13

 アルフは身を低くし、ドーゼルは風を貫く。木々の間を潜り抜け、さらに速度を上げてゆく。足場も悪く、曲がりくねった獣道だが、手綱は緩めたまま巧みに前へ進んでいく。
 アルフは鋭い目つきで前方を見やった。彼の懸命さにも関わらず、ジャスナは前方を悠々と疾走している。
 スタートダッシュでの僅かな遅れ。慣れぬ山道は、ドーゼルの加速力を鈍らせたのだ。その差が今では致命的な距離となって現れている。
 地の利もない、相手を妨害する手立ても少ない、さらに馬のドーゼルは登山慣れをしていない。これ以上とないハンデを背負っているアルフだが、その厳しい眼差しは、勝負を諦めている訳ではなさそうだ。
 コースの概容を説明すると、最初は森の中。獣道ではあるが、覆い茂った草木を掻き分けながら進むしかない。レース序盤と言えど、複雑な道を通ることになり、いきなりの難関だ。
 そして中盤。巨大な崖が聳え立つそこは、沢が流れ、岩がゴロゴロしており、足場が非常に悪くなっている。自然にできた巨大アスレチックで、崖を登る道をいかに早く確保するかがポイントとなる。
 そして終盤、今度はまた森の中に入る。急な坂道ではあるけれど、木々は少なくなっているため、スピード勝負になる。そこを抜けると、草と巨木しか生えていない開けた場所に出る。そこがゴールだ。
 域の魔法を使いコースを見据え、ジャスナの五十メートル後方を疾走していた。つかず離れず、この距離をずっと保ち続けている。
 追いつきたいのはやまやまだが、アルフはそんな立場ではなかった。この距離を離されないのに精一杯で、追い抜かすなど考える事もできない。
 ドン! と前方で衝撃音が聞こえた。それとともに、道に木が倒れこんできた。
 ジャスナは強の魔法で筋力を強化し、周りにある木を定期的に打ち砕いてくる。この妨害は的確で、アルフがそこを通るまさにその瞬間に道に倒れこんでくるのだ。
 木を避ける為に、アルフは一度道を反れ、それから獣道へと戻る。
 その間に、さらに差は開いてしまった。ジャスナはアルフのテンポを確実に崩してくる。歩調を整えスピードが乗り切る直前に、木が倒れこんでくる。
 アルフは耐える。今は勝負する時ではない。
 まだレースは序盤、決して焦る事はない。今は森の中で道が複雑な為、ジャスナの後をついていった方が安全に、かつ迅速に通り抜けられるはずだ。
 しかし、このまま遅れた状態で森を抜けても、勝機があるとは思えない。後手後手を踏んでいては、勝てる勝負も勝てなくなる。
 右に九十度、大きく曲がった。ドーゼルは小回りが利かず、曲がり道の度に遅れをとる。アルフの技術である程度カバーするが、また差が広がってしまった。
 スピードを上げ、差が縮まった瞬間、木が倒れこんでくる。アルフは木を避ける。そして差は広がる。これの繰り返し。流石のアルフも歯噛みをした。
 馬の操作技術力に圧倒的な差があった。平地での技術なら負けることはないだろうが、ここは山。必要とするテクニックは平地と全く違う。ジャスナは馬の特徴と山の特徴を見事に掴み、悠然とリードを奪っている。山を走り抜ける為の技術は、一朝一夕で身につけられるものではない。
 圧倒的不利なのは承知。それでもスピードではこちらが勝っている。その長所を生かす事ができなければ、この勝負は負けてしまう。
 しばらくして、今度は左に大きく曲がった。アルフは域の魔法で頭の中に地図を作り出す。ここからの道は長い直線、かなり後まで曲がり道はない。勝負をかけるならここだ。
 その時、また木が倒れてきた。アルフは少々スピードを落として、木が倒れきるのを待ってから、かろやかに飛び越した。
 アルフはスピードを上げた。じりじりと差を詰める。まだトップスピードにはしない。タイミングを掴むために、神経を集中させた。ジャスナは的確にこちらのタイミングを掴んでくる。アルフのテンポを知っている。ならばそれを利用して、ジャスナのタイミングを掴んでしまえばよい。
 今だ! と、アルフはドーゼルを鞭で叩いた。ぐんと体が持っていかれそうなほどの加速、一気にトップスピードまで持っていった。
