〔18〕 備え
相変わらず雨は降りしきる。
分厚い雲は一向にどこうとせず、逆に厚みを増しているようだ。
……戻れそうに無いな……。
制服びしょぬれはきつい。
新しい制服だからなおさらだ。
椅子代わりの石に座ったまま、とたん板にあたり音を奏でる雨を鑑賞していた。
そして、俺と背中合わせに江津が座っている。
もう一時間が経過。
五時間目は途中あたりだろうか。
冬には珍しい大雨は、視界さえもあやふやにしようとしている。
「戻れそうにないね……」江津がぼやく。
まったくだ。困るんだよな。ふって欲しい時にふらずに、ふって欲しくない時に降る。
そんなうまく行くわけはないんだけどね……。
真っ黒な雲が空一面に広がっている。遠くでは、光が瞬く。つまり雷だ。
べたな展開だと、江津が俺に飛びついてくるのだが……。
「江津は雷怖くないのか?」
「全然。逆に聴いてて楽しいしね」
ありきたりな展開は解除されたわけだ。
解除されたところで、何があるかって言われても特別に何かあるわけではない。
暇だ……。
逆に解除されないほうが展開が広がってよかったかもしれない。
「暇だな……」
呟く。
「そうだね……」
空返事。
一時間も会話なんて続くもんじゃない。
少なくとも俺はそう思う。
男同士だったらまだしも、江津は女の子。話題がかみ合わないところも多い。
今更だけど……江津も女の子なんですね……。
そう、話題もかみ合いづらい。それは異性だから。
そんな考えは、雨によって流される。
……そうだ……
あともう少しで地獄の日がやってくる。
セントバレンタイン。
たいていの人はもらえない事で悩んでいる人が多いだろう。
俺は逆だ。
このまえ50個とかいったが、ちょうどその日にパーティーがある。
なんでかなぁ……。
香甲斐も愚痴吐いてたし。
少し父さんを殺そうかと思った瞬間だ。
父さんは、早く結婚相手を見つけて欲しいらしい。
金持ちの中にもめずらしい人はいるらしく、誰とでも結婚していいそうだ。母さんも凡人だったが、父さんは気にいって結婚。だから、俺らのときも誰でもいいそうだ。
だけど……こっちからすれば、はた迷惑だ。
休みでさえいろいろと苦労しなくちゃいけないのに……。
そうか、俺に彼女がいるということを示せば、チョコ数は減るかは分からないが、とりあえず休みに襲われる可能性は激減するだろう。
といっても、好きな人なんていないし……。
気軽に話せる人は……。
江津と瑠那か……。
うーん……悩みどころだ……。
江津のほうが瑠那より扱いが楽だ。
だけど、瑠那を連れて行ったほうが乗ってくれるかもしれない。
しかし、ここは冷静な江津のほうがいいかもしれないし……。
江津を連れてって、瑠那にそれを見られたら、勢いてきに殺される可能性ありだろ……。
あああ、どうすればいいんだ?
人生最大の決断。
……考えるのめんどくさい。
もういいか、ここに江津がいることだし。
……切り出すのかなりの勇気がいるぞ。
ま、江津だったら事情はなせば、誤解せずに理解してもらえそうだし。
……誤解せずに……そうだよな、そうだ、俺は別に悦の事どうも思っているわけではない。誤解という言い方は正しいんだ。
はぁ……いつから異性に対してこんなに意識するようになったんだろう……。
女嫌いだったはずの俺が、嫌じゃなくなり始めている。
逆に恥じらいも出てきた。
……嫌な感情だ。
……嫌な感情かな……? よく考えればそうでもないような……。
変わったな……俺。
まあ、ともかく。
「なあ、江津?」
「何?」
「今度の……日曜日。暇?」
「んー……暇かな」
「じゃあさ、ちょっと頼み事があるんだけど」
「?」
怪訝そうな表情を浮かべる。
「今度の日曜日。家にこない?」
「え!?」
江津は激しく動揺し、目を見開く。
普通は誤解するよな。やっぱりな。
「実はな……―――」
五分間ですべてを説明した。
「なるほど……ね」
江津は、なぜか下唇を軽く噛んで、少しうつむいていた。
「いいよ」
江津は顔を上げると共に、そういう。
「……修斗の家って、お金持ちなんでしょ? ……何着て行けばいい?」
……微妙な質問だ。
今までに家に人を呼んだときなんて、まったくない。
……俺は、家でとくに正装していないが、招く時はまずいのだろうか……。
「まあ、普通の服で大丈夫。」
俺も私服でいれば問題ないだろう。
「本当に?」
「本当だよ」
「分かった」
一通り話が終わったところで、また沈黙。
話が続いた後の沈黙は一番痛い。
うーん……。
「そうだ」
俺と江津は同時に叫んだ。
「家の場所……知らないよな」
「うん。知らない。時間とかも決めてなかったし……」
二人とも顔を見合わせて苦笑する。
「えぇと……。家の位置はどう説明すればいいんだ? 日曜日って、自分の家に戻ってるよな?」
「うん。戻ってるよ」
「江津のうちから、俺のうちまで、2時間かかるからな……」
俺が江津のうちに迎えに行ったら、往復四時間。まったくの無駄な時間を過ごす羽目になる。
待ち合わせ場所……
「待ち合わせ場所、どこがいい?」
考えにつまったので、江津に訊いてみる。
「うーん……学校とかは?」
「学校……いいな。じゃあ、学校に……10時は?」
「10時? そんな早いの?」
「午後に家を脱出するのは至難の業なんだ」
俺は遠くを見据えて、悟りきったように溜め息をつく。
ほぼ拘束状態だな。抜け出すには最低一時間はかかりそうだ。
「まって、11時は?」
「それでも大丈夫」
「そっか……じゃあ、十一時でお願い」
そう、香甲斐も、今の俺と似たような事をしたのだ。
なぜ失敗したかってのは……。
ま、頑張りますか。
……今の俺に、できるかなぁ……。
HR
短くなっちゃったなぁ……。
次長くできるだろうか?
不安。
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