逃すまいと思っていたのに。

 達巳は傷心のまま新聞をたたんで机に置いて、それから今日の予定を考える。

 午後の予定は決まっている。陽平と絢が助っ人として来てくれるので、元両親の部屋の大掃除を行うのだ。

 あの後、オレらはすべて偽りなく二人に説明した。初めは半信半疑だった二人も、淡々と話していくにつれて二人は納得していた。達巳が嘘を付く時の行動を一切見せなかったし、二個立て続けに嘘をつけるほど達巳は器用じゃないし、なにより午前中の慌て様、部活への身の入らなさがそれで合致する。

「羽とかあるの?」

 陽平と絢は同時に訊いた。この質問自分もしたなぁ、などと考えながら達巳は幸天を見た。なぜか、幸天の表情が一瞬だけ凍りついた。

「あるよな、幸天」

 達巳は不審に思い訊ねると、突然幸天は「ごめんなさい!」と謝った。

 幸天曰く、何故か下界の人は、天使には羽がある、飛べる、わっかがあるなどと変な物がついていると思い込んでいるらしく、自分が天使と証明するためにはそれらの付属品があると効果的なのだと。初日に見た羽を出すためには道具が必要で、その道具は幸天が初日に着てきたワンピースに縫いこんであるのだと言う。羽の色も選べ、白、ピンク、赤、青と、その人にあった羽が選択できるのだ。

「上界でも地球と同じ物理現象が起きるんです。羽なんてついていたら邪魔ですし、もし羽があったとしても飛べるわけがないですよ」と、妙に生っぽい幸天論。天使も大変なんだと、心底同情した。

 天使は人間が思っているよりも人間らしい。もっとも、摩訶不思議な力を使えるのは人間との相違点だが。

「達巳さん、運ぶの手伝ってもらえますか?」

 朝食が出来たらしい。達巳は手を上げて応える。

「あいよ」

 食器を運び、並び終えると、いただきますと手を合わせて食べだした。

 さて、午前中は何をしようか。相変わらず美味しくかつ財布に優しいご飯をついばみながら思案する。他の部屋の掃除は昨日やってしまったので今日やる必要はない。買い物は今日でなくても大丈夫だし、勉強をやろうにも今はやる気が起きない。もしやるとしたら、元両親の部屋の片付けだが、せっかく助っ人が来るのだから、午前中ぐらいのんびりしたい。

何もやることが思いつかない。どうしようか悩んでいると、幸天はこんな事を切り出した。

「達巳さん、迷惑じゃなかったら、午前中散歩しませんか?」

「散歩?」

「はい。この町を見て回りたいんですよ」

「この町にいい所なんてあんまないけど、それでもいいなら」

「一ヶ月お世話になる町ですから、なくたって見つけますよ」

「よし、じゃあ食べ終わったら散歩行くか」

 二人は散歩に出かけることになった。

 

 

 

 

 ドアを開けると家の中に秋風が吹き込んだ。達巳と幸天は身を縮込ませながら外へと乗り出した。

 いい天気だ。青色絵の具を塗りたくった空に、キャンパスの塗り忘れ、雲がふわりと浮かんでいる。そのふわりと浮かんでいる雲を見て、なぜか布団を思い出した。

 布団を干し忘れていた。

 達巳は慌てて家に戻り布団をベランダにかけてから、改めて二人は出発した。

「ワンピースは着ないんだな」

 達巳の家は川沿いに建てられているので、それに倣い二人は川に沿いに歩き出す。河原は背の高い雑草が鬱蒼と茂っているために見た目は悪い。草が中途半端に枯れていて緑と茶褐色と色合いが悪く、せめてススキとかが一種類だけ生えているならまだ見た目はいいだろうに。

