[32] 夜の一時
風呂を出て、涼しげな浴衣を着た後、例の畳の部屋のふすまをあける。
ある程度のもやもやも吹き飛び、今は結構爽快だ。悩んでいたのが馬鹿らしい。
五人(香甲斐、秀二、瑠那、江津、栄美)は、部屋のど真ん中に円状に集まり、トランプをしていた。
最近、俺ははぶられる機会が多いような気がする。こういう人、つまり俺を、通称ハブラレと言うのだが。
他にも俺は、パシラレとか、イジラレとか。
―――某映画に失礼なので止めておこう。
でも、また何か嫌になってきた。どうにかしてイジラレとパシラレを回避しないと、明るい未来が望めない。
「かっくめーっ」
「うわっ」
栄美のその大きな声とともに、他の四人がざわめく。
そうか、大貧民をやっているのか。
関東では大貧民で、関西では大富豪らしい。まぁ、どちらでもいいが。
栄美は出す人いないね? と訊いた後、それをきった。
「で、ハチギリ、あがりっと」
栄美が勝ちを決めたようだ。ハチギリにもヤギリという別名称もある。どちらが正しいとは言えないが。
「はい、瑠那先輩、都落ち」
「あーあ、せっかく三連続まもってたのにな〜」
都落ち。瑠那の手札が全て捨てられる。大富豪だったものが次も大富豪じゃなかった場合、自動的に大貧民に落ちてしまうというルール。
順順に残りの三人がカードを出していき、それは江津で切れる。
「階段革命」
江津がにやりと笑う。場には、スペードの5からスペードの9までのカードが並べられている。スペードの8の部分は、ジョーカーで補ってあった。
これだけ見ると、階段四枚で革命なのか五枚で革命なのかが解からない。わからなくていいのだが。
「うっわ、だから3とか4とか乱用してたのか」
香甲斐が苦悩で顔をしかめる。それとは反対に、秀二はほくそ笑んでいるようでもあった。
その後、江津がハートの2を出す。
ジョーカーは二枚捨て札にあるし(一枚は瑠那の手札にあった)、香甲斐と秀二が階段革命前までに、1やら2やらを使ってしまったせいで、強い札はほとんど消えうせている。
江津は勝ちを確信しているに違いない。もう切る準備をして、次のカードを出そうとしている。
残りカード、江津が一枚、秀二が二枚。香甲斐も二枚。
「先輩すみません、逆シバ」
そう言って、秀二はハートの1を出す。
やられた、と、江津はそういう表情をしていた。
「あ、じゃあ逆シバ」
といって、香甲斐が今度はKを出した。秀二の表情が険しくなる。
「あ、逆シバであがり」
江津がハートのQをだす。図らずとも、江津が勝ってしまった。二人は落胆の色を隠せない。
自動的にそれは切れ、時計回りのため、秀二が勝ちをおさめた。
二人の最後のカードは、とてもよわっちかった。
―――つーか、何故俺が実況しなきゃいけないんだ?
「あ、修だ」
瑠那が俺に気付く。大貧民なのでカードをきろうとしていた。
瑠那が気付き、それから全員が俺を見る。
「修斗もやる?」
江津が問うてきた。
「どれぐらいのローカルルール入ってるんだ?」
大貧民は本当はそれらのルールがない。あるとすれば、2が最強で3が最弱。大貧民から出し始めるというルールぐらいだろう。
とりあえず、入っているルールを聞いた。
都落ち、下克上、革命(強制)、階段出し、階段革命(五枚以上)(重ね出しなし)、エンペラー革命、ハチギリ(革命中ムギリ)、ジャックリターン(強制)、マークシバリ、階段シバリ、逆シバ、ジョーカー、2、8(革命中は、ジョーカー、3、6)あがりなし。
ルールの数が多すぎやしないか? なんだか知っている限りのルールが入っているような。あとは、スキップとか、10捨てとか、リバースとか、7渡しとか、天変地異とか、クーデターとか、一段飛ばしとか、砂嵐とか。
かなりローカルまで行けば、二の倍数シバリ、奇数シバリ、3の倍数縛り、ハチギリ戦争もあるけど。
各ルールの詳細は自分で調べてくれ。もしくは作者に聞くか、だな。
とりあえず、俺はやることにした。
「おーい、お前ら……ぁ?」
俺の背中から隼先の声が聞こえてくる。
だが、誰も反応しない。無論、俺も反応しなかった。
