Second Day

Chap 2

 

 

 

 達巳はサイドへ走り込む。それとほぼ同時にセンターからパスが出された。球速を確認して、ボールをトラップする前にゴール付近を一瞥する。

 DFが一枚入ったセンタリング練習。ニアとファーに一人ずつの味方が入り、キーパーとディフェンスが連携を取って達巳からのパスを阻止せんと構えている。

 いつもならすぐどこに蹴ればいいかぐらい思い浮かぶのに、今日は案が出てこない。軽いドライブでファーに渡すか、マイナスでニアに渡すか、はたまた相手の裏を突いてループで直接決めてしまうのもいいかもしれない。ただ、思いつくだけでどれも得策だとは思えなかった。

 調子が出ないのはなぜ、とは問う必要はない。一つ、幸天が心配なのだ。

 幸天が様々な情報を蓄えている事は確かだ。だから駅周辺の地理を把握しているはずなので、迷う事はないであろう。

 だがしかし、駅周辺では『神様へお近づきにナリマセンカ?』的な勧誘もあれば(幸天は天使なので関係ないのだけれど)、裏に入れば『気持ちよくなれる可能性があるようでない白い粉』をも売っている。ショッピングモールへ行くにはもちろんそんな裏路地を通る事はないのだけれど、複雑に道が絡み合っているので、迷い込む事だって考えられる。

 現に、前に彼はそこで迷ってしまったし。

 体育館に設置されている時計を見た。針は十時三十分を指している。普通なら、もう店で買い物しているか家へ帰っている途中だ。

 大丈夫と解かっているのに心配を拭いきれず、頭にこびりついて容量を奪っているのだ。

 サッカーボールが足元へとやってくる。トラップして、次の動作に移りやすい所へとボールを送り、もう一度ゴールを見た。いつもだったらコースを決めてから蹴るのだけれど、まったくもって決まりそうにない。適当に蹴ってしまえと決め、足を繰り出した。

 スカっ!

 軽快に繰り出された足は、ボールの脇をそれてゆく。

 足は空を蹴り、視界が流転、碧天へと向けられて、けつを思い切りよく強打。含み笑いがあたりから聴こえる中、顧問の『それじゃぁ、十五分間休憩』の声が響きわたった。

 達巳はサッカー部に所属している。ポジションは攻撃的MFで、サッカー部副部長と言う役職を担っている。小さい頃からサッカークラブに所属しサッカーをしていたこともあり、その実力は折り紙付きだ。

「達巳、平気か?」

 視界一面に広がっていた晴天が、人によって遮られる。

「尻が痛い」

「その通りで」

 今声をかけてきたのは達巳の親友であり、サッカー部の部長、ポジションはFWを担当している人物。名前は琵琶(びわ)陽平(ようへい)。彼は達巳と同じ町出身で、小さい頃から達巳と同じサッカークラブでプレイをしていた。やはり実力は一目置かれるほど。

 陽平の手を借りて上体を起こし、グラウンドに座り込んだ。思いのほか強く打ったらしく、まだ立ち上がることはできない。

 もう一人、心配そうに近づいてくる人物がいた。

「大丈夫?」

「ま、ある程度」

 彼の名は管城子(かんじょうし)道則(みちのり)。ポジションは左ウイングである。中学時代までは普通の実力だったのだが、高校に入って急激に成長した。努力するのも才能、まさに道則はそれに当てはまる人物だろう。

