〔3〕 おこた
今日も何事もなく下校の時が来た。
昼にちょっと何かはあったが、それ以外普通だ。
帰りのときは先生の車に乗って帰るか、バスに乗っていくか。タクシーでも別にいいのだが、その姿を友達に見られたら後でなんて言われる事か……弁解がめんどくさいので乗らない。
先生の車って言っても、乗るのはたまにだ。ほとんど仕事で駄目になる。
だからほぼバスで帰っているって言っても過言じゃない。
だが、今日は久しぶりに先生がいた。
俺が学校でやる事があって遅くなったせいもあるけどな。
なんとあれ、先生と帰るのは久しぶりだ。
でも気になる事がある。
先生は妙にニヤニヤしている。
こう言う時はかならず何か俺にちょっかいを出す時だ。
どんなちょっかいでも受け流す自信はある。
俺は先生の車に乗り込むと、先生も乗り込んでエンジンをかけた。
しばらく走り出してからだった。
「そっか〜やっとお前も女嫌いを卒業したか」
先生が言った
何の事だ?
先生が言う事は何かしら根拠がある。
俺は今日の記憶の中を捜索した。
……なるほど、あれか。
昼休み。
桐生さん……だったっけか? 先生は俺が女子と歩いている事なんて初めて見たんだろう。
「そうだな……なんて名前だ?」
先生は相変わらずニヤニヤしながら話し掛けてくる。
「先生。そんなことより自分の心配した方がいいよ」
「否定しないところを見ると図星か!?」
俺の話しを完全に無視している。
「否定してもしてなくても、結局そっちにもって来るんでしょ」
いつもそうだ。何をしようと自分のペースに巻き込もうとする。
「さて……話題を変えるがな、俺、今度のテストの後、クラスがBになるんだ」
話題を変えるのも先生の癖。
先生が言ってたクラスが変わるって事は、担任するクラスが変わる事。二ヶ月に一回はクラス換えをしているんだ。先生だって担任するクラスが変わってもおかしくはないだろう。前はCクラスを担任していた。
「つまりだ。お前もBにこい」
「……別にいいっすよ」
先生と一緒だと何かと助かる事がある。
しかし一番得をしているのは先生だろう。
何かがあると絶対俺に何かしらしてくる。さしずめ、俺は僕ってとこだろうか。
断りたいんだけど断れないのが俺の性分。
俺は先生に都合よく使われているような気がしてしょうがない。
俺は初めの頃Dクラスにいた。だけど夏休みに行われた八月の定期テストの時、先生はCクラスの担任になった。だから俺も一緒に上がった。
「今度は何点ぐらい取れればいい?」
俺は聞いた。
「そうだな……いつも通り650〜700ぐらいの間じゃないか」
Aなら700以上。Cなら600〜650ぐらいをとっていれば大丈夫だ。
一通り会話を終え、先生は車のスピードを上げ始めた。軽自動車なので少し揺れる。
流れ去る景色を見ながら、俺はボーっとしていた。横を向いたり後ろを向いたり。この行動は頻繁に行うと怪しいので、少し慎んだ。
何分か走り、先生自宅前に着いた。
俺は先生宅に上がり、メガネをはずし、髪を整え制服をきちんとした方に取り替えると、先生に挨拶をして自宅へと向かった。
俺の家ってのは、あんまりプライバシーを守ってくれないしな……得に親とか……若いメイドさんとか。家に帰っても悩みは尽きる事はない。
でも帰るしかない。
三百メートルの道のりをちょっと憂鬱気味に歩き出した。
冷たい北風に吹かれながら、半分ぐらい歩いたところだった。
目の前に、一人のおばあさんが歩いていた。
それに、たくさんの荷物を持っている。
ほっとけないな……。
俺は小走りでおばあさんに近づいていき、声をかけた。
「おばあさん。荷物を持ちましょうか」
「何!?」
なぜだかおばあさんは俺をにらんできた。俺、癇に触る事言ったか?
「私はまだ79歳。まだまだおばあさんじゃないぞ!」
おばあさん……いや、お姉さんは叫んだ。元気な人だ。
「若者にしては偉い奴だ」
なかなか手厳しい事を言うおば……お姉さんだ。
「そりゃどうも……」
俺は適当にあいづちをうつ。
「ま、お前さんの好意は受け取るとしよう」
おば……もういいや。おばあさんは持っていた紙袋を半分俺に渡すと、
「私は走る。お前さんもついてこいよ」
おばあさんは荷物を持ったまま走って行ってしまった。
「え! ちょ……」
俺は何がなんだか分からないうちにおばあさんは走り出してしまった。
俺も急いでおばあさんの後を追った。
結構この荷物は重い。
なのにあのおばあさんは軽々と走っている。すげぇ。驚きでいっぱいだ。
しかし、その驚きは、徐々に疲れへと変わっていった。
かなりの距離を走っている。
もうとっくに3キロは走ったろう。荷物がなければ余裕なのだが、荷物が重い。精神的な疲れと、肉体的疲れがダブルパンチで襲ってきた。
なのにおばあさんはスピードが落ちるところか上がっている。化け物だ。
……何分経ったろうか。荷物が手に食い込んできた。
重い……一体何が入ってるんだ?
