Fourth Day

Chap 1

 

 

 

 また一つ爆弾が投擲された。それは弧を描いて中を舞いながら目標に近づき、そして目標の頭に衝突する。

 痛い。今度は何だ? 消しカスかそれとも紙くずか。確認するとそれは紙くずで、広げてみるとちょこんと一言、助平と記されていた。

 つくたびに幸せが逃げると言われているため息を小さくついてから、四限目までの総計六十個目のゴミを机の隅に押しやり、黒板に書かれている文字をノートに書き写し始める。

 この場所が狙いやすいから余計にいけないのかもしれない。達巳は第三者的にそんな事を考えた。真ん中の一番後ろ、振り向いて投げればほらそこに、みたいなものが隅の席にはある。

 なんたって、先生の死角だから。

 先生がまた黒板を書き始めた。まずはこの式を微分して――。説明が始まり、ここぞとばかりに紙くずが飛んでくる。

 もう読む気が失せた。開かずに隅に追いやると、おれの心を読んだかのように消しゴムのカスが2,3個飛来した。

 ああ、このやろう。心の中で悪態をつく。せめておれが一人暮らしでなかったのなら、こんな熱烈なラブコールを受けることはなかったはずなのに。

 災難の始まりは朝のHRから始まった。何のイベントも無かったはずのこの日に突然現れたイベント、幸天の転入だ。

 転入生に関しての情報伝達は早いもので、三日前幸天が達巳の家に来たと言うのに、いったいどこから入手したんだと疑わんばかりにクラスではその話題で持ちきりになっていた。

 達巳は転校生の事について話題をふられないように、席に着いて教科書を開く。ひょいと陽平が達巳の席にやってきて、些細な話をしながら周りの会話を窺うと、少しずつ転校生についての話題が少なくなってきて、まずは大丈夫だと、安堵のため息をもらした。

 しばらくして先生がやってくる。もう知ってる者もいると思うが――そんな口上が述べられ、ドアが開き、幸天がクラスに入ってきた。

 立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花。今さらながら、達巳はこんな言葉を思い出した。

 清楚な顔立ち、流れるような髪、光のように白い肌、細い腕や脚、なんと制服の似合う事。幸天がこんなにも可愛かったのかと、達巳は思わず見とれてしまった。

 見とれながら、もう一人の冷静な自分は先の行動を考えていた。幸天が達巳と同じ高校、そして同じクラスに転入すると言うこのイベントを予想してない訳はなく、この日のことを綿密にシュミレートしておいた。ここまでは大体予想通りで、プランが崩れるような事はなかった。ここで先のプランを再確認する。

 幸天がクラスにやってくる。おれと幸天が知り合いと言うことは隠すのは不可能なので(というか無理だと陽平に諭されたので)、幸天は達巳の家の近くに引っ越してきたと言うことにする。それならば親しい理由になるし、帰りの方向が一緒な理由にもなる。引っ越してきたわけを訊いてきたら、一身上の都合と言うことにすれば大抵の人はそれ以上突っ込んで訊いてこないだろうと、やっぱり陽平が言っていた。ついでに、オレらは親友だから例外な、とも言って。

 そう、計画は順調だったはずなのだ。これで心配事はない。人を家に上げるときは前もって幸天を絢の家に預けて、幸天の部屋の鍵を閉めてしまえばいいのだから。

 完璧だったのだ。一つ、計算漏れされていたものがあっただけで。

 何となく気付いていたけど、それを理解するにはもう少し時間が必要で、気付いたのが今日だったので、計画に練りこむには遅すぎたわけで。

 思ったより、幸天はドジだったのだ。

「名前は羽理幸天と言います。今は達巳さんの家に住まわせてもらっています。これからよろしくお願いします」

 ああ、人生とはどうしてこうも儚いのだろうと、心から思った。

 その時の幸天のしまったという表情は、絶対に忘れまい。

 このクラス(二年五組)にいるサッカー部(マネージャー含む)は、和良達巳、琵琶陽平、管城子道則、松下絢、橘日和の五人。

 橘日和は絢と同じくサッカー部マネージャー兼陸上部。恋人がいて、それは先述の管城子道則。短距離長距離では絢に勝らないが、ハードルだけ絢をも凌ぎ、彼女も有名なアスリートである。絢と日和のやり取りをよく見ていると、どうも日和は絢に使われている気がするのは気のせいでは無いだろう。

 その四人は、達巳のほうをちらりと見ては、非の打ちようの無いぐらい完璧な哀れみの目線でドンマイと告げていた。

 いろいろなモノが飛び交う中、実際の原因だろう目の前の幸天を見る。本当は達巳の後ろの席だったのだが、それだと身長差から黒板が見えづらくなるため前後を交換したのだ。

 学校で髪が長い場合は結わなければならないと言う決まりがあるため、幸天は料理を作る時と同じようにポニーテールになっている。随分長くさらさらした綺麗な尻尾だなとぼうっと見ていたら、紙くずが飛んできた。

