序話

 

 

 

 誰もが寝静まっている夜半。月明かりが街中を照らし、裏路地にすらその光は伸びて、しかし、静寂だけが街を包んでいる。

 その光の届かない家の中、宿屋で、一人の少女だけが静寂の中を躍動していた。

 息を殺して、床の軋む音すらわずらわしく感じるほど静かに、彼女はある一室に忍び込む。静かにドアを閉めると、月明かりによって思ったより部屋が明るいことに僅かに憤怒する。昔は暗いのが嫌いだったが、今の状態では完全にそれは逆転している。

 心の中で月に文句を述べてから、ベッドを見やる。膨らんでいる布団が小さく上下していた。今から起こるであろう惨劇を知らず、すやすやと眠っている。

まだ気付かれていない事に安堵して、彼女は腰から短剣を引き抜く。月明かりに照らされたそれは、妖しげな光を放ち、ベッドに眠る彼を捕えていた。

 猫のように一歩二歩、確実にその距離を縮めていく。窓の外で突然影が動いた。彼女はびくりと動きを止めた。影の正体は猫だった。事に支障がないことを確認すると、彼女は更に距離を詰めていく。

間合いに入った。ごくりと喉が鳴った。ドクンドクンと、心臓も高鳴る。短剣の先が、彼へと向けられる。

 ばっ! 彼女はベッドに短剣を付きたてようと跳びだした。

 もらった、彼女はにやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。剣が空気を裂き、彼へと伸びていく。だが、突然ベッドの中から何かが飛び出してきた。

 手首がつかまれた。予想だにしていなかった反撃に驚き、短剣が彼女の手中から離れ、床へと突き刺さった。

 静寂が場を包み込む。何事もなかったかのように、その風景は佇んでいる。

 刹那、その手は彼女の腕をぐいと引っ張った。抵抗する暇も無く、彼女はベッドへと倒れこむ。

「久しぶりの夜這いだね。暗いのが怖いから電気をつけてた頃より流石に進歩したのかな?」

 彼はそう言いながら、彼女の頭を撫でる。彼女はそこから抜け出そうとじたばたもがくのだが、彼が体に腕を回しているのでそれは叶わない。

「フェリク! は、放してよ!」

「やーだ。久しぶりにクイが俺の所に来てくれたんだから、もう少しこのまま―――」

 また彼――フェリクはすぅと寝てしまった。動けなくなってしまった彼女――クイは真っ赤になりながら深々とため息をついた。

 通算50回目の、寝首を掻いてやるぞ大作戦の失敗だ。

 

 

 

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