二日目。
ふと、目が開いた。
乳白色の光がためらい無く目に飛び込んできて、眩しくて無意識に目をすぼめる。
まだ眠い。モニコをセットしたはずだ。だったら二度寝しても平気だろう。そう思った俺は、また目をつぶり軽く寝返りを打つ。こういうときはなぜか時計の音が大きく聞こえ出す。カチカチカチ、起きろ起きろと催促している。そんなので俺が起きるとでも思ったら大間違いだぞ。どんな騒音にも負ける気はしない。
また眠りに入ろうとしていた俺は、時計の音ではないが、何か規則的な音を聞き取った。俺のではない……寝息だ。
違和感を抱いた俺は、おもむろに目をうっすらと開ける。
すると、わずか二十センチ前に、アドケナイオンナノコノカオガ……。
「!」
俺は慌てて真上を向いた。
寝ぼけといきなりの事で錯乱している頭の中を整理する。
そうだ、確か昨日はみどりが俺の部屋で寝ていて……。
周りの風景を見てみる。とくに変わっていない。つまり俺は移動していない事となる。
彼女とは結構離れた所に寝たはずだ。つまり彼女が寝相悪くてここまで来たということになる。
俺は、ゆっくりと頭を動かし、彼女を横目で見る。
……寝顔がとても可愛かった。飛行機の中で見た横顔とはまた違う可愛らしさがあって……前よりもっとトロンとしていて……。
赤面。
だが食い入るように見つめてしまう。
やはり彼女が好きなんだろう。マンガや小説で表現されている気持ちと瓜二つだ。
まばたきせずに、そのまま視線をスライドさせる。
白い肌とペンダントが、浴衣から覗いていた。どちらも目立とうとしているように思われるほど存在感が大きい。
ここまで寝返りをうって来たんだろう。浴衣が着崩れるのは当然だ。
――ただ、それによって下着も見えている…………。
思わず生唾を飲み込んだ。
顔は幼いが、体はちゃんと発達している。
彼女は俺の右側にいる。本能の右手を、理性の左手で抑えた。
心臓がバクバク言っている。血圧が上昇。興奮。彼女の白い肌がすぐそこにある。
駄目だ!
理性のその一言で、俺は真上を向いた。
顔が勝手に右を向こうとする。全身全霊をかけそれを止める。
そして、大きく深呼吸をした。気持ちを落ち着かせる。
理性が告げる『駄目だ、いいか竜吾。ここで何かしたら男として最低だぞ。みどりは俺を信用してここにいるんだ。分かっているだろ』
それに対する反対意見を欲望が告げる『俺も男なんだ。諦めろみどり。ここにいるお前が悪い。純潔を捧げて貰うぞ。うけーっけっけーっ』
そうだよな……少しぐらいなら……。
理性は完全に負けていた。寝起きのせいもあり、欲望が簡単に勝利している。
息を殺しながら、体をみどりに向けると、腕を伸ばしていった……。
ぴ! ぴ! ぴ! ぴ! ぴ! ぴ! ぴ! ぴ! ぴ!―――――
盛大にモーニングコールが鳴り響く。
俺はびくっと体を震わせ、すぐに真上を向いた。
モニコよ、有り難う。もし鳴らなかったらば、俺は一生罪悪感で潰れていただろう。
「ん……」彼女が寝返りを打ち、真上を向く。
「う……るさ……い」
寝言だろう。
俺もなんだかうるさく感じるものの起き上がる気にはなれなかった。緊張の糸が切れたせいで、また眠くなっていたのだ。
しかし、目覚し時計の音という物はとても人を不快にさせる。よくできているものだ。
そんなモニコが鳴り響く中、彼女は左手を真上に上げた。
「うるふぁい!」
彼女の左拳がすごい勢いで振り下ろされる。
それは、俺のみぞおちにクリーンヒットし……。