『見つめすぎ』

 嗚呼、コノヤロウ。

 紙くずを投げた張本人と、その中身を読んでしまったおれにいらつきながら、また黒板を写し始める。

 瞬間、シャーペンの芯が折れた。

 ……ああ。

 完全にやる気を失い、この授業は流れるままぼけぇっとしていようと思っていたら、今度は目の前の幸天から紙が飛んできた、いや、ノートの切れ端が差し出された。そこには女性らしいとても綺麗な字体で『ごめんなさい』と書かれていた。幸天らしいと思いつつ、返答するために達巳はノートの端をやぶり『平気平気、しかたないよ』と書いて、先生が前を向いている瞬間を狙い幸天に送った。

『一つきいておきたいんですが、何かしなくてはならないことありますか?』

『何かって?』

『わたしのせいでどうせいしていることがばれてしまったんで、学校生活でどうすればいいかです』

『当たり前だけど天使の力を使わないこと、なんで同棲しているかって聞かれたら…どうすればいいだろうね』

『どうせいまでなると、やっぱり少し考えておいた方がぶなんですよね』

 紙を受け取って達巳は微笑した。日本語は流暢でも漢字までは会得できていないらしい。

 しかし、紙に書かれている事柄はその通りなのだ。家の近くに引っ越してきたのなら濁したって不審に思う人は少ない。ただ同棲までなると事情が変わってくる。達巳は一人暮らしであり、そこに単身幸天がやって来たのだから、スキャンダラスなものが好きな人にとって格好のネタになってしまう。

「じゃあ、達巳、これはどうすればいい?」

「えっ?」

 達巳は顔をあげた。瞬間笑い声があたりから響いた。全身が凍りついた。

 先生に指されたのだ。この数学の問題をどうすれば解けるかを先生は問うている。

 錯乱状態に陥っている頭を総動員させ考える。今数学の授業でやっていることは、そうだ、微分だ。

「その式を微分すればいいと思います」

 言い終わってから間違いに気がついた。微分の単元なのに微分を訊いて来るわけが無い。案の定、とっくにその式は微分されている。

「と言うのは間違いで、Aの式と y=m の共有点の個数を探ればいいと思います」

「じゃあ m の取りうる範囲を言ってみろ」

 ちぐはぐながらも答え終わり、どっと冷や汗が流れた。

 紙くずが飛んできた。気が動転していたのか、紙くずを広げてしまった。

『彼女とのにゃんにゃんも程々に』

 四限目終了のチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 広がる青空の下、清々しい風が吹き抜ける中、陰鬱とした空気の上、達巳と幸天は弁当を広げていた。

 屋上は日当たりもよく景色もよく、この開放感は一瞬勉学と言う束縛から解放してくれる。しかし達巳はその束縛からは解放されたものの、むすっとした表情でその場に座り込んでいた。

「あの……本当にごめんなさい」

 幸天は達巳の顔を覗き込み、頭を下げながら謝る。

「いや、いいよ」

 そう言いつつも、暗い表情は一向に消せそうに無い。授業中に受けたネチネチとした嫌がらせ。仏の顔もなんとやら、流石の達巳も堪忍袋の緒がほつれそうになっていた。

 あははと後ろから笑い声が飛んでくる。一瞥すると、話題に花咲かせている四人――陽平、絢、道則、日和――の姿があった。あの四人に一切悪い所は無いのだけど、こういう時は疎ましく思えてしまう。

 幸天と二人だけで屋上に来てもよかったのだが、もし二人で一緒にクラスを出て、そして一緒に弁当を食べていると言うことをクラスの連中に知られたら、五,六時間目にいったいどのような仕打ちをいただけるか解かったものではない。

 幸天が道則と日和に自己紹介をして、二言三言会話を交わしてから達巳と幸天二人は四人から離れて相談をしていた。

「しかし、どうするかな……」

「どうしましょうね……」

 途方に暮れた。幸天も今になってようやく同棲がいかに難しいものかを理解した。何とかなるだろうと楽観視していたけれど、高校生に起こり得る現実的な理由なんてそうそう簡単に見つからない。

 すると、達巳と幸天の肩が叩かれた。

「首尾はどう?」

 絢が二人の肩越しに呼びかける。そのまま近づき、二人の肩に手をかけて弁当を覗き込んだ。

「わぁ、やっぱり弁当は一緒か」

 真剣に悩んでいる時に何しに来たんだ。達巳と幸天は同時に絢をねめつけた。ねっとりとした視線を両側から貼り付けられ、絢はたまらずにいったん引き下がる。

「なにかいい案浮かんだの?」

「浮かんでたらもっと浮かんだ顔してるって」

「達巳さん、面白くないです」

「アタシも同意」

 今度は達巳が二人から嫌な視線を貰い、急いで本題に戻す。

「なんで絢はこっちに来たんだよ?」

「暇で……」また二人からねめつけられそうだったので慌てて「ちょっといい案浮かんだからさ」

「どんな?」

「どんなのですか?」

「同棲している理由は、幸天が天使で、達巳幸せにする事が仕事だから、にすればいいと思わない?」

「それが駄目だから今考えてるんだよ」

 イライラしている達巳の声を軽く受け流して、続ける。

「だって幸天が天使だなんて、幸天のあの力見せてもらわない限り誰も信じないよ? 幸天がその力を封印すればいいわけだし、周りは絶対『嘘』って言ってくるから、ずっと言い続ければいつか皆その話題から離れていくって」

