いつも通り夏休みは明け、学校が始まった。
その時はまだ、いつも通りだった。
その日からは一ヶ月が経った。
ただ、あの日からはまだ数日しか経っていない。
もう、終わったのだ。
すべて、すべて。
すべてが―――
十月。秋である。
また今日もベッドの上で、ぼうっとしていた。
二つの手紙を目の前でひらひらさせて、力なく、瞳を閉じた。
文章では「起承転結」を多く用いられる。だがそれは一番いい形であるだけで、大抵は「起転承結」である場合が多い。
よく俺が使うのは、「転起承転結」。初めに転を微妙に書くことによって、相手をひきつけるのだ。
あとは―――「起」がない。つまり「承転結」だけで構成されている文。「起」をなくし、その部分を想像してもらう。使われることは普通ないが、その文が、今回の構成だ。
そうした理由―――俺の、無様な姿を、描きたくないから。逃避だって事は解かってる。どんな事をしても、思い出さなくても、その現実は変わらないという事ぐらい。
そうだ、小説用法に、天候と言うものがあった。天候は主人公の心を表す事が多い。それは皆も知っているだろう。
晴れ晴れとした気分なら晴れ。うきうきしていた時には虹も出たりする。そして、雨などは―――
窓の外では、雷雨が踊り狂っていた。閃光がほとばしり、空気に歪みを生み出す。
その歪みですら、俺の心の中を表現するのには十分だった。
生きる気力がなくなるというのは、こういうことなのかもしれない。
何もかもがつまらなくなり、何もかもがバカらしくなり、何もかもが殺風景に見えた。
どうしてこうなってしまったんだろう。
理由などわかっていれども、そう問わずに入られなかった。
ドアが二回叩かれる。俺は返事をしなかったが、勝手に扉が開いた。
「兄貴―――」
香甲斐だった。部屋の入り口に立って、こちらを伺っている。テクテクとこちらに近づいてくる香甲斐に向かって、
「慰めなら、いらないからな」
ただ、言い放つ。
香甲斐は立ち止まった。それから少しして香甲斐は言った。
「いつまでもそうしていたら、何も動かないからな」
「もう少しして、整理ついたら、また動き出すから。それまで待ってろ」
にべもなく、俺は答えた。香甲斐はただ無言で部屋を去って行った。
本日、三度目の訪問だ。まったく、あいつも自分の事で大変だろうに。
あいつもあいつなりに、俺の事を思ってくれているんだろうけど――――。
激しすぎる秋雨は、どうにもこうにも、止みそうにない。
空を、ゆっくりと見上げた。
《37》 そこに、君がいたから。(前編)
「―――さすがに今日は、気を引き締めるしかないな」
朝だ。まだ秋雨が降りしきっている。と言っても小降りという程度だ。
昨日、一昨日、さらにその前。土日月と死んでいたのだ。月曜日はサボった。そんな気分じゃなかったから。
三日もぼうっとしていれば、いくらなんでも気持ちは落ち着く。そう、落ち着かなければならない。
気丈に振舞わなければ。自分のせいで、誰にも迷惑をかけたくないから。
起き上がって部屋を出て香甲斐の部屋に向かう。前まで来たら、ノックを二回して部屋に入る。
「よ、香甲斐」
「兄貴、どうしたの?」
朝早々とした訪問に、香甲斐は驚く。
「んー、一応、今日は学校に行くから、その報告」
「大丈夫なの?」
「ある程度な」
「そう……」
香甲斐は、どことなく安心した表情を見せた。
「香甲斐、ありがとうな、心配してくれて」
「―――でも、まだ心配する立場にいるよな、俺は」香甲斐はじっと、俺の目を見た。「まだ気持ちの整理ついてないでしょ?」
俺は自然を装って視線をはずした。装ったけど、それは不自然なものになってしまったに違いない。
「気付かれないと思ったんだけどな」
「だって、兄貴の表情がいつもと違ったからさ……。普段はポーカーフェイス巧いのに」
香甲斐のこの言葉に、ただ苦笑するしかない。そんな簡単なことができないほど、俺は動揺しているのか。
「本当に今日学校行くんだよな」
「行くよ。―――腐ってるよりは、カラ元気のほうがいいだろ?」
「そうだなぁ、俺に嫌味を言ってくる修がいないと、こちとら調子が狂う」
―――――俺は、絶対に驚かないぞ。
「やぁ隼先。よく入れたね」
とりあえず、期待通り嫌味たっぷりに。
「一度入ったことがあったからな。そのときにお前さんの両親と仲良くなっておいた」
「いつの間にっ!?」あ、驚いちゃった。
「だから、お前が風邪でぶっ倒れた時」