俺が8連続勝ち進んだ頃、やっとみんなが俺が捨てられた札を覚えて戦略を練っていた事に気付き、みな真剣になったのだ。
絶対俺を都落ちさせてやるとでも考えているのだろう。
だがそんな事はさせない。
今あるのは、ハートの9、10、J、クローバーの8、A。
そして、俺の手前、秀二で切れた。秀二は迷わずダイヤの5を出す。
俺はすぐさま8でそれを切る。思惑通りだ。
思考を回天させる。
出し方は二通り。9、10、Jの階段と、Aの単独出し。
Aを出したと仮定する。潰され方は……
一、 2を出される。
二、 ジョーカーを出される。
三、 クローバーのKを出される。(逆シバ)
三つあるが、一は対象外だ。もう2は全部出されている。
だったら可能性はあと二つだ。ジョーカーはほぼないといっていい。ジョーカーは単独で出すより、ペアやその他の事で出される可能性が高い。俺のカードが後一枚だったら、その人は迷わずジョーカーを出してくるだろう。だが、Aを出しても残り三枚だから、その可能性は消えて平気―――
と思ってはいけない。初っ端からAを出すなんて、次にあがれる事を自ら示しているようなものだ。
では、もしそれをクリアできたとしよう。だが、三つ目の可能性がある。
2、Aと比べ、Kはその強さを軽視されがちになる。俺ですらその概念はなかなか捨てられるものではない。よほどの理由がない限り、クローバーのKを出される可能性は高い。
だったら、9、10、Jの階段出しだ。
Jが付く為、ジャックリターンが生じ、プチ革命が起る。なので、返されるのなら8以下の階段でないと返されない。
今まで捨てられたカードから判断すると、その可能性は数パーセントもない。ジョーカーをあわせてもほとんどないと思っていい。三枚同時出しに簡単に対抗できるほどこのゲームは甘くない。
ハートの9、10、Jを出す。
これで出されなければ俺の勝ちだ。
しかし、大貧民の香甲斐はにやりと笑う。
「はい」
香甲斐は、スペードの6、7、8と出し、ハチギリ。
これしか階段の確率は無かったんだ。これを香甲斐が持っていたとは、これは流石に予想だにできない。
でも、俺の残りカードはAだ。しかも香甲斐は大貧民。弱いカードを出してくるに違いない。これはまた勝ちを決めたも同然だろう。
「必殺、エンペラー革命!」
全員に衝撃が走る。
ダイヤの9、クローバーの10、スペードのJ、ハートのQ。
特に俺は絶望感に浸る。
だって、ダイヤのAだ。革命が起きてしまったら最弱に近い。
香甲斐はそれを切る。
「はい、ダイヤの3」
ダイヤの4は出てしまったはずだ。つまり逆シバは不可能。香甲斐のカードは後一枚。
まずい。誰かジョーカーを出せ! 出さないと……
「あがり、下克上」
香甲斐が(大貧民が)大富豪になったことにより、下克上が起る。完全にランクが入れ替わるのだ。つまり、俺は必然的に大貧民へと転落するわけだ。
「やったぜ! やっと兄貴を引きずり落とした!」
香甲斐は歓喜する。喜んでいる香甲斐と同じように喜んでいる人がいた。……江津だ。
「私富豪だ」
江津が放り投げたカードを見ると、その中にジョーカーが……。
「江津、わざとジョーカー出さなかったな」
「修斗を引き摺り下ろすためと、自分のランク向上のためにね」
く、なかなか計算高い。
「貧民になっちゃった」
と、瑠那が愚痴る。そうそう、瑠那も大貧民が強いらしく、ずっと富豪をキープしつづけていたのだ。なかなかの技量だろう。
一段落したので、とりあえず、振り返った。
「で、何? 隼先」
「いや……忘れられてると思って少しへこんでたところなんだが……」
みなその言葉にはっとしたように振り替えった。ははは、と隼先は苦笑を浮かべている。
仕切りなおして、隼先が言った。
「夕飯が出来たから、食べに来いとさ」
―――突然で難だが、パシラレとは、こういうことなのだろうか?
時は少し前、隼先がコンビニへ今度はアイスを買いに行った。
そしたら、隼先は財布を忘れていた。
そして、俺がそれを届ける羽目になった。
簡潔に述べればそういうことだ。
―――何故だ? 何処かで断れたんじゃないか?
