[34] LWIM ファイト!

 

 全て避けるには、360度の視野、並外れた判断力と瞬発力、さらにはそれに伴う運動神経が必要となる。それらを最大限に生かした上で、何手も先まで読まなくてはならないハードな仕事。枕は放物線を描くことも計算に含めなければならない。

 男性が2、女性は1,5のパワーを持っていると仮定する(やっている間に切り詰めていけばいい)。それらを枕の質量に重ねてスピードを荒くたたき出す。筋肉の硬直具合も計算に含める。空気抵抗を考え、俺の所に飛んでくるまでの時間を割り出す。時間経過に伴う筋力の増減も含める。

 振りかぶり具合、体勢や向き、それらによって事前に飛んでくる場所の予測も必要だ。

 それらが判明し、自分の身体能力と相談し避ける。もちろん、事後に体勢が崩れててはならない。追撃を考えて、すぐ避けられる状態になっていなくてはならない。

 多分、脳みそ中のニューロンは忙しなく動き、シナプスの間で活発に電気信号のやり取りが行われ、アドレナリンやノルアドレナリンも分泌されまくっている事間違いなし。

「言っておくけど、ただで当たるつもりはないからな」

 宣言しておく。言葉にする事によって、自分に適度の緊張を促す。適度な緊張は、力を十二分に発するために必要なものだ。もちろん過度には必要ない。

 しかし、今の現状は怖い。

 隼先と栄美以外、尋常ならざるオーラが放出されている。渦を巻き、猛獣たちへと姿を変えて俺を見据えている。

 来るならこい。ぜってー勝つ。

「いくぞー」

 そんな気楽な隼先の声と共に、枕が飛来してきた。その数四つ。投げていないのは江津と瑠那。ただ、その二人の枕も零コンマ経たずに飛んでくる。

 軽いフットワークで四つの枕をかわし、追撃の二つの間を縫うようにして体をくねらせる。今の時点で俺の視線は女性陣に向けられている。男性陣の動きは見れないのだが、さっき隼先が枕を投げるモーションをとっていた。飛んでくることは間違いない。それと今、女性陣三人が俺を狙って枕を投げようとしている。瞬時に俺は後ろに飛んだ。そして着地した瞬間、摩擦を利用して前転し、前方へ大きく移動する。隼先+女性陣の枕は俺に掠る事すら出来ないで空を切る。だが安心はまだだ。当然前転中に周りをうかがうことは忘れなかった。前転後、軽く跳躍。足元をかすめていくように枕が通過した。やっぱり、かするぐらいは仕方がないか。かすめた枕は香甲斐の物だ。さすが弟という所か。俺の動きを熟知しているのかもしれない。

 この時間、ものの数秒。

 全員の動きが止まる。

「修、反則だろ?」

 隼先が絶句に近い状態で言った。

「全力だから」

「そこまでいい動きしたのは見たこと無いぞ」

「俺もないな……」と、口を出したのは香甲斐。

「メイドさんから逃げる時ですらもうちょっと緩慢だったような……」

「だから、全力出してるんだって。でも普通は全力といったら50パーぐらいの事を指すらしいけどな。七十パーセントなんて普通は出せないらしいけど」

 そんなとき、不意打ち。片足をひょいと持ち上げると、かすめることなく枕は通過した。やったのは隼先。やっぱり隼先というべきか。

「それで」隼先は舌打ちをしながら切り出す。「お前は七十パーまで引き出せるとかなんだろ?」

「当たり。長年の経験から編み出した」

 さすがの皆もこの話には驚いたみたいだ。

 俺が自力で出せるのは70パー。概算だが多分これぐらいだ。だけどこの状態を維持すると筋肉の損傷が激しいので、一時間もその状態でいたら筋肉痛じゃすまなくなる。だから今は、約六十パーに抑えてある。今の知覚は常人の二倍ほどだ。つまり、人より進むスピードが二分の一になるということ。でもこれは、大げさな表現なんだけど。

「栄美ちゃん、先輩と組む気ない?」

「無理です」

 瑠那のお誘いを一蹴する栄美。敬語で一蹴したものの、やはり性格が現れている。

「どうしてよ」

「私は中立なんです。それに今は自分の事で忙しいですから」

 実に裏のある台詞だ。俺も俺で、自分の事で、忙しい。

 しかし、俺には投げやりな敬語で、瑠那に対してはきちんとした敬語というのはどういう事だ? ……深くは考えないでおこう。

 江津はというと、瑠那と栄美のやり取りを見て、何かを断念していた。多分江津も栄美に助けを請おうとでもしていたに違いない。

 一方男性陣は共同作業を行おうとしていた。ひそひそ声で談話を行っている。

 男はプライド、女は協調の生き物だと聞いたことがあるんだが、デマだったのか?

