〔25〕 和平な一日
和平かぁ。いい響きだぁ。
っと、悦っている場合ではない。
まぁ、なんと言うか、前回から一週間が経ち、また休日となった。
……江津にも告白されたのだが、いや、なんと言うか、特に何も変わらなかった。
いつもと変わらぬ付き合いで、全然変わらなかった。
ああ言うのって、普通気まずくなったりしないのか? と思ったが、江津に栄美を同じ血が流れている事を思うと、そういうもんなのかなぁと思う。少し栄美に失礼か。
でも……一番問題だったのは、先週、使用人たちに、俺と江津が恋人同士じゃないことがばれた、ということ。
……ショックだった。
瑠那がはずみで言ってしまったらしいが、まぁ、しかたがない。
結構大変な思いしたのになぁ……。
その和平な一日は、朝から始まる。
本当に、和平な一日となりうるのだろうか?
……俺には、そう思えない。
いつも通りに起き、朝食を取り、少しだけ庭をウォーキングした後、自分の部屋に入った。
そう、扉付きの、監獄に。
部屋に入り、扉を閉める。
その扉のノブを掴んだまま、一つ、大きな深呼吸をする。
そして、部屋を見渡した。
机の上に、先ほど用意しておいた、多種の鍵。
俺は持ち前の瞬発力でそれを掻っ攫い、部屋の隅に置いてある工具入れを持ち、扉の前に来ると、目にも止まらぬ速さで徹底的に、扉に取り付けた。
チェーン、デジタルロック、ディスロック、南京錠、ケーブル、シャックルロック……ETC.ETC.
合計20個の鍵を取り付けた俺は、一息ついた瞬間に、窓に向かう。
そして、カーテンを閉め、シャッターを下ろし、さらにそれにつっかえ棒やらさっきの鍵やらを、つけまくる。
窓が三つあるので、すべてにコーティングを施す。
三つ取り付け終わり、屋根裏に向かった。天井が高く、三脚を使って上り、そして、赤外線センサーを取り付ける。さらには、暗視カメラも取り付け、そして、鳴子を張り巡らせる。
下に降りて、俺はベッドに座り込んだ。
ああ、これで安心。
誰も入って来れないぞ。
最近、メイドさんたちの動きがひどいほど活発なのだ。
もう、積極的というか、恥を知らないというか……。
その度に逃げる。逃げて逃げて逃げまくって、外に脱出するのだ。
そんなこといちいちしてられないので、昨日、様々な鍵を買ってきた。というか、赤外線センサーなどは、昨日届いた。
もちろん、自分が出られなくなるというへまはしない。
綿密に計算をしたので、窓一つ開ける時間は、たったの三十秒。外からは絶対開かないのだが、中からは三十秒で開くようにしてある。
そこから外に出たときには、鍵を外から三つぐらい取り付け、その場を去るのだ。
自分で密室を作る。
造った方が、安全だという事が、俺の頭の中でたたき出された結果だ。
何かさ、家にいるより、学校にいたほうが、休まるような気がしてきた。
特にあの二……ああ、やめやめ。
こういうときは、寝るのが一番いいのさ。趣味に昼寝を付け足しておこう。
ゴダリ。
聴きなれない音が響く。
つか、ゴダリってなんだ? もうちょっと擬声語にも似たような音があるだろう。
が、ごが、がしゃがゃがじゃ……ギャジ!
不可解すぎる音たちの発生源は、あの扉だった。あの、鍵でがんじがらめにした鍵だらけの扉。
つか、『がゃ』ってどう発音するんだ?
その次に、ガン! と、音が響いて、続けざまに、みし……と厚い木の扉が軋む音がした。
そのとき、背筋に悪寒が走った。
怖い。誰かが扉を開けようとしている。
というか、開けようとしているのは、確実にメイドさんたちだ。
こういう時の、彼女たちの行動は、すべてを超える。最近、確信してしまった。
だが、なぜ恐怖を感じなきゃいけないのだ?
大丈夫、なんたって、様々な鍵がかかっているんだ。俺だって開けるのは一苦労だろう。
ズンズン、ギュドギャキズォン!
聴きなれない音が響き渡る。
最後に、コンコン、と、ノックの音がして、無声になった。
……心臓が、はちきれそうだ。
しかし、その一瞬の平和もつかの間だった。
きゅいぃぃぃぃぃぃぃん!
何かが回転する音がする。
そう、それは、チェーンソーのような……
ぎゅぅぅぅぅん!
