11

 登山二日目。
 シディとドーゼルの体力も回復し、山登りが再開された。
 昨日のわだかまりは脳みその隅っこに置いといて、今日は山が持つ独特の空気の濃さを堪能することにした。
 木々の香りや湖畔の爽やかさが詰まっている空気を思い切り吸い込むと、いまだにくすぶる思いを少しやわらげてくれるような気がするからだ。
 今日の朝はアルフの布団に潜り込む事はなかった。そう何回も恥ずかしい思いを繰り返すほど愚かではなく、左手首と近くの木とを荒縄で結んだのだ。こうすれば夜の私でもアルフの元へはたどり着けない。
 作戦は功を奏し、確かにもぐりこむことは無かったけれど、もうこの方法は絶対に取らないことにした。
 手首を見ると、そこには縄の跡がくっきりと写されていた。夜の私は縄にも負けず、強引にアルフの元へ行こうとしたのだろう。最後まで抵抗した痕跡がここにある。
 おかげで起床時、体が疲弊を超えて衰弱していて、いつもの気分の悪さとあいまって回復するまでに大きく時間がかかった。
 恥を取るか苦痛を取るか。いつもなら前者に目を瞑り後者を選ぶのだけど、今回の苦痛は耐えられなかった。せめて荒縄は止めて、もっと肌に優しい素材で縛りつけることにしよう。
 お昼ごろ、一つ目の頂へとたどり着いた。
 折角登ったのだから、俯瞰風景を満喫できるかと思ったのに、背の高い木々が邪魔で壮大であるはずの俯瞰風景はほとんど顔を見せてくれない。
 幹の間隙から覗く景色だけでは満足できなかったので、近くにあった一番背の高い木に登った。子供の頃から木登りは得意だったから、これぐらい楽勝だ。
 天辺にたどり着くと、木々をまたいで絶景が広がり、思わず感嘆のため息を漏らした。
 麓の町は小さくなって、セーラ川は悠然と流れ、ダンゼの町など見えやしなくて。ずいぶん遠くまでやって来てしまったと実感できる。
 しばらく呆然と眺め、ふと、旅に出る原因となった指輪に触った。少しだけ心が軋んだ。枝の上で体を反転させて、これから登る第二の頂を見ると、ゾクゾクと体が震える。
 第二の頂上にはここからでも見える巨木が一本聳え立っている。この山脈ができた時からあると言われているその巨木は、標高が高く周りに木が少ないためにさらに背が高く見える。
 そう、それだけだ。何も無い。そう言い聞かせ、もっと景色を堪能しようと気持ちを切り替えたら、ちょうどアルフも登ってきたので、その場でお昼ご飯を食べることにした。昨日焼きしめた魚である。素晴らしい景色を見ながらだと、何倍もおいしく感じられた。
 食事が終り、木から降りて再出発。日が落ちる前に清水が湧いている場所を見つけたので、そこで野宿することになる。
 食料が少なかったので、二人で山菜やキノコを採取してなべを作ることにした。私もアルフも、山菜についてそれなりの知識はあったので、時間がかかりながらも材料を調達して、夕食の完成。簡素な味付けだったけど、十分おいしかった。
 その日の夜、アルフは明日の食料になればよいと、簡易だけれど兎を捕まえるための罠をこしらえた。私も教えてもらい、何とか罠を作った。アルフのより出来は悪かったけど、獲物を捕まえるには問題ないとのこと。
 明日の朝が楽しみ。どうか捕まっていますように。
 山登り三日目。
 ワクワクしながら昨日仕掛けた罠を覗くと、アルフのには兎がかかっていたが、残念ながら私のにはかかっていなかった。罠にかかりそうになった痕跡は有るのだけれど、捕まえられなかったのでは無意味。
 次は絶対捕まえるぞと意気込み、三日目の登山開始。