美奈津先生曰く、「私が行ってもいいけど、親と話ししたいし、そしたら全員にフェアになるには修斗君が行くべきね」とか。
……何がフェアなんだ? 俺には分からない。
断れない性格という事もあり、その前に美奈津先生のノリに負けて、俺は蒸し暑い夜の道を歩いていた。
数分後、コンビニに辿り着く。
そして、隼先を発見。
……あ、困ってる。
アイスを数点レジのお兄さんの前に置いた隼先。ポケットに手を突っ込むが財布が無い事に気付く。反対側のポケットを探り、後ろのポケットも胸ポケットも探る。太もも辺りをパンパンと叩き、右手で頭を掻く。店員さんは少々お困りのよう。隼先は、読唇術からすれば「すみません」と謝っている。店員さんは優しそうな顔をしかめ始めている。隼先も焦り、挙動不審に辺りを見渡す。目を泳がしている隼先は、ようやく俺を捕らえた。
ただ、俺は外にいるため、隼先は手招きをする。
この数行にある一連の動作を、百円(じゃ高すぎるから十円)あげるからもう一度してくれないかな。見ていてかなり滑稽だ。あっちからすれば酷刑か。
さすがに哀れになってきたので、コンビニに突入。すると、突然の罵声。
「修! 俺で遊んでたろ?」
「うあ、頭いい」
「少し否定しろよ……」
小さなため息をついた隼先に、俺は財布を投げ渡す。
「えっと……いくらでしたっけ?」
「五千四十円です」
―――高っ。隼先ってアイスを買いに来たんだよな?
でも、レジに載っているアイスの量を見れば納得できるかもしれない。
具体的に言っては宣伝になるので(作者曰く広告料がもらえないし、どれにするのかを考えるのが面倒臭いから)、ただ多量なアイスが載っているという事にしておく。
その後コンビニから出た俺らは、夜道を歩いていた。
することもない。ただ歩くだけ。
小説などで、二人がその場面にいて会話をしない、そんなことはありえないことだが、現実は違う。
人といても、やっぱり虚無は存在するもので、会話をしないときはできてしまう。
恋愛小説で、デート中の描写は必ず会話が尽きない。尽きた時は、何か気まずい時だけ。
それはありえない。ネタと言うものには際限があり無限ではない。それが親しい間柄なら特に際立つ。その時に、その人との親密さを量るのは、「居心地」だ。
虚無の時間が人と人との間に生じたとする。一通り話し終わった後か、はたまた出会ってからすぐか。それは解からないが、お互いに無言。意識しているが、相手と通じ合わない時間。その時間の「居心地」により、親密さを量れる。
居心地がよければよいほどそれは親しいのであり、居辛かったら、親しい間柄ではない。
そう言うことを考えながらこうして歩いていて、隼先を一瞥する。隼先は欠伸をしているだけ。
居心地? 良くはない。ただ、悪くも無い。そうだな、理想というべきか。居ても居なくても自分が自分として考えられるなんて、その人はよほど自分と親しんでいる。隼先は、俺にとってそういう人だ。
また話が飛んだ。くそ、どうして最近こう脱線するんだ?
だから、異性と一緒にいて、虚無の時間が出来て、言葉を交わさなくなった時間。その時に気まずいと思うのはおかしいのだ。好き嫌いの判断で、「好き」という結果が出ているのに、気まずいなんてそれは双方のどちらかが遠慮している。それは好きという感情を完全に持っていない―――
―――んだとかなんとか思っていたんだが、それは間違いだったようだ。
居辛いと好きは表裏一体で、好きだから居辛いのか、居辛かったから好きになってしまうのかは解からない。だけど、そんな曖昧なものではあると、俺は思う。
俺が、江津や瑠那と居る時、確かに居辛い。気持ちを認めてからは尚更だ。
―――なのに、俺は二人といることを望む。それは心地良いんだ。
居辛くて心地いいなんて、あからさまなパラドックスだろう。
―――ああ、まただ。またこういう袋小路に入りそうな議題を立ててる。
軽く嫌悪し、視線を足元に落とした。すると、隼先の声。
「なぁ、修?」
俺は返事をしなかったが、隼先は気にせず続けた。
「さっきの話の続きでもするか」
先刻……?
