12

「さぁ、お待ち兼ねのレースが開催だ!」
 センスの悪い山賊団の一人が大声で叫ぶ。それにあわせて、他の団員たちも沸き立った。その興奮は山全体を包み込んでいる。
「このレースのルールは簡単。相手より先に目的地へ到着すること。そしてその目的地とは、山脈のてっぺんに生え立つ巨木! そこが栄光のゴールだ!」
 センスの悪い盗賊団員は、全身を使って巨木を指差す。
 ここからでも望めるその巨木。ディン山脈ができたときから生えているそれは、レースのゴールに相応しい物である。
「それでは選手紹介。まずは挑戦者、アルク=アリオストロ!」
 アルフはドーゼルの手入れをしている所だった。いきなり点呼されたので、アルフは少しビックリした表情でこちらの集団を見ている。
「やっぱりアルクなのね……」
 レイセリーティアはセンスの悪い集団の端の方に交じり、レース開催の演説を聞いていた。このままアルクで通ってしまいそうで心配である。
「彼の属性は土だが、使える魔法はなんとあの稀少な域の魔法のみ! しかもランクS+++だ! うちの副団長が域の魔法を使えるとは言えランクは低い。ランクS+++だと、いったいどこまで把握することができるるのか! 我々には想像もできないが、ただ一つ聞いてみたい! 女性の服の下を把握することができるのですか!?」
 また唐突に話をふられたので、アルフが戸惑っているのが手にとるように解る。
「えっと…解るには解るんだけど、そういう細かな部分を把握するにはかなりの魔力が必要だから、はっきり言って意味がないと言うか徒労と言うか……」
「全力を尽くせば裸体が手にとるように解るらしいです! 素晴らしい属性域!」
 アルクコールが巻き起こる。山賊たちは手を打ち鳴らしながら、アルク、アルクと叫び続ける。アルフはその盛り上がりについていけず、自分の準備に没頭する。
 あまりの五月蝿さに、レイセリーティアも耳を塞いだ。
 と言うか、女がいる前で、女性の裸体の話をしないで欲しい。
「おぉっと、失礼しました。こちらには貴婦人がいらっしゃいました。下品な話はこれで終わりにしましょう。それにしてもこちらの女性、とても美しいです。まるで彫刻が生きているかのような美しさだ! 名前は……」
「レイセリーティアよ」
「レイセリーティア。いい名前だ! そしてまさにお嬢様といった格の違う名前だ! いくら身にまとう服が質素でも、放つオーラは隠せないぞぉぉ!」
 今度はレイセコールが始まった。本当に五月蝿い。無駄にテンションが高い。そして服のセンスが悪い。
 彼女は身を固くしながら、その場をやり過ごす。
「レイセを見ていたい気持ちは良く解りますが、しかし挑戦者の紹介に戻ります! こんな美しい女性を連れて旅をしていた理由は解りませんが、この山を越えられる度量があるアルク! そして先ほども申し上げましたように域の魔法! さらにこの馬! 見てください、引き締まった体に流れるような鬣! この馬は登山に向いていないとの事ですが、しかし我々を興奮に引きずり込むような勝負を見せてくれるはずです! アルクは少々貧弱な体つきとしまりのない顔つき、まさにインドア派と言うような眼鏡をしていますが、勝つ可能性がないわけではありません! 善戦に期待しましょう!」
 拍手と共に歓声が沸き起こった。何が善戦よ、と悪態をつきたかったが、無意味な事だし、どうせ歓声にかき消されるのでやめた。
「そして次は、我らがリーダー、ジャスナ=ベルゼン!」
 ジャスナの名前が出ると、先ほどとは比べ物にならないくらいの歓声があたりを包み込んだ。レイセリーティアはその辺に落ちていた葉っぱで簡易耳栓を作ると、穴に押し込んで、不快軽減に努める。
 こっちはこっちで五月蝿いが、ジャスナはジャスナで岩の上に登り、モデルよろしくポーズを取っていた。ポーズは良くても、服のセンスが悪いから駄目駄目である。
「お頭の属性はご存知のように雷! 使用できる魔法は雷と強! 雷は残念ながらたいした威力を持たないが、強はとんでもないランクを誇る! なんとS+++だ!」
