【EX1−1.これは例えば合宿のお話】

 二年の一学期に先輩達からバレー部を引き継ぎ、みなの下馬評どおり持田が部長になったその夏に、学校で合宿を行うことになった。
 厳しい練習を終え、風呂で汗を流し、体育館の床で明日に備えて早く寝る――とそんなわけはなく、夜の学校と言ういつもと違う空間に気分が昂揚し、深夜まで起きている部員が多数いる。疲れたから寝る組と、騒ぎたいから寝ない組に分かれるわけだが、片山と持田はどちらも寝ない組だ。
 寝る組はステージに布団をしいて寝ることになったので、寝ない組はアリーナのステージから一番離れた場所で騒ぐことになった。片山と持田が騒ぐ場所に行くと、部員たちが怪訝な表情をした。
「あれ、持田はまだ寝ないの?」
「部長まだ起きてるんですか? いえ、なんか意外だなぁと思っただけで」
 と、持田が同級生や後輩から何回も尋ねられている姿を見て、片山は一人爆笑していた。持田は少々不機嫌になっている。
「俺だって起きていてもいいだろうに」
「持田も損な性格してるよなー。本来はこういうイベントを根っから楽しむのにねぇ」
「お前みたいなテンションの上げ方を学ぶべきか」
「学びたいならいつでも教えるぜぃ!」
 とりあえず二人は遊びの輪に入り、トランプやUNOやら、誰かが持ち込んだテレビとゲーム機などで盛り上がった。始めのうちはバレー部の今後の話で盛り上がっていたが、健全な男子高校生として、徐々に話題がエロや恋の話にシフトしていく。
 いつの間にか、ババ抜きなどのゲームで負けたやつが罰ゲームで好きな人を発表する流れになっていた。
 幼稚園の先生とか小学校の誰も知らないような女子とかの空気の読めない発言を禁止した上での発表だったので、負けたやつは高校で好きになった人から現在好きな人まで、悪乗りも相まって思った以上に恥ずかしい告白大会になっていった。さらに後半になると時期を周りに指定される有様で、絶対に負けられない戦いが繰り広げられてたのである。


【EX1−2.これは例えば合宿のお話】

 好きな人を暴露するという罰ゲームがかかった遊びが繰り広げられている中、片山と持田はすべての勝負に勝ち難を逃れていた。
 そもそも、二人とも恋話を暴露して困ることは一切ないと思っていたので、気負いなく勝負に向かえたのが勝敗に影響していた面もあるだろう。
 持田は小学校のころから、たくさんの女子に告白されてきて、そのすべてを興味がないからと断ってきた。高校一年になって初めてその告白を受け、現在もその関係は続いている。今まで好きになったのは現在の彼女だけなので、罰ゲームは大したものではない。
 対して、片山は小学校のころからたくさんの女子に告白してきて、こっぴどくふられたり、付き合えたとしても一週間経たずに別れるなど、たくさん恋をしてきた。人に相談した回数は数知れず、これらのことを暴露するのはなんら苦ではなかった。むしろ現在好きな人を発表して、皆に相談に乗ってもらいたいと思っているほど。
 時計の針が深夜の零時を回ったころ、ようやく片山がババを引いて敗北した。
「うっし、この俺が負けてやったぞ。今まで何十人に告白してきた俺のどの時期の好きな人を知りたいか言ってみそ。高校だけでも二十人は固いぜ! ちなみに今現在好きな人はだな」
「それ部員のほとんどが知ってるから却下ー」
 部員から笑いが巻き起こった。
「じゃあどの時期がいいのか言ってみ?」
「高校に入って初めて好きになった人ってのはどうですか?」と後輩から声が上がり、部員たちが次々と賛同した。
「高校に入ってすぐかー。誰だったっけな?」
 片山は頭をかきながら記憶をめぐらした。
「あれは確か――」
その時、一瞬だけ片山の表情が固まった。しかし片山は「初めての授業の時だったかな! その時俺は筆箱をぶちまけちまったんだが――」と、それが気のせいだったかのように、語り始めた。
 部員たちが片山の恋愛話について盛り上がる中、持田は少しだけ遠巻きに、彼らを眺めていた。


