14

 森が終わる。前方では光の塊が二人を迎えていた。木々も減り始め、地面が腐葉土ではなく砂利混じりの土に変わってきている。
 変化に気を取られている隙を狙うべく、ジャスナは容赦なく木を打ち倒してきた。しかし木が少なくなって来た状況では獣道から反れても減速は少なく、あまり効果的ではなかった。
 ジャスナが先に光の中へ飛び込んだ。遅れて、アルフも光の中に突入する。
 光の量が増え、アルフは目を細める。徐々に開いた目に飛び込んできたその光景に、思わず感嘆した。
 そこには、長い年月をかけて表面を滑らかにされた、大小さまざまな石が敷き詰められている川原があった。その奥、周辺より一段低くくぼんでいる場所に小川が流れている。今は水量が少なく浅い川だが、雨が降れば濁流となってセーラ川に流れ込み、その一翼を担うのだろう。
 そしてそのさらに向こう、そこに聳えるは断崖絶壁。見上げてようやく頂上が見える壁は、ちっぽけな人間などその様だけで圧倒させてしまうほどだ。岩の崖は太陽の光を遮り、下界を静かに見下ろしている。人間を遥かに凌駕する絶壁は、アルフのこれ以上の前進を拒んでいるようだった。
「進ませてもらうよ」
 と、その壁に宣戦布告をすると、彼は辺りを見渡した。
 域の魔法で確認してはいたが、まさに自然のアスレチック場だ。巨大な石に上り下りして、たまに崖を見上げ、汗をかいたら川に飛び込めばよい。ただし、川は浅いので、高いところからの飛び込みは危険だ。
 ぐるりと頭をめぐらせたが、ジャスナの姿が見えない。この岩場では速度を出すのが難しい為、そう距離が離れたわけではないだろうが、数々の石が邪魔をしその姿を隠している。
 彼は域の魔法を使い、あたり一帯の地図を作る。なるべく精密な地図だ。一度道を間違えてしまったら、大幅なロスになってしまうからである。
 調べてみると、崖を登るポイントはいくつか存在した。しかし馬と一緒に登れるとなるとその数は激減してしまう。まずは、川が流れているくぼ地を渡らなければいけないため、橋を目指す。
 ここから一番近い橋までの道にジャスナの姿があった。さすがにディン山脈の山賊だけあり、道は熟知しているわけだ。
 アルフはドーゼルを操り、滑る足場を何とか登ると、大きな岩の上に到達した。そこからジャスナの後ろ姿を目視できる。
「やっぱり遠いね……」
 ため息混じりにつぶやく。域で把握してはいたが、改めて見ると、その差は絶望的なものがあった。
 距離約三百メートル。森の中にいたときの何倍にも差は膨れ上がっていた。ここの足場が良いのならあっという間に縮めて見せるのだが、この足場ではスピードは上げられない。むしろジャスナはこの道を得手としているはずで、その差はますます広がるばかりだ。
 このままでは確実に負ける。何か策を考えなくては。
 アルフはふと、腰に下げている袋を触った。この旅に持ってきた特殊魔具の中でも、レースに使えそうな魔具を入れてきたのだ。
 この魔具があれば、いける。
 アルフは三メートルほど下、くぼ地を流れる川を見つめる。何かを決心したかのように頷くと、彼はドーゼルとともに、そこに飛び降りた。
 ドーゼルのバネは素晴らしく、空中でも決して乱れることなく水しぶきを上げて見事川の中に着地していた。
 ドーゼルが怪我をしていないことを確認して、アルフは馬を走らせる。
 川底は石が削れて平らになっており、しかも水量が少なくドーゼルの妨げになることはない。今までの鬱憤を晴らすかのごとく、アルフとドーゼルは水を跳ね上げながらぐんぐん前に進んでゆく。
 アルフは怒涛の勢いでジャスナを抜かそうとしていた。ジャスナは水が跳ねる音に気づき、眼下に視線を向ける。
「景気がいいことしてやがるな」  
 走っているアルフに対して、慎重に進まなければならないジャスナ。スピードの差は歴然としている。
「だけどよぉ、アルク、残念だったな」
 しかし、ジャスナは焦る様子など一切見せなかった。それどころか余裕の表情で、ジャスナは馬から降りる。腕を振りかざすと、強の魔法でそれを強化してゆく。
 ジャスナが上にいて、アルフが下にいて、そして周りにはおあつらえ向きの石が大量に存在している。
 彼がこうするのは、至極当然のこと。ジャスナは、口元に笑みを浮かべた。
「はっ!」
 ジャスナは近くの巨大な石に拳をぶつける。とたん、激しい衝撃音が空間を揺るがせた。
 石は形をとどめる事を許されず、無数の欠片が目下へと落ちてゆく。さらにもう一発、二発、ジャスナは岩を砕き、川を封じ込めた。
 アルフの目の前に、瞬く間に壁が出来上がった。粉塵が折り重なった、すぐにでも崩れそうな脆い壁。登ろうとでもしたら、一瞬にして下敷きになってしまうだろう。
 だけどこんな物は、川に降りたときから予想していた。最も単純で、最も効果的な妨害方法。規模は予想以上のものだったが、アルフはドーゼルを走らせながら、その壁を、その壁の先を見据えていた。
 腰に結び付けているホルダーから、魔導銃を取り出した。珠を取り出し、くぼみにはめ込む。
 色は青。属性は水。