 達巳、陽平、道則の三人が、ここのサッカー部の三本柱だ。他校ですらこの三人の勇名は馳せられている。

「しっかしな」陽平が身を乗り出す。「トラップしたボールを蹴り損ねるなんて、他のプレイでも何かキレがなかったし、お前今日調子悪いのか?」

「僕も少しそれ思ったんだけど、大丈夫なの?」

 道則もそれに同意して、達巳は慌てて頭をふった。

「全然平気」

 苦笑を浮かべながら発言する。

 できるだけこの話から焦点をそらさないと、詮索されたら逃れられる自信はない。達巳は表情に出ることで有名なのだ。

「考え事とか?」

 道則の言葉に一瞬どきりとした。

 ふと、陽平が口に出す。

「女のこと考えてたりしてな」

 適当に言ったのだろうけど、達巳にとっては核爆弾並みの威力を誇る。心臓がはちきれんばかりに鼓動を打っている。

「達巳君に限ってそれは無いと思うよ。陽平君じゃあるまいし」

 道則の言葉はちょっとした助け舟。しかしそれはいつ転覆してしまうのだろうか。

 表情を見られるとまずい。そう判断し、顔を伏せる。しかしそれは逆効果になってしまった。

「達巳君、本当に大丈夫?」

 そう、道則は、ありえないぐらいのお人よしなのだ。さらに、陽平にはこの行動によって読まれてしまった。

「みっちー、あまり気にすんなよ。どうせ何か隠し事してるんだから」

「そうなの?」

「ああ、こういう時は大体何か隠しているときなんだよ、な」

 したりと笑みを浮かべている陽平の手が肩に置かれ、思わず大きくビクリとしてしまう。

 ばれる、ばれる、ばれる、ばれる、ばれる、ばれるばれるばれるばれるばれる―――

「おれ飲み物買ってくる!」

 達巳はすっくと立ち上がり、あからさまに不自然な笑みを二人に向けて、脱兎の如くその場から逃げ出した。

 その場に残された陽平と道則はややあって顔を見合わせる。

「な、何か隠し事してるだろ?」

「それにしてもよく解かったね」

「長い付き合いだからな」

 さてさて、後でどう詮索してやろうか。陽平はにやりと口元に笑みを貼り付けた。

 

 

 

 

 

 達巳は自動販売機の前で、どの飲み物にするかを選ぶ。

学校の自動販売機なので一缶百円とお得なのだが、今は月始め。確かにお金はある。しかし逃げの口実のためだけに百円を使うなんて無駄極まりない。高が百円されど百円、一円を笑う者は一円に泣く。なるたけお金は使いたくない。

 おつりレバーを引き、心の底からため息を吐き出した。

 もし『飲み物は?』と訊かれたら『あっちで飲み干してきた』とでも答えよう。

 しかし、本当に今日は練習が身に入らない。

 先ほど述べたように幸天が心配なのも一つの理由なのだが、もう一つ理由は存在する。

 十月になると、正式には十月の半ばに近づくにつれ、気分の優れない日が多くなるのだ。

 毎年のこと。このときに例の発作もが起こる回数も多くて、絶対何かあることは間違いないのだけれど、なぜだろう、どうしても後に思考が続かない。

 ロックがかけられているような、自分でブレーキをかけているような、そんな気分。

「達巳さん、どうしたんですか?」

 いくらなんでも、朝みたいにその声の主を間違うことはない。だからこそ、これが夢であれと切に願う。

「達巳さん?」

 現実逃避は無駄、そう達巳は悟って、声の主を振り返る。

「幸天……なんでここにいるんだ?」

 そこに幸天がいた。今は達巳の服ではなく違う服を着ている。きっとショッピングモールで買ったヤツをそのまま着てきたのだろう。やはり基調は白なのだが、現代風のカジュアルな服を着ていた。

 現代的な服の選び方も、上の世界で勉強してきたのだろうか?

「店から歩いてきたんですよ。達巳さんに手伝ってもらおうと思って」

 幸天は両手いっぱいに抱えた袋を差し出した。考えてみれば当然。一ヶ月暮らすための衣服や食器などをそろえれば、これぐらいにはなるだろう。

「店から駅まで五分だろ?」

「店から学校までも五分ですよ」

 学校と店と駅はほぼ一直線上にあるため、学校から駅までは十分である。いつもは自転車を使っているので、実際は二、三分でついてしまうのだが。

「それに、駅までの道は込んでいたので」

 達巳はめまいがした。幸天がここにいる、つまり、幸天と一緒にいるという事実を知られてはならないと言う義務が生まれた。

 ミッションスタート、一緒に居る所を知り合いに見られるな―――

「あ、達巳さんは部活続けてください。わたし、学校を見学しておきますから」

「なんで?」

「言ってませんでしたっけ? わたし、次の月曜から、つまり明後日から学校通うんですよ」

 爆弾発言は、余裕綽々と達巳の思考回路を破壊する。予想をしていなかったわけではないけれど、言葉にされると絶望的だ。

「でもさ、転入か編入かはわからないけど、いろんな手続きが必要なんじゃないの? 前にいた高校とか、住所とかさ」

「天使、ですから」

 試験を達成するためには四六時中対象者についている方が成功率は高い。上界ではそれを認めているため、学校に転入するために、後々辻褄合わせは必要になってくるのだけれど、ほんのちょっぴり人間の記憶をいじっておくのだ。