覗きたいがそれはプライバシーの侵害につながる。
でもそんな事はどうでもいい。
今はおばあさんを追う事が精一杯だった。
汗が流れている体と対照的に手足が冷たかった。
いや、手の感覚はなくなってきていた。
荷物が重い。ホントに重い。
絶対20キロは超えている。何が入っているんだか気にする余地もなかった。
俺がもう駄目だ……と思った時だった。
やっとおばあさんが止まった。
俺はおばあさんの前でひざまついた。
「最近の若者も捨てたもんじゃないな。ここまで親切にしてくれて、こんなに体力がある。いいことだ」
おばあさんはかってに感心していた。
俺は疲労で倒れそうだった。
それでも最後の力を振り絞り、立ち上がった。
そして、おばあさんの持っていた荷物もいっしょに持とうとした。
最後ぐらい全部持っても大丈夫だろう。
おばあさんだって疲れ……て!?
俺は二人分の荷物を持ち上げるぐらいの力で上に持ち上げた。
しかし、おばあさんの持っていた荷物はとても軽かった。
「おお、全部持ってくれるのか? 重い方を持たせたから、かなりつかれてるのかと思ったけど」
にゃんと!
はぁ……でも、もう何も言う気が起きない。
俺はおばあさんに愛想笑いをすると、おばあさんの家の前に立った。
人の家に勝手に上がるのはまずい。後から上がるべきだ。
そして、おばあさんがスライドさせるドアを開けた。このおばあさんの家はサザエさんの家みたいな家だった。ちょっとタイプは違うけどね。
俺は玄関に重かった荷物を置くと、一つ安堵のため息をついて玄関に座り込んだ。
「ただいま」
おばあさんは靴を脱ぎ、家に上がった。
「あ! お母さん。その人は誰ですか?」
奥からエプロンをかけた三十代後半ぐらいの女性が出てきた。この二人は、親子か義理の親子だろう。
だが今はそんな事はどうでもいい。
ただ今は休みたかった。
「瑠那といっしょの制服って事は……圓城高校の生徒さん?」
圓城高校とは俺が通っている高校の名だ。
「そう言えばそうだね」
おばあさんは疲れきっている俺をじろじろと見た。
「それにしてはおかしいね。こんなカッコイイ人が同じ高校にいたら、瑠那がうるさくなると思うんだが……」
疲れが少しずつ取れてきて、ようやく頭がまわってきた。
それと同時にいやな予感もしてきた。
お母さんはにっこりと笑った。
「その様子を見ると、お母さんの荷物を運んで来てくれたんでしょう? どうぞ上がってください。お茶でもいかがですか?」
俺は疲れていたので断る理由もなく、家に上がる事にした。
漠然とした不安は、俺の周りをまとったままだった。
俺はリビングというかなんというか、とりあえずコタツがある部屋に案内された。
コタツの上にミカン。小さい部屋だが、ずいぶんと落ち着く。
それにコタツもいいもんだ。家にはコタツがない。実物を初めて見た。
俺はコタツに入ってのほほんとしていると、お母さんがやってきた。
「すみませんね。お母さんがこき使っちゃったみたいで……」
お母さんはすまなそうに言った。
「いえ、たいした事じゃありませんよ」
ずいぶんと大変だったけどな。
そのとき、家の扉が開いた音がし、それと同時に元気な声で「ただいま!」という、女の声が聞こえた。
このとき、俺の不安は絶頂に達した。
どたどたっという足音が聞こえた後、リビングの扉の向こうを見ると、一人の少女が立っていた。制服は圓城の制服。顔つきから見て俺と同年代。
俺の不安はいろいろと理解されていく中で、膨張を続けていった。
俺の前にいた少女は、俺の顔と服装を交互に見て、最後に俺の顔を凝視した。
俺は冷や汗たらたらだった。
「わーっ。誰この人!」
少女はやかましい声をあげた後、俺に近づいてきた。
「うわー……すげーマブい」
少女は俺の髪を勝手にいじくっていた。
「こんな人うちの高校にいたっけ? こんな人がいたら絶対校内で噂になってるはずなのに」
少女はひどく驚いていた。
俺はされるがままになっていた。
この後どうしようかと考えると、どんどん先行きが暗くなってくる。
「止めなさい瑠那」
お母さんがこの少女を止めた。この娘は瑠那って名前なのだろう。
「うわーうわー何年生?」
だけど瑠那って娘は止めようとしない。
「高1」
