〔9〕 だっしゅ

 

 もうやだ。

 今の体勢がまずい事になっている。

 何がまずいって?

 そりゃあ……男が、女を押し倒したような体勢になってたら、……まずいでしょ?

 俺も俺で早くどきたいんだが……こけた反動でメガネがどっかに吹っ飛んでしまった。

 俺が、椅子につまずいて江津の方向に倒れそうになった時に、『危ない』って叫んだのが失敗だった。そのせいで、江津は仰向けで倒れちゃったし……。

 俺の逃げ回っていたスピードが速く、江津にぶつかり、俺も、江津も倒れた。

 その時に、とっさに江津の後頭部を守ろうとしたのが失敗だった。

 なんでこんな体形になったんだか、想像もつかない。

 つまり、今は大変な事になってるわけなんだよ。

 江津も江津で顔を赤くしてるしさ……普通か。

 俺は、この状態を何とかしたいのだが、メガネがない。

 うかつに動いて瑠那に見られるような事はしたくない。

 瑠那はどうにかして俺の顔を見ようとしている。俺のメガネがはずれている事を察しているらしい。

 はやくメガネを探さなければ……。

「あ、メガネ発見♪」

瑠那はそう言うと、俺の足元に落ちていたらしいメガネを奪取した。

 盗られた……・。

 はかない夢に終わってしまった。

 江津は、なんで俺がどかないんだか分かってるんだろうな……?

 分かってなかったら俺はただの変態になるぞ。

 江津だったら分かってるだろうな。たぶん。   

 どうする?

 瑠那に顔を見られないように教室を出る事はほぼ不可能だ。

 持ち前の瞬発力でダッシュで逃げるか?

「ねえ……どうするの?」

江津が小声で言ってきた。

 顔を赤く染め、目をそむけて言っている。

 女の子の顔を、こんな間近で見たのは始めてかもしれない。

 俺って、もてるけど、特定の人と付き合った事はないからな……。

 意外と江津って可愛いかも……

 って、何を言わせる!

 ポーカーフェイスで動揺を隠す。

「ちょっとだけ我慢してて。今対策考えてるから」

 さて、落ち着け落ち着け。

 まずは、瑠那に顔を見られないように反対側に後ろ向きで立ち上がる。

 そして、瑠那が来たら、その反対方向に逃げる。もちろん顔を見せないで、気配を読み取らなければいけないな。とは言うものの、ドラゴ○ボールじゃあるまいし……音と勘がたよりだな。

 そしたら、ドアに向かい、誰にも見つからないように縦横無尽に逃走する。

 そして家に帰る。

 仕事をサボる事になるけどしょうがないか……。

 先生は、仕組んだ張本人だから、許してくれると思うけどな……。

 さてと……この体勢からもおさらばだ。

 俺は勢いよく立ち上がろうとした。

 不運は重なる。

 無理に体勢をひねって立ち上がろうとしたので、顔が、近くにあった椅子にぶつかった。

 またもや俺は先ほどと同じ体勢になってしまった。

 顔が痛ひ……。

 瑠那と江津はそれを見てクスクスと笑った。

 くそう。俺の苦労を知らずに。

 二人の笑いはすぐに消え、江津はまたさっきと同じ表情になった。

 瑠那は俺の上。つまり頭の方向に座る。

「修。ほら観念して顔を見せろ。それとも、桐生さんとまだその体勢でいたいの?」

 いたいわけないだろ!

 はぁ……もう見せちゃってもいいかも。

 なんだか馬鹿らしくなってきた。

 いくら小うるさい瑠那でも、釘をさせば隠してくれるだろう。

 俺は観念して、顔を上げようとしたその時だ。

 ガラガラ!

 ドアが開いた。

「……修。何やってんだ?」

隼先の声だ。

 あなた様のおかげです。皮肉たっぷりに心の中で呟いた俺は、ここぞとばかりに、飛びおきた。

 今、瑠那の視線は隼先に向けられている。

 勝った!