「本当にゴメン」彼女が頭を下げる。
「いや……何回も謝れても……大丈夫だから」
俺もいけないことしようとしていたし、とは言えず。
みぞおちに拳をクリーンヒットさせられた俺は、十分間ほど気絶していたらしい。これは多分、神が下した罰だろう。
「いつも……目覚し時計が左にあるからさ……」すまなそうに俯く。
しかし、いつも殴っているのか? ……左手であれだったら……利き手の右手は……。
恐怖を覚えそうだったので(多少手遅れ)、思考を中断した。
今の場所は朝食を食べるバイキング会場。色とりどり、所狭しと料理が並べられている。まだ多くの客が料理を食べている中、俺は食後のコーヒーを飲んでいた。
「竜吾、それってブラック?」
コーヒーカップを覗き込みながら、彼女が言った。
「ん? ああ、そうだけど?」
「よく飲めるね」
「ブラックの方が美味しいだろ?」
「わたし全然飲めないよ。すごいね」
その言葉に、俺は多少苦笑しながら答えた。
「最近味覚が大人になってさ、食後に甘いものなんて全然駄目。飲み物だって甘くないの選ぶようになったしな」
そうなのだ。なんだか最近甘いものを飲食しなくなってしまった。
「老けか……」ボソリとした呟き。
「うるさい」聞こえないはずがなく、すぐに反応した。
彼女は笑っていた。いつもと変わらぬ表情で無邪気な笑い。
――こんな……変わらぬ表情を見られるのは……彼女と一緒にいられるのは……後二日なのだ。笑顔を見られるのは……後……二日……。
理解したくない現実。
もしも、彼女が俺のことを好きでカップルになったとしよう。それから別々の高校に行って、顔を合わせずに電話やメールや手紙だけで……情交を、交わし続けられるだろうか……。
大学生ならまだしも、まだ高校にすら入っていないのだ。思春期の真っ只中に居る男女二人が、ずっと相手を好きでいられるだろうか……。
俺には、そんな自信が、無い。
例え他に好きな人が出来なくとも、ずっと一人の人を思い続けるのは難しいだろう。
――俺飽きっぽいし。
いや、それは関係ないとしても……やっぱり、難しいだろうな。
近くに居たいが、離れなければならない。どんな事が起ころうと、離れなくてはならない。そんな人を……俺は好きになってしまった……。
ダークブルー。心がそんな色に支配される。
遠恋でいい結果が出たっていう事例は少ないしな……。
「あ……まださっきの事怒ってる?」
彼女が心配そうに訊いてくる。俺の表情が曇っていたのでそう訊いたのだろう。
「違う違う。ちょっと考え事を……ね」
破顔し、彼女に微笑んだ。少し、無理な微笑みだったかもしれないけど。
俺がコーヒーを飲もうとしてカップをとろうとしたが、「ねぇ、ちょっとコーヒーちょーだい」と言うなり、みどりは了承も得ずに掻っ攫う。伸ばした俺の手は行き場が無くなり、虚しく机の上に置かれることになった。
「うへ……やっぱりわたしには駄目だな」
一口飲んで、彼女は渋い顔をした。なぜか遠慮がちに、コーヒーカップを元あった場所に戻した。
「味覚が大人になれば見かけも大人になるんじゃないか?」
「うるさいっ。絶対大きくなるからね」
ぷいっとそっぽを向き怒ってしまった。そんな彼女を見てクスリと笑いながらコーヒーを飲む。
飲んでから、動きを止める。
待て。みどりって、俺と同じ右利きだよな? ……間接キスだよな……?
彼女はそれを理解した上で飲んだのか? ただ単に飲んでみたかったから飲んだのか?
