Second Day

Chap 3

 

 

 

 達巳家のある一室。通称ダイニングキッチンと呼ばれるリビングとキッチンが一体となった部屋には、四人座れる木製の机が据えられている。いつもはそこに一人しかいない。昨日からそれは二人になり、そして今は四人となっている。その各々の前にはあまり値は高くは無い湯飲みが置かれていた。

「詳細を教えて欲しいものですなぁ」

 達巳の前方に座っている男が、にやりと笑みを浮かべて尋ねた。

 達巳は笑みを浮かべている男、陽平の視線を避けるようにして俯いた。

「あなた、名前は?」

 陽平の隣に座っているショートカットの女が、達巳の隣の座っている女に訊いた。

「羽理幸天です。羽に、料理の理、幸せ、天使の天です」

「へぇ、変わった名前ね」にこりと微笑んだ後自己紹介をした「アタシは松下絢ね。絢とでも呼んで」

「はい、絢さんですね」

 松下絢、陸上部部長兼サッカー部マネージャー。達巳とは小学生からの付き合いで、陽平の彼女である。彼女はアスリートとしてかなり有名で、百メートル走のアベレージは十一秒強を保持している。

 彼女が手伝ってくれる人候補の残り一人だった。きっと幸天の友達になってくれるだろうし、ある程度の秘密だったらばれても隠してくれる。しかしこの早い段階でばれてしまっては、ありがた迷惑極まりない。

「オレは琵琶陽平な」

 恭しく三人はお互いにおじぎしあった。

「よろしくね、幸天」

「幸天ちゃんよろしく」

 初対面なのに、絢は呼び捨て、陽平はちゃん付け、おいおい、馴れ馴れしすぎるだろう?

 思ってから、実はおれも呼び捨てだという事に気付き、心の中で苦笑した。

「んで」

 陽平が身を乗り出した。

 いつまでも自己紹介していればいいのに、やはり運命はそう優しくない。

「幸天ちゃんを、どこで引っ掛けた?」

 刹那、陽平の頬に衝撃が走る。強烈かつ正確に打ち込まれた拳は、陽平を椅子ごと容赦なく床へと叩き出した。

「ごめんねー。こいつバカだから口の聞き方なってないのよね」

 右の拳をいたわりながら、絢は達巳の瞳を覗き込んだ。絢の黒い目が不気味に光る。

「どこの誰なのか、きちんと説明してね」

 酸い甘いの酸い部分を噛み締めながら、達巳は後悔した。そう、できないと言われているソレを、無理やりにでも先に立てるべきだったと。

 

 

 

 帰って来たのは十二時少し前。着くなり達巳は荷物の中身を気にせずにどさりと下ろした。それからリビングでそれを広げて……。

 重かったわけだ。中身を見て納得、苦笑を浮かべた。

 一つの袋に整頓されてつめられていたものだから、体積の割に質量は増えるはずである。学校の制服、私服からはじまって、靴や歯ブラシ、タオルに――

「……何これ?」

「着物ですよ。お姉ちゃんが、日本に行ったなら一度は着てみなさいって言ってたんで、古着屋で買ってきました」

 言われれば、制服以外の服はすべて古服。やはり天上人も節約に関しての概念はあるのだろう。

 達巳はもう一回着物に視線を戻した。これが着物? どう見たって……。

「幸天」

「はい」

「これは、着物じゃなくて浴衣」

 幸天はこの事態にえらくショックを受けていたが、浴衣も日本独特の服だからと言ったら、泣く泣く幸天は諦めた。

 他の袋に入っている物は、食器、インテリア、カバン、本、化粧品、筆記用具、雑貨品その他諸々。

「家具は明日宅配されてきます。寝具以外全部中古ですよ」

 用意周到だ。あの部屋を片付けても、確かに埃まみれだった家具を使うのははばかられる。

「その袋は?」

 達巳は少し離れたところにある未開封の袋を引き寄せて、開けた。

 閉じた。また同じ所に戻した。

 達巳は幸天を見て、今の事が見られていなかったことを確認した。別にそこまで気にすることはないのだけれど、やはり、女性の下着をジロジロ見るのはよろしくないだろう。朝の事もあるから尚更。

 それにしても、よくこんなに一気に買い込んだものだ。確かにこれからの生活ためには二人でやっと運べるこの量は必要だろう。……二人でやっと?

「幸天」

「なんですか?」

「この荷物、学校までは一人で持ってこれたんだよな」

 二人で持つのに苦労したこの荷物。幸天は見た目だけは力がなさそうだが本当はある、と言うことなら解かるが、幸天一人で学校へ持ってこれたものなのか?