 特に障害もなく、一つ目の頂と二つ目の頂の間に流れていた沢を見つけ、そこでお昼の休憩。朝に捕まえた兎の肉を食べる。久しぶりの肉だったからじっくりと味わった。
 出発しようとしたとき、アルフが焚き火の跡を見つけた。私達のではない、誰か他のグループのである。
 こんな山を登る物好きが私達以外にも居るのだろうか? 疑問を浮かべつつ、二つ目の頂を目指す。
 二つ目の頂へ向かう道は傾斜があり、シディとドーゼルもなかなか前に進めない。ジグザグと迂回しながら進み、何とか半分は登れた。
 でも、まだまだ山頂は遠い。途中に絶壁も有るみたいだし、頂の地を踏むには時間がかかりそうだ。
 とりあえず、今日も近くの山菜などを採り、残しておいた兎の肉と一緒になべに入れて夕食。今日は疲れたので罠作りは無し。
 それにしても、そろそろ湯浴みをしたい。体が臭いし、髪の毛もばさばさになっている。シンクロでアルフに抱きついてしまうのだから、できるだけ綺麗ににしたいのだけど……。
 今度湖や池があったら水浴びをしよう。
 体の汚れと一緒に、心に絶えず刺激を与えるわだかまりを流してしまいたい。

 それが、杞憂でないことは、何となく、解っているから。

 四日目の朝、レイセリーティアが目覚めると、やっぱりアルフに抱きかかえられるようにそこにいた。
 またやっちゃった……と顔を赤くしながらその場を離れると、少し、辺りの雰囲気が違う事に気がつく。
 アルフは既に起きていて、いつも穏やかなはずの表情が険しい。
「どうしたの?」
 小声で聞くと、アルフは指を上げる。
 指の先にあったのは水晶玉。一定の範囲内に、新たに人間や物が侵入すると赤く光る魔具だ。今その魔具が淡く光を発している。
「人がいる」
「人?」
「そう、しかも十数人」
 アルフは域の魔法で索敵していた。二人を取り囲むようにして彼らはいる。
「なんでこんな所に?」
「風貌背格好身形とかをを見る限り、山賊、だね」
「山賊? そんなのが出るなんて初耳よ」
「一応俺はトーヤから聞いたんだけど、忘れてたよ」  まさかディン山脈を登ることになろうなんてあの時は露にも思っていなかったからすっかり忘れていたのだ。しかし前日に、自分たち以外の焚き火の跡を見つけたのだから、その時に察しておくべきだったのかもしれない。
 二人は静かに速やかに片付けを始め、シディ、ドーゼルに鞍を取り付けると、すぐ逃げられるように体勢を整えておく。
「取り囲まれてるって、突破口はないの?」
「もし突破できたとしても、山道に慣れてる山賊の馬と、平地用の俺たちの馬じゃ、結果は見えてると思う」
「それじゃあ、何もせずに指をくわえて捕まれって言う訳?」
「そういうわけじゃないんだけど。まいったな山賊の輪が狭まってきたね」
「どうしてアルフはそんなに冷静なのよ」
「焦ったってしかたないし、焦ったら思い浮かぶ案も思い浮かばなくなるよ」
「それはそうだけど、もう少し打開案を考えるべきだと思うわ」
「大丈夫。きちんと考えてるから」
 アルフは少し考え込むように目を閉じる。そして、ゆっくり目を開き、呟いた。
「捕まるかも」
「アルフ!」
 レイセリーティアの悲鳴に近い叫び声と同時に、山賊が動いた。
 彼らは木々の間から、瞬く間に現れて二人を囲んでゆく。逃げる暇、隙などない。一方的な捕獲劇である。完全に包囲されると、彼らは鋭利な刃物を持ち直し、こちらを牽制しながら動きを止めた。
 彼らの行動は完璧。弱者を逃がさぬような取り囲み方。非の打ちようがない。
 レイセリーティアは失礼だと思いながらも、まじまじと彼らの服装を凝視した。
