やる気のない勇者たち
「俺はガーゴイルがいいな」
「僕はどちらかと言うとドラゴンのほうがいいのですが……」
「あたしもドラゴンがいいなぁ」
「私はガーゴイル派だな」
四人がいる場所、そこは一つの大きな部屋だった。入口らしき入口は二つ。四人の後ろに一つと前に一つ。後ろのものは取っ手がない。もちろん押して開けるものでもないし、スライドさせて開けるものでもない――つまり開かないということだ。前方の扉にも取っ手がないのだが、明らかに後ろの扉とは違っていた。赤い色の観音開きの大きな扉で、そこだけが妙に目立つ。その扉の前には大きな石版があり、現代では誰も読めないであろう文字が刻まれている。壁には硝光石――自然界に存在する光を発する石で、存在は稀少である――が壁に打ち込まれていて、照明器具を使うこともなく明るかった。
そして、その部屋の真ん中には台があり、それを取り囲むようにして石像が四体安置されていた。石像の一つはドラゴンの形で、あと三つはガーゴイルの形。その圧倒的な存在感に、恐怖を覚える人も出るだろう。それから、中心の台の上には二つのくぼみがあり、各々に『ガーゴイル』『ドラゴン』と記されている。
「俺は剣士だから、あまり強くないガーゴイルがいい」
「何を言ってるんですか。数が多いと僕たちにまで攻撃が回るじゃないですか」
「あたしだって魔法使いだからそういう状態になったら困るのー」
「そちらの道理にも一利あるが……ドラゴンは強くて、私たち二人でかかっても勝てるかどうか」
「それを僕たちが援護するんじゃありませんか」
「ねー。あたしの魔法でばしばし援護するよっ」
四人の内訳は、男が二人、女が二人。
男の一人は剣士である。名前はカイ。腰にはブロードソードが下げられている。他は普通の服装なのだが、その服の下にはエルフが造った、羽のように軽いチェインメイルを装備している。彼の親はもうこの世にいない。失った時の記憶はよく記憶に残っていないが、片方が不思議な力を持った種族だったことは確かだ。その力を、カイも受け継いでいる。
もう一人は僧侶である。名前はフォイス。だぼだぼのTシャツにジーンズと、僧侶らしからぬ格好をしているのだが、首に掛けられている協会のペンダントと、手に持っている杖はそれ相応のものだ。魔力は驚くほど強く、彼の師匠の折り紙付きである。
女の一人は魔法使いである。名前はリア。彼女も魔法使いらしからぬ――というより旅をするのに不適な真っピンクのワンピースを着ている。約一年前にカイと出会い、それからいっしょに旅をしている。ちなみに、種族はエルフである。
もう一人は槍使いである。名前はアイラ。彼女はとても露出度が高いので、彼女の引き締まった肉体が垣間見える。槍には重量があり、これを使いこなせる者は幾許かしかいない。この槍には闇をも切り裂くという逸話があるのだが、それは嘘だと信じて疑わない。
「援護って言っても、ドラゴンに魔法は効きにくいぞ」と、カイ。
「それは属性攻撃でしょ。あたしはこの前無属性の魔法覚えたんだから」と、リア。
「だが、無属性攻撃は威力が高すぎる。私たちにまで攻撃が及ぶかもしれない」と、アイラ。
「それはそうですが……」フォイスは目を瞑って「ならば、多数決で決めましょう」
彼らがなぜ議論しているのか。その原因は赤い扉の開け方にあった。
赤い扉の先にはラスボスが眠っている。そのため扉を開けなくてはならないのだが、その手順が扉の前の石盤に記されていた。ここの部屋から出るためには『ドラゴン一体』か『ガーゴイル三体』のどちらかを倒さなければならない。どちらにするかを決め、真ん中の台のくぼみに、このダンジョンで入手した宝珠をはめ込めばいい。そうすれば道は開かれる。その宝珠は一応カイが保有していた。
つまるところ―――
「ドラゴンと戦うか、ガーゴイルと戦うか。これは多数決で決めるべきでしょう」
「そりゃそうだが」カイは反論する。「四人で多数決ってのは無理があるぞ」
「確かにそうです。偶数なので引き分けになる可能性が大いにあります。だからこそ、自分の意見を相手に伝え、自分側に引き寄せるのです」
「ねえねえ」言いながらリアが挙手する。「それは全員に一斉に言うの? それとも対個人で言ったほうがいいの?」
「それは自由でしょう。全員に言うのも手ですが、それでは反論意見がたくさん出てしまうから、確実にねじ伏せられる相手を誘うのも良いと思います」