 牽制時間を置いて、ふっと男性陣の隼先から枕が投げられた。それは上空に弧を描いて俺へと向かっている。一瞬、そちらに注意が行きかけて、それを留まらせた。

 これは、単純な罠だ。

 思ったとおり、男性陣から枕が飛来してくる。今度は直線的な弾道。それを難なく避けると、今度は江津から枕が飛んできた。少し時間を置いて瑠那からも。さらに栄美まで。栄美は二つ同時に投げている。

 一瞬で軌道と回避経路をたたき出す。もしこの枕を避けるとすると、その後の体勢が崩れると判断された。

 仕方ない、一回も体には触れさせない計画でいたんだけれど……。

 体にひねりを加えながら跳躍する。その勢いを殺さず、四つの枕を、

「はっ!」

 蹴り返した。枕が時間差で投げられていたから出来たようなものだ。

 蹴り返された枕は、投げた主の顔面へ直撃した。我ながら上出来。久々にうっぷんを晴らせたよ。

 当の女性陣三人は、突然の反撃にしりもちをついている。

「修斗先輩やりましたね……」

「修、覚悟は出来てるよね!」

「修斗、絶対しとめるから」

「修斗君……私に当てるとはいい度胸じゃない」

 三人から何かを言われるだろうとは予想をしていたけど、もう一つの声が聞こえてギョッとした。

「私を狙ったの?」

「いえ、美奈津先生が後ろにいる事が分かっていたんで、適当に蹴ってみただけです」

「やっぱり狙ったんじゃない!」

 どうやら怒髪天のようだ。頭をさすりながら女性陣の中に入る。頭をさすっているという事は、しりもちだけじゃあきたらず完全に転倒したのだろうか。

「言っておくけど私、圓城高校在学先生枕投げ選手権で三位だったのよ」

「俺は二十一位だったかな……」と、隼先の苦笑じみた声。

 忘れている皆さんに言っておくが、圓城高校とは俺らが通っている高校の名だ。

 つーか、圓城高校在学先生枕投げ選手権って、何? 裏スポーツ大会?

 問おうとしたところで、美奈津先生の目がギラリと光る。

「出すまいと思っていたけれど……出すしかないようね。ちょっと皆、それを撃つまで邪魔をしないでね」

 皆は神妙な面持ちでそれを聞いていた。先生の周りからオーラが発されている。

 ……いつからこの小説は格闘技ものになったんだ?

 そんな俺の思考を省みずに、美奈津先生は枕を五つ持った。五つを同時投げは出来ないだろう。片手では最高でも出来て三つだと思う。それ以上にしても速度が落ちるだけだ。両手で投げたとしてもコントロールが定まらず、普通の人にはつらい攻撃だろうが俺にとってはそうでもなくなる。でも五つ持っているという事は、それをある程度同時に投げられ、かつ精度もいい業なのだろう。

 先生は左手に二つ。右手に三つ持った。枕の角を持って、かさばらないようにしている。

 左手の枕を二つ、ほとんど真上に投げる。次の瞬間、右手の枕をソフトボールのピッチャーのように腕を回して投げた。なんだかとてつもないスピードだ。先生はその枕を投げた反動で体を時計と逆周りに回転させて、さっき真上(少し左側)に投げた枕を二つ、蹴りこむ。それはインステップにジャストミートして、先方の三つと共に襲い掛かってきた。威力もさることながら、方向性もバッチリだ。経路をすべてふさぎ、逃げ道をなくしている。

 いや、でも―――明らかにめちゃくちゃじゃん。いろんな意味で現実派の作者にしては、暴走してないか?

