《39》 そこに、君がいたから。(中編(2))
「―――――お前も、近況報告しに来たのか?」
「『も』ってなんですか?」
秀二の声が上から降ってくる。
「いや、昨日な、栄美が江津のことについて、いろいろと言って来たからさ」
「俺は別にそんなつもりじゃありませんよ。言伝があって、多分栄美が屋上だろうって言ってたので……」
「そ……っか」
俺は寝そべり、ただ空を見上げていた。
何も、したくなかった。虚脱感だけがベタベタとまとわりつく。
今日は朝のHRだけ出て、後はずっと屋上にいた。今日の授業はあまり出席を取らない先生が固まっているので、もしかしたらずっと出席扱いになっているかもしれない。
「―――先輩、大丈夫ですか?」
「少し……いや、全然駄目」
秀二は何か言いたそうな目線を俺に送ったが、あまりにも俺の目に生気が無かったのか、すぐに背けてしまった。
「これから、どうするんですか?」
「そうだな………瑠那は、どんな感じだ?」
「姉貴ですか?」
「ああ」
また、秀二は俺に目線を送る。
「ほとんど、江津先輩と同じ状況でした」
「―――――そうか」
過去形、ということは、一応落ち着いたと言うことになるだろう。
「先輩はどうするんですか?」
昨日の栄美が言っていたことと同じことを言われ、思わず自嘲笑を浮かべる。なぜ俺はこんなにも皆に心配をかけているのか。
「正直、解からない」その時と同じ言葉を返す。
「それじゃあ、先輩はどうしたいんですか?」
これは栄美の返答と全く違うものだった。栄美は単純だった。『頑張ってください』それだけだった。
同じ立場として、同情しか出来ない。どうにも出来ないもどかしさがあった。
だが秀二の言葉には、何か悲痛なものが含まれていた。
「姉貴と江津先輩は、修斗先輩が動かないと何もできないんですよ?」
秀二の立場、それは二人の立場と同じ。
最近、江津と瑠那は仲がよくなった。夏の沖縄旅行以来……だろう。さすがにあそこまで事を同じにすれば、恋敵……とは言え、親しい仲にならないはずが無い。
秀二と香甲斐も仲がいい。そして、間に栄美をはさんだ恋敵でもある。
瑠那と江津と……同じ立場の秀二。
「―――なぁ、秀二、お前だったらどうして欲しい?」
秀二は俯いた。次の言葉を思案し、搾り出すように声を出した。
「俺だったら……決着が欲しいです」
また、俺はさきほどと同じ型の笑みを浮かべた。
「二人からフラレたんだぞ? それでも決着が欲しいって言うのか?」
「でも、修斗先輩は何も決着でてないんですよね?」
俺は体を起こし、秀二を睨みつけた。
いったい、俺の何を解かっているんだ?
小さな憤りを感じた。詰りの言葉を返そうとした。
しかし、何も出てこなかった。出そうと思っても、何もかもかき消された。
五里霧中。すこしでも歩き出したら、小石にでもつまづいてしまう。
「悲しいぐらいに、決着が出てないな」
呟くしかなかった。
「どうすば、応えられるのか、それすら分からない」いや、とかぶりをふった。「違うな。簡単すぎてどちらにすればいいかが分からないというのが本当だ」
答えの出し方なんて、当の昔に分かってたんだ。その気持ちに気付いたときからずっとずっと。
「なぁ、秀二。これは遅すぎるんじゃないのか?」
長引かせすぎた。急いては事を仕損じる――だがしかし、もう少し急いた方が良かったのではないか。そしてもう手遅れではないのか?
「言ったでしょう。修斗先輩が動かないと、動かないんですよ」
今度は、秀二は笑って言った。
俺の心の変化を、覚ったかのように。
「どうもお節介が多いな、俺の周りには」
「修斗先輩があまりにも暗いんですから、手助けするなと言うほうが無理ですよ」
「そうか」
軽く微笑んで見せると、秀二は安堵の溜息をついた。
まったく、なぁ。
「そうだ」秀二はふと思い出したように「美奈津先生が呼んでたんですよ」
何となく嫌な予感しかしないんですけど。
「なんで?」
とりあえず訊いておくけど、
「分かりません。なんだかとんでもない剣幕だったんですけど……」
案の定。
「いないと言うことにしてくれれば、とっても助かるんだけどな」
「修斗君こんな所にいたのね」
「いえ、いません」
―――なんでどうしてどうやって、みんな俺が屋上にいることをかぎつけるんだ?
