〔8〕 恐怖の逃走劇

 

 なんだかなぁ……。

 一分が一日のように感じられるよ。

 この集計ってのは、絶対会議に通らない意見を省くためのものでもある。

 千何個もあるうちの、大半はここで削れるわけだ。

 はふ……

 こんな作業をしてるとさ……眠くなってくるわけよ。

 だけどさ……寝ると隣の瑠那が俺のメガネをはずしにきそうじゃないか。

 だからいま俺は睡魔と格闘している。

 いまは睡魔が優勢。

 危険な状態だ。

 俺は頭がボーっとなりながらも、学年で出た意見をまとめた紙に目を落とす。

『賞金百万円にUP』

 ……………………問答無用で却下。

『いっそなくす(クリーンバトルを)』

 ……………………無理です。

『ごみの種類によって、得点をつける』

 ……………………久々にまともな意見なので採用。

『勝ったクラス一ヶ月学費ゼロ』

 ……………………ここらへんは理事長あたりに訊いてみないと……。

『勝ったクラスにたまごっち』

 ……………………時代遅れなので却下。

『勝ったクラスの担任の先生を丸坊主にする』

 ……………………ノーコメントで却下。

……量は多いけど無駄な意見ばっかだな。

『勝ったクラスにコンタクトレンズ贈呈』

 ……………………俺が危険な目に合わされるので却下。

「まって」

俺がその紙を却下箱に入れようとした時だった。瑠那が椅子から立ち上がり、俺の手をつかんだ。

「なんでこれを却下するの!?」

やかましいな。

「私利私欲のための意見は却下するんだよ」

俺は適当に答える。眠くて不機嫌だ。

「駄目だよ。これ私の意見なんだから、通してよ」

瑠那は俺の目を睨んでくる。

 ……君でしたか、この意見出したの。忘れてたよ。

 コンタクトもらったって俺はメガネで通すけどな。伊達だし。

「駄目。この意見を通したら、いままでの却下からいろいろと取り出さなきゃいけなくなる」

「いいじゃん。通そうよ」

瑠那はわがままを言ってくる。

 通っても会議で潰されると思うんだけどな……。

「とにかく駄目」

俺はそれだけ言うと、また作業を始めた。

 無駄にしゃべると、いつぼろが出るか分からない……もうばれてると言ってもいいんだけどさ……。

「ねえ、桐生さんもそう思うでしょ?」

「えっ?」

いきなり話しをふられた江津は、いったん手を止めた。

「この意見、採用した方がいいよね?」

「それは……」

しどろもどろになる江津。

 瑠那よ、江津にふってまで自分の意見を通したいか。

「やめた方がいいと思うよ。結局会議で却下されると思うから」

 うんうん。その通りだ江津。

「私が通す」

瑠那は断言した。

 いいかげんあきれ始めた俺は、瑠那を沈静化させるために、言いなだめる事にした。

「瑠那。どうしてそんなにこの意見を通したいんだ?」

理由は分かるけど。

「修がそんなカッチョ悪いメガネをかけてるからでしょうが」

やっぱりね。

「じゃあさ、そのメガネを取ってくれたら、この意見却下してもいいよ」

瑠那は俺にとって無謀な事を発言する。

 確信をもってそうで、もってない人って怖いんだよ。俺の顔を完全にみたとたんに、噂が一気に広まりそうだよな。瑠那が発信源だと。

「駄目なんだよ、俺さ、かなりの近眼で。メガネ取ったら一メートル先の物も、ぼやけて見えるようになっちゃうんだよ」

本当は視力2.0です。

「だからコンタクトにしようっていってんじゃん」

瑠那は力説する。

「ねえ、桐生さんも言ってよ。この人。修って人はね、メガネ取ると多分かなりかっこいいんだよ」

 また江津にふるか!