 それはあっけない言葉で解決された。

「魔法ですよ」

「例の?」

「はい。カウンターの原理を利用して、袋がわたしの手に攻撃を加えていると思えば……」

「じゃぁここまで一人でこれたじゃないかっ」

「そういう使い方はジャドーだって言われて来たので」

「………………」

 そんなこんなで荷物の整理は進み、一時的にリビングの端に置いておく事にした。終わったのは一時頃。

 このときにご飯作りの取り決めをした。

 料理を作る方は、そのときにフリーな方。両方いるときは、一緒に作る。

 初め、幸天が全部自分で作ると言っていたのだが、達巳が新聞配達に行く朝や部活で遅くなる夜はほとんど幸天が作る事になるだろうからということで、幸天はそれに了承した。

 今日の昼は幸天が作る事になった。昼ご飯は軽い物でも問題がない、つまり二人で作る事になると逆に邪魔になってしまう。本当は達巳が先に一人でやると申し出たのだがいつの間にか幸天が作っている。幸天の誘導術が巧みと言うか、達巳が操られやすいと言うか。

 さすがに片付けまでやらせるわけにも行かず、それは達巳がやることにした。

 洗いながら、しみじみと感じだ。

 二人なんだ―――と。

 幸天の買ってきた食器、この家にあったものと同じ型ものだ。何の飾りっ気もない食器だったから違う食器でも良かったのに、一緒だから余計に深く感じてしまう。

 じわじわと、心に広がる何かを感じた。深く暗い所に沈んでいたものが、ゆっくり浮上している。

  今さら何を。出てきてどうする?

 ピンポーン。

 インターホンが鳴り響く。

「わたし出ましょうか?」

「ああ、よろしく」

 近所の五月蝿いおばさんだったら困るけど、どうせ近所にいつかばれるだろうから。それに集金だったら幸天が呼ぶだろうし、勧誘だったら、幸天もその対処法ぐらい知っているだろう。

 少しして片付けが終わったが、玄関から一切の音沙汰がない。達巳は不審に思い、玄関へと向かった。

「よう、達巳」

「陽平から達巳が風邪だって聞いたから見舞いにきたんだけど……」

 聞きなれた声が、耳の中をいつまでも跳ね返りつづける。

「達巳さん、どう……します?」

 達巳は、空笑いを浮かべる事しかできない。

 

 

 

 話せば長くなると言うことで、達巳はとりあえずリビングに陽平と絢を迎え入れた。それもちょっとした時間稼ぎであったが、何の効果も得られなかった。

 時計の音が劇的に遅く、流れていく。心臓の鼓動の方が早く、滴る汗の量が増加していく。

 絢が問う。

「どこで二人は知り合ったの? というか……」リビングの隅においてある荷物を一瞥して、「もう同棲するの?」

 達巳は答えない。答えられない。確かにいつかはこの二人にばれただろうけど、心の準備ができていないこの時にばれてしまっては、何も思いつかないではないか。

 達巳は横目で幸天を見ると、幸天も少し困ったような目線を達巳に送った。対象者以外にできるだけ天使と言うことはばれてはならないのだ。

 もちろん同棲していると言うことについて、親しい者なら訊ねてくるだろう。だから今日中に辻褄合わせをして置きたかったのに、していない状態で遭ってしまった。

 幸天は知っている。達巳がアドリブで嘘をつけるほど器用ではないと言うことを。幸天が機転を利かせてとっさの演技をしても、きっと達巳はついてこないだろう。達巳が自分から考えなければうまくはいかない。

 幸天の目線は告げる。達巳さん、頼みました。

 達巳は受け取り、理解する。おれにすべてがかかっているのだと。

 まずは、そうだ。道に倒れていたのを介抱したというのはどうだろう。しかし横に広がっている荷物を見てその考えは潰えた。明らかにここに住もうとしている道具ではないか。介抱してやって長くなりそうだから家具を買ってやるなんて、どこのバカのやることだろうか。それに一ヶ月も一緒に住む理由が見つからない。

『わたしは秘密結社に追われているのです、匿って下さい!』

『わたしについては詮索しないで下さい。時期が来たら、話しますから』

 こんなSFじみた事を言ってもボロが出るに決まっている。しかも話題を出したとたん、一瞬で。まぁ天使というのも嘘っぽいのだけれど。

 昔からの婚約者。考えてから首を振る。おれらはそんな関係じゃない、そう言うことも示さなくてはならないのに、これじゃ意味がない。

 確実なのは親戚の類いだろうか。

『両親が一ヶ月旅行に出かけるので、一緒に住まわせてください』

 誰が一人暮らしでヒーヒー言っている男のところに大事な娘を預けるだろうか。事が起きる可能性だって否定できないのに、普通はありえない。

 陽平が殴られた頬を抑えながら、ゆっくりを椅子を元に戻してまた座る。

「達巳、諦めて白状したらどうだ」

 諭すような口調は、達巳をさらに追い立てる。

 冷や汗が服の下を流れた。服へと染み込むことなく皮膚を伝ってゆく。

 親戚、もうこれで行くしかないのか?