「俺はお邪魔します―――」
秀二も嫌な予感に何となく気付いたんだろう。コソコソとその場を逃げ出そうとしている。
「秀二君も聞いていきなさいって。ま、根本に関係あるのは修斗君だから平気よ」
ああそうさ。どうせこんなシリアスな展開になろうと、俺はこういうキャラなんだろうよ。
貶され騙され唆されしまいに弄ばれ、きっと最終的に人格崩壊まで引き起こしてしまうこと請合いだ。
美奈津先生は俺を見て機嫌を取ろうとしたのか、少々猫なで声で話し掛けてきた。
「修斗君そんなに拗ねた顔しないでよ。少しばかり頼み事があるんだって」
座って聞いて、という美奈津先生の言葉に、俺と秀二は体育座りで並んだ。先生は俺たちの目の前に正座で座る。徹底的に頼み込む気満々ってな感じ。
先生は一つ咳払いをして、
「私たちね……もちろん私と健次さん、結婚するのよ」
「なぁ秀二、今日いい天気だよな」
「そうですね。この雲の塩梅がなかなか風流ですよね」
「あのね、聞いてる? 二人とも?」
「あの雲見てみろよ、ソフトクリームだぞ」
「あ、ホントですね。本当にそんな形の曇ってできるもんなんですね」
「あら、本当……じゃなくて、私たちね、結婚するんだって」
「先輩、知ってますか? 日本と韓国と中国が自由貿易を始めるみたいですよ」
「知ってる知ってる。そうなったら北朝鮮は村八分状態になっちまうな」
「学校にもできるだけ迷惑を掛けたくないから、籍入れるだけで挙式はあげなくても良いだろうって健次さんは言ってたんだけど、やっぱり式はあげたいじゃない?」
「秀二、言っておくが屋上は立ち入り禁止なんだよ、本当は。まぁ、んなこと言っても守ってる奴は少ないし、でもだからと言って来るやつも少ないけどな」
「そうですね、だからこそこうやって折り入って話も出来たんですからね」
「正式に籍を入れるのは来月なのよね。で、私が計画していることは、」
「あ、大変だ秀二。あっちの方に雨雲が見える」
「え、何も無――あ、本当ですね。あれは超高速でこちらに近づいてくる雨雲ですね」
「ねぇ、少しぐらい聞いてよ」
「よし、秀二避難しようか」
「雨に降られたら大変ですからね」
立ち上がろうとした俺等を見て、美奈津先生は涙目になる。
「ねぇ、そんなに私のこと嫌い?」
さすがに苛め過ぎたか。俺は秀二に目配せをした後、またその場に座りなおす。
「あまりにも突拍子だったんで、思考回路が混乱してまして」
「ホント?」
「え……ええ、ホントです」
思わず俺は先生から視線を外した。
親指をいじらしそうに唇で優しく咥え、瞳に真珠のような涙を溜め、ちらとこちらの動向を窺うように、上目遣いでこちらを見る。
正直、この表情は十数秒も凝視できない。
「その貌、目がヤられるのでやめてもらえません?」
「―――よくそこまで正直に言えたもんね。というか、カタドって何よ」
「秀二は貌の意味分かるか?」
何となく秀二にふった。同じ空間にいる以上何かをふってやらないと、小説ではむなしすぎる。
が、俺の粋な計らいは完全に轟沈した。
視界に映るのは青空のみ。見渡してもいるのは美奈津先生だけ。
……にゃろう。
急いで携帯を取り出してメールを送る。
―――逃げたな。後でコロス。―――
「まぁ、それはいいわ。とりあえず、私たち結婚するのよ」
「はい、それはさっき聞きました」
「やっぱり。修斗君のことだから聞き流したついでに聴いてたと思ってたけどね」
ほどなくしてメールが返ってくる。
―――あの目配せは先に行けの合図じゃなかったんですか?―――
「健次さん、女心ってもんを修斗君張りに分かってないじゃない」
「俺張りってのは余計です」
―――違うわ、あほ―――
「事は相談なんだけど、修斗君の家に、挙式に使えそうな建物って無い?」
―――命、大丈夫ですか?―――
突然なんて事を言ってきやがる。
無論、両方に対して。
「ない事は無いです」
―――心配なら戻って来い―――
「じゃあ、そこ貸してくれない? 冬休みとか春休みとかに、秘密裏に結婚式の用意をしておいて、そこに健次さんをつれてきて、ドッキリ結婚式! ってな感じで。もちろん私はドレスを着てお出迎え」
―――俺に地獄を見ろって言うんですか?―――
―――お前は俺一人に見ろって言うのか?―――
「修斗君、誰とメール打ち合ってるのかな?」
ばれないように背中の後ろで打っていたのに、見るときも完全に隙を突いていたのに、絶対気づかないように対処していたのに、どうやって気付いたんだ?
