〔17〕 さぼり

 

 無事、瑠那と退院できた俺は、いつの間にかクリーンバトルを迎えている。

 そして、今はそれの真っ只中。だが、俺は湖のほとりでねっころがっている。

 つまりさぼったのだ。

 おとといに死を味わいそうになって、まだ整理がついていないときに、行事なんかやってられるか!ってな。

 瑠那は瑠那で、『絶対賞金ゲット!!!』と、燃えている。俺は特にどうでもいいので、昼寝してるわけだ。

 そうそう、あの穴は、俺ら入院中に埋められたそうだ。また誰かが落ちたら大変な事になるからな。

 話は飛ぶが、ここらには、一切ごみは落ちていない。

 もちろん俺がすべて拾った。

 憩いの場所のごみってのはウザイからな。見つけた瞬間拾い、もちろん分別してごみ捨て場行きになる。

 ごみがないという事は、ごみが多いとこにチェックされず、誰もこない。

 だからサボっていても誰にもばれないということだ。

 病院で、一日目はVIP扱い。二日めからは通常の病室に移してもらった。

 VIP馴れしてるとはしても……やっぱり普通がいいんですよ。

 ……ここに来るのは一週間ぶりかな……

 全然景色とか、感じとかが変わっていない。

 鳥も獣も、時が経っていないかのように動き、跳んだり走ったり。

 人間以外のどうぶつでも、突然できすぎているものが生まれる事があるんだろうか?

 ……あるんだろうな……

 うん万分……いや、億分の一。もっと小さいかもしれない。

 ……なんで俺は普通の人として生まれなかったんだろう?

 もうちょっと平凡で、何かひとつだけ特技があって、それを磨くために一生懸命努力する。

 いいよなぁ……そんな人生。

 これを隼先に言うと、『贅沢すぎるぞ』とか言われるけど……そういうもんなのかな……。

 ねみぃ……。

 昼寝もしますか……。

 

 

 

 

―――何時(いつ)からだろう。

―――人生を歩んでいく事に対して嫌悪感を覚えるようになったのは。

―――小さいころの自分は、すべてを受け止め、のびのびと歩いていたような気がする。

―――何時(いつ)からだろう。  

―――考え方がネガティブになってしまったのは。

―――全員が俺を特別扱いしている事に気がついた時からだろうか?

―――それとも、移り行く感情が、どこかでまがったからだろうか?

―――それとも……大人になったからだろうか……。

―――自分より上のものを崇めるってのは、人間の本能。

―――自然に弱肉強食は働く。

―――だけど、そんな中で俺を俺として見てくれる人の存在が、どれだけ嬉しかったか。

 これは……中学生のころか……隣人と親睦を深めるために行われたパーティー。その中で、俺はいろいろと特技を披露し、嫌々披露し、またむだな賞賛を浴びなければならなかった。

(へー、お前って随分とすごいんだな)

隼先の言葉。

 また特別扱いなのかな……と、自嘲気味に心の中で想っていた。

(そうか、家隣か。一回家来いよ。お前箱入り息子みたいだからな。一般の世の中ってのを教えてやろうか。その方が、延暦寺家を継いでから、いろいろと助かるぞ)

 これが、今までで初めて、延暦寺修斗を見た人のタメ口だったかもしれない。

 俺の能力を知らない人は、それは当たり前に敬語など使わない。

 だけど、能力をすべてひっくるめて、俺を同等に見てくれた人が、隼先だったかもしれない。

(修斗? ……『と』は邪魔だな)

(邪魔? 何でですか?)

(時間の無駄だろ。一文字一文字の発音時間は短くても、ちりも積もれば山となるという言葉があるぐらいだからな。一日数秒の節約になるかもしれないぞ)

(それはかなりけちのような気がしますけど)

 隼先の家に乱入した時、そのときの会話で、初めて笑ったような感覚を覚えたのを、今でも覚えている。

(そう言えば……修って敬語だな)

(敬語以外は使うなって。両親が)

(馬鹿。敬語なんて使ってたら、脳みそカチンコチンに固まっちまうぞ)

(そうなんですか?)

(『そうなの?』だ。分かったか。俺と会話する時は、すべてじゃなくてもいいが、タメで話すこと)

(わかりま……分かった)

(それでいい。あとな、簡単な敬語としては、『何々っすよ』とか、『何々っすね』ってのがあるからな。これは重宝できるぞ)

(わかったっすね)

(その使い方は間違ってるような気がするな)

 こんなに慕っていた隼先。

 いつから―――けなすように―――なったんだろう。

 ふっ、人の心は移り変わっていくもんなんだよ。

 だけど、隼先と出会ったときから、圓城高校入学を考え始めたのかもしれない。

 嫌だったけど当たり前になっていた生活。

 それを抜け出すために俺は入学したのかもしれない。

 ……ん?