 幸天は苦笑した。

「あのワンピース、寒いんですよ」

「冬用とかじゃなかったの?」

「それがあれ、ほとんど布一枚同然なんです。夏に着ればちょうどいいぐらいの服なんですよ」

「冬ではないけど寒い秋なのにどうして?」

「フワフワした感が出たほうが天使らしいと習ったので、生地は薄くしてあったんです。きっと次に着るのは最終日ですね」

「最初と最後は荘厳なイメージってことか」

「ですね」

 一つ一つ天使のイメージが壊れていくのを感じずにはいられない。人間が身勝手に想像したとは言え、やはり天使はもっと幻想的かつ神秘的であって欲しかった。だが幸天を見ると、そんなもんでもいいのかもしれないと思えた。以外に現実とはこう簡素であるものだ。それに、彼女は天使だということには間違いないのだから、事実は小説より奇なりには違いない。

「どこか行きたいところある?」

 目的のない散歩も優雅なものだが、街見物を兼ねているので訊いてみた。

「絢さんち、解かりますか?」

「解かるよ」

 幸天が天使と言うことを説明し終えた後、四人は雑談を楽しんだ。四人は昔からの友達のように馴染み、特に女同士、絢と幸天はほぼ親友同然にまでなってしまったのだ。二人の順応性にはまったく唖然とさせられる。

「そうだ、ここからだと陽平の家のほうが近いから、そっち先に行こうか」

「解かりました」

 達巳は幸天を見た。幸天は楽しそうに笑んでいた。久しぶりのこういう休日も悪くはないなと、一人心で呟いた。

「歩いていくのは時間かかりすぎるから自転車借りよう」

 二人はレンタサイクル屋まで行くと、一台の自転車を借りた。徒歩で午前中に街を回るのは不可能だ。二台借りるのは勿体無かったので、一台借りて二人乗り。

「実は二人乗り始めてだったりするんだよね」苦笑交じりに達巳。

「えっ。……大丈夫なんですか?」

 二人の心配をよそに、漕ぎ出したら漕ぎ出したで思ったより快調に進み、青空の下、散歩もといサイクリングスタート。

 

 午前中いっぱい使い、二人はいろんな場所を回った。

 まず陽平の家。着くなり犬のボブがお出迎え。

「……あれ、メスな」

「……名前ボブなのにですか?」

「なんか、一週間ぐらいオスだと思い込んでたんだって」

「陽平さんならありそうですよね……」

 陽平(と家族)の粗雑さに呆れつつ、絢の家へ。

 今度は絢より四つ下の弟、すばるが庭にいた。

「あれが絢の弟、すばるな。中学一年生だ。一言でいうと生意気だな」

 すばるがこちらを睨んだような気がしたので、達巳はそそくさとその場を逃げ出した。

 その後も、町で一番大きい公園、達巳が通っていた小学校、中学校、よくお世話になっている文具店、花見の名所、町役場、心霊スポット……などなど、適当に町を回り、一種の町観光を楽しんで、最後にたどり着いたのは達巳の家から少しばかり離れた鉄橋の入口だった。

 達巳の家の前には川があり、当然反対側へとつなぐ橋がある。通学の時に乗る電車が通る鉄橋だが、向きは逆なためここを通ることは少ない。

「ちょっと下りよう」

 達巳の言葉と行動に従い、鉄橋の脇から幸天も土手を下っていく。

「コケとか生えてるからすべるよ。気をつけて」注意を促す。

「はい。う……ひゃぁっ」

 とたん、幸天は転んでしまった。重力に体が引かれ、そして達巳にぶつかった。

「えっ!」

 成すすべなく二人は土手下に落ちていく。幸天が転んだのが土手終盤であり、なおかつ背の高い草がたくさん生えていたのも幸いし、達巳にほとんど痛みはなかった。

「ご、ごめんなさい」

「あいよ……」

 立ち上がって服についた汚れを払ってから、鉄橋の下へもぐりこむ。

「ここはどう言った所なんですか?」

何もないこの場所。日の当たる場所に精一杯に生えている背の高い草たちに反発するかのごとく、日の当たらないこの場所には草一本生えていなかった。背の高い草がカーテンの役割をして、ただでさえ少ない日の光がことごとく遮られ昼間だと言うのに少し暗い。夜になってしまったら、何も見えなくなってしまうのではないかと思うほど。

