プリン〜同じお題でできるだけ多くの話を書いてみよう挫折確実企画第一弾〜


 何故人を殺すのかと問われたらそれは登山者にどうして山に登るのかと訊ねたときに返ってくる答えと同じがごとく、そこに人がいるからだとしか答えようがないのは仕方がないことだ。自分の大した力のない右の手に握られた刃を突けば簡単に死んでしまう人を殺してしまうのは間違いなのか私にはわからないが、殺せてしまうのだから答えを見つけるのは徒労としか言いようがないと思うのだ。刃物を持って人を殺さずにいられる人がいるらしいのだが私には驚きを隠せない情報であって、プリンの背面にある突起を見つけたら折るという本能的な欲求を抑えることができない私にとっては考えにも及ばないことなのだ。
 しかし思えば幼少の頃はそのような感情は全く持ち合わせていなかったように思えるが、かといってこの時にこの感情が生まれたのだと明確に宣言できるような記憶も持ち合わせていないけれど、ただ一つだけ言えることは初めて刃物を持ったときに臓腑から滲み出るような苦く切ない甘い欲望が始まりだと思うのだ。そのときは感情に押しつぶされ自分を操作できず自らを刻んでしまったのだが、いわゆるアイデンティティーが形成され体つきも屈強になった頃にはすでにその感情は自らを作り出す大事な部品となっており、刃物を握り締めた私は難しいことを考える暇もなく裏路地で人を刺した。
 世の中には警察という組織が跋扈していて私のように人を殺す人を捕まえるのが仕事のようだが、私はその組織に関わったことは人生の中で一度しか存在しない。人を息をするかのごとく殺す私にとってはその組織が何のためにあるのかとうとう理解できないのだが、多くの人を屠っている私を一度しか捕まえられないのでは有能な組織とは言い難い。そもそも私が捕まった理由は窃盗でありいわゆる万引きというものであるからして、おそらく警察というものは木偶のようにつまらない存在なのだろう。
 そのつまらない組織に捕まってしまったのは星が鏤められた夜空の下、街路樹に死体を寄りかからせて帰るときであり、何を血迷ったのか直接家に向けばいいものを寄り道という愚行を犯してしまったことから始まるのだが、それは実は愚行ではなかったのだと思い至ったのはつい最近のことで、それまで私は悶々とした日々を過ごしていたのだ。
 人を殺すのは食物を啄ばむがごとく自然なことであるがその感情が浮かび上がってくるのには周期というものが存在していて、しかし女性の生理のように定期的なものではなく衆議院選挙がほど不定期ではない特異な周期であった。私はその時がいつ来るのかを知っているがふと掻き消えてしまったり唐突に明日やってくることを悟ってしまったりと私を休ませることのないなんとも形容しがたい周期である。兎にも角にも感情のままに夜を彷徨い人を殺すと胸の痞えがストンと落ち高ぶっていた感情は廃棄され心が凪ぐのである。そのストンと落ちた距離によって次の時期を無意識に把握しているのかもしれないが、それを確かめる手立てなどないし確かめる必要などないと思っている。
 だがその日はいつもと違い、人を殺しても胸の痞えが一向に落ちることなくとどまり続け、いつもなら闇夜に紛れ家に帰りシャワーを浴びてその日の穢れを存分に洗い流すのだが苛立ちを覚えた私は足の赴くままに表通りに出てしまった。夜とは思えないほど灯りが煌々と闇を照らし往き場を失った人々とすれ違う中で私はコンビニエンスストアーという二十四時間営業の詮無き店を見つけた。
 いきり立っていた私は店の中に入るとその気だるい空気に当てられて顔をしかめた。店員は商品整理に忙しいらしくそれ以降こちらを気にする様子もみせない。私は何をしたいのだろうと考えると小原が減っていることに気づき菓子パンやデザートが陳列されている棚へ足を向けた。どれも私の感性に合わないような食べ物ばかりで嫌気がしたがふとある商品に目を奪われた。私のような身なりの人間がその食べ物に向かうとは思えなかったのだろうか、店員の眼差しが私に向いた。
 私はプリンを盗んだ。
 人を殺すときには必要最低限のものしか持たない主義の私はお金を持っておらず、店を出た瞬間に店員に声を掛けられた私は諸手をあげることしかできずそのまま警察の厄介になった。私は原因不明の愚行に数日間悩みに悩まされることとなったのだが、感情が湧き上がってきたときにあることをしてみたらその感情は人を殺したときと同じように瞬く間に彼方へと消え去り爽快感が私を襲い、悩みは払拭された。
 その日から私がプリンを食べるようになった理由は人を殺しても胸の痞えは取れなくなりプリンを食べることによってのみ解決するようになったからで、そのことに私は不満や疑問を抱くことなく非常に満足しており、なぜなら人を殺す行為はプリンを食べる行為と変わらぬもので私が私の奥底に潜む感情を収めることができるのなら人を殺そうがプリンを食べようがそこに何ら疑点がないからで、むしろ摩訶不思議なのは人を殺す私とプリンを食べる私と何が違うのか私を捕まえに来ることのない警察という集団であり、疑念はプリンに向けるべきではないのだ。


HR
 勢いで書いた。後悔は、ちょっとだけしている。


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