 強とは、付与魔法の中に入る属性の一つ。自分の体の硬度を上げる、または筋力を一時的に増強させるなど、自分自身の体に直接影響を与えるのが特徴だ。
 ジャスナは岩の上で、ふんっと鼻から息を漏らし、筋肉を盛り上がらせる。それだけでも十分なのに、彼はさらに強の魔法を使った。
 隆々としていた筋肉がさらに膨れ上がる。直径二十センチにも膨張した腕を凝視する事ができず、レイセリーティアは目をそらした。
 あそこまでいくと、センスの悪い服とあいまって、とても気持ち悪い。
 そんな彼女に反し、センスの悪い盗賊団はさらなるヒートアップを見せる。
「我らがリーダー、ジャスナ=ベルゼンの右頬に刻まれている二閃傷の由来を知りたいかぁ!」
「おおぉぉぉぉっ!」
 心底どうでもいい。彼女の叫びは、届くはずもない。
「それはまず、お頭の幼少時代から語らなければいけない。お頭は貧しいながら幸せな家に生まれ、日々を過ごしていた。母の名前はメルシー、父の名前はケイン。お金はなかったけど、そこには幸せがあった。優しい母の温もりと、陽気な父の笑顔。何もなかった。けれど彼は愛に満ちあふれていた。絞ったら甘いチョコレートができてしまうほど、彼は甘い甘い愛を一身に受けていた。家の周りでは、小川がせせらぎ、蝶が舞い鳥が囁き命が芽吹き四季折々の景色を映し出してゆく。それを眺めながら、彼はすくすくと育っていった。しかしある日、突然彼の家に不幸が訪れる――」
 初めから聞く気はなく、彼女は五月蝿い声を聞き流していく。
「こうして、幼少からのライバルとの決着をつけた彼は、しかしライバルの手をとった。驚いた声でライバルが言う。『馬鹿な。負けた俺に手を差し伸べるのか』彼ははにかんで答えた。『当たり前じゃないか。お前はライバルであり、親友なんだ』右の頬から滴る血を拭う事もなく、彼はライバルが立ち上がるのを待っていた――」
 長い。まだ一閃しか傷を負ってない。面倒だから、バナナの皮で滑って転んで、手っ取り早くもう一つ傷をつけて欲しい。
「葛藤から逃れる事ができなかった彼は、山賊団に入ることを決意する。それがこのセンサリー山賊団入団のきっかけであり、彼の師とも呼べる人物との出会いだった――」
 まだ続く。眠くなってきた。
「しかし、平和の続いた盗賊団も、そう長くは続かなかった。なんと盗賊団が真っ二つに割れてしまったのである。原因は戴いた金品の分割方法の不服からだった――」
 まだまだ続く。
「彼は師とまで仰いだ男と決着をつけることになった。これもセンサリー山賊団を一つにする為の戦いだった。お互いに負けることはできなかった。最悪、どちらかが死に至ろうとも――」
 皆、その劇的な展開に固唾を飲んで、真剣に話に聞き入ってた。だけどレイセリーティアには関係ないことで、あまりにも暇だったから、自分の髪で三つ編みを作ることにした。癖がつくのであまりやりたくないが、する事がないのだから仕方ない。
「そして、彼は遂に師を打ち倒した。ようやく山賊団は一つになったのだ。だが彼は大切な物を失った。師とまで仰いだ男を、自らの手で殺してしまったと言う罪悪感が彼を襲った。しかし、彼の師は、死ぬ間際まで彼の師であった。『ぼうず、気に病んではいけない。勝者の顔を俺に見せろ』彼は顔をあげる。師の顔は、とても穏やかだった。『血だらけになりやがって、いい顔してるじゃねえか』師は彼の顔に手を添えた。彼の右頬、師がつけた二閃目の傷から鮮血が流れ出している。『いいか、ぼうず。これからは手前がこの団のリーダーだ。決してくじけるんじゃねえぞ。俺を倒した事を誇りに思え』師は死ぬ直前に、笑った。『後は頼んだぞ、ジャスナ』師は息絶えた。彼は絶叫し、涙を流した。師はそれでも笑んでいた。師はその時初めて彼の名前を呼んだ。そう、それは、彼を一人前と認めた証拠なのだ……」
 ようやく終わった。かれこれ一時間以上経過している。
 彼女にとっては稚拙な話だったのだが、センスの悪い山賊たちは涙を流して、その物語の終わりを聞いていた。
 なぜか、物語の主役であったジャスナも涙を流している。