「武力行使は?」
「アイラ、それをやられたら僕は一瞬で降伏ですよ」
「あたしもだなぁ」
遠距離戦を得意とするフォイスとリアにとっては、接近戦で勝てる見込みはないと言っても過言は無いだろう。詠唱中に攻撃されては元も子もない。だからこそ、接近戦を要されるガーゴイルは避けたいのだ。
「とりあえず、始めましょう」
フォイスの声と共に、四人は同時に考え出した。
誰を口説けば落ちるのか。何を言えば相手が落ちるのか。
もうリアはその目星をつけていた。
あいつは、こういう押しに弱いのだ。
「カイ。来て来て」
「俺は折れないからな」
その相手はカイだった。アイラを折るのは難しいから、多分フォイスも目をつけていただろう。
リアがカイを誘ったことで、自動的にフォイスとアイラが話し合う形になった。
リア、カイ側。
「カイはさ、どうしてガーゴイルがいいの?」
「どうしてガーゴイルがいいっていうか、ドラゴンが嫌なんだよ。ドラゴンって接近戦がクソ強い。足に手にブレスに尻尾に、武器が多いからな。その分ガーゴイルは攻撃が読みやすいから、いいなと思ったんだけど」
「でもガーゴイルは三体いるんだよ。カイとアイラが一体ずつ相手しても、一匹余ってあたしかフォイスに行っちゃうでしょ。そうしたら魔法が放てないし」
「それはそうなんだけど」
「だったら、ね」
「だけどさぁ――」
「反論意見見つからないなら意見変えてよ」
「そう言っても、ドラゴンのブレスは厄介なんだぞ。すぐ石化したり麻痺ったり毒受けたりするから」
「状態回復だったら二人使えるから平気だよ。あたしが精一杯援護するから。カイなんかにケガ一つ負わせないからさ、……駄目?」
フォイス、アイラ側。
「では、残り物同士話すとするか」
「そうですね。では、僕から意見を言います。事実、僕とリアが二人でガーゴイル一体と戦っても、勝てる自信がありませんよ。いくらドラゴンより個体能力が劣るとは言ったって、強いことには変わりありませんからね」
「それは解かっている。三体相手では、一体は余ってしまうだろうな。もちろんそうならない可能性もある。だが、その一体のせいでお前たちが、勝てなくても死傷することはないだろう?」
「キズぐらい負うでしょうけど……」
「ドラゴンの尾っぽでの攻撃は強烈だ。しかも不意打ちになる可能性が高いから、私とカイが同時に吹き飛ばされることもある。私が危険視しているのは、その後隙ができてからのドラゴンの吐くブレスだ。状態異常ブレスはもちろんだが、致死ブレスを吐くタイプもいる。このドラゴンがそのブレスを吐ける種族だったら、死という可能性が出てくるだろう?」
「いくらこの世界でも、死は絶対ですからね。キズや体力回復魔法はあっても、死を回復させるものはありませんからね……」
「私はそれを危惧しているのだ。もちろんそんなことが杞憂に終わればいいのだが、やはり―――な」
「アイラ、ガーゴイルがもし僕に襲ってきたら……」
「当然、死ぬ気で守ってやる」
――――――――――――
こんな経緯を辿り、四人はまた真ん中に集合した。
この場は一応、カイが仕切る。
「えーっと、じゃあ、せーので二つに分かれるか」
四人は台の周りに集まり、一列に並ぶ。
「じゃあ、右に飛んだらドラゴン、左はガーゴイルで」
「OK」
「解かりました」
「解かった」
三人の了承を得て、カイは言った。
「せーのっ」
――――――――――――
「どーしてこうなるかなぁ……」
「やっぱり四人だからでしょうねぇ」
また四人は二組に分かれていた。会話から解かったと思うが、カイ、リアはドラゴン。フォイス、アイラはガーゴイル派になり、また議論が行われる事になった。
なんとまぁ、情けない話である。
とりあえず、カイとフォイス、アイラとリアが議論を交わすことになった。
カイ、フォイス側。
「カイはどうして意見変えたんです? まぁ、あなたはリアに逆らえませんからね」
「お前だってアイラには逆らえないだろ。自分自身納得したし、あいつに哀願されたら、俺はどーせ落ちるよ」
「何開き直ってるんですか……」
「お前は、なんでガーゴイルでいいと思ったんだ?」
「アイラの意見が正しいと思ったんですよ。もちろん、僕も多分あなたと同じくアイラには逆らえませんけど」