「ねぇ、今からハウステンボス行くんだよね?」
彼女の口調は、いつもとまったく同じだった。
後者だな。俺は確信し、心の中で呟く。
「ああ、ハウステンボス内のホテルにも泊まって、二日間ぶっ続けでいるぞ」
俺は、努めて表情を明るく保っていたが、内心は結構ブルーだった。
彼女を好きになった事への少しばかりの後悔と、彼女と一緒にいることの出来ない大きな寂寥感が、俺の中を渦巻いていた。
ハウステンボスへ向う途中、バスの中で二人とも爆睡した。
今思えば、昨日……いや、今日寝たのは二時ぐらいだった。いつもだったら平気だけど、ゲームのやりすぎでずっと集中していたので、目も疲れてしまったのだ。
二時間爆睡。起きた頃に、ちょうどハウステンボスにたどり着く。
バスを降りたら、後はもうほとんど個人の自由だ。乗船時間などをきちんと守ればいいだけで、あとはツアー客に任される。船は、空港に行くためのものだ。帰るときにここからそれに乗って、空港に行くのだ。
入国口(ここはハウステンボスの入場ゲートの事です。出口は出国口と言う)の前に立つ。
みどりは自分のと俺のチケット引換券を持って、パスポートをもらいに行ってしまった。俺が行こうとしたのだが、なぜかみどりが『やりたい』と言ったのでお望みどおりに行かせることにした。
行くのが面倒臭かったからちょうどよかったけど。なんか、人ごみは好きじゃないのだ。
俺は近くの柱に寄りかかって、彼女がもどってくるのを待っていた。
しかし……待っていると俺の視界に嫌でも飛び込んで来てしまう物がある。
―――カップルだ。
カップル。今まではそこまで気にならなかった。あの中でうまくいくカップルは、どうせ一、二組ぐらいなのさ。など、とても嫌味的なことを思ったりしていた。
俺とみどりは、恋人同士ではないけど……。周りから見れば……やっぱりそう見えてしまうのだろう。
――カップルと。
カップルとアベック。意味としては同じだけど、カップルのほうが何か響きがいい。そんな無駄な事を考えて、心の動揺を落ち着かせる。
彼女を意識し始めてから、何が変わっただろうか? 話し方とか、態度は変わっていない……と思う。
ただ、すべてが新鮮に感じ、楽しく、嬉しい。
だけど……――――――――
「お待たせ。じゃ、はいろ」
「よし、はいるか」
彼女が戻ってきたので、俺らは中に入った。手を繋ぎたいと思ったが、それはやめた。恥ずかしいし、そんな関係じゃ……ない……しな。
――――――終わりは、無情にもやってくるのだろう。
ハウステンボスの中での出来事すべて、すぐに過ぎていった。楽しすぎたのかもしれない。楽しいものは、時間がすぐに流れていく。今ほど、それを実感した時はない。
彼女と離れたくない。一緒にいたい。
この気持ちは、酷いくらい心の中でうずいていて…………はちきれんばかりに膨らんでいて…………。
もう夜になり、夕ご飯も食べ、今は、パレスハウステンボスを見学していた。
入ってからの、
「かわいー」
彼女はチューリップを見て言った。相変わらずの屈託ない笑顔で。
「チューリップって、可愛いものなのか?」
綺麗かもしれないが、可愛いはよく分からない。
「えー可愛いよ」
それが当たり前のようだ。男女差なのかもしれないけど……俺がおかしいのかな……?
とか、
二人乗り自転車を借りて、乗ろうとした時の、
「竜吾……前が見えない……」
俺が前に座り、みどりが後ろに座っている。彼女の視界には俺の背中しか映っていないはずだ。
「お前が小さすぎるんだよ。我慢しろ」
「前後交換してよ!」彼女は怒鳴る。
「やだね。男が前にいなかったら、何かすごい訳ありみたいだろ?」
「確かにそうかも……。でもそれでいいじゃん」
「他人事だな」
「当たり前じゃん、人事だよ。交換するべし」
彼女は俺を睨みつける。みどりの睨みはどうも迫力が強すぎる。すぐにそれから視線をはずして、
「やなこった。じゃあ、しゅっぱーつ」
みどりを無視して、自転車を漕ぎ出した。彼女はやや不満そうだったが、乗っているうちにその不満は消えたようだ。
こんな場景とか、
昼食中の、
俺はとっくに食べ終わってしまった。それでもまだ彼女は半分も食べ終わっていない。俺は暇だったので、いそいそとご飯を口に運んでいる彼女をジーッと見つめていた。彼女はカレーを食べていた。ルーをご飯の上にかけて、一緒にすくう。口が小さいため、一回の量が少量だ。小さい動物は心拍数が多いというけれど、人間にもそれは適用されるのかな? あ、関係ないや。
「何?」彼女が俺を睨む。
