[30] 海
空は快晴。薄い白い雲がたなびき、青だけの空に色を添える。
すべてが青かった。視界に広がる風景は青い限り。足元の白い砂。太陽の反射で、それらは宝石のようにまばゆい。そこから目線を前にずらすと、透き通ったような海が見える。どこまでも続いている水平線は、空と交じり、そして空へ上っていく。
―――とりあえず、前方の風景は。
その前に、砂も、白いというか綺麗じゃない。海と空は青いが、その他の描写は問題外だ。
やっぱり、名前がついている海は人がごった返している。シーズンがシーズンなため、海の家が大繁盛だ。
どこかの海では、海の家とコンビニが権力争いを熾烈に繰り広げているらしいが、とりあえずここはその争いの区域ではなかった。
人が多い。イコール、砂浜が汚れている。当然の事でありながら、ちょっと悲しかったり。良心が働かない証拠であろう。
既知の通り、沖縄に来ている訳である。
美奈津先生の陰謀により、飛行機で沖縄に飛び、タクシーで先生宅の近くの海にやってきたわけだ。
美奈津先生と健次先生は「野暮用があるから」と言って、二人だけで先生の実家へ向かった。
『どこの馬の骨か分からん奴に娘はやれるか!』
とか美奈津先生のお父さんが発言すればなかなか面白い展開になるのだが、それはほとんど無さそうだ。
美奈津先生の性格が性格だし、親の性格も性格なんだろうし、隼先の性格も性格だし。
多分、お互い一瞬で打ち解けあい、『娘を頼むぞ』とかいわれて、大団円。
……カタストロフィ。
意味は二つある。
大団円と、悲劇的な結末。
この気持ちは、どちらへと転ぶのだろうか。
右へ転んでも左に転んでも、結局誰かは傷ついてしまうのではないだろうか。
あの二人のどちらか、そして俺……。もしかしたら、全員傷ついてしまうのかもしれない。
その心配をよそに、海水客たちは、笑顔で楽しんでいる。
そして、俺たちを見ている。
今まで肩透かし気味に受け流してきたのだが、視線が痛い。慣れたものではあるが、やはり抵抗がある。
三人―――俺と香甲斐と秀二―――で歩いているのが、最もな原因なんだろうが。
先ほど、二五回目の『お誘い』やら『勧誘』やら『誘惑』などを振り切り、一段落してパラソルの下で海を眺めていた。
―――あまり、ここから海は見えないのだが。
「……一種のバツゲームですね……」
「ああ、これは俺らぐらいにしか分からないバツだろう」
秀二の問いに、簡素に答える。
動く鑑賞物になっている気分だ。動くたびに視線が動き、そしてキャーキャー騒がれる。男どもから羨望やら妬みやら、多分後者が多いであろう。
勝手にうらまれるこっちの身にもなって欲しいものだ。
キャーキャー言われるのが楽しい者達だったらまだしも、俺らはそういうやからじゃない。
とりあえず、三人ともどもビニールシートにねっころがった。寝ていれば、他人から見られる事は減少するだろう。
日陰の所に寝たのだが、やっぱり熱を帯びている。夏を感じさせる風が、通り過ぎていく。
今は三時ごろだろうか。
ここに午前十一時ごろ到着し、女性軍団三人と別れた。
『ちょっくら会議してくるから』
と瑠那が発し、そして別れたわけだ。
何の会議だろうか? 俺には想像が付かない。ろくでもない事だろうという事は容易に想像がつく。
しかし、別れたのはいいが、そこからの行動が大変だった。更衣室で水着に着替えて、どうするかという事になり、とりあえずぶらぶら歩くことにした。
海の家で昼飯を食い、やっぱりその時もじろじろ見られ、歩き、見られ、飲み、見られ、食い、見られ、パラソル借りて、見られ―――
―――――――――――――――
「しかし……暑いな……」
「夏だし、沖縄だし」
「だねぇ……」
俺、香甲斐、秀二。
「台風近づいてるって」
「でも反れるとか言ってなかった?」
「被害は無さそうだな」
香甲斐、秀二、俺。
「そう言えば、お前ら最近どうなんだ?」
「どうって何が?」
「何がですか?」
俺、香甲斐、秀二。
「……栄美のこと好きらしいが?」
「………………」
「………………」
俺、秀二、香甲斐―――。『……』がどっちかなんて、実際分からないんだが。
「図星か、それとも反論の言葉を考えているのか」
軽く嘲るように呟いてみる。
栄美が、『噂によると、二人、私の事、好きみたい……』と発言したからには、確定に近いだろう。栄美は鋭さに関しては一級品だ。
いくら恋は盲目といえど、栄美のその鋭さは失われない。と、なぜか確信している。
根拠の無い確信だが、否定できないのが栄美の凄さだろう。
「…………兄貴?」
「なんだ?」
「……よく兄貴が分かったな」
「はぁ?」
「だって、兄貴鈍さに関しては一級品じゃん」
すごいの馬鹿にされようだ。そして反論できないのがさらに悲しい。
すごい端折り方じゃないか? これ?