「男って弱いよなぁー」
「こういう議論では確実に負けますよねー」
「やっぱり力は男が強いけど、精神は弱いよなぁ」
「でも僕は体力も弱いんですけど」
「そうじゃなくて、相手を守るって力は、多分男のほうが強いと思うぜ」
「そうですかね」
「解からないけどな。そうだよな、こういうところで守ってカッコいいところ見せなきゃいけないんだよな。ガーゴイルがリアのところ行っても、それを倒せば問題はないわけだから……」
「なんだか自己完結してて、ペアに分かれた意味がないような気がするんですが……」
アイラ、リア側。
「アイラ、何で笑ってるの?」
「いや、やっぱりカイはリアに弱いなと思ってな」
「ん? どいうこと?」
「いや、たいした事ではない。それと、理由なら解かってると思うのだがな」
「なっ! 違うって! それに前にもあったけど、カイが本気で一つのこと考えたらあたしなんかじゃ太刀打ちできないよ」
「ま、お前が絡んでたからな。あのときのカイはカッコよかったよ。『人を想って何が悪い!』ってな」
「アイラの馬鹿っ! その話は何度も聞いたよ!」
「はいはい。で、どうする?」
「あ、そっか」
「どうした?」
「フォイスが意見変えたのは、アイラが相手だったからか」
「何を言ってるんだ?」
「フォイスって、あたしとかカイの意見じゃ絶対取り入れないんだよねー」
「馬鹿言うな。私が正当な理由を述べたから……」
「フォイスって簡単に反論意見出せるんだよ。もちろん自分に非があったりしたらすぐ認めるけどね」
「今回のもそれだろう?」
「でも今回のは五分なんだよ。だけど反論意見を出さなかった……つまりそういうことかぁ」
「やめてくれ。私はそう言うのは苦手なんだ」
「アイラが重傷を負ったときのフォイスは凄かったよー。もちろんフォイスが倒れた時のアイラも凄かったよなぁ」
「やめろ」
「やめて欲しかったら意見変えて」
「ぐぅ、卑怯だぞ」
「さぁさぁ、どうするの?」
――――――――――――
「じゃあ、またさっきと同じ風な」
また四人は中心に集合した。
カイは何か使命感に燃えていて、アイラは何かにやつれていた。なぜかは推して知るべしだ。
四人は一列に並ぶ、そして、
「せーのっ!」
――――――――――――
説明は省略。カイとアイラ、リアとフォイスに分かれてまた議論だ。
全くもって、情けない限りである。
カイ、アイラ側。
「やっぱり、って感じがするんだけどな」
「私もだ。どうしても合わないような気がした」
「少し個人的なことで選んだからな……失敗した」
「それでどうする? 私はドラゴンにすれば相手と合うような気がする」
「俺も同意。リアが押し切ってドラゴンになると思う……って、なんだよ。俺を凝視して」
「いや、カイは凄いなと思って」
「何が?」
「いろいろだよ。カイは柔軟な受け答えができるからな。悪く言えば八方美人だが、自分の意志ははっきりしている」
「なんだよ突然褒めて。恥ずかしいな。それに買いかぶりすぎだよ」
「最後かもしれないだろ? もしかしたら、こうやって会話できるのが。だからな、できるだけ私をいいイメージで残しておかないとまずいじゃないか」
「はは、確かにな。本当にこれで終わりかもしれないんだもんな。―――ラスボスにやられても倒しても、結局そうかもな。でもこんな話は後にしようぜ。全部終わってからでいいじゃないか」
「そうだな」
「そうだよ。ま、さっき出た結論で行こうぜ」
フォイス、リア側。
「リア、どうしたんです?」
「んー。この旅終わったらどうなるのかなぁ、って考えちゃって」
「リアでもそういうこと考えるんですね」
「フォイスぅっ!」
「じょ冗談ですよ。でも、この戦いが終わったらどうなるんでしょうね。本当に」
「あたしには一応帰る村はあるけど、もう帰る気はないし」
「僕にも一応ありますけどね、帰るとこ。でも……あの二人は……」
「無いんだよね……」
「あの二人どうするんでしょうね」
「あたしは……どうしようかな」
「カイについていかないんですか?」
「フォイスこそ、アイラについていかないの?」
「………………」
「………………」
「やめませんか、この話」
「そだね。あたしらしくないもんねー」
「少しさっきの話ひっぱりますけど、だったら最後ぐらい、相手に合わせましょう」
「うん。私もそれでいいと思う」
――省略――