 黄緑のズボンに朱の帯、青い服に黄色いターバン。この配色は山賊に所属している事の証なのだろうか。使われている色が明るい色ばかりで、山の中で似合うはずが無く、こんな配色の服を着ている山賊のセンスを疑ってしまう。
 ジャケットなどを着て個性を出そうとしている努力は認めるが、そんなもの地服の前に焼け石に水である。
 そのセンスの悪い山賊たちは、二人をぐるりと囲んだまま動かない。すぐにでも襲ってくるのかと思っていた二人は、多少拍子抜けしながらも、次の動向を見極めるべく視線をめぐらせる。
「アルフ、どうする。このセンスの悪い山賊たちに囲まれちゃったわよ」
 センス悪い言うな! と誰かが言ったような感じもしたが、気にしない。
「どうしようか。センスの悪い山賊が襲ってくる気配もないし、このまま誰かが動くのを待つしかないよ」
 だからセンス悪いって言うな! お頭が決めた服なんだから仕方ないだろ! と誰かが言ったような感じもしたが、気にしない。
「誰かって、私のこと?」
「いやいや、さすがに多勢に突っ込んで行くとは思ってないよ」
「後もう少し人数がいないなら、突っ込むんだけど……ねぇ、センスの悪い山賊、全部で何人?」
「十四人、お頭って人をいれて、十五人だね」
 お頭がいけないんだ! ズボンを深緑じゃなくて黄緑なんかにするから! と誰かが言ったような感じもしたが、気にしない。
 と言うか、深緑でも大して変わらないと思うし。
「お頭って人が来てないから、まだこのセンスの悪い山賊が襲ってこないのかしら」
「そうなのかもね。でも、これが多分この人がお頭かな……。域の魔法で調べたら、向こうの方で倒れてるんだけど」
 それを聞いた山賊の一人が、慌てて森の中へ消えてゆく。
「可哀相に。やっぱりセンスが悪いからこんな事になるのよね」
「レイティア、さっきからセンスが悪いセンスが悪いって言ってるけど、彼らは彼らなりに着こなしてると思い込んでるかもしれないんだから、センスが悪いって本当のこと言って馬鹿にしたら可哀相だよ」
 センスの悪い山賊の目つきは、服のセンスと比べ物にならないほど凶悪な物になっていた。得物をぎらつかせ、すぐにでも刺せるんだぞと脅しているように臨戦態勢を整える。
 貴様ら、それ以上センスが悪いと言ったら殺すぞ! と誰かが言ったような感じもしたが、気にしない。
「アルフ、どうするのよ。アルフがセンス悪いセンス悪いって本当のことを連呼するから、センス悪い山賊たちが怒っちゃったわよ!」
 プチリと、ついにセンスの悪い山賊たちの堪忍袋の緒が切れた。
「てめえら! 俺らが気にしている事を何度も何度も言いやがって!」「殺す。俺の心につけた傷の痛み、晴らしてやる!」「好き勝手言ってくれたな! もう容赦しないぞ!」「所詮俺は脇役か……せめて自分の名前を言わせてくれ。俺の名前はテ」「ふはははは、手前ら殺す!」「貴様らは我々の踏んではいけないところに踏み込んでしまったのだ。身をもって思い知れ!」「切り刻んでやる!」「久々の獲物だからな……さらに俺たちの怒りを買ってしまった、貴様らは死ぬしかない!」「泣け、喚け、そして死ね!」「血の雨を降らせてやる!」
 センスの悪い山賊たちは次々にセンスの悪い怒号を上げていく。殺気があらわになり、レイセリーティアとアルフは覚悟を決めた。
「なんか、悲痛なつぶやきも聞こえたわね」
「あんまり気にしちゃいけないよ」
 体を高度に昇化させてゆく。全力を出せば致命傷を負う事はないはずだが、いかんせんこの人数差の全面攻撃は防ぎきれない可能性が高い。アルフも域の魔法をギンギンに張り巡らせ、魔導銃を取り出すと引き金に指をかけた。もしもの時は撃つ事も辞さない構えだ。