「そういうことじゃなくて……」
隼先がそこにいた。いつもの学校に行く姿――いや、いつもよりびしっとしているっぽいけど、そんな姿で壁によりかかっている。無駄に足など組んでいる所からすると、自分自身ではカッコつけているつもりなのだろうか。
「じゃあ、俺は先に学校行ってるね」
そう言って、香甲斐はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
その足音が聞こえなくなったのを確認して、俺は口を開く。
「香甲斐にでも呼ばれたのか?」
「正解」
隼先はいつものように表情を崩して俺に近づいてくる。
「修が珍しく仏頂面しているって聞いてな。どれだけしわが残っているか見に来ようと思ったんだ」
「隼先、その台詞の向けどころが俺じゃなかったら殴り倒されてる」
「当たり前だ。お前だから言ったんだ」一息おいて「とりあえず、香甲斐から全部聞いた」
俺は唇を噛み、隼先から目線を反らす。目を見られたら、またすべてばれてしまいそうな気がして。
「―――誰が悪いとは言わないけどな。俺もさすがに驚いたよ。あんなに仲がよかったのに。もうすぐ……って感じがしたんだけどな」
何も言わない。言えない。言いたくない。言ってしまったら、告げたら、ほつれている心をさらにほどいてしまいそうだから。
ただでさえ、隼先の言葉は、俺にとって重いものなのに。
「今日は学校にいけるんだろ? だったら早く用意しろ。門の外で待ってるからな」
それだけ言って、隼先はこの部屋から出て行った。
隼先のバカやろう。
家の前で待たれてたんじゃ、行くフリしてサボることもできないじゃないか。
隼先は約束どおり門の前、つまり家の前に車を止めてその中で待っていた。
俺は傘を折りたたむと、助手席に乗り込む。
「香甲斐はバスで行った」と、隼先。
「そう」
エンジン音が鳴り、車が動き出す。
車の中。そこは密室。監獄だ。
動き出してしまえば身動きは取れない。
「さて、修」
「何?」
「お前の口からも聞きたいんだがな」
「何を?」
「そろそろ発言しないと読者が困るぞ。察しがいい奴だったら冒頭部分ぐらいで解かるんだろうが、解からないやつもいるんだからな」
「隼先、読者側の意見を言うのは外伝とかじゃないとやっちゃいけない事なんだけど」
「気にするな」
隼先はスピードを十キロほど上げた。ここからは少し道が広くなるのだ。
「話し出すと、突然激昂するかもしれないですよ?」
「はは、命を奪うとか過激な行為に走らなければ問題はない」
いつも通りの隼先に、すこし苦笑しながら、俺は覚悟を決めた。
話さなければならない。このとぐろを巻いているキモチを、あらわにしなくてはならない。
「四日前……つまり金曜日。あの二人から、手紙をもらった」
内容は簡単なことだった。解かり易すぎて、言葉を失った。
同時に来なければ、対処方法があったんだと思う。手紙に書かれていた通りに動けば問題はなかったはずだ。来なければ、つまり、それは同時にやってきてしまったのだ。
「同時…ほぼ同時、差が一時間しかなかったから、どうこうする暇もなかった」
二人が同時……こういうことは稀ではない。
水族館の券を同時にくれたというのはまだ記憶に新しい。他にも、同じ時期に学級委員になったし、二人の兄弟に会ったのも、英語が得意な所だって、その前に成績優秀な所とか、出逢った時期とか――――。
二人は似ているんだ。外見的なものじゃなく、すぐ見にえる性格でもなく、奥の奥、人間の核となる部分が。深層心理と呼ばれる部分が。
「今回のも別におかしくはないんだよ。だけどさ……ありえないだろ?」
内容は、非常に簡単なことだった。解かり易すぎて、それ以外のことを考えることができなくなった。
『私はあなたのことを諦めます。相手を好きになってください』
ただ、これだけ。少し文章を削って、すこし文字を変えたら、こうなった。
「せっかくさ……俺の事が解かりかけてきて、ようやく自分の意義が見えてきて、相手のことが解かってきたってのにさ…………これは、ないだろ」
自嘲気味に、呟いた。
この場合、ふられた、というのが一番いいのだろうか。
「もう、何をしていいか全然解からなくなって……なぁ、俺は何をすればいい?」
「―――お前でも、泣くんだな」
ほおに手を当てた。
その感触は暖かかった。指をつたり、手の甲まで落ちてきて、突然悲しみが広がった。手の甲を見た。何かを訴えかけるように光沢を持っていた。