「えー……ご清聴ありがとうございました。ちなみに、この物語は八割がフィクションで構成されています」
 もう、突っ込む気力もなくなっていた。
 いい加減、彼女は辟易していた。レースを始めるならとっとと始めて欲しい。
 彼女の願いが届いたのか、ようやく展開が先に進もうとしていた。
「さぁ、ではお頭のご紹介! まず見るべきは強靭な肉体! その肉体は木を砕き岩を穿ち空気を切り裂く! そして肉体に宿る精神は正に不屈! 体が壊れようとも、けっして折れない心を持つお頭は、誰にも負けるはずがない! 雷の魔法で牽制し、強の魔法で一気に畳み掛けるお頭のスタイルは、正にバッファロー! 決して止める事のできない快進撃で、この勝負も決めてしまうのか! いけお頭! 負けるなお頭! 俺たちはお頭の勝利を確信している!」
 センスの悪い盗賊たちはスタンディングオベーションだ。残念ながら、レイセリーティアはその輪に加わっていない。完全な第三者、冷めた目でその光景を見つめている。
「さぁ、レースを前に一言意気込み言ってもらいましょう。まずは挑戦者のアルクさんどうぞ」
 アルフもそのノリについていけず、かと言って、もうやる事もなくなっていたので、近くの石に腰を下ろしていた。また話をふられたアルフは、渋々答える。
「まぁそれなりに頑張るよ。それはそうと、俺の名前はアルクじゃなくて――」
「はい、ありがとうございました。挑戦者のアルクさんの発言でした!」
 アルフは首を小さく横に振り、ため息をついた。子供の嫌がらせに近いものがある。
「では、お頭にもコメントをいただきましょう!」
 ジャスナは大きな岩に乗ると、自称カッコいいポーズをとる。センスの悪い盗賊団は急に静かになって、ジャスナの言葉を待つ。
「オレは、今までに、数々の勝負を繰り広げてきた。ライバルとの戦いもあった、師とまで仰いだ人物との戦いもあった、縄張りを得るための抗争もあった、オレは何度も何度も激闘を繰り広げ、そしてすべての戦いで勝利をもぎ取ってきた! この勝負も変わる事はない。その数々の記録の中に埋もれていく勝負にするために、オレは全力を尽くす!」
 わぁぁぁぁっ、と、今までで一番大きい歓声が鳴った。
「両者ありがとうございます。それではルールをもう一度だけ。自分が育て上げた愛馬に乗り、先に山の頂、あの巨木に辿り着いた方が勝者となります。その際、相手を妨害する事もOKとなっておりますので、賢さも必要となってきます。所持している道具は好きなだけ使っても問題はありません。ちなみに、相手を直接攻撃することは禁止されていますので、これは遵守してください。いかに相手の進路を塞ぐかが鍵となって来るでしょう」
 妨害も可能なんて今聞いたルールだ。妨害も可能となると、地の利のないアルフは断然不利となる。そもそも、アルフが相手を妨害するためには弾数制限のある魔導銃や、用途が微妙な魔具を使うしかない。明らかにアルフが不利だ。
「この勝負にかかっているのはアルクとレイセの所持金すべて。旅をしていたらしいので、その所持額は結構な量だ! お頭が万が一負けてもペナルティーは無し! 命を取らないだけありがたいと思えよ! では双方、騎乗して用意をしてください!」
 アルフとジャスナは馬にまたがり、手綱をぎゅっと握り締めた。二人は同じラインに並び、レースの始まりを今か今かと待ち構えている。
 レイセリーティアは、心配そうな表情で、アルフの後ろ姿を見つめていた。
 負けることは問題じゃない。もしアルフが負けたときは、この場にいる全員をのしてしまえば良いのだから。
 そんなことじゃなくて、この漠然とした不安が、アルフを襲いそうで、アルフを傷つけそうで。
 ただ、彼の無事を祈る。
「それでは両者、準備はよろしいですね!」
 両者待ったの声はない。センスの悪い山賊団員は、張り裂けんほどの大声でそれを告げた。
「レディ、ゴー!」



前へ  TOPへ  次へ




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送