なんだか言葉が詰まってしまい、これしかいう事ができなかった。
早くそして速くここを出たいという焦りがでてきた。
「嘘! 同学年にいたんだ!」
予想通りにこの娘は同学年。だが余計ややこしくなりそうだ。
瑠那は俺の事を『珍しいもの』扱いしているようなまなざしで俺を見ている。
逃走したい。
俺は口実になるような事を探した。
パニックを起こしているのか、頭が思うように働いてくれない。
「ねえ。名前なんて言うの?」
瑠那の目は輝いている。
本名を名乗ったらまずいよな……じゃあ。
「比叡修斗……」
何なんだこの名前は。自分で言っといてあきれる俺。
「ふーん……変わった名前だね」
ホントだよまったく……。名字しか変えてないけど。
「どこに住んでるの?」
瑠那は容赦ない質問を繰り返してくる。
「荒木町」
ここは本当に住んでいる場所だが、町の名前ぐらいならばれないだろう。深くまで住所を言うとばれてしまうがな。
俺はどんどん切羽詰まっていって、コタツの上に置いてあるみかんを取った。
俺は適当に皮をむくと、一つずつ口にほおばった。
視線を感じるとなかなか食べづらい。
「はぁ〜」
瑠那はなんだか感嘆のため息をついた。
コタツに両肘をついて、足をパタパタさせている。
「カッコイイ人は何をしても絵になるな〜」
言われて悪い気はしないけど、今はそれどころではない。
やっぱり、『親が怒るんで』とかの言い訳が一番いいのだろうか。
だがもう考えてる暇はない。
「あの……そろそろ帰んないと親が心配するんで……」
「学校の行事で遅くなったって言えば大丈夫だってば」
俺の行動はこのそっけない瑠那の一言によってすべて壊れた。
やばい。もっと詮索されたら学校でばれるぞ。
いや、今までの瑠那の言動から考えると、俺が学校にいる時点で危ない。絶対探しに来るだろう。
「瑠那よしなさい」
お母さんが台所から声をかけてくる。
今では、瑠那のお母さんの声が天使のように聞こえる。
そうだ。もっと言ってやってください。
「そんなに話したいんだったら、自分の部屋に連れていきなさい」
そうそう……って……えっ!?
俺はすぐに立ち上がった。
「いや、ホントにもう帰りますんで!」
俺は心の焦りが表情に表れないよう細心の注意を払いながら、玄関へと向かった。
「それじゃあ、ご馳走様でした」
俺はすぐさま扉を開けようとした。
「じゃあね修。今度学校で探しに行くから」
いきなり修かい。先生と同じ呼び方。
来なくていいです。ホントに。マジで困る。
俺は最後に表情のゆがみを消し、愛想笑いをした。
「じゃあな。瑠那」
俺はすぐさま玄関から出た。ドアを締めるとため息をついた。
扉の向こうから、
「私呼び捨てで呼ばれちゃった」
と聞こえてきた。瑠那の声だ。
ホントだ。なんで俺呼び捨てだったんだろう。
「てゆうか何で私の名前知ってるんだ?」
それはお母さんが連呼してたから。
「もしかしてストーカーとか?」
ありえません。
とりあえず、俺はこの家を去った。
ふと表札を見る。
鮎河か……。鮎河瑠那には気をつけなくては。
さてと、家までどれくらいあるんだろう。
まあいいや。
今日のつかれた心を癒しながら帰ろう。
家に帰ったら何されるかわからない。
最近親父の趣味で若いメイドをたくさん雇いやがった。
被害くうのはおれだっつーの。
毎日毎日俺の顔を見に来てはキャーキャー騒ぎ、さらに俺の部屋の掃除係は三人いるのだが、そいつらは競い競って俺の部屋を掃除しに来ようとしている。
父さんの女好きもやめてもらいたいもんだ。
どこがいいんだか俺には見当もつかない。
その性格がうつらなかっただけでも感謝しよう。
女好きでよく母さん一人に絞れたもんだな。
はあ……
俺は星が出始めている空を見上げた。
月は三日月で静かな空気。
その視界にいやでも入ってくる街灯がいやな感じに点滅している。
俺は手をポケットに突っ込み、夕刻の道をため息をつきながら歩いていた。
HR
疲れた。
瑠那の性格は明る過ぎ。五月蝿いかも。
この小説は珍しい名前がいっぱい出てきますね。
主人公を始め全員。
だからいろいろと考えないとな……。
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