 その急激な加速は、ジャスナのタイミングを狂わせた。木を倒すのが一瞬だけ遅れてしまったのだ。
 その隙をついて、アルフはさらにドーゼルをに鞭を入れる。めきめきと音を立てて地に伏そうとしている大木におののくことなく、速度を最高速まで上げた彼らは、倒れ来る木の下を通り抜けてしまった。
 マックススピードで直線となればこちらの物。ジャスナとの差は瞬く間に縮まっていく。
 ジャスナもこれは予想外だったらしく、作戦の変更を余儀なくされた。今、木を倒しても、アルフの頭上を通過するだけで障害になることはない。
 アルフがジャスナの背中を捕まえようとした時、ジャスナは馬の尻をふらせ、アルフの進路を妨害した。こうなってはアルフも先に行くことができず、スピードを落とすしかなくなった。
 それでも差は数メートルに縮まっていた。この距離ならば、煩わしい妨害はできないはずだ。
 猛スピードで駆け抜けてゆく中、ジャスナが話し掛けてくる。
「アルク、おめえなかなかやるなぁ」
「苦労したよ。木を避けるのは厄介だから、できればもうやめて欲しいんだけど」
「はっはっは、そうはいかねえな。相手が嫌がってくれるなら、妨害のし甲斐があるってもんだ」
「俺も妨害してみたいな。どう? 少しだけ前にいかせてくれない?」
「いーぜぇ。ただし、オレを抜く事ができたらな」
 荒く細い道を、全速で駆けて行く二人。ほんの一瞬の油断が大怪我に繋がると言うのに、二人は余裕で言葉を交わしてゆく。
 急な曲がり道が現れる。アルフはスピードを上げて、ジャスナとの距離をできるだけ縮めておく。そして曲がり道に差し掛かる直前に急減速して、すぐさま方向転換、そしてまたスピードを上げてゆく。
 差が十数メートルほどに開いたが、これぐらいの距離なら妨害は難しい。速度を上げて、またジャスナの後ろについた。
「なぁ」と、ジャスナが話し掛けてくる。
「おめえ、どうして旅に出てるんだ? 単なる旅行か?」
「話すと長くなるんだけど……それに、できれば口外したくない理由ではあるかな」
 呪具の存在を知っている人は少ないけれど、その強力な魔力を欲している人は必ずいる。無用なトラブルを避ける為に、なるべく情報を漏らしたくないのだ。
「秘密の旅行ってか。まぁ、詮索するつもりはねぇけどよ。それにしても、おめえらも運がねえな」
「自分から襲っておいて、良く言うよ」
「まぁまぁ、確かにおめえらは運がなかったが、ないなりに運がいいほうだぜ。遭遇した山賊団がオレらだったからな」
「どういうことだい?」
 また曲がり道だ。しかし緩やかなカーブで、あまりスピードは落とさずにすんだ。
「ディン山脈にはいくつかの山賊団グループがあってな。その中で一番強くて偉大なグループがオレらのグループなんだが、オレらグループは好んで殺しをしないって有名でな。金品こそ奪い取るが、危害を加える事はねぇ。まぁ当然、時と場合によるけどな。つまり、他のグループに先に見つかってたら、もうすでに手前の命は無かったかもしれないって事だよ」
 彼が言いたいのは、不幸中の幸いということだろうか。
「なぁ、アルクよ。山賊団員はお前のことを弱い眼鏡と思ってるみてえだが、そんなこたぁねえよな。オレも初めはそう思ったが、今の目つきは勝負師の目つきだ」
「そう? 俺はそんなつもり全然ないけど」
「ったく、謙遜しやがって。まぁ、お前だけだったらオレらから逃げられたのかも知れねえけどな。だけど、いくらお前でも女一人庇って戦うのは無理だろ。この勝負を受けたのは懸命だぜ」
 アルフは思わずきょとんとしてしまった。
「女って、レイセリーティアの事?」
「女って言ったら、そのレイセって奴しかいないだろ?」
「それはそうだけど」
 確かに、彼女の姿を見て、凶悪な魔法を使えるとは誰も思わないだろう。
 本来、強大な魔力を持っていると、その魔力をコントロールしきれずに絶えず魔力の漏洩が起こってしまう。それがオーラとなって周りに威圧を与える為、そこから強さを推し計ることができるのだ。
 現に、ジャスナの体には巨大なオーラがまとわりついていた。ディン山脈一を自称している山賊団のリーダーを務めているだけあり強さは半端ではないようだ。