「別に」
いろいろ考えまくってたけど、それを言ったら殺される。
「だったら見ないでよ。食事中誰かに見られてると食べづらいでしょ」
「俺も同意見。だけど、みどりってちっちゃいから、見てると面白いんだよ」くすくす笑いながら言った。
「いいから見ないで」彼女はむっとしていた。
「可愛くて。みどりの食べてる姿」
この言葉に、彼女は赤面した。俺も彼女の意外な反応に少し赤くなった。
「いつもは可愛くないって事?」顔を赤くしながらも、怒った口調で話しをしている。
「さあな」答えづらかったので、あいまいな返事を返した。
彼女は言う事が見つからないようで、うーっと唸っている。
「もういいよ! どうでもいいから、見ないでね!」
そう言い放つと、彼女はまたご飯を食べだした。
そんな彼女を見ながら、そっと呟く。
「……いつも可愛いに決まってんだろ……」
彼女に聞こえないように、俺は言った。これが、切なくも、本心。
俺は、この後もみどりをからかうように見ていて、彼女がこっちを見る寸前にそっぽを向くというゲームで楽しんでいた。
だが数回目に見事に視線がかち合い、二十分間左手が動かなくなった。
無論、みどりの攻撃のせいである。
何ともない場面とか、
歩いているとき、
「ねえ、ルフティーバルーン乗りたい」
その言葉に俺は過剰な反応をする。たぶん体がびくりと跳ねたはずだ。一ミリは。
「……気球か?」
「うん」
ルフティーバルーン。直径二十二メートルの巨大気球にのって、地上百二十メートルの空中散歩。360度の大パノラマで、ハウステンボスで一番高いドムトールンも見下ろせます。有料。大人千円。中高生八百円。小学生以下五百円。現金のみのご利用となります。パスポート、パスカードではご利用になれません。風の強い日など、天候によってはご利用できない場合があります。
と、パンフに書いてある。
ドムトールンとは、このパーク一の高さを誇る、展望台がついている塔だ。
「駄目だ。余計にお金ががかかる」冷や汗が流れているのを感じながら、できる限り自然を装う。
「ほほう」彼女はにやりと笑った。
背筋が凍った。みどりの笑みには殺傷能力がある。とりあえず俺はそう思う。
「竜吾、高所恐怖症でしょ?」
「そ、それはどうかな」ギクリとしながら、あはははと空笑い。
「じゃあさ、わたしがお金出すから、乗ろ」にやりとした笑みを貼り付けながら宣言。
「すみません」反射的にペコリと頭を下げる。「駄目です乗れません」
「初めから言えばいいのに」彼女はけらけらと笑っていた。
うう……逃げ切れなかった……。
「展望台とかだったらいいんだよ。気球とか外気に触れてて高いところは、絶対無理」
「屋上とかは?」
「無理」即答。
「そっかー……乗りたかったのにな……」
残念そうな表情を浮かべながら、彼女は歩き出す。俺もとりあえずそれに習った。
「一……―――」言いかけて口をつぐんだ。
――― 一人でのればいいだろ?
――― うん。じゃあ、そうする。
この展開が一番怖かった。こんな返答をされたら、へこみまくるかもしれないだろうから。
「ほら、ドムトールンの展望台だったら大丈夫だから、明日に行くか」
「うん。分かった」
すべての場景。鮮明に覚えていた。すべての情交。明白に記憶していた。
たまに、俺は作り笑いをしている時があった。そのときは、彼女と居られる時間が後わずかだと言う事を、考えていた時だ。気付かれないように、取り繕った。
時折彼女も、作り笑いや、淋しげな表情を見せている時があった。
なぜかは分からない。ただその理由が、俺と同じであってほしいと、強く懇願した。
独占欲が働いている。押さえるのに精一杯だった。
夜になり、PHT(パレスハウステンボス)の庭は、とても綺麗にライトアップされていた。
両サイドにあるトンネル状になっている植木の中にもライトがちりばめられていて、闇が、様々な色のライトの光で打ち消されている。庭の最深部から、サーチライトがPHTの最上部まで伸び、夜空に掛け橋を作っていた。噴水もあり、そのすべてに光が灯され、荘厳な景色だった。
だけど、そんな綺麗な景色だが、俺は、ライトアップされた中で、また違う雰囲気の輝きを放っている彼女の方が気になって、景色を楽しむどころではなかった。
「綺麗でしょ?」
彼女が突然言った。とてもまぶしい笑顔を見せながら。
ドクンと心臓が鳴る。
「ああ。綺麗だな」
「あれ? いつもだったら、『何、お前の物みたいに言ってんだよ』とか突っ込むのに」