 いくらなんでも犯罪だろう。達巳はそんな思いを胸に秘めつつ、がっくりと肩を落とした。

 転校するなら、どうせクラスも一緒になるに違いない。一緒に住んでいると言うことはばれないかもしれないけど、幸天とおれは顔見知りで何か関係があると言うことがばれてしまうのではないか?

「……それで、今からどうするつもりなの?」

「言ったじゃないですか、達巳さんの部活が終わるまで学校見学しています」

 達巳の脳みそに何度目かの爆弾が到来した。帰りまで待たれたら確実にばれる。あの陽平とは町が一緒のため、帰りはいつも一緒なのだ。

 陽平にだったらばれてもいいのかもしれないけれど、できれば誰にも知られたくない。知られたらそこから糸がほつれて大変なことになる可能性がある。じゃあどうすればいい。どうすれば逃れられる?

 達巳はその場にうずくまった。

「あ、調子悪いわけじゃないからね」

 一応述べておく。一日に何回も『大丈夫?』といわれるのはなんだか申し訳がないから。

「そうなんですか?」

「なんというか、精神的にというか……」

 はっと、達巳は顔を上げた。ならばなるほど、こうすればいい。

「ちょっと待ってって」

 達巳は幸天をその場に残し、部活へと戻っていった。

 そして十分後。

「もう部活終わったんですか?」

「いや、気分悪いからと言うことで早退してきた」

 苦肉の策。先ほどでの話題を引っ張って、調子が悪いことを理由に逃走してきたのだ。

しかし道則はともかく、陽平を騙すことはできただろうか。これでも長年の付き合い、こっちだって相手の思っていることが大体解かるのならば、相手だってこちらの考えなんて見えているはず。

 手伝ってもらう人候補に陽平がリストアップされていたのだが、あの様子だと片付けの時に詮索されかねない。仕方なくリストから陽平を外した。

 道則はリストアップされていない。手伝ってくれと言ったら気兼ねなしに手伝ってくれるだろうが、家が反対方向なのでそれは悪い。

 ならば後一人と言うのは―――

「達巳さん、どうしたんです?」

 幸天に訊かれ、達巳はいや、とその場を濁した。

 きっと幸天の友達になってくれるであろう人物なのだが、それはおいおい説明しよう。

 達巳は自転車の鍵を開けて、一瞬だけ乗ろうとしてしまったが、すぐにその動作を取り消した。

 手を差し出して、

「半分持つよ」

「半分ですか?」

「……この」

 軽くねめつけるが、幸天は微笑んで言った。

「達巳さんが天上界と同じでいいって言ったんですよ〜」

 幸天を見ながら嘆息一つ。

「ほら、どれぐらい持てばいい?」

「ありがとうございます」

 二人は並んで駅へと向かう。

 

 

 

 

 

 

   HR

      力不足を激しく痛感。

      もっと上手くなりたいなぁ。

      

      ちなみに、『全然平気』は別に誤字じゃないです。

そろそろ全然は肯定の意味でも取られていますからねぇ。

 

あと、サッカーでの用語。わからない人はごめんなさい。

 

 

 

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    白の裏話(ボツネタから改名)

 

 

 幸天はじぃっと達巳が握っている空き缶を見つめていた。もの欲しそうなその目線。わかりやすすぎる行動に気付かないわけはないが、達巳はゆっくりと踵を返した。

 ちゃリン、がたん。音がして振り返ると、幸天の片手にホット紅茶の缶が握られていた。

 このブルジョアめ。躊躇わずにジュースを買うなんて、自分にはできない所業だ。

 

 入れようかと思ったけど、達巳が飲み物を買うなんて勿体無い事するわけない! と心の中で結論付いたのでやめました。

 次回は名前の由来でも。いえ、しょぼいんですけどね。

 

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