 戦いが始まったら、シディとドーゼルの面倒は見られなくなる。勝手に安全地帯まで逃げてくれる事を祈るしかない。
 一触即発の雰囲気。誰かが少しでも動けば、そこから戦いが開始されるだろう。火花がいつ散ってもおかしくない状態。じりじりとお互いの間合いを計っていると、誰かの声が、そこに割り込んできた。
「手前ら待ちやがれ!」
 鶴の一声。たったそれだけで、充満していた殺気が一瞬にして晴れた。
 二人はその声の主に視線を向ける。
 背の高い男が、山賊たちの輪に割り込んできた。アルフも背が高いほうだが、その男はそれよりも一回り大きい。筋骨隆々としている偉丈夫で、やはりセンスの悪い服を着ていたが、その豪快な体つきから放たれる威圧は並々ならない。
 ずば抜けた統率力の持ち主。一声でこの人数を統率できることは素直に賞賛できる。
「まぁ待て、何を言われたかは知らねぇが、漢はそう簡単に怒っちゃならねぇもんだぜ」
 彼は筋肉がひしめいている剥き出しの腕を横に振るった。腕や体の随所に数多の傷がついており、それは今までの多き功労を表していた。特に右頬に刻まれている二閃の傷は、彼の威容を一層と際立たせている。
 その男は品定めをするように、しげしげと二人を眺める。
「手前らだな。この山を荒らしまわってるって奴は」
 男はぐいと親指を立てて彼自身に向けた。
「オレの名はジャスナ=ベルゼン。ここのディン山脈を跋扈するセンサリー山賊団のリーダーだ!」
「センスわりぃ?」と、アルフ。
「センサリーだセンサリー! 間違えたら駄目だぜ。つーわけで、よろしく!」
 センサリー山賊団のリーダージャスナは、無骨な腕をぐいと前に出し、アルフに握手を求めてきた。
 でも、距離が遠い。物理的な距離もさることながら、いかんせん、テンションやノリ、精神的な距離もかけ離れているようだ。
 ふと、アルフがレイセリーティアを見ると、彼女は何も言わずに押し黙っていた。いつもならこう言う時はガンガン発言して、相手をなし崩しにしてしまうのに。
 今はジャスナから隠れるように、アルフの陰で身を縮込ませている。何かに怯えているようである。
「どうしたの?」と小声で聞いても、ただ首を横に振るだけ。気分が悪いわけでもなさそうで、アルフは困ってしまった。
 なかなかアクションが返ってこず、ジャスナが焦れた。
「なんだぁ。握手を求められたら求め返すのが礼儀ってもんだろ?」
「そうかな?」
「そうだよ! おめえは礼儀ってもんが解ってねえな。まぁ握手は良いだろう。だがオレは名を教えたんだ。おめえらも名乗れ」
 相変わらずレイセリーティアは表に出てこようとしない。仕方なくアルフが答えた。
「俺の名前はアルフ。彼女の名前はレイセリーティア」
「ふむふむ。アルクにレイセ、名前覚えたぜ」
「あの、俺の名前はアルクじゃなくてアル……」
「ああ? どうしたアルク、何か言ったか?」
 聞く耳がないらしい。よく解らないけど、間違った名前を覚えられてしまった。
「時にアルク、お前、どうしてこんな所にいるんだ?」
「だからアルクじゃなくてアル……」
「うるせぇ! オレの質問に答えろ!」
 横暴である。アルフはこういう駆け引きはからっきし駄目なので、どうしようもない。
 一先ず名前は諦めて、彼の質問に答えることにした。
「この山を越えようとしてるんだよ」
「どうしてだ?」
「ディン山脈の東にある麓の町の橋が壊れたのは知ってるでしょ? でも、俺たちはできるだけ早く目的地に着きたいから、面倒だけど山を登ってるんだよ」