……まぁいい。どうせ展開上の都合で片付けられるんだ。
だったら、楽しんでやろうじゃないの。この展開とやらを。
どうせだったら、香甲斐も混ぜたれ。
「隼也先生です。結婚云々が本当かを訊こうかと思って」
「な、ドッキリくんだりは言ってないわよね?」
―――どんな地獄なんですか?―――
―――地獄って言うか、とんでもない話を聞かされた―――
―――どんな話聞かされたんですか?―――
「というか、隼先も同じ計画を練ってたんですよ」
―――実はな、香甲斐と栄美、一昨日あたりから付き合い始めたって―――
―――香甲斐、大変だ、秀二と栄美が付き合い始めたらしいぞ―――
「うっそぉ!」
―――うそっ―――
―――兄貴、それ嘘だろ!?―――
ええ、嘘です。
しかしあいつら、メール打つ速度が尋常じゃなく早いな。俺もだけど。
「だって、あの健次さんは、確かに人の不安定な所を支えてくれる所あるけど、そういう突飛に人を喜ばすなんて事はしないはず」
―――嘘ですよね、だって香甲斐は昨日まだいろいろと言ってましたし―――
いろいろとは、栄美についての話であろう。
―――兄貴、それ本当か!―――
「それは言えてますね」
―――それは言えてるな―――
しまった。秀二に変な文章送っちまった。三人同時に会話していると混乱する。
―――香甲斐な、俺にも昨日いろいろと言ってたんだよ―――
便宜を図るため、間髪いれず秀二に送った。
香甲斐には ―――今日突然教えてもらったよ。自分では言い辛いから、先輩の口からってな――― こう送った。
「でしょう? でも、計画を練ってくれてるんだったら、私は何もしないで驚いたふりをすればいいのかな?」
「きっとそうすればいいと思いますよ」
―――後で香甲斐に聞いてみます―――
―――あとで秀二に直接聞いてみるよ―――
「ちゃんとしたドレス着せてくれるのかな。衣装変え……はなくていいかな。どうせ小さな式になるでしょうから。せめてライスシャワーとかブーケトスはやりたいわね。くす、でもブーケ受け取る人数って結構限定されちゃいそう。どうせ二人のどちらかよねぇ……」
一瞬、本当に一瞬、胸がちくりとした。二人の花嫁姿を想像しても、そこに俺を添えることが出来なかったから。
心の中で首を振って、作業を続ける。
―――本当、秀二の奴自分で言えばいいのに―――
―――香甲斐も白々しい嘘とかついてて、まったくだ―――
「本当、白々しい嘘ですよねぇ」
「え?」
げっ。打った事をそのまま口に出してしまい、目を泳がせて軽く下唇を噛む。
其の時、同時に二件メールが届いた。
―――俺が何を言えばいいんですか?―――
―――俺がいつ白々しい嘘をついた?―――
メール、送るトコ、間違えた。
あははは……もう収拾がつかないや。
HR
しまった! 遊びすぎた!
次回は回想を踏まえてのお話です。おさらいですね。
ついに修斗が腹をくくります。
俺も読み直さなくては……(えっ
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