「なんでっ!」リアがはちきれんばかりに叫ぶ。
「どうしてどうしてどうしてまた合わないの!」
「カイ、あなた毎回毎回意見変えてませんか? 優柔不断ですよ」フォイスはじと目でカイを睨む。
「フォイスうるさいぞ! 俺だって変えたくて変えたんじゃない」カイは必死に抗議する。ただその格好は見苦しい。
「このパーティーは仲がいいのか悪いのか……」アイラはそのやり取りを傍目に苦笑していた。
最後だけは相手に自分たちを合わせたつもりなのに、それで結局合わないのだから、皮肉と言うかなんと言うか。
その時、突然リアがカイから宝珠を奪った。リアは奪ってすぐに中央の台の所に向かう。
「おいリア。勝手に何やってるんだ」
「もう議論はやめよ。もうあたしも面倒だし。だから、この宝珠を二つのくぼみの真ん中に落として決めよ。勝手に宝珠がくぼみにはまるだろうから、そっちで決定ということで」
「俺はそれでもいいけど……お前ずるしそう」
「僕もいいですけどね。やっぱり何か反則しそうです」
「私もいいがな……けど……いや、なんでもない」
「なによ、みんなして」
リア除く三人は顔を見合わせて、何かを確認しあった後、ややあって視線を戻した。
そしてみんな同時に小さな溜息をつく。
「な、なななによ、もういいっ!」
リアは合図をすることなく、宝珠を落下させた。三人は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐにその宝珠の行方を目で追った。
どちらに転ぶにせよ、苦戦を強いられることは間違いない。
宝珠はやけにゆっくり落下して行った。宝珠に意思があるかのごとく滑らかに落下してゆく。次第に台との距離が縮まり、そして接触した。
パリン。
その音はやけに鮮明に部屋の中に響いた。音は部屋中に響き渡りハーモニーを奏でる。二つの半球と化した宝珠は、そのハーモニーに操られているかのように、それぞれが、二つのくぼみに、着地した。
「あ?」
「え?」
「ん?」
「は?」
―――時が、止まった。
「……………………?」
四人は動こうとしなかった。動けなかった。急すぎる展開に、思考回路が追いつかない。
刹那、部屋が揺れだす。激しい地鳴りが四方八方から押し寄せる。
「馬鹿リアっ! なんで宝珠が割れてるんだよ! しかも両方にはまってるじゃないか!」
「カイだって同意したじゃん! あたしは悪くないもんっ!」
「お前ら! ケンカしている暇があるならさっさと構えたらどうだ!」
アイラの一声で、カイとリアは自分たちが置かれている立場を再認識した。
二つのくぼみ両方に宝珠(半球だが)がはまった。つまり、ドラゴン一体、ガーゴイル三体、計四体と戦わなければならないのだ。こんな無駄な事している暇はない。
その間にも揺れは激しくなってゆく。台の周りに置かれていた四体の石像から光が漏れ出す。
「プロテクション!」
フォイスが補助魔法を唱えて、全員の防御力が上昇させる。この厳しい状況、先手を打つほかに勝ち目が無い。他にもフレアコート(炎属性に耐性を持たせる)やバーサク(攻撃力上昇)をかけたかったのだが、そんな時間は無い。
四人は部屋の中心から離れ、臨戦体勢を取った。
石像から漏れる光が強大になり、一瞬、四人の視界を奪う。徐々に光が収まってきて、改めて四人は構えた。
「あ?」
「え?」
「ん?」
「は?」
―――また、時が止まった。
四人は、武器を構えたまま、次の動作を模索していた。
「俺は……下部を叩き壊せばいいような気がするんだけど」
「あたしもそう思うなぁ……」
「僕もそうするのが一番楽だと思います。……どうでもいいですけど、プロテクション解きますよ」
「なんだか納得いかないが……そうするべきだろうな」
石像は確かに魔物へと化した。四体の石像すべてが魔物へと変化したのだ。
「宝珠が半分しかくぼみにはまってないから、両方半分にしかならなかったんだなぁ……」
張り詰めていた緊張感を一気に抜かれてしまい、カイは苦笑する。
魔物へと化した部分は上半身のみ。下半身は石像のままだった。
その場にしか留まれない魔物など、レベル一のスライムにすら劣る。
「やる?」
カイはとりあえず訊いてみた。
上半身だけが動かせる魔物たちは、手や首を懸命に動かしている。その姿が妙に可愛らしい。