何かが、何かを刻む音が響く。それと共に、心臓が跳ね上がった。
やばい! 心臓が右に移動する!
扉は、木で作られていたが、昨日、鉄板入りの扉に、替えた。
平気だ、チェーンソーなんかじゃ、逆に刃毀れするだろうよ。
だが、完全に安心できない。
次の瞬間、金属と金属が弾けあう……そう、チェーンソーと金属板が接する音がした。
すると、また静寂が戻った。
生きた、心地が、しない。
体が、動かない。
絶対、これで、終わらないような、気が、第六感が、体全体が、こう告げている。
危険だ。直ちに脱出せよ。
シュゴーォォォ。
何かが燃える音。
これは、金属を切断するための、バーナーの音……。
キュウゥゥゥゥゥゥン!
空気ねじがひねられ、火の勢いが強まる。余談だが、金属は酸化させると、融点が下がるらしい。そして、アルミはそれに該当しない。
空気が燃える音が、ドアから響く。そして、黒い煙が立ち込め始めた。
たぶん、火災報知器など、彼女らは停止させているだろう。
案の定、センサーに煙が行っても、反応しなかった。
刹那、またチェーンソーの音が響く。
先刻より、明らかにはっきりと。
ギューィィンウァンウァン。
視界に飛び込んできたのは、チェーンソーの先。
扉に食い込むようにして、あちら側から現れた、それ。
小さき黒いそれは、俺の心を、一瞬にして、消し炭にした。
瞬発的に立ち上がり、窓際に向かう。
窓……は危ない。
そう、頭が判断した。
身をひるがえし、暗視カメラの画像を見る。
天井裏は、フリーだ。
暗視カメラを、金庫に放り込み、三脚を立て、急いで登る。
そのとき、チェーンソーは扉に、四角いアートを、刻もうとしていた。
ガタン!
二つの音が交錯する。
扉の木が落ちた音と、三脚が、俺によって蹴り倒された音。
「中に……修斗様、いませんよ」
扉が開いたことによって、声がはっきりと聞こえた。ちなみに、箆伊(ひらい)さんの声だ。
そして、その刻まれた扉から、数人……数十人のメイドが、入ってくる。と思われる。
俺は今、天井裏で、息を殺し、身を潜めていた。
失態だった。
赤外線センサー。触ると、ブザーが鳴る。
鏡などあっても、脱出不可能だった。自分で設計したので、どこにも落ち度がないように設定してしまった。
「先輩、この部屋、不自然ですよね」
ちなみに、神西さんの声。
メイドの中にも、先輩後輩がある。もちろん、ここで働いている時間の長さでそれは決まる。
「そうね……よし、現場検証からはじめましょう」
この声は、前に一回だけ登場した、南さんの声だ。
彼女は、長老ともいうべき存在だ。
だから、最も侮れない人である。
―――現場検証は、刻々と進められていった。
多分、彼女たちが本気で、迷宮入りしそうになる事件を解けば、解決してしまうだろう。
そして、終わるのに大して時間はかからなかった。
誰もが、不自然に倒れている、三脚に目をつけたのである。
音で判断。
三脚は、ゆっくりと立てられる。
そして、天井にそれが当たる。
がた……と、俺がさっき登ってきたところの板。閉めといてあった板が、開いた。
「誰が登る?」
南さんが統率している我がメイド軍団は、どこの人にも負けないだろう。
誰が挙手したのか分からないが、誰かが、登ってくる。
死ぬ、死ぬ、バレルばれる……
もう、諦めるしかない。身をゆだねるか、逃走生活にするか……。後者がいつものだ。もう前者ので諦めようかなぁ……。もう疲れてきた……。
そのときだった、神の恵みが降臨したのは。
「家主様がおよびです!」
俺の部屋の外から、その声は響く。
ちなみに、発したのは、佐潟さんだ。
一瞬沈黙が走った後、またがさがさと音がし始めた。
その数分後、完全に沈黙が訪れた。
幸福と言う名の、沈黙が。
やっときた平和に、ほっと胸をなでおろす。
もう、いや。ばてた。
天井裏、綺麗だから、ここで、もう、…………………………ねよ。
――――――…………あ、……和平って、平和の反対だから……って事……か。
HR
コメディー風味。
江津と瑠那が一切出てきませんでした。
次回は、あれです。(何やねん!?)
修斗さんに50の質問 を読む場合、ここで読んどいたほうがいいです。クリック
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