 しかし、最近のレイセリーティアは違う。
 昔は魔力のコントロールが不十分だった為、強者のオーラが出ていたのだが、今は呪具をはめてしまった事から、無意識の内に魔力をコントロールしているらしく、魔力漏洩が著しく少ない。
 真に強い者はオーラが全くでないというから、彼女にとって、この呪具装備はいい訓練になっているのかもしれない。
 レイティアは強いよ、と発言しようとしたが、道が蛇行したため、馬の操作に集中した。
 カーブもあいまって複雑な技術を要求されたが、なんとかその場をやり過ごし、またしばらく直線が続く。
「にしても、レイセってかなりの美人だよな。おめえの恋人か? 妻か?」
「どっちも違うよ」
「じゃああれだろ。レイセはどこかのお嬢様で、しかしお前の身分は一般人、決して結ばれる事のない恋、だからお前はレイセを連れ出して旅に出たんだ!」
「いや、だからそれ以前にそういう仲じゃないって」
「いい線いってると思ったんだけどなぁ」
 アルフは否定しているが、彼が旅に出ることを提案して、レイセリーティアは家出同然に飛び出してきたのだから、傍から見ると、ジャスナの想像通り立派な駆け落ちである。
 そんなこと、当の本人たちは全く気付いていないのだが。
「レイセに恋人とかはいるのか?」
「いなかっと思うよ」
「つーことはフリーってことか。それでおめえらが恋仲じゃないとすれば、レイセをオレの物にするチャンスはあるわけだな」
「それはあるけど、止めといた方がいいと思うよ」
「どうしてだ?」
「彼女は結構『良い』性格してるから」
「そぉかぁ? かなり大人しそうだったじゃねえか」
 彼の言うとおり、ジャスナの前では大人しい……と言うより、ジャスナ自体を避けている感じがあった。他の山賊団員とは二言三言会話を交わしていたみたいだが、ジャスナとは視線すら合わせようとしない。
「そうなんだよね、ジャスナの前ではなぜか大人しかったんだよ」
「あれだな、オレの魅力に酔っちまったんだな」
「そうかなぁ」
 ジャスナを嫌っていると言う感じではなかった。かと言ってジャスナの意見は彼女の性格上ありえない。後できちんと聞いてみることとしよう。
「なあ、アルクはレイセのこと好きなのか?」
「好きだよ」
 アルフの好きは友達としての好きだったが、ジャスナの好きは女性として好きかだった。
 この場合、この場の空気を読めなかったアルフも悪いし、アルフの性格を掴めなかったジャスナも悪い。
 食い違ったまま、話は進んでゆく。
「かーっ、お前はレイセを好きなのに恋仲じゃねえのか。理由はしらねえが、二人きりの旅ができるような仲なのに、いったいおめえはなに考えてるんだ?」
「そう言われても、特に何も考えてないけど」
 そもそも互いの見解がずれた状態での意見なので、アルフはジャスナの言わんとしていることがよく解っていなかった。
「いいかアルク、好きって気持ちを言葉や態度であらわさないと、絶対女ってのは気づかねぇ。特にレイセはお嬢でそういうのに鈍感そうだから、少し強引なぐらいがちょうどいいと思うぜ。オレの経験論だが、いきなり背後から抱き締めたりするのは効果的だ。特に相手が寂しそうにしている時や辛そうにしている時なんて、特に有効打を与えられる。当然相手からもある程度好かれている事が条件だが、まぁお前らだったらその点は問題ねえだろう」
 妙齢の美女が二人きりの旅を許すなんて、相手に体を許したも同然なのだが、絶対と言う訳ではない。昔そう思い込んで失敗した経験があるから、いきなり押し倒すのだけは止めた方がいい。
「嫌われちまったら終わりだからな。抱き締めるだけにしておけばよかったぜ。いい女だったのになぁ……」
 なにやら前方で嘆きの声をあげているジャスナ。昔、手痛いミスを犯したことがあったのだろうか。
 それぐらいはアルフも理解したが、しかし全体の内容を把握できていない。
 友好関係を深めるために抱き締めろと言うことだろうか。でもそんな事をして何か意味があるのだろうか。抱きしめることが、自分にとって彼女にとって、利点になるのだろうか?