 達巳は少し困ったような表情を浮かべた。

 本当はここに連れて来る予定はなかったが、ついふらっとここに来てしまった。ここ半年ぐらい来てなかったけど、この暗さ、静けさ、この場所は変わっていない。

「この場所は何て言うか……おれの休憩所、かな」

「休憩所?」

「そう、休憩所。体力的な疲れじゃなくて、精神的にやつれた時にここに来ると、よく解からないけど疲れが取れるんだよ」達巳はふいに顔をあげた。「もうすぐ来るな」

「え? なにがです――」

 刹那、聴覚が完全に麻痺していた。喋ろうにも自分の声すら聞こえない。聴覚がいかれたか、違う、何にも勝ってしまう音があたりを覆い尽くしているのだ。耳鳴りの音を断続的に味わっているような、音があるのだけれども何も音がない、無から生まれる静寂ではなく、有から生まれる静寂――

 幸天が達巳を見ると、達巳はぼんやりとその場に佇んでいた。何かを思い詰めているようで、何も考えていないような表情を浮かべ。

 『私ね、もう今月いっぱいで駄目なんだって』

 幸天は目を瞑った。あの表情と似ていた。窓の外を見ていたあの表情に似すぎている、やはり達巳さんも――。幸天は首に下げられているペンダントをぎゅっと握りしめた。

 ほどなくして、不気味な静寂は消えた。

「今、電車が通ったんだよ。この橋げたの下だと音が変に反射するらしくて、何も聴こえなくなるんだよね」

 達巳が視線を元に戻すと、幸天は目を閉じている。小さく震えている。

「幸天……?」

 達巳が手を肩にポンと置くと、幸天ははっと我に帰った。慌てながら幸天はしゃきっと起立する。

「どうしたの?」

「いえ、それより凄い音でしたね」考えていた事を悟られてはならないと、笑顔を作り。

「まぁな。この場所にはよく夜に来るんだ。夜電車が通る時、何も聴こえなくなって、何も見えなくなるんだ。それがなんだか好きでさ。理由なんてないんだけどね」

 達巳の表情はいつもの表情だった。

「さて、もう十二時回ったし、帰ろうか」

 真昼間の散歩は終わり、午後の掃除のために二人は家へと向かった。

 

 午後一時ごろ、陽平と絢がやって来るなり掃除は始まった。一筋縄じゃ行かない掃除も、掃除馴れしている達巳と、その道について上で学んできたという幸天が腕を奮い、午後七時ごろに片付けは終了した。ちょうど家具を積んだトラックがやってきて、ようやく人が住める部屋が完成した。そこには幸天が寝る事になった。達巳の寝具等をいちいち下に運ぶのは面倒だからだ。

 夕飯を四人で食べた後、陽平と絢を見送って幸天はついさっきまで汚れていたその部屋に入った。

 ようやく見つけた。三日目にして、やっとだ。まだ片鱗しか見ていないけど、なすべきことが見つかった気がした。今回は大丈夫。達巳さんは優しいから。きっと―――。

 生まれ変わったその部屋で、幸天は明日の準備を始めた。さてさて、制服はわたしにあうだろうか。

 そう、明日から学校生活スタートだ。

 

 

 

   HR

         え〜。なんだろう。やっぱり、スランプかもしれない。

         読み返すと巧くいってる気がするんですけどね。

 

 

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  白の裏話。

 

  さて、今日は『羽理幸天』について。

  名前をつけた理由は特にないです。ただ天使っぽくしただけ。

  羽、理、幸、天。どれをとっても天使を想像できるでしょう? ねぇ。きっと。お願いですから(切に)

  しかし、「はわりゆきあ」なんて名前よく考えたものだと自分でも思いますよ。

  目標は、とりあえず幸天を萌えキャラに……(ぉぃ)

 

  ボツ台詞

「手抜き工事だったんですかね」

「いや、それは無いと思うけど」

入れる場所がなかったんすよねぇ……ちぇ。

 

 

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