 俺は猛スピードで開いているドアに向かった。

 俺が隼先の隣を通り過ぎようとした時だった。

「走るな」

先生は俺の襟首をつかんだ。

 俺はまたバランスを崩し、今度はけつから落下する。いてぇ……。

「まだ俺をからかい足りないのかよ」

俺は先生に小声で呟く。すると、先生はにやりと笑った。

 先生のその笑み。怖いです。

「そろそろお前も、女嫌いを卒業しないとな」

先生は、のけぞるのを手で抑えている俺の肩を、前方からポンっと押した。

 俺は急の出来事で、無抵抗に仰向けになった。

「わーっ。やっぱりあの時の人だ!」

俺の目の前には、逆さに見える瑠那がいた。

 俺硬直。瑠那おおはしゃぎ。江津呆然。隼先満足……。ややこしい事に……。

 

「―――と言う訳なんだ」

俺は、適当に話しをして、メガネをかけているわけを瑠那に話した。江津にもちゃんとした理由は話してなかったから、ちょうどいい機会になったわけかもな。

 その時に、俺と先生のつながりも話したが、俺の家の事までは言わなかった。

 それだけは言いづらいよな……。

「瑠那。分かったろ。誰にも言うなよ」

俺はメガネをはずしたまま瑠那を軽く睨み付けた。

「言わない!言わない!」

瑠那は俺の注意を聞いていたのか分からないが、顔はニコニコしたままだ。俺を凝視したまま……な。

「だって……」

瑠那は俺に飛びついた。

「言ったら、ライバル増えちゃうもーん」

俺が唖然としていると、先生は、俺の肩をポンとたたいてこう言った。

「もてもてだな」

先生をなぐりてぇ。江津だけが、今心配してくれてるよ……。

 そんな中、作業は終わり、帰りの時になった。

 

「先生」

今俺は先生の車に乗っている。

「なんだ?」

「今日の事、貸しにしときますからね」

「覚えておくよ」

少しは脅しが効いたのか、少し言動が控えめになっている。

「なぁ。気になったんだが、あの、お前が桐生を押し倒したような体形。なんであんな体形になったんだ?」

「不運と偶然が見事に重なってね」

俺は苦笑した。

「お前でも、あんな体形になったら、顔が赤くなるんだな」

「はぁ?」

「いやーまじびびった。お前の顔とさ、桐生の顔が真っ赤でさ。面白かったな」

え……おれ……顔赤かったの?

「ホント?」

「ホントだ。林檎と言うか、トマトと言うか……」

先生は笑った。失態だ。ポーカーフェイスができてなかった!

「がんばれ。あの瑠那って子。お前に執拗にアタックするだろうな……そしたら、周りが注目するだろ。そして、弾みでメガネがはずれる。うん。完璧な方程式だ」

否定できないところが嫌な方程式だ。

「先生……もし、ばれたら、うちの力で先生を世間に出られないようにしますよ」

「自分の家の力をきらっていたやつが使うかよ」

図星……。

「じゃあ先生? いままで。訊くのはやめようかと思ってたんだけど……」

「なんだ?」

「一年A組担任の、(しん)() 美奈津先生に……惚れてるでしょ?」

「ばっ! 何を言ってるんだ!」

先生。顔が赤くなってますよ。口には出さず、先生の慌てぶりを鑑賞。

「だって、この前、隼先と、美奈津先生が話してる時、先生の顔、いままでになくすがすがしく楽しそうな顔だったからさ」

「それは……あれだ……」

先生は完全に言葉を失った。

「美奈津先生に、言われたくなかったら、もうからかわない事」

「……お互いにな」

「たぶんね」

 なんだか、この日を境に、騒がしくなりそうだ……

 その予想は、見事に的中。

 瑠那が必要以上にべたべたしてくる。

 はぁ……これだから、女って生き物は……。

  これからもっと学校生活に気を使わなくちゃいけなくなった……。

 

  HR

       やっぱり俺……一人称は苦手分野ですな。

              いつ三人称になるかって、心配で心配で……。

 

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