 こんな業を使えるのに圓城高校在学先生枕投げ選手権で三位だったなんて、いったい一位はどんな強者なんだろうか。

 悠長に話しているように見えるが、実際この間一秒の半分も無い。

 映画だったらCGでも使って炎が発生してそうな威力。常人の目には何かが通過した事しか分からないであろう。

 俺は弾道と速度、俺の身体能力を脳みそというコンピューターにインプットし、攻略方法をたたき出す。

 でももし避けてしまったら、男性陣に直撃しちゃうんじゃないかな。ま、いっか。香甲斐と秀二には悪いが、粉砕されてもらうか。

 枕を一つだけ脚を使い軌道をずらす。その後に背面跳びの要領で体を地面と平行にする。五つの内二つほど服をかすめて、通過していった。体をくねらせ、綺麗に着地する。

 直後、鈍いうめき声が三つ、いや、二つだ。

 さすがに今は攻撃は来ないだろうと踏み、振り返る。

 死体が二つ、発生していた。抵抗すらできず、枕によってなぎ倒され、後頭部を撃ったんだろう。

「俺は……避けろって忠告したぞ」と、隼先の哀れみの呟き声が聞こえた。

 ああそうか、隼先は圓城高校在学先生枕投げ選手権で美奈津先生のこの業を見てたんだな。―――いや、でもホント、どうしてこれで優勝できなかったんだろう。

 気付いている人もいると思うが、今はみんな浴衣姿だ。なぜ着崩れないのかは永遠の疑問にでもしておいて欲しい。とりあえず今回は、非現実的な小説になったから。

 また振り返り、顔を美奈津先生に向けた。

 茫然自失。避けられた事がよほどショックだったのか、口をあんぐり開けている。

 圓城高校在学先生枕投げ選手権でこの業を使った時は避けられた事は無かったが、相手の攻撃が強すぎて負けてしまったのか……? ますます謎だ、圓城高校在学先生枕投げ選手権。

 本当にあとで教えてもらおう。それとも独自で調べるか。

 騒然とした中、枕投げは再開される。

 

 

 

 数十分が経過する。

 枕が飛び交う。七つの発射台から一つの的へと突き進む枕たちは、差し詰めピンボール状態と言っておこうか。

 枕二つがが目の前でぶつかり合い、勢いが適度に相殺され、方向が変わる。その二つを蹴り返し、違う枕へとぶつける。それによって軌道を確保した俺は、そこに移動した。

 皆が真剣になっていた。目がマジだ。常人ならその視線に射殺されている。比喩ではない。これは真実だ。

 過度のストレスにより、たぶん急性胃腸炎にでもなってしまい、それが一瞬にして悪化、死に至るという経路を描くであろう。

「枕が軽いのがいけないんだよな。よし、石いれたれ」

 隼先の言葉にわずからながら殺意が沸いた。本当はそんな事気にしている暇などないのだが、ちらと隼先を見てみる。

 ――つーか、本当に石入れてるし。

 いったい何処から石を持ってきた?

「あれがこうなれば修斗はここに動くわけだから……」

 江津は知略戦に変えたらしい。さっきから虚をを付くような攻撃を仕掛けてくる。

「だから、ここで腰のひねりを使って……」

「なるほど。えっと、じゃあ……」

 瑠那は美奈津先生からさっきの業を伝授してもらおうと講義を受けていた。あんなもの二人で打たれたらさすがの俺も避けきれないぞ。

 とにかく今投げているのは、香甲斐、秀二、栄美の三人。これがなかなか陰険な投げ方をしてくる。どんな投げ方か詳しくは説明し辛いが、『落ちている米を百粒拾えばいい、というところを鳥もちを使って全部拾う』ぐらい陰険さだ。いやー、しかし、我ながら最悪の比喩。

「兄貴、少しぐらい当たってくれよ」

「先輩、俺もさすがにむかついてきました」

「私、ストレスのせいで胃に穴あきそうです」

 すべてを聴いたところで、江津の枕が久しぶりに飛んできた。油断でもしていると思ったのだろうか。足元に飛んで来たのを簡単に避けてから、一言。

「わざとって気付かれないように当たってやろうか?」

 みんなの動きが止まり、

「陰険」

 全員の声がはもった。さっき使った言葉を返されるなんて。

 そのときちらと隼先の方を見ると、石枕弾が完成していた。手に石枕を携え隼先はにやりと笑い、俺を睨みつけている。

 あんなの喰らったら、骨が折れる。いや、でもその前に―――

「喰らえ修!」

 ついに隼先から石枕が放たれる!