 言い終わってから絢は気がついた。達巳と幸天が絢から空間距離ではなく心の距離で離れている。絢は慌てて二人に呼びかけた。

「ちょ、これでも真面目に考えてるんだから」

 二人は無反応だった。

「……ごめん。ふざけ過ぎました」

 やれやれと、二人は絢に向き直る。その動作を見て、絢は一人不思議そうに二人を眺めた。

「つーかあんたたち、同棲理由、婚約者とか駄目なの?」

 え? と、二人は顔を見合わせた。

「ホラ、また。あんたらの行動って、傍から見てても凄いシンクロしてるし、仲いいし、三日前に顔合わせたってのが不思議なぐらいよ」

「そうか?」

「そうですか?」

 お互いに、言い終ってから口を抑えた。それを見てクスクス笑う絢に、幸天は少しだけ言い訳をした。

「試験で選ばれる対象者は、わたし達受験者とある程度馬が合うように組まれてるんですよ」

「だったら尚更婚約者とか許嫁とかでもいいんじゃない? ちょっと非現実的だけどさ、無いわけでは無いだろうし、プライベートな事について詮索しようとするやつはいないだろうからさ。それに期間も一ヶ月。それでも嫌だったら、両親が決めた無理やりな婚約って形にすれば、ね?」

 達巳は眉をひそめる。本当はただおれらを無理やりくっつけたいと思ってるだけではなかろうか。

 その考えは見事に的中しているのだが、それを口にする前に、遠くから日和の声がした。

「ええっ! って事は、二人って婚約してるの!?」

 達巳と幸天には、その声は遠い所から聞こえてきた気がした。次元が違うような、まるで他人事のような、そんな不思議な感覚が体から完全に抜けきった後、ざわめきが頭の中に広がっていった。

 達巳、幸天は何も解からない子供のような顔つきで、もう弁当を食べ終わったのだろう向こうの三人を見つめていた。

 その視線に気付き、日和がこちらにとことこやってくる。その後から道則もやってきて、陽平もやって来た。

 何故陽平は、視線を反らしているのだろう。

「二人とも大変なんだね」

 日和は絢の脇にちょこんと座ると、ナニカに同情の眼差しを向けていた。少し遅れて道則もやってきて、やはりナニカに同情の眼差しを向けている。

 いつまでも呆けている二人を差し置いて、絢が訊ねる。

「ひよ、なにが大変なの?」

「あれ、絢ちゃんもとっくに聴いてたんじゃないの? 二人は婚約者。でも親が無理やり決めたもので、二人は嫌がってるって」

「え、あ、あぁ。うんうん」

「大変だよね。あれでしょ? そんなに反対するならとりあえず一ヶ月間同棲してみろって言われちゃったんだよね」

 顔を伏せている陽平を見て絢は理解した。さしずめ、陽平が二人(特に日和)から同棲理由を訊ねられ、ふと口に出してしまい、後はとんとんっと成すすべもなくって所だろう。

あらあら、意外とアタシと陽平もシンクロしてるじゃないの。

 まるで他人事かのように納得した絢から離れ、日和は達巳と幸天の前にやってきた。

 二人は現実を知る。右手に添えられている箸でつまんでいた卵焼きが、ポロリと落ちた。

「大丈夫、今の御時世婚約者だからって本当にそうなるかは解からないよ」

 でも1ヵ月も一緒に暮らしてたら恋愛感情が生まれるかもね〜。そんな日和ののん気な言葉は空へ消え。

 達巳は未だ呆然としている幸天の横顔を見て、そこはかとなく思った。

ああ、人生とはどうしてこうも――――

 

 

 

   HR

  学校編スタートと言うことです。

  実際かわゆい転校生がやって来たって、「うわぁお」みたいな歓声は男子どもから上がりませんよね。

  同棲と言う事実が発覚しても周りから嬲られるなんて普通ないですよね。

  ―――きっと。

 

 

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  白の裏話。

 

  当初の予定では、同棲と言う事実は陽平と絢にしかばれない予定でした。

  いや、軌道修正も可能だったんですけど、勢い? まぁ、計画なんて壊れるためにあるようなものですから。

  それにこうやって計画が初めから整ってるなんてオレらしくあらへんからな。

  はぁ……どないしよ。

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