〔35〕  昼

 

 太陽が燦々(さんさん)と我が身を照らす。銀の砂からの反射光も目をしぼませる。数え切れないほどの人々からの喧騒、そして変わらぬ潮騒。

 大きく変わっているものなどひとつも無い。あるとすれば、今隣にいる瑠那の存在。

 これが、昨日の商品だったという事だ。――簡単に言うと、『修斗一日独占権』Or『栄美一日独占権』。瑠那が勝ったから前者を選んだ……というかそうなったのだ。

 瑠那が隣にいるならいつもと大差変わりない。ただ、なぜか瑠那は俺に飛びついて来ようともしなければ、会話もしてこようとしない。いつもだったら勝手に腕にでも絡みつき、勝手に喋っているはずなのに、奇妙。

 抱きつかれたらつかれたで、困るんだけれど。

 砂浜をただ歩いているだけなので何か気まずく、打破するために訊いてみる。

「……抱きつかないのか?」

「え? 抱きついていいの?」

 そう言って俺を見上げた瑠那の顔には、驚きの表情が広がっていた。

「いつもは躊躇(ためら)わず抱きついてないか?」

「いや、だって、修いやがるかなぁーなんて思ってたからさ」

 瑠那が、いつもと違う。いつもと比べ、弱い印象を受ける。表面だけの元気。外だけ強い、すぐ壊れてしまいそうな小さな玉子。

「なんで今回だけ?」

「今回だけじゃないよ。毎回一応考えてるんだけどぉ……まぁ、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うのを実行してたわけで……。でもね、ほら、なんか桐生さんに悪いじゃん。抜け駆けっぽくてさ。……私、あまりそういうの好きじゃないから……」

 瑠那が浮かべたのは自嘲笑。普通の人にはただ微笑んでるようにしか見えないだろう。近くに居るから解かる、その微妙な表情。

 ナゼ、そういう表情を見せる? 俺の知らない一面を見せて、何を護るべきか惑わせるのか?

「抱きついてもいいよ。そうじゃないと、いつもの瑠那じゃなくて変」

 この言葉を聞いて、瑠那は何かを決心したようで、ぴょんと俺に飛びつく形で腕を絡めてきた。

 あ、やっぱり、抱きつかれるのは恥ずかしいかもしれない。

 抱きつかれた状態で歩いていても、やっぱり瑠那は何も話して来ようとしない。

 周りから見たら、これはどう見えるのだろう? 会話の無い、しかも憮然としている男女。接点が絡んでいる腕だけで、あとは何もつながっていない。

「あのさ……」

 突然の声に、俺は立ち止まる。瑠那はきょとんとして俺を見る。

「どうしたの? そんなに驚いちゃって」

「いや、急な声だったから、ちょっとびっくりして」

「ふーん……」

 小さくそう言うと、俺の手を引いてまた歩き出す。砂に足をとられて少々もつれながら、歩調を合わせる。

 ふと、疑問が一つ浮かぶ。俺らはいったいどこへ向かっているのだろうか? パラソルでも借りるのかなと思ったら、瑠那は素通りしたし、屋台で何か買うのかと思ったら、やっぱり見向きもせずに通り過ぎたし。その間、瑠那はずっと思いにふけっていたようで、俺は声をかけられなかった。

 今日の瑠那は、解からない。

 あ、それに、さっきの会話も流れなかったか? でもその前に、一つの疑問。

「なぁ、瑠那。いったいどこに行こうとしてるんだ?」

 俺は立ち止まって訊いた。

「え? ……どこ行くの?」

「当てなく歩いてたのか……?」

「ちょっと、ぼうってしてたからぁ……さ」

 えへへと、瑠那は苦笑している。

「何考えてたんだ?」

「えっとねぇ……」視線を俺からはずし、銀の砂浜に落としてから「うん、そうそう。あのさ、修ってクラスの友達と話すときと、私たちと話すときと、口調とか性格違うよね。特に性格」

