〔2〕   から揚げ

 

 

 俺はあくびをしつつ、例の場所へと向かっていた。

 声の発生源地である。

 俺は苦労をせずにすんだ。ちょっと歩くとその姿が見えた。

 女子が1人。男子が4人。制服から見てもうちの生徒だ。

 学年は……顔つきで、女子は一年。男子は二年二人と一年二人。

 女子はまさに窮地に追いやられている感じだ。木に背中を押し当てて振るえている。

 男子はそれを面白そうに見ている。

 下劣だ。同じ男とは思えない。

 どんな学校にも悪い奴はいるもんだ。

 しかも男子は刃物を持っている。危ないな。

 そう感じた俺は大きい声で声をかけた。

「おーい。止めとけ。これなんだか分かるか?」

男たちと女がこちらを見た。

 俺はポケットから小さめの箱を取り出した。

「んだおめえ。ふざけてんじゃねえ」

二年生らしき男子がこちらをにらみつけている。

 男たちと俺の距離はけっこう開いている。

 それをいい事に、俺はこう言った。

「もし、このカメラで今やってる事を撮ったら、停学間違いなしだよね。いや、退学かな」

今持っているのはただの箱だ。俺は賭けで脅してみた。近づいてきたらばれる。

 この学校での退学は、生きるのを否定される事に等しい。

 退学した生徒は、前科があると同様に扱われる。厳しい高校だ。

 四人で刃物を持っている。直で相手にしたらきつい。

 俺はばれない事を願ってメガネをはずし、カメラを、いや箱を目の前にやった。

 本当のカメラだったらシャッターがあるところに人差し指を置いた。 

 緊迫した雰囲気が流れた。

 互いに牽制し合い、一歩も動かなかった。

 相手がこっちに来て俺を殺ろうってんだったら戦うしかないが、俺は争いは嫌いだ。

 意外と短い時間だろう。だが俺には長く感じられた。

 男たちは俺から目をそらし、ちっと舌打ちをすると「行くぞ」と言って去っていった。

「覚えてろ!」

一年生の男子がそういって去っていった。

 何を覚えていいんだか分からないし、第一、そんなセリフは普通吐かない。それでもこの学校に入っているなんて、なかなかすごい奴だ。

 さてと、用は済んだ。弁当のもとへともどるとするか。俺は現場だったところに背を向けて、さっきいた場所へと戻りだした。

 何か忘れているような気がしたが、気にしないようにした。

「すいません!」

後ろから声が聞こえた。

 忘れてた。いたんだっけ。

 俺は振り返った。そのまま去るのもなんか変だろう。呼ばれたら振り返らないと。

 俺が振り返って待っていると、女子が俺の前までやってきた。

「あの……ありがとうございました」

この女子はなんだかおどおどしている。俺の事を先輩と思っているようだ。俺はメガネをかけててもかけてなくても顔つきが大人びている。同年代に敬語を使われるのはあんまり好かない。

 あれ……俺今……メガネ……

 してない! 俺は急いでメガネをかけた。

 よかった。幸いにもあまりこの女子に顔を見られてなかったらしい。

 俺は心の中で安堵のため息をついた。

「えーと……敬語使わないでくれる? 君一年でしょ? 俺も一年だから」

 それを聞くと、彼女は目をぱちくりと見開いた。信じられないらしい。

「じゃあ」

あんまり女とは関わりたくない。相手から御礼の言葉ももらった。もう相手がする事はないはずだ。

 俺は早々とその場を立ち去った。

 立ち去ったといっても、たった十メートル動けば弁当にたどりつ……。

 俺は言葉を失った。

 弁当が……弁当が……

 うかつだった。ここらへんには野生動物も多い。

 もう何が言いたいか分かるだろう。

 食われた……弁当……。喰われたって書いたほうがいいかもしれない……。

 今日はろくな事がない。せっかくの憩いの場が汚されたし、でも、一番ひどいのは、野生動物にから揚げを食われた事だ。鳥だけはないと思う。鳥が食っていたら共食いだ。

 あーあ……久しぶりに好物のから揚げだったのに……。

 俺はがっくりと肩を落とした。

 しょうがない。くよくよしててもしょうがない。

 俺は空になった弁当を持ち上げると校舎の方に向かって歩き出した。

「お弁当食べらちゃったの?」

さっきの女子が話し掛けてくる。俺が同学年と知って、すっかりタメ口になっている。

 俺も俺で女嫌いならシカトすればいいものを。

 俺はシカトとか、相手が傷つくようなことは一切できない。体が許してくれない。

「半分以上食われた」

俺は重要点だけ言って、苦笑した。

 そんな事はどうでもいい。早く立ち去りたい。

 しかしこの子は御礼をしなければすまない性格らしかった。

 俺にとってどうでもいい事を言ってきた。

「あの、さっき助けてくれたお礼に、私のお弁当食べる?」

 何!? 彼女は俺のがっくりした動作を見てそう思ったらしかった。

 遠慮する……って言えないのが俺の性格。他人の好意は無駄にする事はできない。

 どんなに悪条件でも……だ。

 みんなに『お前性格いいな』って言われる。偽善ぶってるとかも思われた事もない。俺はこの性格に嫌悪感を覚える。

「いいの?」

「おなか減ってるんだったら……」

 確かに腹が減っている。

「じゃあ……」

 