「だぁ!」

 ドスン。

 小気味いい音が響いて、墜落。そして沈黙。

 あ〜あと、みんなその枕を見つめていた。そりゃぁ、重ければ勢いは殺されにくいけど、加速もつけ辛いだろうよ。

 哀愁に浸る暇もなく、また枕が乱射されてくる。しかし、さっきの石枕は邪魔だ。避けるための根拠となる中心付近にそれは存在していた。

 地形が変わった事によってまた戦略が変わってしまう。

 そんなことより、怖いのは江津と瑠那だ。江津は江津で何か狙っているし、瑠那も瑠那であの業修得しようとしているし。

 そんな事を考えながら枕を避けまくっていた。マンネリ化してきたなぁ。

 マンネリ解除のため、無駄にバク転やらバク中前転前中を繰り広げ、体操選手の如く三回半ひねりなども加えながら避けまくる。

 そんな余裕を見せたもんだから、投げている四人は(隼先も加わった)また躍起になる。

「こんなでいいですか?」

「ええ、そんな感じね。一回試してみましょうか」

 瑠那と美奈津先生はそんな会話の後、あの奇抜なフォームで、枕を、投げた。

 マシンガン。そんな勢いで十発の弾が飛んでくる。しかもそれ以外からも枕は数個飛んできている。

 美奈津先生と瑠那が放った計十個の枕は俺に突き刺さろうとしている。あんな短時間で瑠那はほとんど修得してしまった。美奈津先生のより多少スピードが劣るものの、十分すぎるほどの威力だ。それに中途半端にスピードが劣っているせいで、避けるタイミングが非常にシビアになる。

 美奈津先生瑠那方面から十個、秀二方面から二個、香甲斐方面からも二個、栄美方面から一個、隼先から二個、合計十七個の枕が中を舞っている。江津の行動はわからない。

 まずい、回避経路が叩き出せない。どうやっても当たってしまう。さまざまな動作を展開するが一向に回避点が見つからない。

 ―――――――っ!

 見つかった!

 俺はその経路を辿るため、大きく跳躍する。頂点に達し、枕を二個ほど蹴ったところで、俺は絶望の淵に立った。

 まずい、このまま着地すると―――。

 忘れていた。あの石枕が畳に存在している事を。

 跳んでいる人間が自分自身で自分を操作するとなんてできやしない。石枕に着地しては脚をおかしくしてしまうかもしれないから、少しだけ上体をひねり、石枕の隣に脚をつける。だがそのせいで、予定よりさらに大きくバランスを崩す。

 立て直そうとしたが、眼前に枕が存在していた。この方向からすれば江津の枕だ。

 狙い澄ましたようなその枕。さすが知略戦をしていただけあって、正確無比な攻撃。体勢を立て直していられる暇など微塵も無い。

 崩れた体勢のまま、その枕も避けた。

「ぐっ」

 しかし、避けたのはいいが、背中を強打してしまう。受身すら取れなかった。呼吸が一瞬とまった。

 ――あ、今、俺、仰向けで無抵抗だ。あはは、やっちまったぜー。

 ――神よ。俺はいないと思うけど神よ。どうでもいいが、哀れな俺を救ってくれ。

 ――じゃないと、マジで、死ぬ。

 

 数秒後、俺は枕によって、数十個の枕によって、埋められた。

 

 ちなみに、初めに俺に当てたのは、どうやら瑠那だったっぽい。

 

 

 

 

 HR

 

  なーんか、非現実的すぎる作風になってしまった……。

  つーか、今回のは駄作だ。

  枕をどうやって避けてるのか想像し難いよなぁ……。

  とりあえず、すごい避け方をしたと思っておいてください。

 

 

 

戻る   進む   パーフェクトルームへ戻る

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送