今までに見ない端折り方だ。センスと言う物を微塵たりとも感じない。
とりあえず、俺は今、買出しに出ている。じゃんけんに負けたせいで、三人分の飲み物やら食い物やらを買う事になった。
仮にも年上だと言うのに……。
端折った部分の最後を説明すると、『どっちがなっても、恨みっこなしっつー事になってるんだけど』
という言葉を香甲斐が発言。そして終わり。
ああ、端折ったのはあの後の展開がつまらなかったからか。
それより、一人で歩いていると、視線を多く感じる。
被害妄想か、それとも自信過剰か。
よく周りを見てみると、様々な色が氾濫している。遠くから見れば一種のデッサンとなりそうだ。
子供はスクール水着。紺色の水着が懐かしい。
女性人の水着を観察すると、ワンピが一番多い。と言っても、背中が割れてたりしているのもいくつかある。色的には暖色系統が多い。
男性人の水着はほぼ一通りしかないので、観察してもなんの面白みも―――
黒い。スクール水着でないのだが、完全な黒を着ている奴を発見した。
水着が黒、サングラスも黒。ひきしまった体。
たしか、あいつは俺のクラスの奴だ。
旅先で知人と出会う偶然もあるもんだ……。
素顔を見せないため、先ほど入手したサングラスをかける。
「おい、郁哉」
「あ?」
俺が郁哉と呼んだやつが振り向く。予想通りそいつは郁哉だった。
曾馬郁哉(そまいくや)。圓城高校二年生オレと同じB組にいる。黒をこよなく愛する奴で、性格は謎。実に冷たい目線を放っているときもあれば、普通の顔をするときもある。
最近、時期はずれの女子転校生がBに来た。初めて見た鮮やかな亜麻色。日本人とどこかとのハーフらしいが、どこかとは言わなかった。その女子の名前は 内田紫苑(ないだしおん)。内田を「うちだ」と読まないのが変わっている。俗に言う「美人」で、男性人どもはざわめいていた。喋り方は独特。普通の人より、何かがワンテンポ遅れている。その天然さが良いと言うやからもいるが、……それはさておき、郁哉とその紫苑さんは、一緒にいる時間が多い。昔の知り合いだったらしいが、そんな空気を醸し出していない。と、俺は思う
クラスでは付き合ってるんじゃないかと噂されているが、そうは見えない。そんな意見、俺だけしか持っていないようだが。
詳細は一切謎だ。ただ、何か二人の間にはありそうだ。
そうそう、こいつは俺に近い。
何がどう近いといわれても困るのだが、……多分、こいつも俺と同じく、何かを隠している。
身体能力か頭脳か、そこらはよくわからないが、―――とにかく、不思議な奴だ。
「ああ、修斗じゃないか。珍しいな、旅行先で会うなんて」
「ちょっと、野暮用でな……」
郁哉も、モテる人の一人。といっても、性格がなかなか捉えどころが無く、告白する者は少ない。告白しても、フラレるというのが常時らしい。
「郁哉はどうしてここに来たんだ?」
「ああ、ちょっと旅行でな」
郁哉はなぜか微妙な笑みを浮かべる。一部の人にしか分からない、戦慄を覚える。
「その前に、お前の野暮用ってなんだ?」
先ほどの表情は隠れ、いつもの表情になる。
こいつはなかなか奥が深い。見透かされているようで、緊迫感がある。相手の心の内が読めないから、面白い。
「なんとうか……。美奈津先生と隼也先生の事で―――」
俺は経緯を説明。
「やっぱり、あの二人は付き合ってたのか……」
郁哉の言葉に驚く。
二人の先生はこの事実を隠していたはずだ。実に巧妙に、外部にばれないように。
やっぱり些細な変化はあったが、誰も気付いていないと思っていたのに。
郁哉は感性が鋭い。思っていたとおりだ。これからは、もうちょっと気をつけようか。
「ところで……」
俺は、郁哉を見据える。
「旅行、なんだよな?」
「ああ、そうだが?」
今度は変化は見られなかった。怪しいが、旅行という事にしておこう。
「後一つ質問いいか?」
郁哉は少し嫌そうな顔をしたが、軽く頷く。
「なんで、海の家買った食べ物が、『二人分』なんだ?」
「―――男だぜ? 二人分ぐらい平らげるだろ?」
「まぁ、それもそうだが……」
もしかしたら、紫苑さんを連れて来て、俺と同じくぱしりにされていると思ったのだが。人の噂は侮れない。それに、二人が恋仲じゃ無くたって、やっぱり関連はありそうだから……。
勝手な思い込みかもしれない。
「一人で来てるのか?」
「まぁな。これ食ったらすぐに行かなくちゃならない所があるから、また学校でな」
無駄な動き無く、郁哉は身をひるがえし、人ごみの中に消えていった。
やっぱり、郁哉には何かある。
俺みたいな、裏の何かが。
多分、紫苑さんもいるだろう。これは鈍いとか関係なしに、勘。
第六感はよく当たるんだ。
すっかりと喋りこんでしまった。そうそう、俺は今パシらされていたんだ……。
俺も身をひるがえし――多分、無駄なく――海の家へと向かった。
HR
えー、沖縄、行った事ないのに勝手に出現。
―――変な描写でも気にしないで下さい。
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