【EX1−3.これは例えば合宿のお話】

 午前二時過ぎ。遊んでいた部員達がアリーナに布団をしいて眠りにつく。今夜は適度な風もあり昼間が曇りだったおかげで、とても寝やすい環境となった。
 部員たちの寝相は様々だ。微動だにしない奴から、布団を蹴飛ばしている奴、床に転がって壁にまで到達した奴、意味不明の寝言を言い出す奴。そんな彼らを見ながら、持田は一人眠れずに体育館の外に出た。
 空にはまだ雲がかかっている。星でも見られれば気が紛れたのにと残念がった。喉が渇き、自販機で缶コーヒーを買った。甘くないブラックコーヒーだ。
 段差に座り一口飲む。持田は顔をしかめた。やはりまだ、ブラックの味のよさがわからない。
 ふと足音が聞こえた。振り返ると片山がいた。
「あれ、持田じゃん。今日みたいな合宿、コーフンして眠れないの?」
「いや、それはない。片山はどうして起きたんだ?」
「のど渇いたから飲みもの買いにきた。って、持田ブラック飲めんの?」
「いや、無理だった」
「じゃあなんで買ってるんだか。そうだ、俺にも飲まして」
 片山が缶を受け取ると、一口飲んだ。
「……俺にも無理。こんなの飲める奴は味覚がおかしいよ絶対」
 缶を返却し、二人で苦笑した。
 片山は口直しのために、自販機に向かっていた。飲み物を選ぶ背中に、持田が声を掛ける。
「片山、明日はよろしくな」
「残念、日付変わってるから今日だぜ。にしても、部長が合宿二日目にいなくなるなんて前代未聞だぞー。しかも俺以外には言ってないとかさぁ」
「悪い。どうしても行かなければならない用事なんだ」
「合宿三日目の練習には参加するんだよな?」
「ああ」
「りょーかい。明日は部長がいないぶん、徹底的にしごいておくぜ」
 片山はアクエリアス缶のボタンを押した。静かな夜にガタンと音が響く。片山はそれを取り出し、どかっと持田の横に座った。
「寝れないのは、その用事のせい?」
 片山はアクエリアスを一気に半分飲み込んだ。コーヒーの後味がアクエリアスの爽やかな甘みで押し流される。
「そうだ」
 持田は短く答え、そして尋ねた。
「聞かないんだな」
「ん、何を?」
「俺がどうして合宿を抜け出すのか」
 持田はくるくると缶を振った。コーヒーはまだ半分以上残っていた。一口含んでみたが、飲み込むのに時間がかかった。
「後で教えてくれよ」
 片山は言った。
「俺にしか抜け出すことを伝えないってことは、俺は持田に信頼されてるってことだろ? 今のところはそれで十分」
 片山はニカッと笑みを浮かべ持田の顔を覗き込んだ。
「今のお前つらそうだし。気を紛らわしたいからコーヒーとか飲めないやつ買ったんだろ? いつか教えてくれりゃ、俺は満足。それに気を紛らわせたいなら今夜とことん付き合うぜ」
 アクエリアスを一気に煽った片山に、持田は心の中で頭を下げた。


【EX1−4.これは例えば合宿のお話】

 二人は他愛のない雑談を交わしていた。先輩たちの失敗談や後輩の裏話など、片山の話は、持田の気持ちを落ち着かせた。
 コーヒーにはあれから手をつけていない。
「そういえば」前を向きながら、ふと持田が呟いた。「好きな人を発表する罰ゲームがあっただろう。あの時に片山、一瞬表情固まらなかったか?」
 これまで続いていた会話が途切れた。持田は不思議がり片山を見た。あの罰ゲームの時、一瞬しか見せなかった表情を維持して固まっている。
「どうした?」
「気付かれないと思ったんだけどなぁ……」
 片山はぽりぽりと頭をかいた。
「あの話は嘘だったのか?」
「いやいやいやいや、嘘ではないぜ! 初めて恋愛対象として見たのはその子が初めてだ!」
 片山が手を振り顔を振り、必死の形相で否定した。
「じゃあどうして固まったりしたんだ?」
 そしてまた片山が固まった。視線だけが激しく揺れ動き、どうしようか何を言おうかを模索している。
「俺も抜け出す理由を話していない以上、無理には聞かないが」
 持田が気を利かせたが、片山は何か大きな決断をしたかのように真剣な表情になった。
「笑うなよ。絶対誰にも言うなよ。お前だから言うんだからな?」
「解った」
「絶対に誰にも言うなよ」
 片山は再度念を押して、そして静かに語り始めた。
「入学式終わった後さ、クラスに移動するじゃん? 俺ちょっと舞い上がっちゃってて、クラスに向かう隊列からはぐれちゃったんだよ。誰かに聞くとか資料見るとかすれば早いのについテンパッちゃってさ、おろおろしてたんだ。そしたらそいつがさ、ひょっこり顔を出したんだ」


