〔4〕 夢
今日は金曜日。
水曜日には結局行かなかった。やっぱり慣れがあるらしい。行く気が起きなかった。
そして今はあの例の場所。
俺は弁当を広げて食っていた。
から揚げを口に入れる。
「駄目だな……」
俺はつぶやいた。
この前食べた桐生さんのから揚げはうまかった。まねしようとしてもまねできない。タレでも違うんだろうか。
それとも今の気分がくらいからだろうか。
俺は珍しくブルーになっていた。
年に一度、テーマにそった作文を書かなくてはならない。三年生は論文だ。
しかも必ず7枚以上。なんで7枚なのかってのは分からない。
何と言うか……テーマがね……『自分の夢』なんだよ……。
夢……
俺にとってあるんだろうか……。
大きくなったら親が結婚相手を決めて、親父の会社を継ぐ。
もう俺の未来はほぼ決まっているんだ。
今の状態では親父の会社はつぶれるとは思えないし、それどころかこんな不況時に成長を続けている。
夢か……。
なんなんだろう……。
俺の夢……。
考えても奈落のそこに落ちていく。
考えてもすぐに蒸発してしまう。
考えてもブラックホールに吸い込まれてしまう。
結局、考えるだけ無駄って事。
もう未来が決まっている。
夢なんてないに等しい。あったってどうせ叶わない。何を望んだって……。
やめた。暗くなるだけだ。
でも書かなくてはいけない。
俺は深いため息をついた。
どうしよっかな。隼也先生にでも手をかりよっかな。
……。
食が進まない。
まだ半分も食べてない。
いつもだったら自分の弁当を評価しながら食べてるのに。
俺は箸を弁当箱の上に置き、湖を見つめた。
冷たい風が吹き、枯れ葉を湖に落とした。
その枯れ葉から広がる波紋が自分の闇が広がってくみたいだった。
しばらくすると、ここら辺に住んでいる動物たちが集まってきた。
弁当目当てか?
いっか。今日は食べる気おきないし。
俺は弁当のおかずを箸でつかみ、近くに集まってきた動物の前に置いた。
「うまいか?」
俺は何となく動物に話し掛ける。
動物は俺の方をむき、首をかしげると、また食べだした。
ここらの動物はもう俺が危害を加えない人と分かってるらしい。
俺が触ってもぜんぜん逃げない。
さてと……今何時だ?
俺は腕の裾をまくり、腕時計を見た。
昼休みは後二十分もある。
時間が経つのが遅い。
「あ、動物がいっぱいいる」
俺の後方から声が聞こえた。
桐生さんだ。
「修斗って優しいんだね」
周りからはえさをあげてるように見えるんだろうが、実際は残飯処理させてるのかもしれない。
桐生さんは俺の隣に来て、自分の弁当を広げると、ご飯を動物たちにあげだした。
動物たちは逃げようとしない。
「あげちゃっていいの?」
俺は動物に弁当をあげている桐生さんに話し掛けた。
「あっ、ぜんぜん大丈夫。私あんまり食べなくてもおなかいっぱいになるし」
あれ!? なんでここに桐生さんがいるんだ!? いつの間に!?
いろいろ考えてて驚くのにかなり時間がかかった俺。
いまさら驚いた言動を取るのもな……。
「今日ここに来るのは二回目なの?」
ふと頭に浮かんだ疑問を言ってみた。動物が妙に桐生さんになついている。
「うん。二回目だよ」
そう言って俺に微笑みかけた。
ずいぶんと無邪気な笑顔だな。
今の俺の心情と正反対。
でも二回目で動物がなついているのもすごいな。
「ねえ、修斗の夢って何?」
いきなりそう来るか!今俺が忘れかけてたところなのに。
「さあ……ね。よく分かんない」
俺は曖昧に答えた。
「ねえ修斗……どこか調子でも悪い?」
「いや別に……」
こんな沈んだ声じゃ余計あれだよな。確かに今の俺の表情は暗い。勘違いされるのは当たり前なのかな……。
冒頭の方で悩みに悩んでしまった。
いまさら明るくしろってのは無謀に等しい。
桐生さんは俺の表情を怪訝そうに見つめた後、自分の夢を語りだした。
「私はね、婦警とか、裁判官とか、悪い人を裁く人になりたいんだ」
桐生さんはちょっとさびしげな表情を浮かべた。
……なんだ?
しかし、表情はすぐにもとに戻ってしまった。
さっきの表情はなんだったんだろうか……。
俺がいろいろ考えていると、桐生さんは俺の顔を覗きこんできた。
「ほら、調子が悪くないんだったら、表情を明るくする!」
桐生さんは俺のほほを軽く叩いた。
そして俺の両頬を親指と人差し指でつまむと、左右に引っ張った。っておい!