「橋が壊れた? んなこと知らねぇが、オレが聞いたのはそういう意味じゃねぇ」
「どういう意味?」
「つまり、誰の許可を得て、この山を登ってるかって事だ」
 ジャスナは、ナイフをちらつかせる。彼の体からすればナイフは玩具のように小さいが、威嚇の効果は相当な物があった。
 ただし、アルフには例外。
「しまったな。この山を登るのにはどこかの町の許可証が必要だったのか。かと言って今から取りに行く訳にも行かないし、そこは見逃してくれると助かるんだけど」
「そういう意味じゃねぇ!」
 思い通りに行かず、ジャスナはその巨体で地面を踏み鳴らす。
「つまり、ここは俺たちの縄張りなんだ。なんだか知らねぇが男女二人でいちゃつきながらオレ達のシマを荒らされちゃ困るって言ってんだよ!」
「ああ!」アルフは手を打ち鳴らし「遅くなったけど、おじゃまします」ペコリと一礼。
「いえいえ、こちらこそ粗茶しか出せませんが……って、てめぇ! オレをおちょくってんのか!?」
 ノリツッコミをしてくれているあたり、根はいい人なんだと思う。
「うーん、そんな訳じゃないんだけど。とにかく、いったい君たちの用件はなんなんだい? 言いたい事があるなら早くしてくれると嬉しいけど。俺たちは今すぐにでも出発したいからね」
「ちょっと待てよ。いいか、オレらにも一応手順と言う物があってだな。それをことごとく壊してくれてるのがお前なんだぜ」
「そんな事言われても、俺はそんな手順知らないし、巻き込まれる俺たちの身にもなって欲しいと思うよ。アドリブなんて俺はできないし」
「だからって、それなりのテンポと言うものがあるだろ。普通はこうなるっつーものがさ」
「山賊に襲われそうになってる時点で、普通の行動ができる人はいないと思うよ」
「それでも、怖がるとか立ち向かうとか、選択肢は限られてくるだろ?」
「そんな事求められても、俺は俺の考え方で精一杯対処してるんだよ。そんなイレギュラーなものでも対処していくのが君たちの役目じゃないか。普通のアクションをして欲しいのなら、初めに手順を教えてくれないと困るよ」
「手順を教えるつっても、マニュアルがあるわけじゃないし、俺だって苦労してるわけで」
「君が苦労していることを、俺に求めるのは間違ってると思うよ」
「む、確かにそうだが……」
「だから、打ち合わせをして、その後にやれば、万事うまくいくと思う」
「……そっか、なるほどな、確かそうだ」
 いつの間にか、アルフが会話の主導権を握っているような気がしなくもない。
 レイセリーティアはアルフの後ろに隠れながらも、その会話を怪訝そうな表情で聞いている。
「よし、じゃあ単純そうな手順を教えてやっから、そしたらその通りにしてくれるか?」
「それで俺たちが不利になるようなことがなければいいよ」
「その点については任せておけ。オレたちは漢の中の漢が集まったセンサリー山賊団なんだ。何があろうとそんな真似はしないぜ」
「本当かなぁ。油断させておいて、後ろから攻撃するって言う戦法じゃないの? 卑怯だと思うけど、効果面では上策だし、引っかかったら情けないよね」
「んなことするわけねぇだろ。考えても見ろよ。本当だったら、お前らが寝ている時にも襲う事はできたんだぜ? それをわざわざ起きた時に襲ってやったんだ。解るか? オレたちは不意打ちはしねぇ。確かに多数でお前らを囲んでいるが、そりゃ逃げられねぇために仕方ねえんだ。その点は解ってくれ」
「わかった。手順教えてよ」
「いやー、お前良い奴だな。お前みたいないい奴には初めて会ったぜ」