 的外れの疑問符を浮かべているアルフに、ジャスナは諭すように言った。
「いいかアルク……強引なアプローチも必要だが、加減も必要だぜ。特にそういう時はお熱になってる時だからよ、慎重にいかねえとな……」
「解ったよ」
 よく解らないが、何事も慎重にやれと言うことだろう。
 またぐんと大きくカーブする。それを抜けると、ジャスナは先ほどと打って変わり、気合いの入った声を出す。
「さぁ! アルク、雑談は終わりだ! こっからはまた勝負に戻るぜ!」
 宣言をせずに不意打ちをすれば効果的なのに。ジャスナはそういう汚い事が嫌いな男なのだろう。
 アルフも気を引き締めて、勝負に集中する。
 域の魔法をかざすと、ジャスナが雷の魔法を放つ準備をしているのが解った。馬や相手に対する直接攻撃は禁止である以上、それで妨害できるとは考えにくい。
 瞬間、ジャスナは雷を放った。
 パァン! と、大きな風船が割れたような音とともに地面にあった小石が弾け跳ぶ。ドーゼルは驚き、前足を上げて立ち止まってしまった。アルフは暴れるドーゼルを乗りこなし、何とか落馬せずに済んだが、その一瞬の遅れは深刻で、ジャスナとの差が大幅についてしまった。
「やるなぁ」
 ジャスナとアルフの中間あたりの小石に、雷を放ち爆発させ炸裂音を響かせる事で、アルフの馬は驚きスピードが落ち、ジャスナの馬は驚いてさらに加速すると言う、一石二鳥の行動だったわけだ。
 アルフは感心する間もなく、馬を走らせる。
 また木を倒す妨害が始まる。同じ失敗を繰り返したくない心理が働いているのか、木が倒れてくるタイミングが早かった。だがそれでも、アルフのテンポを狂わすのには十分だった。
 妨害できないというハンデは背負っているが、なんとか勝機を見出さなければいけない。
 アルフは魔具の魔具の入っている袋、そして魔導銃に手を触れた。これらの使い方が、勝機を見出す鍵になる。
 ジャスナの背中を見据えつつ、ドーゼルに鞭を入れ、加速していった。

「くしゅん」
 と、レイセリーティアは鼻をこする。
「誰かに噂されてるのかしら……」
 噂される当てなら腐るほどある。特に、置手紙はあれど断りなく飛び出してきてしまったので、家族や家の者にはされまくりだろう。
(お父様はお冠なんでしょうね……)
 説明をすれば断られるのが解っていたから書置きだけにしたのだけど、帰った時が恐ろしい。謹慎ならまだ軽い方だけど、もしかしたら、身を固めてないからフラフラするんだとか言われて、どこか貴族のデブお坊ちゃまと婚約させられてしまうかもしれない。
 想像しただけで身の毛がよだった。せめて一番親しかった召使にぐらい話しておくべきだったか。帰宅時に憂鬱なイベントが待ち受けてると解ると、あっさり呪具が外れてしまうのが嫌になってくる。
「どこか気分悪いのか?」
 と、センスの悪い山賊団の一人が話し掛けてきた。
「いえ、別に」
「そうか、ならいいんだ」
 彼は副団長のテーセ。ランクが低いながらも、域の魔法を使うことができる人物。副団長の肩書きを持っているの彼だが、何となく華奢で頼りない感じではある。
「いくら脇役でも、副団長だと名前言えるんだな……」
 感慨深げに彼がつぶやいたが、気にしない。
 レイセリーティアとセンスの悪い盗賊団たちは、アルフとジャスナが疾走して行った獣道を辿っていた。先頭は誰か知らないが、一番後ろにレイセリーティアがいて、その隣りにテーセがいた。彼はレイセリーティアの見張り役ということだろう。
 彼女の馬シディは、自分が先頭にいないことが悔しいらしくて、スピードを上げようと懇願してくるのだが、レイセリーティアはそれを許さない。勝手な行動は周りが許さないだろうし、何より、この森の中は走るのに向いていないから。