彼女が、景色が綺麗でしょ? と言う意味で言ったのは、理解していた。
だけど、俺はあえて彼女に対して言った。彼女の笑顔が、……笑顔が、とても綺麗だったから。
――自分に嘘をつけなくなっていた。
彼女に、自分の気持ちを伝えたかった。
彼女が俺の事を想っていなくてもいい。ただこれだけを、一人の男が、あなたを好きであったという事を、覚えておいて欲しかった。
今日言わなければ、言う機会がなくなる。そんな予感がよぎる。
迷っていた。
言ってふられれば、もう明日はいっしょに行動できなくなる。それは分かっている。
――だけど……。
そんな思いを胸中に抱きながら、サウンドギャラクシーと花火を見るため、オレンジ広場へ向かった。
八時四十分。時は確実に刻まれて、サラウンドギャラクシーが開始される。
このアトラクションは、レーザー光線で夜空に幻想的な光景を描くものである。
いたる所に設置されているサーチライトから、さまざまな色の光線が生み出され、夜空で交差し、幻想的な光景が広がる。縦横無尽に動き回り、夜空に海が出現したかのように光が波打つ。
そんな中でさえ、俺は夜空一面に広がる大パノラマを素直に見ることが出来なかった。
言うか言わないか。それだけが頭を駆け巡っていた。
明日言おうなどと思ったら、必ず引きずり、結局言えずじまいだろう。いったん先に延ばすとそれが癖になる。
――神が、許してくれるのなら、彼女をこの場で抱きしめたい。
これが、恋という感情なのだろう。
何でたった二日でここまでこの気持ちが膨らんだのだろう。
自分の気持ちが痛い。
朝思った通り、成立しない恋なのだろうから。
なのに……なのに、なんでこんなにも彼女を好きになってしまったんだろう……。
ドォン……―――
いつの間にか、レーザー光線は終わり、花火へと変わっていた。
花火は、あっという間に上がり、咲き、そして消える。その名残を残さず、新しい花火が打ち上げられる。
――言おう……
言って、気持ちに整理をつけよう。
彼女が、自分を好きでなくてもいい。
それはつらいけど、言わなかったら、明日、彼女と一緒に歩ける自信がない。
……言おう――
悩み悩んで出した答え。花火が終わったら、実行に移そう。
花火は、もう後半部まで来ていた。花火は明るい音楽やレーザーと共に打ち上げられている。俺の事を気にもせず、それはいつも通り続いてゆく。不安が、つのる。
最後の、最後の一発が打ち上げられ、大きく夜空に輝いた。
弾けるように中心から飛び出した星は、闇夜にとても長い時間滞空し、地面につくかと疑うほど流れ、そして、フェードアウトしていった。
心臓の音がひどく鳴り響いている。
観客は、三々五々と帰り始めていた。
だが、俺らは立ち上がろうとせず、ずっと夜空を見上げていた。
言え。
言うんだ。
二文字の言葉を。
好き……という言葉を……。
「じゃ、戻ろっか」
ほとんど客がいなくなった頃、彼女がそう言い、立ち上がった。
「みどり」
俺は、ようやく声が出て、堅いまま、立ち上がった。
彼女は、俺のほうを見ないで、立ち止まった。
緊張。緊迫。恐怖。焦燥。羞恥。覚悟。意義。価値。是非。自我。存亡。
いろいろとのしかかってくる。すべてを振り払い、声に出した。
「俺―――」
「嫌……」
突然彼女が呟いた。表情は曇り、強張っている。
「俺さ―――」
「嫌!」
彼女はヒステリックに叫んでいた。それと同時に逃げ出すように走り出そうとしていた。その腕を、とっさにつかむ。
彼女はその場に止まった。逃げようとしていたのに、抵抗はしなかった。
腕を握ったまま、俺は言葉を続けた。
嫌でもいい。聴いて欲しい。……この、言葉を。
「たった二日で、変なのかもしれないけど……」
ぱっと手を放した。重力に引かれ、お互いの手がだらりと垂れる。
「俺は、お前が……好きだ」
後ろ姿の彼女に、呟くように言いかける。
彼女は、俺のほうを見ずに、その場に留まっていた。だが次の瞬間、走り出してしまい、俺はその姿を止めるすべがなく……。彼女はその場を去ってしまった。
―――何も言わずに……。
どうして……どうして何も言わずに去った?
嫌いなら嫌いと、きっぱりと言ってくれれば、気分がすっきりしたのに……。
言った事に後悔はない。
ただ、答えが欲しかった。
なぜ……。
夜空を見上げた。星は瞬いていた。
冷たい風が吹き、顔を覗かせているみどり色の芽のことを、イタズラに撫でていった。
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