「―――どう違う?」

 解かっては、いるんだけど。とりあえず、訊いてみたくなった。

「ほら、クラスでは進んで話題提起するじゃん。できるだけ話題が途切れないようにさ、しかも相手に合わせた話題を出してて。だけど、私たちといるときって、ほとんど自分から話題提起しないでしょ? なんでかなーって考えてたんだよ。うん」

 明らかに、嘘だ。今考えた偽りの疑問。

 気になったのはやまやまだが、だけれども、その質問に答えるのも悪くないかもしれない。

 そう思って、口を開いた。

「答えてもいいけど笑うなよ」

 自信ないなぁと言う声が聞こえたけれど、とりあえず喋りだす。

「俺な、人と会話するのが苦手なんだ。なんつーかな、昔からそうでさ、相手は絶対目上の人とかだったから、話している時だけが接点になって。性格がそういう風に形成されて。――だから、そんな方法でしか友達とつるめないんだよ。自分から何か発して、きっかけを持たないと、自分は無視されてるんじゃないかって。――人と、戯れるのが苦手で」

「―――似てる」隣から、呟き。

「ん?」

「なんでもないよ」瑠那は身振り手振りで全力否定をして「それより、じゃあどうして私たちと居る時は提起しないの?」

「してなくても、安心できるから。大切な人たちだからさ。とくに、お前ら」

「やっぱり、『ら』か」

 淋しそうなその声に、ただ俺は胸を打たれた。俺はどういう形で終止符を打てばいいのか。さらに曖昧化する。

「――ごめん」

 それに対して、謝る事しかできない。

「修が謝る事じゃないよ」

「俺が二人同時に好きになったからいけないんだよ。くそ、情けない」

「だからさ……」

「俺が何時までもウジウジしてさ、何時までも決めないからお前らがそんな想いしなくちゃならなくて、ホントバカだよ俺」

 何で俺はここで愚痴る? 本人を目の前にして、俺は何を言っているんだ? 冷静な俺が外から口を出すが、今の俺にはどうしようもなかった。何を起点としたのかすら解からないこの叫び。

「修!」

「はいっ」

 ビシィっと、条件反射でその場に起立をしてしまう。

 隣から来た怒鳴り声は、混乱していた頭を整理するには十分な声量だった。瑠那は俺から少し離れて俺を見ていた。

 俺も瑠那を見る。瑠那の表情が、少し暗かった。

「お願いだからさ、気負わないでよね。自分のせいだとは思わないでよね。こっちだって、―――その前に、場所移動しよっか」

 瑠那が左右に視線を走らせる。それに沿って俺も走らせる。喧騒のお陰で俺らの会話が聞こえ辛くなってはいたようだが、数人が俺らのやり取りに気付いてこっちを見ている。

「そ……だな。で、どうする?」

「うん、実はねー、昨日いいところ見つけたんだ」

 

 

「ほら、鍾乳洞」

「鍾乳洞って言うよりは……ただの洞穴?」

「うー、でも、岩場だから誰もいなくて静かだし、まぁいいでしょ」

「静かなのは救いだな……。さっき言ったけど、ごちゃごちゃしてるのは嫌いだから」

「―――言ってないよ」

 たしかに、言ってないけどね。

 声がよく響く。遮る者は波の音だけで、後はどこにも見渡らない。少し向こうではあんなに煩雑としているのだから信じられない気分になる。

 今いる場所は、広い砂浜の端の端の端の端のほうから更に岩場を渡った場所にある洞窟。瑠那が鍾乳洞と言ったのは多少理解できる。一応上下から岩が突き出ているのだ。しかし、この岩のつくりは鍾乳石ではない。

 面白いことに、ちょうど平らな椅子が石によって二つ隣接して造られていた。俺らはそれに座って、身体を休める。ひんやりしている洞窟は、日光に照らされほてった身体を冷やすには最適な場所だ。