「痛い痛い!」
俺はすかさず後ろに下がった。
「何するんだよ!」
俺は軽く桐生さんを睨み付けた。
「そうそう。不機嫌な顔してるより怒ってた方がいいよ」
桐生さんはアハハと笑っている。そんな桐生さんをみていると、俺もつられて笑ってしまった。
やっぱなんだか変わった人だよな……桐生さん。
「さてと」
桐生さんは一通り笑い終わると、また俺の顔を凝視した。
今度はなんだ?
「てい!」
桐生さんはその言葉と共に、俺のメガネを奪い取った。
突然の事で防ぐ事ができなかった。
俺はとっさに顔を伏せた。
「ほらほら顔を上げる」
どうせ桐生さんは俺の素顔一回見たんだよな……。
俺はメガネを奪い返そうという気にはなれず、しぶしぶと顔を上げた。
どんな反応するかが怖かった。
この前の瑠那みたいな反応だったら俺は大急ぎで逃走する。
しかし、桐生さんの反応は思ったよりも淡白だった。
「へー……やっぱりモデル顔だね。この前さ、修斗がこの事について嫌がってる素振り見せたからさ、ちょっと遠慮しといたんだけど……気になってね」
なんだ、火曜日に、話しを変えた時に合わせてくれたのはそういう事か。でも今こうなったらあまり意味ないような気がしないでもないんですけど。
「このメガネ伊達でしょ」
「まあね……」
なんで伊達って事知ってるんだ? 桐生さんはメガネをかけてもいないし、俺がその事を言った覚えはないぞ。
まあ冷静に考えればいろいろな疑問が浮かんでくるのだが……今の俺に余裕はない。学校の生徒に、しかも女子に俺の素顔を見られたのだ。
「隠さなければもてるのに」
いや、俺はもてたくないんだよ。
「なんでこのメガネかけてるの?」
「目立つの……好きじゃないんだよ」
俺はどう答えていいのか整理がままならないまましどろもどろに答えた。
「そっか……じゃあさ、この事隠しておいたほうがいい?」
あれ? ずいぶんと優しい答えだな。よかった。桐生さんの性格が瑠那みたいな性格じゃなくて。
火曜日に一度しかあってないけど……探してるんだろうな……俺を。
女でもこんな人はいるんだな。正直うれしい。
これをきっかけに俺の女嫌いが少しでも緩和されればいいんですけどね。
「ああ、隠しといて。ばれると困るんだ」
精神的に。俺は心の中で付け足した。
「そろそろメガネ返してくれる?誰かの前でメガネはずすのあんまり好かないんだ」
「分かった」桐生さんは素直にメガネを返してくれた。
返してもらい、完全に忘れていた俺の弁当を探した。
もちろんの事、弁当は空。さっき動物にあげてしまった。
いまごろ食欲が湧いてきやがった。
といってもこの前みたく桐生さんに弁当をもらうわけにはいかないしな。
校舎の購買でパンでも買うか。
桐生さんに心配させないように、俺は腹が減っている表情を隠した……のだが。
ぐぅぅぅぅぅぅ〜〜〜……―――
俺の腹がなってしまった。
しかもかなり大きい。
「おなか減ってるの? 動物にたくさんあげちゃったんだ」
確かにその通りですけど、桐生さんも動物にいろいろとあげっちゃったでしょ?
「そうなんだ」
心とは正反対の事を言ってしまった!? ……てわけじゃないらしい。俺の心のどこかでは『また弁当を食べたい』と言っている。
俺は全体的に正直だよな……。
「じゃあまた食べる?」
「いいよ。桐生さんの分がなくなっちゃうし」
動物に半分ぐらいあげている。そのおかげで動物たちは微笑んでいるような気がする。
「ねえ、私の事さん付けしないでくれる? ほら、私も修斗って呼んでるからさ、男女平等という事で」
なんのこっちゃい。とりあえず話しを合わせる。
「なんて呼べばいい?」
「そうだな……そのまま呼び捨てで『江津』って呼んでくれる?」
ぐぎゅるるるるぅぅぅぅぅぅぅ…………―――
またもや俺の腹がなる。
頭では断ろうとしてるのに……体がいう事を聞かん。
「じゃあ……江津、やっぱり弁当わけてくれる?」
「いいよ」
誰かと一緒にいると、時間って速く進むんだよね。
今日久々に痛感した。
なんてったって、もののみごとに俺と江津は授業に遅れた。
それでも楽しかったからよしとするか。
あれ? 何が楽しいって?
まだ会って二回目だぞ?
多分あれだな。
俺が知ってる女達と違う性格の女だったからだな。
俺とフィーリングが合ってたんだろうな。
フィーリングって死語か?
いいや、そこらへんは気にしない。
江津って姉や妹にしたいタイプかもな。
話しは飛ぶけど、今度の月曜日にはクラス換えテストがある。
つまり十二月になる。
さて、Bクラスは650〜700だっけ?
じゃあ……670点にするか。きりがいいしな。
HR
修斗って、女の事を、なんか勘違いしてるような気がする。男が言っても関係ないが。
女が全員瑠那みたいな性格だったらかなり怖いんだけどね。
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