〔1〕     完全無欠

 

 俺は『延暦寺(えんりゃくじ) (しゅう)()』『十六歳』『』『高校一年生』『日本人』だ。この名前でサッカーをやってたら笑いものになるかもしれないが、そんな事はない。できない事もないが……。それにしても、俺の名前、変わった名前だろ。

 さて、欠点のない完全無欠人間。

  頭がよくて運動神経抜群。富と地位と名声もあり、ルックスもよく性格まで100点満点。背も高く、何をやらせてもオールオッケー。

 つまり、欠点がないのが欠点っていう人

 そうなりたいと夢見ている人もいるだろう。

 だが、欠点がないほどつまらないものはない。

 俺はそう思う。

 欠点はあったほうがいい。

 欠点は直そうと努力するからこそ生きる価値が見出てくるのではないか。

 うらやましい。ホント……。

 

「修斗様。朝でございます」

どこか遠くから誰かの声が聞こえてきた。俺は無意識のうちに耳をふさぐ。

「修斗様。学校に遅れますよ」

さきほどよりも大きく、はっきりと聞こえてきた。

 がばぁ

 俺にかかっていた布団がはぎ取られた。

 今は十一月上旬ごろ。

 普通の人だったら、『寒くて起きたくない』ってのが普通の答えだろう。

 だが、あいにくこの部屋は完全冷暖房設備。いや、家中と言っていいだろうか。だから寒くも何ともない。

 俺はゆっくりと起き上がって使用人の顔を見た。

「おはようございます修斗様」

「おはよう」

俺は頭をかいて周りを見渡した。

 ちり一つない綺麗な部屋。必要なものは何から何までそろっている。さらにいらないものまでそろっている。

 ただっぴろい。《25×30(m)》いらない。広すぎる。こんな広くたって結局使ってるのはその五分の一にしかすぎない。  

 いつもと何にも変わってない。

「お食事は六時四十分ごろになります。それまでにお着替えなどをすませて下さい」

それだけ言うと、使用人は外に出て行ってしまった。

 80人近くいる使用人の名前は……覚えてる。けど、会話なんてあまりしない。

 自分に敬語を使ってくる大人に親近感はわかない。

「今何時だよ……?」

俺はぼやきながら、いかにも高そうで古そうな振り子時計に目をやる。

 いつもどおり六時だ。

 眠くはない。別に、特に勉強もしてないし、何があってもほとんど夜十一時には寝ている。

 俺は立ち上がって、学校に行く準備を始めた。

 

「行ってらっしゃいませ」

全員の使用人が見送りのために玄関に集まる。

 だいたい慣れてはいるが、少し嫌気を覚える。

 俺は鉄で作られた彫刻みたいな大きい門を開け、外に出た。

 外に出た後、必ず行く場所がある。

 といっても隣だ。

 隣と言っても、300メートルは歩かなければならない。

 どこかと言うと、ただのアパート。俺の担任の家だ。

 なぜかって?

 この姿じゃ、いろいろと目立ちすぎる。

 俺はその単なるアパートの四階。203号室に向かった。

「ちーっす」

俺はドアを開けてそう言った。

「お、やっぱり今日も来たか」

俺の担任、『隼也 健次』『二十七歳』『♂』『学校の教師』『日本人』だ。

 隼也という漢字は、いきなり書かれたらまず読めない。まぁ、俺は読めたが……。

 ちなみに、『はやせ けんじ』と読む。

 とりあえず、俺は勝手に家に上がり、机の上に置いてある、めがねを取った。レンズは入っているが度は入ってない。つまりダテメガネだ。

 そして洗面所に向かうと、ちゃんと整っている髪の毛をくしゃくしゃにし、ぼさぼさの状態にした。しわ一つない制服を脱ぎ、しわくちゃになっている制服を着込んだ。

 ここまですると金持ちの風格は微塵もない。

「もったいない。わざわざ顔を隠すなんて」

先生がため息混じりに言った。

 先生の言う通り、俺はこんなことしなければカッコイイ。中ニの頃、雑誌にも載った。だけど俺は顔を隠している。

「ほら、早く着替えて」

俺は先生をせかした。

「はいよ」

先生は着替えを始めた。

 いろいろと積もっている山をごそごそとあさり、学校に行く用の服を取り出して着替えると、洗面所に行った。

「先生、早く相手を見つけたほうがいいっすよ」

俺は先生の部屋を見てそう言った。

 何もかも散らかり放題だ。仕事場のパソコンのあるところだけしかスペースがない。 

「ほっとけ」

歯磨きをして、顔を洗うと、車のキーをもって、玄関に向かった。

「行くぞ」

「はいよ」

 俺たちは車に乗り込んだ。

 先生は車を軽快に飛ばしていく。

 このスピードだと、学校まで50分かかる。

「修、今度のクラス分けテスト、一番取れ。俺の顔が立つからな」

 クラス分けテスト。偶数月に行われるテストで、その点数によってクラス換えが行われる。三日かけて10科目のテストを行う。千点満点だ。このテストはめちゃくちゃむずい。いままでの最高でも、852点だ。普通の最高となると、750点がいいとこだろう。クラスはA、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K。Aが一番高い。この高校を卒業する人は、ほぼ東大に入っている。Kクラスの人でも半分ぐらい入っている。この高校は頭がいい。