 さっきから道に木が倒れていた。テーセによるとジャスナが木を打ち倒して、アルフの進路妨害をしていたらしい。木の切断面を見ると粉々に粉砕されたような傷跡があり、ジャスナが使える魔法から推察すると、強の魔法で強化された腕を使いぶち壊したとしか考えられない。自分の盾の魔法を使ったとして、この一撃を防ぎきれるかは疑問だ。
「お頭の本気の一撃はヤバいよ。俺も見たことはないんだけどさ、岩を粉砕できるって話」
 彼女の考えている事を察したのか、テーセは言った。
 今回、テーセは彼女の見張りの他に、レース実況を任されている。この中で域の魔法を唯一使えるのだから当然である。しかし、レース実況役といっても大声を出すのが苦手らしく、前を歩いている他の団員に報告をして、その団員が全体に情報を伝えていた。
 彼が副団長に選ばれたのは、強さや魅力よりも、情報収集から来る的確な統率力が優先されたということだろう。他の団員も彼の事は認めているらしく、この配置を決めたのも彼で、誰も文句を言わなかった。
 今さっき、テーセからレース情報が入った。
 アルフがジャスナに肉薄したが、また離されてしまったと言う情報だ。センスの悪い盗賊団たちは歓声を上げたが、はっきり言って不愉快である。
 テーセの使える域の魔法のランクはC。アルフのように詳らかに状況が把握できるわけではない。今のなんて、アルフの馬が暴れたからジャスナに離された、と説明されただけで終わってしまった。
 センスの悪い盗賊団たちはアルフの馬乗りの技術を馬鹿にしていたが、アルフとドーゼルに限ってそんなことは考えにくく、ジャスナが妨害したとしか思えなかった。
「お頭について行けるだけでも十分凄いんだけどな」
「そうなの?」
「ああ、お頭はこの団の中ではもちろんのこと、ここら一帯では一番の乗り手さ」
 アルフ相手にリードを奪っているのだから、そんなことは容易に想像できる。これ以上聞きたいこともないので、彼女は口を閉じた。
 何も聞くことがないのも本当だが、押し黙った理由はそれ以外にもある。
 体の芯を揺さぶるざわめきが酷い。右手薬指に佇んでいる指輪が、何かを訴えているような気がする。背中に絶えず寒気が走り、動悸が警鐘を鳴らしているかのように早い。
 気分も優れない。全身から汗が噴いているのに体は凍てつき冷え切っている。無駄話をするぐらいなら喋りたくないのだ。
「レイセ、お前本当に大丈夫なのか?」
「平気よ」
 体の不調は、魔力の乱れから来る物だと解っている。
「折角心配してやってるんだから、少しぐらい可愛げ見せなよ。心なしか俺たちの事嫌ってないか?」
「当たり前でしょ。あなたたちは山賊で私たちからお金を巻き上げようとしてるし、なにより今までにたくさんの人を殺してきたんでしょ。馴れ合えるわけないじゃない」
「……それもそうだな」
 テーセは少し考え込むように腕を組む。
「まぁ、お前らからお金を取ろうとしていることは弁解できないけど、殺しの部分については言い訳させてもらうぜ。俺らは決して好んで殺しをしない。相手が俺らの命を狙ってきたり、汚い性格をしている場合は別だけどな。――あと、センス悪いってのは禁句だ。これを言ったら最後、殺されても文句は言えない。と言うか、お前らさっき危なかったぞ。お頭が止めなかったら確実に殺ってたと思う」
(やっぱり気にしてたのね……)と、心の中でつぶやく。
「まぁ、つまり、普通の奴を殺したりしないし、女性に対して暴行したりもしない。普通の賊だったら、お前は今頃レイプされて殺されてたかもな」
「その点は問題ないわ。そんなことになる前に、相手を焼却処分するもの」
「焼却処分か、そりゃ勇ましいな」