 威力、屋根を粉々に吹き飛ばす程度。
 アルフは壁の中心部に狙いを定める。外したら終わり。当たったとしても壁を壊せなかったら、このまま壁に突っ込んでしまう事になる。
 それでも信じるしかない。猛スピードで壁に迫っていく中、アルフは引き金を絞った。
 辺りの魔力が魔導銃に収束していく。ジャスナもその魔力の流れを感じ取っていた。寒気がするほどの莫大な魔力を溜め込んだ魔導銃の口から、強烈な閃光とともに水の大砲が吐き出された。
 刹那にして水の固まりは壁に激突した。爆発音に似た芯に響くような鈍い音を立てて水と壁は四散する。水しぶきと破片はアルフの視界を奪いつくしたが、彼はためらうことなくそこに突っ込んだ。
 水と石の欠片が雨のように降り注ぐ中、ジャスナは目を見開いてその様子を見ていた。あんな強い武器を持ち合わせていたのかとただ驚愕するばかり。
 靄の中からアルフが飛び出してきた。それは壁が粉々に砕け散り、アルフのリードを確実にしたことを意味する。
 しかし川でリードしたとして、そこは一段低い場所にあるために川の向こう側でもこちら側でも一度この高さまで登らなければいけない。しかしその登れる地点は、崖を登ることができる場所からを大きく過ぎた位置にしか存在しないのだ。
 墓穴を掘ったかと思ったが、しかしアルフは域の魔法を使用できるのだ。もしかしたら地形が変わって登れる位置ができたのかもしれない。
 ジャスナは急いで馬にまたがると、アルフの後を追いかける。
 アルフが川の中を走ってゆくと、上に橋がかかっているのが見えてきた。本来ならそこで川を渡る必要があったのだろう。
 ジャスナの予想とは裏腹に、地形が変わっているなんて事はなかった。アルフも域の魔法を使いそのことは承知している。登るためにはもっと先にいかなければならないが、そこまで行ってしまったら折角のリードをふいにすることになる。
 アルフは川を取り囲む壁を見つめる。壁の向こうにある巨大な崖も圧巻だが、まずはこの小さな壁を登らなくてはいけない。
 アルフは魔具を取り出した。それは、ひょろ長く、かつ頼りなさそうな杖。幾日も手入れをしていたのだが、まだ魔力の乱れが直らない頑固な魔具である。
「頼むよ。ドーゼルも、頑張って」
 一つと一匹に激励を送る。後必要なのは、自分の度胸とタイミングだけだ。
 アルフは壁に向かって方向を変えた。できるだけ壁が低くなっている、その場所へ。
「アルクはなにやってんだ?」
 ジャスナは叫ぶ。確かに、そこから壁を登ることができれば大幅なリードを奪う事ができる。だけどいくら低い壁とは言え、三メートル弱の高さはあるのだ。馬がジャンプして飛び越えられるものではない。
 それでもアルフは壁に向かって突進してゆく。そして、アルフはドーゼルとともに大きく跳躍した。
 ドーゼルの跳躍力は目を見張る物があった。しかし、それでも壁を乗り越えるには程遠い高さ。そのまま壁に激突してしまうかと思われた。
 アルフは大量の魔力を杖に注ぎ込む。これで巧くいかなければ大怪我は確実、同時に、この勝負も敗退だ。いちかばちかの大勝負だが、彼は意を決したように、杖を真下に叩きつけるよう投げた。
 杖が真下の大きな岩に触れた。瞬間、めきめきと周りの地盤にひびを入れながら、巨大な岩が持ち上がり始める。
 ジャスナは目を疑った。岩が跳んだ。巨大な岩が、何を思ったのか真上に跳ね上がったのだ。
 空へ向かった岩は、アルフとドーゼルを載せるとさらに上昇していき、壁の高さを越えた。アルフはバランスを取りながら、その岩から壁の上へと降り立った。
 役目を終えたその岩は、力尽きたように、もとあった場所へと落下していく。ドスンと音を立てて、後はすんとも動かなくなった。
 先端に触れた物が、勢いよく跳ね上がるという杖状の魔具。単純な魔具だが、魔力の込め方によっては大きな物も高く跳ね上げる事ができるのだ。
 トーヤから買った魔具だ。まさかこんな形で使うことになるとは思わなかったけど。
 運良く一緒に跳ね上がってきたその杖を、アルフは拾い上げる。この魔具を捨てることも考えていたのだから儲けだ。
 ジャスナは唖然と口をあんぐりあけて、その様子を見つめていた。
 瓦礫の壁をあっという間に打ち壊し、しかも岩まで持ち上がってしまい、数メートルの壁を飛び越えてしまった。まるで夢を見ているようだった。
 それ以前に、あの水の玉を放った魔具、あんな物を所持しているのなら、センサリー山賊団を簡単に蹴散らす事が可能だったのではないだろうか。
「見逃してもらったのはオレ達ってか?」
 ジャスナは歯軋りをすると、すぐさまアルフの後を追う。
 アルフはすでに崖を登り始めていた。大きなリードを奪ったけれど、気を抜いていられるほど余裕は無い。ドーゼルもすでに疲労し、気力で走っている様子だ。
 ドーゼルを気遣いながら、しかし力強く崖を登り切る。ここから第三ステージ。後はゴールへと向かうだけだ。
 アルフは全速力で、木々の間を駆け抜けてゆく。



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