 俺は現在湖畔の木に寄りかかって、どこぞの見ず知らずの女子の弁当を食っている。全部食べるのは後ろめたいので、四分の一ぐらい食べる事にした。

「おいしい?」

彼女が聞いてきた。

「うまい」

素直にうまい。から揚げも入っていた。これは手作りっぽい。

「ホント?」

「ホント」

「よかった。これ私の手作りなんだ」

 俺のも手作りだったんだけど、自分で作ったのはありがたみがない。

 他の人が一生懸命作ったのって美味しいんだな。

 使用人が作ったのなんていかにも金持ちみたいな弁当しか作らない。庶民的なものは作ってくれない。

 俺は、自分でみようみまねで一般的なものを作っているけど、やっぱりどこか他の人とは違う風になってしまう。

 本物にはかなわない。

 ホントにこの弁当はうまい。なんで俺延暦寺家に生まれたんだろう。

 普通がいい……。

 俺たちは弁当を食べ終わり、あと十分ほどで昼休みが終わる。

 なんだか今日の昼は疲れた。

 俺は片付けを手伝って、それがすむとすっと立ち上がった。

 彼女も立ち上がった。

「帰るか」

「そうだね」

 俺らは歩き出した。

 何にもしゃべらないのも気まずいので、いろいろと質問してみる事にした。

「名前は? 俺は延暦寺修斗。変わった名前だろ」

この名字を言うのはなかなか恥ずかしい。

「延暦寺修斗さんって、あなただったんだ!?」

なぜだかオーバーリアクションを見せる。言葉から読み取ると、俺を前々から知っていたってことになるけど、多分違う。

「噂で聞いたんだけど、嘘っぽくて信じてなかったのに……」

 嘘だと思うのは仕方がないだろう。延暦寺なんて名字を持っている人はまずいない。この俺ぐらいだ。

「私は桐生(きりゅう) 江津(えつ)

「悦に入るの『悦』?」

「違う。江口陽介の『江』に、津軽三味線の『津』だよ」

やっぱり悦ではなかった。悦だったらおかしいからな。でも、例えはどうかと思う。入り江の江とか、津波の津とかでぜんぜんいいような気がする。なんでわざわざ長いのを用いたんだろうか。

「延暦寺君って、何クラス?」

 ぶうぅぅ!?

 俺は思わず吹き出してしまった。笑いのほうじゃない。驚きの方でだ。

「あの……下の名前で呼んで……」

今まで名字で呼ばれた事など一度もない。

 名字が名字だから仕方がないような気がする。

 でも桐生さんは名字で呼んだ。

 変わりすぎてる。

「分かった。じゃあ……修斗!」

なんでいきなり呼び捨てなんだってのは気になる。

 だけど俺的には呼び捨てのほうがいい。君とかさんとかちゃんとか。あまりいいとは感じない。

 とか言いつつ桐生に『さん』をつけている俺はって感じもするが、仕方がない。育ちのせいなんだ。

 男同士で危うく『さん』を付けて言いそうになったことも何度かある。でも、もし付けてしまったら、普通の人じゃない。変わった人扱いされる。

 言っておくが、俺の家計の事はみんなに黙っている。

「修斗って言うと、サッカーを思い出すな〜」

シュート!そしてゴール!……ね。はいはい。もう慣れた。

「で、何クラス?」

「C」

「私の一個下か」

俺が一個下って事はBか。

「私はAなんだ」

どこかが矛盾している。天然か?

「それじゃあ俺は二個下だろ」

すかさずつっこむ。

「あ、そうだね」

桐生さんは恥ずかしそうに笑った。天然だ。確実に。

 こんなんでよくAにいるもんだ。世の中よく分からないもんだ。

 しばらく会話も止まり、ただ淡々黙々と歩いていた。

 そして、桐生さんがいきなり話し始めた。

「ねえ、なんでかっこいいのにメガネかけてるの?コンタクトならもてそうなのに」

 うぐ! やっぱり見られてた。シカト……できなぁい! 性格め……。

 シカトができないなら、話題を変えるまで。

「桐生さんって、テストで何点ぐらい取ってるの?」

どうでもいい話題をふる。

「私は……720点ぐらいかな」

この人の性格のおかげで助かった。ちなみに俺は630点ぐらいだ。だけど、1000点満点取る事なんて……やめとこ。テストで一番をとると、次のテストがあるまでVIP扱いされる。それは困るからな。

「あれ? 私さっき何聞いてたっけ?」

忘れるの早! なんでこんな性格の人がAなんだ?

「俺も忘れた。じゃあな」

思い出されてはまずい。俺は逃げるように足を速めた。校舎が見え初めていた。

「まって!」

桐生さんの声が聞こえる。損な性格だ俺。

俺は立ち止まった。

「あそこまた行っていい?」

「別にいいけど」

俺の持ち物じゃないし。

「あそこ気に入っちゃったんだ」

……って事は会う可能性が高くなるという事か?

「またね」

桐生さんは前にいた俺をあっという間に抜いて走り去って行った。

 またね……か。まぁ、会う事もないだろう。

 湖はけっこうでかい。

 今日はたまたまあそこにいただけで毎回点々としている。

 それに次行くのは金曜日だしな。

 桐生さんもその日にピンポイントに来るって事はないだろう。

 ふう……明日も行こうかな。今日あんまり安らげなかったし。

  

   

 HR

           悦に入る―――気に入ってひそかに喜ぶ事。怪しいな。それは。

 

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