―――これが涙なんだ。
泣くと言う行為は何のためにするのかと思っていたけど、そうか、きっと心の汚れを流しだしているのだろう。
「お前の涙、初めて見たな。……その方が人間らしい」
「……………………」
「ようやく知ったろ、心の痛み」
あの二人がいつもと違った理由が、泣いた理由が、どんな状態だったかがやっと、やっと解かった。
こんなにも、ぐじゃぐじゃした気持ちだったんだ。
遅すぎた。遅すぎたんだ。
知っていても、結論は出せたかは解からない。だけど、結末はもっといいものになっていたはず、そうなっていたはず。
でも、終わってしまった。終わってしまったのだ―――
「なぁ、修。お前はこれからどうするんだ?」
「どうって―――」
「お前の事だ、終わったとか思ってるんだろ?」
「……だって、そうじゃないか」
「お前自身の気持ちはどうなんだ? あんなに未練タラタラに話された側としては、お前がそう思ってないような気がするんだけどな」
「確かに未練はある。今でもあいつらを好きだって気持ちは消えない」
「それで?」
「だからって、どうすることもできないじゃないか、あっちから言って来たんだ、何しろって言うんだよっ」
「お前は、今何をすべきか解らないのか?」
「解かるわけないだろ……あっちの意思なら」そう、だから「仕方ないじゃないか……」
「仕方ないか……まぁ、すべてにおいてお前に劣っている俺でも一つだけ勝っているものがあるぞ」
「突然何?」
「生きた量だ。いいか、お前、今最悪にムカツクやつだ。
相手を思うことと自分を思うこと。これは違うようで同じ事だ。結局は自分にとって利益になることだからな。相手を思えば見返りがくる、自分を思えばストレスを発散できる。だからな、一番見栄えのいい人間ってのはそれを上手く使い分けているやつなんだよ。
今までのお前は相手を想う気持ちが強すぎた。でもそれだったら救いようがあるから、自分自身で治るように見守っていたんだ。人から諭されるより自分で悟ったほうが何倍もいいからな。
だけど今のお前は自分のことしか考えてない。仕方ないだ? そんなの何処の莫迦するいい訳だ? ふざけた場面でだったら問題ないよ、みんな使うよ。だけどこの状況で使うやつは最低な愚か者だ。最低なやつだ。
自分は悪くない、相手が悪い。そう言っているようなもんじゃないか。自分の行為を棚に上げて、何様のつもりだ。この三日間、あいつらがどんな気持ちで書いたかとか考えたか?
その前にだ、もし一方からその手紙が来た場合、お前は、満足したか? しないだろ、いや、できないに決まってるな。今、相手の気持ちを投げ捨てて、自分の気持ちすらまとまってないやつに」
「五月蝿いっ!」
「ああ、五月蝿いし、煩いだろうよ。全部本当の事だもんな、今までで一番解かりやすいぞお前は」
「解かりやすいだ? だったら俺の気持ちを言ってみろよっ!」
「焦り」
「―――――っ」
「焦ってるんだろ? 自分が対処できない初めてのことだから」
「…………知らないよ、そんなこと」
「言ってるだろ、知らないんだ。恐ろしいぐらい想いが膨らんで、ただ対処に焦ってるんだ」
「違うっ。…………―――わからないだよ、全部、全部が……」
「とりあえず、この車から降りてもらおうか。ムカツクやつを乗せて行くほど俺はお人よしじゃないからな」
隼先は車を止めた。俺は荷物を持って飛び出した。扉を勢いよく閉める。
それから、助手席の窓が開いた。中から隼先の声が響いてくる。
「なぁ、修。自分に訊いてみろ? 弱い部分……虚の部分を埋めてくれるやつは誰かってな」
車は発進した。俺はそれを見つめていた。
隼先もお人よしなバカだよ。
学校までの二十分間歩いていって、頭冷やせってさ。
まだ、全然答えなんて出ていないし、もっと解からなくなったのは確かだけど……。
――言って欲しいことは、全部言ってくれた。
ゆっくりと、空を見上げた。いつの間にか、雨は上がっている。
HR
あぁあ、話が黒っ!
何だ今回の話は。修斗フラレてざまーみろだけど(笑)
あまり書いてて面白くないくせに、執筆スピードはみょうに速かったなぁ。
―――そうか、黒いのが俺は好きなのか(え
後ちょっとです。二、三回です。
愚作ですが、どうか最後までお付き合いください。
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