 彼はまるで信じていない口ぶりで笑った。
 焼却なんて簡単にできる、むしろ滅却してやれることを証明しても良かったのだが、別に信じてくれなくても問題はないし、何より今はそんな気分じゃない。
「とにかく、どんな理由があっても、人殺しは好きじゃないわ」
「手厳しいねぇ。でもよ、殺らなきゃ殺られる時だって、山賊やってると出てくるからな。レイセだって旅してるんだから、そういう場面が出てくるかもしれないぜ」
 その論理は間違ってはいない。もし今、一緒に歩いているセンスの悪い山賊たちが一斉に襲ってくることになったら、誰も殺さずに退けるなんて不可能に近い。少しでも手を抜いたら、逆にこちらが殺られてしまう状況では、誰も殺さないなんて温い事を言っている暇はないのだろう。
「あなたたちみたいな山賊がいなくなれば、そんな心配をする必要はなくなるわよ」
「参った、これは一本取られた」
 何が楽しいのか、笑い出したテーセ。むすっとしていた彼女も、つられて笑った。
 想像していたほど、この人たちは悪い人間ではないのだろう。殺伐とした雰囲気をもっているわけでもなければ、団結力があり時に誠実そうな一面も見せる。まぁ、センスが悪いとさえ言わなければだが。
 結局、彼らを避けていた理由の一つには先入観があるのだ。山賊団は危険で野蛮で避けるべき対象。それだけで彼らを知ろうとは思わなくなる。一般人なら誰しもが抱く先入観だ。
 ただ先入観を一概に悪いとは言えないだろう。もし彼らがすぐ人を殺すような山賊団だったとしたら、先入観のおかげで対応がしやすくなり、それが正しかった事になるのだから。
 ふと、他のセンスの悪い山賊団員がこちらを見ていることに気がついた。特にテーセへと向けられており、何となく恨みがましそうな目つきである。
「おい、テーセ。何レイセと仲良くなってんだよ」
「確かに副団長にレイセの隣りを譲りはしましたが、決して仲良く会話することは認めてませんぜ」
「そうだそうだ!」
 前方からブーイングがとんでくる。
「副団長、そろそろ配列変えをいかがですかねぇ?」
「俺レイセの隣りな」
「ざけんなっ! 俺に決まってるだろ!」
 前方で、てんやわんやの口喧嘩が勃発した。
 初めはレイセの隣りは誰になるかと言う事で喧嘩していた彼らだったが、徐々に単なる罵倒の飛ばしあいになっていた。特に一番酷い場所は先頭グループで、子供には聞かせられないようなワードが満載だ。
 レイセリーティアは呆然とその様子を見つめていた。その隣りで、副団長のテーセは得意げに告げた。
「うちの団の中で、重度の女好きとか、口が悪い奴とか、そういう問題児を前方に配置したんだ。俺の配列方法は正しかったと思うだろ?」
「副団長! そりゃ酷いっすよ!?」
 列前方の団員は絶叫した。列後方にいる団員は頷くだけである。その様子にレイセリーティアは笑い、テーセも笑い、そして全員が笑い声を上げた。
「ねえ、二人は今どこら辺にいるのかしら?」
 笑いが収まり、彼女はテーセに尋ねる。
「さて」域の魔法を発動させ、二人の姿を追う。「そろそろ、お頭とアルクが崖下に突入するな」
 アルフがこのまま負けるとは思わないのだが、晴れる事のないもやが彼女を包む。体の調子が悪いせいではなく、第六感のようなが、彼女にそう告げる。
(なんだろう、この胸騒ぎ)
 笑ったおかげで気が楽になったと思ったのに、それは気のせいで、先ほどより酷いざわつきが体に纏っている。
 レイセリーティアは物憂げに空を見上げた。
 同じ空の下、ジャスナリードのままで第二ラウンド突入。



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