 俺はCクラスだ。

「やだ。目立ちたくない」

当然とばかりに言い切る。

「やっぱ分っかんねーわ。お前の考える事。俺がお前だったらバンバン目立って、ガンガン金儲けるけどな」

先生はフッと笑うと、タバコを取り、火をつけて吸い始めた。

「貴族のための学校行けばよかったものを、こんな私立高校入って」

「貴族の学校なんてやってらんないっすよ。ここにはいるのでさえ親の反感買ったんだから」

「だろーな。お前だったら今でも東大受かるわな」

先生は煙を吐いた。

「ハーバードも簡単に入れるか」

先生は微笑した。

 俺がこの高校を選んだ理由。

 『普通の生活』をしたいから。

 いやだ。

 俺がすごい奴だと分かると、みんなが違う目で俺を見る。それがいやだった。

 中学の時もそうだった。中学の時は俗に言う貴族のための中学校に入っていた。そこで俺は本能的に自分の能力を抑制していた。

 平均より少し高いぐらいの能力を出し、特に目立たずにいた。その時も顔を隠していた。

 しかし、体育祭。

 貴族の中学校でも、庶民的なものが入っている。

 それがいけなかった。

 リレー。クラス対抗リレー。男子400メートル、女子200メートルだ。

 うちのクラスはやる気がなく、順番はくじできめた。

 そして、俺はアンカー。

 やる気がなかったクラスのアンカーだったら手を抜けたかもしれない。

 しかし、なぜか本番になるとみんな熱狂し、マジになっていた。

 そしてリレー。これで一位になれば優勝ってとき、俺にバトンが回ってきた。

 しかもビリで。

 その時は俺も若かった(二歳しか変わってないが)。負けたくなかった。

 前百メートル先にトップ。その間にも何人もいた。

 他のクラスは初めからやる気があったらしく、みんな速い人ばっかだった。

 闘争心が駆られてしまった。つい本気で走ってしまった。

 結果。全員を抜き、十メートル差をつけ一位。

 ゴールした後、俺のしでかした事に気づいた。

 ダテメガネは途中で落ち、汗によって、髪の毛はしなやかになっていた。

 全員があっけにとられていた。

 その日からだった。

 みんな俺を別人扱いし始めた。

 女子から告白もたくさんされた。

 『前から好きでした』……ありえない。こういってきた奴はとりあえず即行でふった。

 そして、そういってこなかった奴にはこう聞いた『俺のどこが好きなんだ?』相手が何を言ってきてもふった。

 話した事もない奴に告られたって、『俺』という人を理解できるはずがない。

 中学校で、俺は女嫌いにもなったし、目立ちたくない俺は、高校に入っていっそう気をつけるようにした。

 貴族のための高校だと、中学校の時の奴らがいっぱいいる。

 だから、親にわがままを言ってここに入れてもらった。

 顔を隠して行ってる事は、親は知らない。

 知ったら必ず止めさせるだろう。

 そんな中、先生はいい人だった。

 俺がどんなすごい事をしても、俺を俺としてみてくれる。何にも態度を変えないでくれる。尊敬できる人だった。身だしなみはもうちょっと整えて欲しいものだが。

 親が、『送り迎えはリムジンで』とか言ってたが、普通の人として暮らすにはそんなんに乗ってたら怪しすぎる。

  親の意見を丁重にお断りして先生の車で通学する事になった。

 

  その日のお昼。

 ここの学校は、7限目まである。午前中の四時間が終わったところだ。

 昼休み。ほとんどの人は学校にいなくなる。

 この学校の庭は驚異的に広い。

 うちの敷地二個分らしい。

 そんなことで、ほぼ全員といっていいほど庭で食っている。

 今日は火曜日。

 俺には火曜日と金曜日の昼休みに必ず来るところがある。他の日は友達と食っている。なんで火曜日と金曜日なのかってのは理屈じゃない。なんとなくだ。

 校舎から一番はなれている所に、小さな湖がある。

 そこは誰もいない。

 森ほど木は多くないが、さまざまな種類の木が、いい具合に生えている。

 俺はそこに行き、木に寄りかかると弁当を広げた。

 ここで聞こえるのは自然同士の会話だけだ。

 ここに来ると心が和む。

 疲れた心を癒すのには最適なところだ。

 俺は疲れているってほどでもないが。……とりあえずここがいいんだ。

  弁当は自分で作っている。作ってもらうと、どうしても豪勢になる。

 普通でいい。

 俺の部屋には質素だがキッチンがついている。そこで作ってる訳だ。

 弁当に入れておいたから揚げを口に放り込む。親はうまくないといっているが、冷凍食品のから揚げもけっこういけてると思う。

 俺が品のあるひと時を過ごしていると、突然耳に誰かの声が飛び込んできた。

「誰か!助けて!」

女の声だった。それと同時に何人かが走る音が聞こえてきた。

「ここには誰もいねーよ」

男の声だ。静かなひと時を壊されてしまった。

 声の感じと状況から、たぶん女子が数人の男子に追われているのだろう。

 捕まったら何されるとかはあえて言わない。

 俺はため息を一つつくと、弁当を置いて、声の発生源のほうへ向かって行った。

 

 

 

HR

延暦寺修斗。いいっすね。完全無欠人間という、現実じゃありえない人

     存在しないから、修斗が何考えてるかってのの、想像むずいっす。

 

 

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