「幸天は、親戚なんだ」

 口からでまかせ、もうどうにでもなれ。

「んで、どんな理由で一緒に住むわけ?」

 陽平がいきなり核心をつく。理由、これも旅行論で行くしかないのだろうか? そうだ、両親が重い病気と言うことにすればどうだ。

「幸天のお母さんが突然の病気で入院したんだ。お父さんは病室でお母さんの様子を見たいって事だから、幸天のお父さんは病室と会社とを行き来するんだ。それで、家に幸天一人だけになっちゃうからこの家に住む事になったんだよ」

「はい。わたしあまり家事とかも上手くないですし、他の親戚の所に泊めてもらう事になったんですけど、どこも折り合わなくて、最後に達巳さんの家に住む事になったんです」

 達巳の言い訳に、幸天が肉付けしてくれた。これならある程度の筋道は立ったはずだ。

 絢は問う。

「高校はどうするの?」

「その間は、翔渡高校に転入しますよ」

 翔渡高校とは、達巳、陽平、絢が通っている、県で一番大きな地下倉庫が自慢の高校だ。

 この質問は問い詰めと言うより、絢の期待が含まれた質問だった。

 だって幸天がこんなにも可愛いんだもの、高校で一緒に過ごせたら面白そうじゃない?

「一つ疑問があるんだ」陽平は、達巳の双眸をじっと見る。「転入試験がある。試験だよな、受かるかもしれないし落ちてしまうかもしれない。もし受かっても学校にいる時間が短期間かも解からない。なのに高校を変えるなんてバカなことをするか? 前の高校には友達だっているだろうから、高校を変えようなんて判断をするやつはいないと思うぞ」

 それもそうだ。自分が嘘をついているときの癖、目線が揺れないように一点をじっと見つめながら、唇を軽くかんだ。

 今となっては新たな言い訳を考える事はさらに不自然になる。何とかして辻褄を合わせなければ。

「幸天は前の高校で上位にいて、受かる事が確実だったんだよな」

 陽平の値踏みするような視線が離れない。絢も陽平も達巳の嘘をつくときの癖を知っている。不自然に顔を俯かせるか、視線が不可解に泳ぐかのどちらか。

 顔は伏せられてはいない。ならば目を見ればいい。今の揺れは微妙だ。これは本当の事なのか? しかし陽平の勘が、それは違うと告げていた。

「幸天ちゃん」

「はい」

「お父さんの病名は?」

「…………ガン、ですね」

 しめた。陽平はにやりと笑う。

「ヘぇ……お母さんも病気、お父さんも病気で大変だな。でもお父さんは病室と会社行き来してるんだろ? ドクターストップとかかからないのかねぇ」

 幸天は顔をひきつらせた。先ほどの話では、入院していたのはお母さんのほうだった! 達巳が上手く嘘をついていたのに、大きな失態だ。

 瞬間、陽平は達巳の瞳を見た。瞳が不可解に揺れている。予想は当たり、ホラきた。

「んで」

 陽平は、さらに身を乗り出す。

「本当の理由はなんなんだ?」

 幸天は視線を送った。達巳はそれとなく受け取った。

 諦めて、本当の事を言いますか? 

 

 

 

 

  HR

 

 

   小説が書けているのに納得いかない。書いても満足できない。

   一種のスランプでしょうかねぇ。謎です。

 

 

 

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 白の裏話

 

    名前の由来 和良達巳

 

  わらわら。昔、なんか虫が蠢いている感じの擬音を打ったら、『和良和良』と変換され、(うちの変換機能はどうもおかしい)

  それが心(頭ではあらず)から離れず、和良達巳の苗字として使われてしまったわけである。

  わらわら。

  下の名前は、幸天が「さん」づけで呼ぶと言うことは決まりごとだったので、萌えな呼び方になるようにしたかった。(それだけ)

  わらわら。

  四文字だと呼びづらいので、三音で行こう! 

  あ、達巳、いいじゃん。達巳さん、おお、萌え。

  わらわら。

  これだけです。それ以上でも以下でもありません。適当です。手抜きです。

でも特に名前が本編に関係してこなければ、みんなこんなものだと思う。うん。

わらわら。

もう心から離れなくなったでしょう。

わらわら。

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