エピローグ
ふと目が覚めると、いつも通りの所に居た。
いつから寝ていたんだろう。もうずっとずっと、長い間寝ていたような気がする。
見上げれば木々。広がるは湖。
時計を見るともうお昼を回っていた。道理で小腹が空いているわけだ。
弁当を取り出す。蓋を開けて、から揚げを一つ指でつまんだ。冷凍食品のソレを、親はおいしくないと言うが、結構いけていると思う。
刹那、誰かの声が耳に飛び込んでくる。
「誰か! 助けて!」
女の声だった…………。…………。…………?
「ここには誰もいねーよ」
数人の足音も聴こえる。小枝を踏みながら走っているのか、パキパキと音を立てながら。
とりあえず俺は、その場で大きくため息をついた。俺は弁当をしまうと、声の発生源に向かった。
気分は最悪だ。なんだこれ? 夢オチ?
何か今の会話に聴き覚えがあると思ったら――――――――(第一話後半部参照)
やってくれるもんだ。こんな落とし方初めて見た。……いや、実体験者が俺ってのも困るのだけれど。
今からの描写見ておくといい。最悪の落とし方をした愚作者でも、第二話の前半からの成長ぶりが見られるはずだから。
馬鹿なことを考えながら少し歩くと、それはすぐに現れた。
制服からうちの高校の生徒で、女子一人に、男子五人。男子の内訳が二年生二人に、一年生三人。
女子は木に背を置き、五人を睨み返していたが、その睨みに反して肩は震えている。
その気丈な姿を見て、男たちは下卑た笑いを浮かべていた。何強がってるんだよ、そんな揶揄を含む表情は、見ていて反吐を吐きそうだ。
ちょいと視線を下にやると、きらりと光を跳ね返すものがあった。手に握られている物は刃物。全員ソレを所持している。
最悪の、下劣やろう。
「おい、お前ら何やってるんだ」
凄みを利かせた口調で言葉を放った。声に気付き、全員がこちらを向く。
「修斗!」
呼ばれたので、何となく手を上げて応答した。声は女のものだった。
あれ? 夢の中では、すでにこのときに俺の名前知られてたっけ?
「お前は……あの時の」
男のリーダー格の人物が言った。
あの時? あ、あなたも同じ夢見たんですか?
「かかれ!」
そんな悠長な心の会話を無視するが如く、五人は怒気をあらわにして近づいてくる。
それにしても『かかれ』という号令はどうかと思う。
目線を下にやった。空き缶が一つ落ちていた。
現実では一度目だとしても、腹が立つ。俺のテリトリーで暴れた事を後悔させてやる。だけど手を汚すのは面倒だから、足だけでやらせてもらうとしよう。
相手のほうが場数は踏んでいるだろう。だけど喧嘩は、相手の攻撃を最低限のダメージで抑え、自分の攻撃を最大限に与える、結局これだけだ。
地面の空き缶を思い切り蹴飛ばす。瞬時に俺は跳躍した。
空き缶が、五人の真ん中にいた男の顔に飛来した。男はたまらずソレを手で払った。
払った時にはもう遅い。
「がはっ」
顔面に、とびげりを喰らわせた。
彼には、俺が突然目の前に現れたとしか見えなかっただろう。いや、それを思う暇すらなかったかもしれない。
気配を察知し、とっさにしゃがんだ。真上を鋭利な刃物が通過する。
しゃがんだまま右足を後ろに蹴り上げた。その蹴りは手首にヒットし、その反動でナイフが上に放り投げられる。
蹴り上げた反動を利用して、前方に身体をひねって跳躍し、ナイフを持っていた男の方を向く。着地する前に、左足でナイフを蹴り飛ばした。
ナイフは針の穴を通すようなコントロールで、男の耳の上をかすめていった。
カッ、とナイフが木に刺さる音がすると、同時に男はその場に崩れ落ちた。気絶、だ。失禁していないだけマシと思わなければな。
射るような鋭い視線で他の三人を睨みつける。その視線に押されたように、三人はニ、三歩後ろに下がった。
「ずらかれ!」
その一声で、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
今時『ずらかれ』はナンセンスすぎる。
しかし、仲間を置いていくとは、いかんせん。
初めに顔面げりを喰らわせたやつからナイフを奪いとる。そして、投擲。
逃げようとしていた奴等の目の前の木に刺さり、相手はギクリとしてこちらを見た。
「持ってけよ」
俺の短い言葉に、三人は素直に何度も頷いて、こちらに走って来て気絶している二人の衿を掴むと、まだ走って逃げ出した。可哀想だが、引きずって。
「覚えてろ!」
夢の中では忘れてやったけど、今度は覚えてやるよ。
「おい。今度こんな真似してみろ」反営業用の形相で「ただじゃすまないからな」
今度は何も言い返すことなく、ここから立ち去っていった。
疲れた。俺ももう若くないな、とか阿保なことを考えながら、踵を返してこの場から去ろうとした。確か夢の中でもこうしていたはず。
「修斗待って」
いや本当に、何で名前を知っているんだろう。あれ? その前に眼鏡もかけていない。でも夢の中でも外れてたから……所持もしていないな。
「なんで俺の名前知ってるんだ?」
「え?」
「俺まだ名前言ってないよな?」
「……修斗、ねぼけてるでしょう?」
「…………?」
よく意味が分からない。
「とりあえず、ありがとう。あはは……なんだか前と同じだよね」
「どういたしまして……」頭に浮かんだ考えを、ぽつりと「……なぁ、俺って二年生?」
「うん」
なんてこった。よくあるパターン、夢オチと見せかけておいて実は違うという戦略が繰り広げられていたのか。理解するまでにどれぐらいかかってしまったのだろう。
やっと、現実が見えてきた。
ここに呼んだのは俺だ。昨日のあの後、直接言いに行った。
『明日、あの場所に来てくれ』
とか言ったような気がしたけど、他は全然覚えていない。あの時は、何か必死だったから。
ついて来るのを確認して、また俺は歩き出した。そして弁当を食べた所へ行くと、木に寄りかかるようにして腰をおろした。木をはさんで……いや、九十度の位地に座った。
あまりにも自然すぎて、そのせいでさっきもすぐに気付けなかったのだろう。
ここは……そうだ。初めて逢った時、弁当を分けてもらった場所。
つと、短い時間が流れ、開口一番、江津が呟く。
「鮎河さんから、全部聞いた」
俺は湖を見ていた。多分この言の葉に、返答はいらない。
なぁ、修斗。この物語は、どうだった?
そうだな、いろいろあったな。辛かったし、楽しかった。学びすぎた感があるのは否めないけど、愉快だった。
「江津」
体をひねり、江津を引き寄せた。抵抗なく、江津の柔らかい体は腕の中に収まった。
「ずっと……側にいていいか?」
「うん」
小さな声が、腕の中から聴こえた。肯定の仕方があっさり過ぎて、江津らしい。
「でも私、きちんと言って欲しいかな……って」
「……この」
大丈夫、もう迷わない。でも、一度しか言わない。
ぎゅっと、抱きしめた。
「好きだ」
もう少しこのままでいよう。
せめて、顔の赤が薄くなるまで。
パーフェクト。それは誰もが望むもの。
きっと、誰もなれやしない。
だけどあるいは、君がそこにいるなら…………。
Fin
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