43210ヒット記念。
クレッシェンド
あたし速木優恵はいつも通り学校の階段を駆け上がる。現時刻は八時三十八分。
本当だったら駆け上がらなくても間に合う時間なのだけれど、今日の一時間目は家庭科で調理実習を行う。調理室に移動するため、急がなくてはならないのだ。
よりによってこんな日にだ。いつもは定時に鳴るはずの目覚し時計が始動しなかったのだ。畜生、今日の調理実習はデザートだから絶対遅刻しないって決めたのに。
そのとき突然、何かが滑った。
体勢が崩れた時、あたしの足が階段を踏み外したと言うことをりかいした。
何故か重心移動が後方へ向かっており、そう、あたしはまっさかさまに転落しようとしているのだ。
なんてあたしは悲劇のヒロインなんだろう。出てきたと思いきやいきなり生死の狭間を泳ぎまくる植物人間になろうとしているなんて。
自由落下していくものを止めるなんてあたしにはできないものなの。だってそうじゃなくちゃリンゴが木から落ちるはずないものね。そうじゃなくちゃ発見者がニュートンさんじゃなくてヴォルテーニョさんとかだったかもしれない。そうすると力をVと表すようになって、電圧のVとかぶってしまうもの。
お父さんお母さんごめんなさい。あたしは先に逝きます。後からやってきたらまた一緒に賭けマージャンしたいな。今度は百点一円なんてしょぼいことしないで、一点一円にしようね。だってきっと天国にはお金っていう概念がないから、大金かけても気軽でしょう?
そうね、あたしは死ぬの。この場で後頭部をぶつけて死ぬんだわ。どうせだったら美しく死にたい。愛する人を想って死んだロミオとジュリエットのように、ファンタジー冒険小説で主人公と遭ってしまった憐れな雑魚敵さんのように、あたしは花弁の如く散っていくわ〜。
――――しかし、さっきから何も起こらない。
こんなに考えてたんだからとっくに昇天していてもおかしくないのに。こんなに時間が経ってたんじゃ美しくないじゃないのよ。
まさか夢オチ! そんなバカな!
慌てて焦点をきちんと正面に合わせると、眼前に男子の顔があった。
「大丈夫?」
「そう、そのときに見えたのはまさに御威光! 観音様みたいに手がぶわぁーってなんてたんだよ。まさにまさに学ラン背負った王子様!」
「……ちなみに、うちの男子はブレザーだからね」深い嘆息交じりで「それにしても、一目惚れってやつ?」
「あたし純粋な乙女だからわからないけど、多分そうみたい」
「黙れぶりっ子。で、そいつの名前とか解かるの?」
「全然」
「本当に一目惚れって形だね」
やや呆れ気味で腕を組んでいるのは小津咲。優恵の親友で、朝の話を休み時間中延々と聞かされていた。
もちろんこんなのは慣れたもので、受け流す処方もあれば、疲れない程度に応じる方法もあり、とりあえず今は後者を選んでいる。
「そいつどんなだった?」
「金髪碧眼!」
「うちの高校にそんなやつはおらん」
「じゃあ幽霊か自爆霊か、はたまたあたしを助けるためだけに現れた月光仮面!」
これはいけない。その人物があまりにも誇大妄想されている。これで実際に会って駄目駄目な男だったら、その男の身の安全は保障できない。
「優恵、どうでもいいけど」
「どうでもよくない」
「どうでもいいから、そいつの顔の特徴は?」
「えっとね、紅毛白眼だった」
「どこ出身だよそれ」
「あ、黒髪かったかも」
「よし、黒毛ということでいこう。いいか優恵、そいつは黒髪だ、金髪でも紅毛でもない。わかったな」
「うん、そりゃ日本人だもん、黒い髪の毛に決まってるじゃん。他の色は校則違反だし、金髪とか紅毛とか何言ってるの、咲?」
ずぱん! 優恵の頭を咲の手が襲う。あまりの軽快な音が鳴った。いったい何人がこちらを見ただろうか。