 今、顔に冷たい打撃が入ったような気がするんだけど……。

 ぽた…………―――

 まただ……。

 今度は足だ……

(修斗、おきて)

 誰だ……俺を呼んだやつは……。

(修斗! 雨!)

 

「修斗! 雨、起きないと風邪ひくよ!」

「ん……あ、江津だ」

 どんよりとした空を背景に、江津の顔が俺の視界に入る。

 脳みそ覚醒五行前。

「あ……め?」

「そう雨。ねぇ、どっか雨宿りできる所ない?」

 俺はむくっと起き上がる。

 あめか……。

「雨か!」

急いで立ち上がる。ようやく頭が理解したようだ。

 雨はぽつぽつと降っている。この様子だと激しく振り出すだろう。

「こっち」

俺は江津を誘導するようにある場所へと移動する。

 何でここに江津がいるんだろう……。

 まぁ、とりあえず雨宿りできる所に移動しなきゃいけないな。

 そして、移動した所は、さっきの所から二百メートルほど離れた所にある、雨宿り所だ。俺が作った。

 太い木を4本地面にぶっさし、その上に杜撰ながら落ちないように、とたん板をのっけた。椅子代わりの大きい石を一つ運んできたり。高一のつゆの時期に作ったかな?

「ちょっと汚いけど、ここだったら雨宿りできるだろ?」

「……修斗がここ作ったの?」

「作ったといっても、ぶっさして乗せただけだけどな」

 そうだ!

「今何時?」

「お昼だよ。十二時半」

「今日は何曜日?」

「火曜日。修斗、頭ちゃんと働いてる?」

 心配そうに江津は俺の顔を覗きこむ。

「寝ぼけてるから働いてないかも」

「サボってたんでしょ?」

 うぐっ……勘がよすぎるぞ……。

「………………ま……あな」

 言い辛いが、一応述べる。

「午後もあるけど、この雨じゃ中止だねー」

 江津が上を向いて呟く。

 クリーンバトルは一日がかり。ただ、ほとんどは午前中になくなるので、よほど勝とうとしていない限り真面目にやらないと思う。

「……お昼…………。弁当!?」

 学校に置いてきてしまった! 本当はこんな時間まで寝る予定じゃなかったのに!

 ……雨さえ降ってなければな……走って取ってくるのに……。

「はあ……」

ため息をつく。

「……また、私の食べる?」

「いいの?」

「半分なら」

 ちょっと気が引けるけど…………善意は無駄に出来ないって言うか、背に腹は変えられぬと言うか……。つまるところ……。

「いただきます」

 

 降りしきる雨。止みそうにない。

 江津のように遠くまで弁当を食べに行った人は、びしょぬれになって学校に戻るか、そこで待ちぼうけ。

 そして、今ひそかにやばい事になっている。

 大事なものが一膳しかない。

 つまり箸だ。

「……いい、やっぱり遠慮する」

「そう? 前はしょっちゅう間接キスぐらいしてたと思ったけど?」

 へぇ…………!?

「いつの話!?」

 マジで全然身に覚えだけど……。

「ほら、……人違いだったら違うけど、」

 そりゃ違う。

「この前のみんなでピクニックと言うか……したでしょ?」

 ピクニック以外に言い方ないよな。

「その川原で、昔あるところに、少年が走ってた……あれ?」

 自分の言ってることが理解できなくなってるよ。

「そうだ。修斗さ、昔、あの川原で、走ってなかった?」

 走っていた。それは前にも述べた。

 そのとき遊びに来ていた女の子と、別に女と見ずに、俺が持ってきたひとつの弁当分け合ったり、缶ジュース一本分け合ったり……。

「……あれって、江津だったのか?」

「ビンゴ。やっぱりかー。高校で始めて会ったときに、何かどっかで見たことある人だなって、ずっと考えてて、それで、冬休み確信した」

「ああ……そうだな……言われてみればあの時の女の子、江津にどことなく似てるような気がする……」

「同一人物だしね」

「成長すればやっぱり顔も変わるからな」

「修斗も、顔大人びたよね」

「当たり前だろ?」

 五、六年前のことだし。

「修斗は、昔の顔のまま大人びた顔になったって感じだよ」

 そうか……ふーん……へぇー……なるほど……

「何からその話始まったんだっけ?」

ふと江津に訊く。  

「忘れた。」

 二人で笑う。普通に無邪気な笑い。

 俺にも、こんな笑い出来たんだなって、圓城高校は、俺を素直に変えてくれたのかもしれない。隼先をけなすようになったのは、それの代償だな。うんうん。

 夢の中のいざこざを自己完結。

「弁当食べさせて。」

「さっきも言ったけど、半分ね。」

 お互いに、郷愁を感じていたから、高校生活で初めて出会ったときに、ある程度、心を許せたのかも……な。

   

 

     HR

        三話連続瑠那だったので、今度は三連続江津で。

        やっぱり予定通りにはいかないな……。

 

 

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