「可哀想だから、俺は早く倒してあげたほうがいいと思うんだけど」
リアも頷いて、
「ドラゴンがブレス吐いて、共倒れになったりしたらもっと可哀想だしね」
四人は溜息をついて、石像のままの下半身を破壊する事を決めた。
ドアが開いた。ギィィィ、っと長い間開けられていない事を示す音が響き渡る。
四人は入口の前で、何することなくたたずんでいた。
この奥にラスボスがいる。すべての悪を作り出した根源、人々の幸せを奪うカオス的存在が。
誰もが心得ていた。ここで、命を落としてしまうのではないかということを。
「ついに、ここまで来たんだな」
カイが感慨深げに呟いた。
旅に出る起点となった時からどれぐらい経過しただろう。その間には、走馬灯ですら表せないであろう膨大な量の記憶がある。すべてが大切なものばかりで、手放した物は一つもないはずだ。
最後の敵を倒した時、このパーティーはどうなるのだろうか。
そんな哀愁からか、リアがカイに話し掛けた。
「ねぇカイ。最後の敵を倒したら、どうするの?」
「どうするかぁ……」
考えた事はあったけど、具体的な図面が出来上がっていない。どうせなら自分が役に立つ所に行きたいと思うが……。
「もしかしたら、またあそこに小屋建てるかも」
リアと初めて出会ったとき、カイは森の中に住んでいた。魔物の手によって村を失ってから自分で小屋を建て、そこに住んだのだ。一キロ先には大きな町もあったので、食料などには困らなかったし、野生の動物を狩ってお金に換えたときもあったので、お金にも特に困らなかった。
その時の自分は人と触れることが苦手だったんだと思う。今では考えられない事になっているが、あの愛着の沸いた場所にまた戻ってみたくなったのだ。
「結構あそこでの暮らし気に入ってたからな」
「そっかぁ……」
「んで、リアはどうするつもりなんだ?」
「あたしは……」
「俺にだけ訊いて答えないのは卑怯だからな」
考えていた。もう慣わしは消えて嫌いなところが無くなった自分の村だが、やはりその嫌悪感は拭いきれない。戻ったら歓迎はしてくれるだろう。もちろん普通に、何の嫌味もないだろう。
カイに会って村に戻るまでに、何度くじけそうになったか。死ぬために向かっていたのだから。その恐怖から救ってくれた、受け止めてくれたのは……。
「あたしは…あの……」口をもごもごさせながら「その……カ…イ……との…………子供……作りたいなって」
――――――――。
ぼんっ! そんな音が聞こえるんじゃないかと思うぐらい急激に、同時に二人の顔が赤くなる。
「ええっ!?」
「え? あ? あはは、冗談冗談っ! 冗談だってばっ! 何でカイそんなに顔赤くなってんのっ!?」
「そりゃ俺は言われた側だから仕方ないじゃないかっ! だったらどうしてお前は真っ赤になってるんだよ!?」
「え? 気のせいだって気のせいだってっ!」
二人を傍目に、フォイスとアイラは腹を抱えて笑っていた。
「くくく、まったく、あいつららしいがな。そうだ、フォイスは終わったら何する気なんだ?」
「アイラはどうするんです?」
「私か……私は、そうだな。旅をしてきて、私がいかに愚かかを知ったからな。さらに見聞を広めるため、もっと旅をしてみたいと思う」
丸くなったものだと、アイラは思った。
初めは一匹狼だった。カイと同じように村を失い――人間の手によって村を失い、人を忌み嫌っていた。だが、一つの気まぐれである洞窟に入ることになった。それが三人との出会いになるのだが――。あのころは尖っていたと思う。どうしようもないぐらい。だから、どうしようもないお人よしのこの三人のお陰で、角が削げていった違いない。
ようやく整理がついたからこそ、もっと自分を見極めたいのだ。
「それで、フォイスはどうするつもりなんだ?」
「僕はですね……」
旅の始まりは単純だった。普通の僧侶としての生活に嫌気が差したのだ。幼かった自分、それと外を見てみたかった自分がいて、いつの間にか飛び出していて、カイ、リアに会った。旅に出て、小さな自分を知った。ようやく僧侶の生活の意味が分かった。だから、それを人々に伝えたい。
それと、旅するようになってから、すぐにアイラとも出会い―――。
その瞳の奥の美しさに、神々しさに、淋しさに、気付いてしまったから。
「僕はですね、神に仕えるのを辞めようと思うんです」
「神に仕えるのを? 僧侶としては大胆だな」