「前者? 後者?」
え? と声を上げた隼先だが、すぐに後者だよ、と言う。
「前者は忘れてくれ。少しハイになってたからな」
風呂場での事だが、流石に隼先は後悔していたらしい。その前に何故ハイになったのか。訊きたかったが、それはやめておいた。
「それは置いといて、話の続きだ」
「なんでですか? 突然」
「いや、あの時、言いたかった事の半分も言えてなかったような気がして……あのとき便所に行きたかったからよ」
突然の暴露に思わずクスクス笑ってしまう。
「笑うな。大人だって急に膀胱が排尿をせがむ時があるんだぞ」
何か遠回しな言い方をしたのに引っかかったが、やっぱり気にしないでおく。
そうだな、と隼先は発して、空を見上げた。
「お前を空と仮定してみよう。青、白、赤、黄色、とりあえずいろいろな色があって、太陽があって月もあって星もあって、雲、飛行機だって飛んでるかもしれないし。まぁ、いろいろなものが浮かんでいる。そして、昼と夜がある。……鮎河が昼で、桐生が夜だろうな。多分、あの二人はお前を構成している大きな要素になってるんだ。ちょっと惜しいのが、鮎河が夜じゃないことだな……ルナなのに。それはどうでもいい。とりあえず、そんなところだろう。否定できるか?」
―――出来るわけ、ないだろう。と、俺はぽつりと告げる。
「つまりだ……どっちか一人を選択する事は、どちらかの世界に入るか選択する事と同じだ。昼だけか、夜だけか。比喩はあまり巧くないけどな、難しい事になってるんだな。どっちが欠けても世界は成り立たない。昼だけで干からびるか、夜だけで凍死するか。それを選べといわれてるのと同じなんだろう、今のお前は」
二つの世界の中で、どちらかを選べ。
幸福と不幸の世界だったら、必ず幸福の世界へと俺は赴くだろう。
ただ、二つが同等で、しかも高等で、片方が欠ければ崩壊しかねない状況の二つ。双璧。
「―――お前は人の事を考えすぎるからな。絶対相手の事を考えちまう。自分が破滅しようと相手の事を考える。それはいい事だけどな、ワガママも大切なんだぞ。自分を護る手段の一つだ。言い訳だって同じようなもんだ。自分だけ良ければいいっていう考えなんだからな。……今回、お前を見てて、こっちが苦しい。なんだか思いつめすぎだ。桐生と鮎河を見てても、こっちがつらい。―――当の本人たちは、お前を含めてわかってないだろうけどな……」
「長台詞ご苦労様」
「お前っ! ……ったく」
隼先は俺を睨みつけたが、ため息をついてまた前を向く。
「いいか、少しワガママになれ。その気になったら襲っちまえ。そうすれば取り返しがつかなくなるからもうそっちに決定だ。自分がそうだと思ったら実行しちまえばいいんだよ。推敲せずに後先考えずに、ただ行動をおこせ。――でも、だからって俺を殺すなよ」
俺以外だったら許す、とか呟いたような気が……。
美奈津先生は? と小声で訊くと、それも駄目だ。と小声で返って来た。
「ワガママ言えなんて、先生らしくないっすね」
「まあな、俺は先生という職業に就いてるが、『先生』というモノには就いてないぞ」
―――つまり、職は「教師」だが、概念は「教師」のものではないということだろう。
今では稀な、希少価値高い先生のありかただ。
「ところで、また今回もちぐはぐな話になってしまったけど……言いたい事解かったか?」
「誰かが傷ついてもいいから、早めに決着をつけろと?」
「―――お前がそう読み取ったんだったら、そうなんじゃないか? 俺もあまり考えてなかったし」
「だったら問うた意味ないじゃないですか」
「まあ……日本語なんて、曖昧だからな。各々によって解釈が完全に変わってしまうから……。ところで修、お前の空の中で、俺はどんな役割に配属されてる?」
「雲」
俺は迷いなく答える。ただとっさに出たと言えばそうなんだが。
「いすぎても邪魔で、いなさ過ぎても寂しくて。雲って、空に少しだけ浮かんでいた方が綺麗ですからね」
「そうか」
隼先は満足げに言うと、もうそれ以上何も言ってこなかった。
ここから家に帰るまで沈黙の時間が出来るのだが、俺はまったく気にならなかった。
気にならない=親しい。
この場合はこうとってもいいだろう。
『雲』
この言葉には皮肉も含まれているんだが……やはり、隼先がとった意味のほうが大きい。
隼先がいなかったら、オレの空は変わることなく殺風景だったろうから。
隼先が俺の親友だったら、幼なじみだったら、どれだけ俺は救われていたんだろう。親睦のパーティーで知り合ったんじゃなくて、ただ必然のように知り合っていたら。
―――この二択、思ったより簡単に済ませられたのかもしれない……。
ただ無意識に、空を見上げた。
余談だが、後々隼先に訊いたことがある。
――隼先の空の中で、俺は何?
――お前は、風かな。空の形を変える、風だろう。
隼先はためらわずそう告げた。
どうやら、俺も必要とされていた人物だったらしい。
少し、嬉しかった。
ほんの……少しだけ―――
HR
……長台詞嫌い。言いたい事まとまらないんだもん。
結局中途半端で終わっちゃったような……ま、いいや。
前半部分の主題は特になし。オレの趣味(笑)。
後半部分は……なんだろう?
「日本語は曖昧だからな。各々によって解釈は完全に変わるんだ」
そういうことにしておいて……(苦笑)
さぁ皆さん。あなたの空の中でそれぞれのパーツは誰ですか?
別に心理テストじゃないけど……。
注)太陽と光は別物です。空気と酸素も別物。名前が違えば別物と考えてね。
……つか、HR長っ!
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