 俺は江津に『ばらすな』って目で訴える。

 江津は、だいたいこの状況を把握してるみたいだ。

「修君が嫌がってるなら、止めとけば?」

江津もなかなか賢いね。ここで修斗って呼んだら、俺達が初対面じゃないって事になるから、瑠那は江津に問い詰めるだろうな。

 瑠那は、質問をことごとく回避され、不機嫌な様子だ。表情からも言葉遣いからも伺える。

 瑠那は俺の顔を凝視している。

 くるならこい。メガネははずさせん。

「あ!」

瑠那は突然窓の方を指差して叫んだ。

 俺と江津は窓の方を向いた。

 何もないじゃないか……ってなんちゃって。

 俺は振り向くと同時に、椅子から立ち上がっていた。

 瑠那の手は、動かなかったら、完全に俺のメガネをとらえていただろう。

 瑠那の手は、俺のメガネをかすめていた。

「何すんだよ」

俺は本当は笑いたい気分だったが、わざと怒ったような顔をして瑠那を見る。

 江津は今になって、瑠那のさっきの行動が何を意味していたかを気がついていた。

 瑠那は面白くなさそうに顔を膨らます。

 おもちゃとしては最高かも。瑠那の表情はころころ変わって面白いな。

 って、そんなのん気な事を言ってる場合じゃないな。

 瑠那は少しずつだが、俺に近づいてきている。

 俺は瑠那の近づくスピードに合わせて、少しずつ後ずさりしていった。

「何で逃げるの!?」

「瑠那が俺に近づいてきてるからだよ」

よく聞くもっともらしい言い訳だ。

 沈降状態が続いた。

 瑠那が動けば俺が動く。

 江津は俺たちの動きを面白そうに見ているんだが……いいね、気楽で。

「絶対捕まえてやる」

瑠那はものすごい気迫で俺を睨んできた。

 その目は俺だけを見つめ、ほかの何も見ていなかった。

 怖すぎる。

 瑠那の目を見ると、冷や汗たらたらになってくる。

 瑠那は、一方一歩床を踏みしめ、ゆっくりと俺に近づいてきた。

 俺もその歩幅に合わせるようにゆっくりと後ずさりする。

 走って追いかけてきたらどうしよっかな……。

 男子便所にでも逃げ込むか。

 いやだめだ。

 今の瑠那の場合、かまわず突っ込んで来そうだ。

 そしたら逃げ道がなくなるよな……。

 先生……戻ってきて……もうからかわないから……。

「おとなしくメガネ取れ!」

「だから、俺視力かなり悪いんだってば」

くどいようですが、2,0です。

「少しぐらいいいじゃん!」

確かにそれは正論だが……くそ。

「このメガネ高いから、できるだけはずしたくないんだよ」

千五百円で買いました。

「もし割ったら弁償する!」

ずいぶんと食い下がってくるな……。

 そろそろ返答に困ってきた俺。

 眠気も完全に取れたしな……。

 頭フル回転。

「駄目なんだよ、これは、海外で作ってもらった特注品で、最高のメガネ職人が、最高の素材を使って作ったんだ。だから……――――」

「何でそんなに高いの持ってるの?」

ギク……しかしここは冷静に。

「もらったんだよ。コネがきいててね」

実は伊達メガネ。かなりダサいです。

そろそろ俺の言い分も限界かもな。だから瑠那。お前ももうあきらめてくれ。

 俺がそう願うと、瑠那はいろいろときくの止めてきた。

 つまり今度は……。

 俺は殺気を感じ、教室の端に逃げた。

 瑠那はすごい形相で俺を追いかけてきた。

「待てっ!」

言い負かされたのが効いたんだろうな……。この場合悪い場合にだけど。 俺は瑠那から逃げるように机と机の間を通り抜ける。

 瑠那はその俺の行動を読み、すぐに俺の通過予定の場所に回りこむ。

 しかし、俺はその瑠那の行動を読み、瑠那の行動を無駄にする。

 なんとあれ、この繰り返しだ。

 

 数分後。

 俺は持ち前の体力で、息も切らずに瑠那から逃げ回っていた。

 対して瑠那は、息を切らし、動くのも辛そうにしていた。

 俺は最低限の動きしかしていなかったが、瑠那は無駄な動きをしていた。

 疲れている顔に、怖い目。鬼だね。

 瑠那はあきらめたのか、近くにあった椅子に座り、机に顔を伏せた。

 俺もそれに合わせ、さっき自分が座っていた作業机に戻る。

 そうすると、瑠那の方から潤んだ声が聞こえた。

「いいじゃん……それぐらい……こんなに可愛い女の子が頼んでるっていうのにさ……」

自分で可愛いって言いますか。これだから……。

 普通の人だったら、泣き落とされるんだろうけどね。実際、俺も瑠那が本当に泣いていたら困ったかもしれない。

 ただ、今の瑠那は嘘泣きだ。

 引っかからないよ。俺は。

 他の人だったらだませたかもね。

 俺はそれを無視して作業を開始した。初めてのシカトにあたるかもしれない。身の危機を感じると、シカトも可能らしいね。

 瑠那のせいで、まだ仕事は半分ぐらい残っている。

 俺達がいろいろ行っていたので、その間、江津一人で作業をしていた。

 よく集中できるなこの状態で……。対照的だなこの二人。  

 俺も作業を開始する。とりあえず、瑠那の意見は却下。

 この作業やってて気づいたんだけどさ、無駄な意見多すぎだよな。

 俺八割は却下してると思う。

「そこ! 無視するな!」

瑠那は大きな音をたてて立ち上がり、俺の方を指差した。

 無視と言うより、完全に頭からいなくなっていた。

 瑠那は嘘泣き攻撃がはずれ、もうやけになっている。

 瑠那はまた追いかけて来た。

 今までで一番気迫が怖い。

 俺はその気迫に押されつつも、また立ち上がり臨戦態勢になった。

 俺は瑠那を見ながら、後ろに素早く下がる。

 後ろを見なくても、だいたいの机や椅子の位置は把握した。

 瑠那の方を見てないと怖いんだよ。

 俺しか分からない怖さだよこれは。

 本当の幽霊を見るよりも怖いかもしれない。

 といっても……やっぱりバック走行では逃げられそうにない。

 俺は体をひねらせ、俺は前を向こうとした。

 しかし、俺が走っていた行路には、俺が予想していなかった障害物が立ちはだかっていた。さっき瑠那が追いかけてくる前、瑠那が、椅子を変なところに放置したのだ。

 無残にもぶつかる俺。

 しかも、体をひねろうとした時だから、余計にバランスを崩す。

「危ない!」

俺は叫んだ。

 俺がバランスを崩した先は、なんと……江津の方向だった……。

 あれ?また区切るの?  

 

       HR

             一回十ページ(1ページ:40×18)ぐらいにしとるのよこの作品は。

 

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