「いい場所だな」

「でしょう。しかも洞穴に食べられてるみたいで」

「食べられてていいってやつはいないだろ?」

「すずしーねー」

 話をそらされた。

 とりあえず、そう、この洞穴、入口に四つの牙が生えたように、上下二本ずつ岩が生えているのだ。八重歯といえば解かりやすいだろう。しかし……中から見て下の右側が、なぜか欠けている。

「なんで欠けてるんだ?」

「私と桐生さんと栄美ちゃんで……蹴っ飛ばしたら折れた」

 瑠那曰く、『私たちを食ったらこうなるぞー』とか三人で叫びながら一回だけ蹴っ飛ばしたそうだ。そしたばバキッ、っと逝ってしまったらしい。かわいそうに。

 しかし、こういうときは三人って仲良いよな。

「ここは満潮時には埋まるんだよね」

「満潮時……あと五時間ぐらいか。はは、前みたいにどこかに閉じ込められるってのはゴメンだな」

「うん。しかもここに閉じ込められたら絶対生きて帰れないし」

 クリーンバトルでの事。あれはもう嫌だ。あれから必ず携帯を持っているようにしている。

 ―――だけど、普通、こういう小説では主人公がいるクラスが優勝しないか?

 その前に問題なのは、確実に今と前じゃ俺の口調が違うって事か。比べてみればよく解かる。瑠那も江津も違う。隼先は特に変わってないような気がするけど……。美奈津先生も初期設定の性格と大幅に変わってしまったらしい。

 くだらないこと(作者が忘れたいこと)はさておき。

 瑠那の顔にようやくいつもの表情が浮かんだ。それだけにほっと安堵し、さっきの話題をもう一度出すか出すまいかを悩んでいた。

『お願いだからさ、気負わないでよね。自分のせいだとは思わないでよね。こっちだって、―――その前に、場所移動しよっか』

 いったい、瑠那は何を言おうとしたのか。こっちだって、なんだったのだろうか。

 でも、それを訊いたら、また―――。

 また、愚痴を吐いてしまうかもしれない。

 俺も俺でアホだ。無駄に愚痴を吐いて。頭が、混乱している。

 とんっと、隣から衝撃が来る。瑠那が寄りかかってきた。

「修の素はさ、喋るの苦手なんだよね」

「ん……? まぁ……な」

「私もさ、素はね、修と同じ。喋るの苦手……なんだ」

 瑠那は、少し淋しそうに、小さく笑う。

 突然の告白に、どう動く事もできない。

「小学生の頃ね、友達付きあいが苦手で、どうしても一人になりがちだった。虐められてたわけじゃないけど、話すのが苦手で、人から避けられてたんだよね。でも今思えばそれは避けられてたんじゃなくて、自分から避けてたんだと思う。中学に入って、頭だけは良くて、勉強も楽しくてね。その関係ではいろいろ言われたけど、ちやほやされたけど、やっぱり、違和感を覚えてて。結局孤立……なのかな。自分の思い込みかもしれなかったけどね。

 それで高校に入って、絶対自分を変えようと思って、頑張って性格貼り付けたの。これ以上ないって程明るい性格をね。そのお陰で友達とかはたくさん出来たけど、やっぱり、少し辛かった。でもね、今はそうでもないんだよ。慣れちゃってさ」

「……じゃあ、なんで、泣いてるんだ?」

 瑠那は、泣いていた。一筋の雫が、雄大な海の一辺に落ちる。

「え? 違う違う、これは、ほら、嘘泣き。私って泣ける特技もってるの知ってるで…しょ? だか…ら……気に…し……ない……で……」

 こぼれ出る涙を必死に抑えようと、指で何回も拭いながら。

 俺は瑠那を、優しく包み込む。これぐらいしか、出来ることが無いから。俺は、あまりにも無力だから。

「ホン…ト、平……気だから…嘘泣きだから。初めて人に話したからさ、感情が高ぶっちゃって――――……ごめん……」

 

 

 

  HR

      中途半端に終わってますけど、まぁ、今回瑠那編で、次が江津編。

      江津編の時にまとめますんで、うん。

      更新二ヶ月ぶりだぁ……遅……。

 

 

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