「いったーいっ! これで脳細胞が一体何個死滅したと思ってるの!」
「全部破壊しておこうか?」睨みつけると、
「それでね、多分あたし達と同じ二年生だと思うの」優恵はぱっと話題を先に進める。そのことに満足し、咲は優恵の次の言葉を待った。
二人の高校では学年ごとに上履きの色を変える。今は一年が青、二年が緑、三年が赤で、ちらりとしか見えなかったが、その人は緑の上履きを履いていたのだ。
「身長は百七十ちょっとで、髪は凄いさらさらで、結構細めの体つき、ちょっと童顔っぽい感じだった」
こういうことに対しての記憶力は半端じゃない。ただこの記憶力が発揮されるのは冷静になってからのことで、冷静になる前はあらぬことを発言しまくるのだが。
今さらだが、ボルテーニョとは誰だろう。
「後ね、上履きに書いてあったんだけど、名前……苗字かな? それに風がついてたかな」
咲は押し黙る。いくらなんでもあいつに当てはまりすぎだろう。今述べられた情報が正確だとすれば。
正確だろうからこそ、どうしても不安が拭えない。
「お、サキ」
後ろから声がした。
「あ、ケン。どうかした?」
咲は体をひねりケンを見た。ケンは無邪気そうな笑みを浮かべながら手を出した。
「英語の教科書忘れちゃって」
「はい。終わったらすぐ返してね」
咲が英語の教科書を差し出すと、ケンはサンキュっと言って、とっととクラスから出て行ってしまった。
咲はまた優恵に向き直る。
――――優恵の目はまさに恋するヲトメのものとなっていた。
「今の誰! 咲の知り合い!? 今の人だよ! あたしの王・子・様☆」
予想は当たってしまった。やっぱり優恵が述べていたのはヤツだったか。
「知り合いっちゃぁ知り合いだけど……、やめといたほうがいいよ?」
「いいの! あたしは全てを確かめてから幻滅するタイプだから」
どんなタイプだよ。ツッコミを決めてから、仕方なく語り始めた。
「名前はケン……風村健太郎で、私の中学時代からの知り合いで……」
口を濁した。
「咲ちゃん早くしてよ」
急かす優恵に押され、諦めて、口にした。
「私の、彼氏」
理解まであと5秒。4、3、2、1、
「えーーーーーーーーっっっっっっっっっっ!!!!!」
予想通りの反応に、咲は耳をふさいだ。
「聞いてないよ聞いてないよ聞いてないよ聞いてないよ!」
「言ってないからねぇ」
「ってことは……一年間もあたしを騙しつづけた……」
「だって、そっちの話題になっても何にも訊いてこないからさ」
その時、咲はとてつもなく強大な殺気を感じだ。顔中の筋肉が、強張った。
「咲」
「あ、あの、悪かったって」
「よくもよくもよくもよくも」
「ほ、本当にごめんって、ね?」
優恵は立ち上がった。条件反射で咲も立ち上がった。立ち上がったはいい、しかし優恵の邪悪なオーラに、咲は太刀打ちする事など不可能だった。
雌雄を決する鬼ごっこが、只今開催されようとしています。
「咲の馬鹿ぁっ!」
「ほ、ごめ、ひゃ、ちょ、いや、その、ゆぇ、ふぁ、きゃぁぁっ!!」
さて優恵はいつ気付くのだろうか。
下駄箱の中に一通の手紙があることに――――
HR
Dの領域さん、こんなんです。
本当にすみません。コメディー以外のなにものでもありませんね。
えっと……要望は悲恋物というか失恋……。
えっと……失恋??
最後の二行。まぁ、つまり、幸せは意外と近いところにあると言うことで締めたわけです。
いつも通りですが、苦情でメタクソにオレを詰っちゃってください。
今回はとくに……うう。
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