「ええ、半分だけ仕えるのを辞めて、違うものに仕えようと思うんですよ」
「ほう、何にだ?」
「あなたにですよ」
――――――――。
ぼんっ! と音が鳴ったのはアイラだけ。フォイスはじわじわと顔が紅潮してくる。
「じょ、冗談言うなっ! あっちがあの状態だからってお前も悪乗りしてるんじゃないぞっ!?」
「僕は本気ですよっ! 嘘なんてそうつくもんじゃないですから!」
「本気っ!? いや、嫌ってわけじゃないのだが、それはそういう意味なんだよな。うんそれはやっぱり、なんだっ!? いや、あのな!」
「俺が思うにだな、やっぱりこういうのはその、こんな変なところでじゃなくて、いや、別に俺は構わないんだけど、というか駄目だろっ!?」
「だから冗談だってっ! でも完全に嘘というと嘘になる!? え? 違うってだからそのっ!」
「そりゃ僕は本気ですけど、アイラがアイラなりに答えを出してくれれば問題ないわけで、無理強いはしませんし、でもやっぱり僕の意見は意見として意見なので、って僕は何を言ってるんでしょう!?」
「嫌ではないが、そのだなっ!?」
「俺は、というか違うような違わないような!?」
「僕はですね、本気なんですけど、あぁ、何言うかがまとまらない!」
「あたしはね、そのその……ねっ!?」
「静まれっ!」
アイラの怒号が響き渡る。鶴の一声、三人は黙り込んだ。
黙りこんだが、四人の顔は赤いまま。
「……初めに一声を発したカイが悪い。そうしておこう」
「おいっ、この場合俺じゃなくてリ―――」
カイが反論しようとしたが、アイラはそれを制して、
「カイ、まだ行っていないところで、ボスクラスの魔物が住んでいそうなダンジョンはまだ数ヶ所残ってるんだよな」
「残ってる」
「だったら、それを終わらしてからここに来ないか? 私たちが解散するにはまだ早すぎるだろう?」
「どうするんです? 多くの人々が苦しみますよ」
一応、真面目な顔を作って、フォイス。
カイの能力が無ければラスボスの所へはたどり着けないのだ。そして、その能力を持つ者はカイしかいない。だから、自分たちが成さなければならない事なのだ。成さなければならない事だけど、答えなどとうに出ている。
「半年ぐらい目を瞑ってくれるさ。今までに私たちはそれ相応の働きはしたはずだぞ。半年サボったからといって、それと言った苦情は出ないさ。最も、私たちが悪を絶とうとしていることを知っている者が、どれほどいるか解からんがな」
「そうですね。それに僕たちがほとんどの根源を潰して回ったわけですし……」
四人の口元に笑みが浮かぶ。
「戻ろう」
リアはそう言い、カイを見た。それからフォイスもアイラもカイを見た。
終わるには早すぎる。もしかしたら、いつ終わろうと早すぎるのかもしれないけれど。
カイは皆を見回し頷いた。そして目を瞑り、心の中で詠唱を始める。数秒後、カイは力を解き放った。
普通はこの力を使うときに差し障りは無いのだが、魔物が巣食うダンジョンでは制限される。中から外に行く時は使えるのだが、外から中、中から中へは移動することができない。魔物の放っている邪気がそれを妨害するのだ。
今回は、中から外。問題は無い。
カイが持っている能力は―――
空間を歪ませ、認知の座標軸と座標軸を結びつける力。
「テレポーテーション!」
数年の時が流れた。
彼らの行方を知るものは居ない。たびたび見かけたという報告は聞くが、情報は些細なものでしかなかった。
最近は確実に魔物による被害は減ってきている。凶悪な力を持った魔物が攻め入って村を滅ぼしたとか、力を持った魔物が格下の魔物を従えて国の軍隊と戦うとか、そんな大きな事件はなくなった。今一番多い被害は、自ら手を出した為に報復を受ける……つまり、自業自得のものが多い。
この裏には四人の人物が関わっている―――。
それを知っている者は、もしかしたら誰も居ないのかもしれない。
HR
膨らませれば一つの長編になりそうですよね。
だけどそれはしません(気まぐれで開始するかもしれませんけど)
彼らがどういう経路で旅をしてきたか、それは想像にお任せします。
でも毎回思うけど、オチが弱いなぁ……。
え? 長編にしないのは面倒だからじゃないですよっ!?
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