 いつの間にやら、談合が成立したらしい。レイセリーティアは訳が解らず、話し合いを始めたアルフとジャスナを見守っていた。二人はしばらく話し合ったと思うとジャスナが「手前ら! 初めからやり直しだ!」と言って、センスの悪い山賊たちを連れて森の中に消えていった。
「何が起きたの?」
 レイセリーティアが訊ねる。
「手順踏んで、初めからやるんだよ」
「いや、そうじゃなくて……」なんか頭が痛い。「そうだ、この隙に逃げましょうよ!」
「駄目だよ。約束しちゃったんだから」
「そんなのどうでもいいわよ。今だったら相手が油断してるわよ」
「と言っても、結局追いつかれちゃうよ。逃げた分、条件が余計不利になると思う。というか初めからレイティアが話し合ってくれれば助かったんだけどな。俺はこういう交渉は苦手だから」
「そんな事言っても……でも、良く解らないけど上手くいったんでしょ?」
「あれは上手かったのかな? ちょっとした疑問点を挙げたら、勝手にあっちが折れた感じなんだけど」
「それで十分よ」
 彼女の予想に反して、一時は凌げたみたいだし。
「でもやっぱり、君がやればもっといい結果だったと思うよ。どうして今回は前に出なかったの?」
「えーとね、それは……」
 ざざっと、森の中を何かが動く気配がする。センスの悪い盗賊団たちだ。
 先ほどと同じように、森から飛び出してくると、あっという間に二人を取り囲んだ。いつ見ても統率された素晴らしい動きだが、いつ見ても素晴らしくセンスの悪い服だ。
 それから少し遅れて、鋭い眼差しのジャスナが現れた。それと同時に、レイセリーティアはアルフの陰に隠れてしまう。
 アルフは訝る。レイセリーティアはジャスナが苦手なのだろうか。あのセンスの悪い服がよろしくない事は認めるけど。
 レイセリーティアが隠れたことで、彼女に手順を伝える必要はなくなった。彼女の役目は、怯えた様子でジャスナを見ていることだから。
「よう手前ら、いったい誰の許しを得て我らセンサリー山賊団の縄張りに入ってんだ?」
 アルフの役割は、基本的に何もしないこと。最低限の受け答えをすればいい。
「恐怖で口がうごかねえか。まあそうだろうよ。誰がどう見ても絶望的な状況さ、そうなるのも良く解るぜ」
 センスの悪い山賊たちは、にやにやと笑みを浮かべる。これも段取り。アルフは強張った表情を見せなければいけない。
「恨むんだったら手前の不幸を恨むんだな。我らセンサリー山賊団に見つかったお前らは、無事に明日の朝日を拝めないぜ」
 ジャスナは刃渡りの長いナイフに舌を這わせる。鷹のように鋭い目つきは、強者が弱者を狩る時のそのものだ。
「お、お前らの要求はなんなんだ」
 少し棒読みになりながら、アルフ。
「さぁて、どうしてくれようか。別に何でもいいさ。お前らの金でも良いし、身包みを剥いでもいい。そこの女でも良いし、……なにより、お前らの命だって構わない」
 悦に入ったような表情をジャスナが見せた。センスの悪い山賊たちがヒューヒューとジャスナをはやし立てる。絶好調だ。
「か、彼女だけは渡さないぞ!」
 アルフの言葉に、一瞬、レイセリーティアはどきりとしたが、芝居だということを思い出して首を振る。
 アルフは精一杯ジャスナを睨みつける。睨みつけると言うスキルを持ち合わせていないアルフの精一杯の演技だ。
「ふふ、このセンサリー山賊団団長、ジャスナ=ベルゼンを目の前にしてなかなかの目つきじゃねえか。気に入ったぜ」
 ジャスナは、もう完璧に自分に酔いしれている感じである。
「オレらは漢の中の漢だからな。もし手前がなさけねえ態度をとったなら、その場で無残に引きちぎってやる所だったが、その女を守りてえって言う心意気に免じて、お前にチャンスを与えてやろう」