【EX1−5.これは例えば合宿のお話】

 高校に入ったことで、片山は気分が昂揚していた。どんな人がクラスメイトになるのか、どんな人が担任の先生になるのかワクワクしていた。その気分は入学式が終わってからも続き、先生の後についてクラスに向かう途中、ついふらりと別の道を曲がってしまったのだ。
 迷子になった。この歳で迷子になってしまったことに焦りを覚え、どうすれば良いのかの案が浮かばない。
 その時、曲がり角からそいつがひょっこりと顔を出したのだ。
『クラスこっちだよ?』
 片山は、誰だろうと思った。
 クラス発表の名前で見た限り、中学からの知り合いとか、部活での顔見知りなどいなかったはずだ。現に、話しかけてきた人の顔なんて見たことない。
『同じクラスなのにどこ行くのかなと思って見てたんだけど、クラスはこっちだから早くおいでよ』
 そいつに導かれるままクラスに到着し、礼も言えぬままホームルームが始まってしまったのである。

「俺なんてまだ誰もクラスメイトの顔覚えてなかったのにさ、そいつは俺の顔をもう覚えてやがったの。入学式で隣になったとかならまだしも、席順離れてたんだぜ。それなのに顔を覚えてくれてて、なんか面白そうなやつだなとか考えたら、そいつのことすっごい気になっちゃってさ。こう……友達になりたいなって思ったんだ。
 大変だったんだぞ。そいつのことちゃちゃっと調べて、何か俺と共通点がないか調べて、頑張って話しかけたんだ。話しかける瞬間はすげぇ緊張した。でもなんとかそいつと友達になれたけどさ、今思い返すと、あのときの感情は、当然恋愛感情ではないとしても、好きと言う感情があったのかなぁ、なんて思ったりもしただけだ」
「そいつって?」
 片山は一瞬ためらい、呟く。
「……長谷川」
 持田は思い切り噴き出してしまった。片山の友人で思い当たる長谷川は一人しかいない。
「笑うなって言ったろ! 嘘つき!」
「すまんすまん」言葉とは裏腹に、くっくっくと笑いをこらえるので懸命だ。
「いい青春してるじゃないか」
「絶対長谷川に言うんじゃないぞ! 言ったら絶交だからな!」
「言われたくなければ部活の無断欠勤はやめるんだな」
「あ、ずっけーぞ持田!」
 男二人の騒ぎ声が、夜の学校に木魂する。


【EX1−6.これは例えば合宿のお話】

 時刻は午前四時になっていた。手付かずのコーヒーも一緒に、持田は重い腰を上げた。
「俺は皆が起きる前に帰宅することにする」
「あいよ」片山も立ち上がり、あくびを一つ。「俺もねみーし、短時間だけど寝ることにするわ」
「ああ、おやすみ」
「おう、気をつけて帰れよ。俺はお前が抜け出した理由考えながら寝るわ」
 片山は持田に背を向けると、体育館に向かって歩き出す。
「片山」
 持田は片山を呼び止めた。片山が振り返った表情は、何となく飄々としていた。
「おう、どうした」
「妹の手術なんだ」
 片山の飄々とした表情は変わらなかった。
「そっか、お大事にな。持田は腹痛で早退したってことにしとくぜ」
 片山はまた歩き出す。その姿は体育館に吸い込まれていった。
 持田は一人呟く。
「……気付いてるんだろうな」
 自分が夜も眠れないほどの理由が、それだけではないということに。
 持田はコーヒーの缶を持ち上げて、もう一度だけ、コーヒーを飲んだ。酸化したせいか、先程より後味が酸っぱくなっていた。持田は中身の入ったままのそれをゴミ箱に投げ入れ、体育館を背に歩き出した。

 END


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HR(独り言ルーム)


 EXでは名前が漢字表記になります。気まぐれです。
 それと、基本シリアスです。ほのぼの学園編+たまにシリアスは本編を読んでください。

 片山と持田の青春チックなお話。
 本編24話にはリンク。27話には微妙にリンクしています。
 作者がコーヒーを美味しいと思った時期は中学生の時ですが、普通の人は高校生以上、もしくはもっと大人になってからでしょう。
 作者の味覚は兎も角、コーヒーが飲める飲めないは、大人と子どもとの線引きとしてとても扱いやすいものになります。
 二人はまだまだ子どもなんです。持田もまだまだ精神的に子どもなんです。

 しっかし、持田の伏線回収するまでに後どれくらいの話数が必要なんだ……? 不安は募るばかり。


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