「チャンス?」
「そうだ」
 ジャスナは、ディン山脈の頂を指差した。
「レースだ。手前のその馬と、オレの馬、どちらが速いか比べようじゃないか。目的地はあの山の頂に生えている巨木がゴールだ。嫌とは言わせねえぞ」
 アルフは息を呑み、一瞬の静寂が生まれる。無論、これもシナリオ。
「……解った、受けてたつ」
「それでこそ漢だぜ。よっしゃぁ、野郎ども、祭りの始まりだ!」
 ジャスナの声に、センスの悪い山賊たちが、一斉に沸き立った。
「……っつー風になるはずだったのよ。アルフ、よくやってくれたな」
 ようやく演技が終わり、握手を求めてきたジャスナ。今度はアルフも手を差し出した。
「レースは本当なのかい?」
「ああ、悪いな。漢相手には、勝負で決着をつけてから財産の奪いとるというのは、この盗賊団の決まり事だ。お前が良い奴でもそこだけは譲れねえよ」
「そうか……なら仕方ないね」
「安心しろ。お前らが負けても金品だけだからよ。卑怯な真似をしない限り、危害はくわえねぇ」
「それは助かるよ」
「じゃあ、昼ごろまたここにくる。それまでに準備しておけよ」
 ジャスナは去ろうとして、一度立ち止まる。
「お前に限ってそんなことはないと思うが、逃げようとは思うなよ。オレらの仲間には域の魔法を使える奴がいるから、もし逃げてもすぐに捕まえることができる。そしてその時は、命まで獲るぜ」
 ぞくりと、背筋を凍らすような威圧を残し、彼は去っていった。散々おどけていたようだが、これが本来の彼の雰囲気なのだろう。
 ジャスナの後を追うようにして、センスの悪い山賊たちも去ってゆく。その姿が見えなくなったことを確認してから、レイセリーティアは訊ねた。
「本当に、レース受けるの?」
「受けるしかないと思うよ。喧嘩をしても多勢に無勢だし、森の中だから君の火の魔法も使いにくいし、土の魔法もどこまで有効かは解らないよ」
「だって、レースと言っても、地の利は相手にあるのよ」
「解ってるよ」
 アルフはいつもの優しい表情で答える。
「なんでそんなに落ち着いてるのよ。相手は何度もレースを行ってるはずで、道程を熟知してるのよ?」
「それでも、域の魔法を使えば何とかなるよ。ドーゼルだってやる気は満々だしさ」
 彼がドーゼルを撫でてやると、意気揚々に鳴いた。
「でも、ドーゼルは平地で走るための馬だし……」
「平気だよ。レイティアは俺のこと信用できない?」
「そうは言ってないわよ。……だけど、何か嫌な予感がするの」
 彼女は右手薬指に有る、呪具を握り締めた。
 初日から、詳しく言えば夜のあの出来事が起きてから。ずっと続いている漠然とした胸騒ぎ。どろどろしたそれは、振り払おうにも決して離れることはない。
「登山初日、呪具が騒いだでしょ。絶対何かあるのよ。呪具の魂が伝の能力を持っているのだとしたら、何かを私に伝えようとしたなら、尚更」
 心配そうに俯いている彼女の頭に、ぽんと手を置いて、彼は言った。
「大丈夫。レイティアが危ない目に遭いそうになったら、レース放棄してでも助けに行くよ」
 嬉しい台詞だけれど、論点が違う。彼女は顔を上げて叫ぶ。
「私はアルフの心配をしてるの!」
「あれ?」
 彼女はため息をついた。アルフはこれが素だから難しい所だ。
「気をつけてよね」と、彼女は顔を曇らせて、彼の瞳に告げた。
「大丈夫だよ」と、彼は微笑みながら、言葉を返した。



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