――――― ゴ ―――――
二学期に突入していた。
相変わらずの日常で、夏休みの出来事が他人事のように思えてきた。
その日、集まった人は泣いていた。
天麻の表情は、いつも通りだった。
自分は、涙が流れなかった。
生き返りそうな気がしたから、とか、そんな変な理由じゃない。
―――逆に、天麻が死んだから、泣けなかった。
普通の事だったから、当たり前の事だったから。
―――頭で、完全に認めていたから―――。
ただ、気持ちに違和感があった。
……大きな、わだかまり。
学校から帰ってきて、紗枝はパソコンの前に座る。小説でも読もうかと、デスクトップの「e」をダブルクリックする。
「あ……」
紗枝はパソコンの脇に目を留める。
白い便せん―――
紗枝は急いでそれを胸元へ持ってくる。
これは、誰かに見られてはいけない代物だ。
一昨日も読んで、それで放置してしまったのだろう。
便せんには、とても丁寧な字で、『虹羽 紗枝さんへ』と書かれていた。
―――これは、天麻から天麻のお母さん経由で紗枝に渡されたものだ。
人と面を向かって会話する時と、こういう文面で話をする時、
なんで、文面で話した方が素直に話せるのか。
それは、相手の目線が無いから。だと思う。
俺が死ぬ前日―――そうそう、俺、死ぬ日、だいたい解かってたんだ。
神の啓示って感じ。啓示って、漢字あってるよな?
とりあえず、前日のことで解かったと思う。
紗枝さんも俺の目を見づらかったように、……俺も、見づらかった。
初め会った時は救いようのないバカだと思った。
部屋間違えるなんて、コメディアンでもやらない事だと思う。
でも、俺に、かまってくれて、本当は…………嬉しかった。あぁあ、恥ずかしい。
いくらシカトしても、つっけんどんに返答しても、
俺から離れようとしなかったから、どうしようかと思った。
……紗枝さんもわかるように、怖かった。
仲良くなって、別れるのが怖かった。逃げていく姿を見るのが嫌だった。
でも、紗枝さんは違った。
俺の病名を告げて、紗枝さんが逃げた時、
「またか」
と、完全に割り切っていた。そんな事、ざらだったから。
で、数日後戻ってきた。あれで、紗枝さんは変な人だと確信して、
俺は動揺していた。
初めてだったから、な。
いろいろと、逃げない人を見たこと以外にも。
なんか、明日死ぬってだいたい解かるけど、何か気分いいな。
今日、紗枝さんと、笑いあったからかな?
虹羽。
虹まで、羽ばたいていける人。と、俺は勝手にかいしゃくしました。
苗字はいつか変わるでしょうけど、とりあえず、今は……ね。
人生に悩んでいても、結局迎えるのは死。
それを前提に、世界は動いている。
だったら、死への恐怖をプラスへ変えて―――それが難しいんだけど……。
人間について悩めるのは、子供のうちの特権だと思う。
俺は、大して考えられなかった。
大丈夫、紗枝さんなら、悩めばいい結果が出るさ。
こんきょはないけど、勘で、な。
でも、本当に、紗枝さんに遭えて(嫌味だから、よろしく)
……………………良かった。
PS 赤菊、できるだけ大事にしろ。
「いつ読んでも思うけど、ラブレターみたいだよねぇ……」
あなたが好きでした。とか書かれてたら、自分はどんな反応するのだろう。
でも―――実は、書かれている事を、望んだ……のかもしれない。
「天麻君が私のこと好きだったなんて事ないし、私も、天麻君のこと好きじゃないし……そうだよねぇ……私は……天麻君を……」
言ってから、急に寂しくなった。
本当に、天麻は、この世にいないのだ。
今でも覚えている。最期に彼が言った言葉を。
―――じゃあな―――
彼は、どんな気持ちで言ったのだろうか?
どんな……
「あ」
想いを馳せていたら、アイドル状態が二十分続いたことにより、自動切断されていた。
もう一回繋ぎなおす。はやくASDLが来て欲しいものだ。8Mと56Kなんて、月とすっぽんだろう。
―――そう言えば、天麻はなんで赤菊を自分に渡したのだろう。
「おかーさーん」
「何?」
台所にいるお母さんが返答する。
「男の人から花を一輪もらったら、どうする?」
「人にもよるけど―――飾るわね。普通」
「他には?」
「花言葉を調べるとか」
「ありがとう」
花言葉など、紗枝は全くわからない。
ちょうど回線もつながっていることだ。
紗枝は、検索で『花言葉』と入力した。
あるHPに入り、菊(赤)の欄を見る―――
「えっ?」
紗枝は、硬直した。赤菊の花言葉を見て、唖然としていた。
―――そんなはずは…………
だけど、天麻は花言葉の本を持っていた。しかも、天麻は、これが俺の気持ちと言っていた。
「嘘……」
赤菊が、天麻の気持ちだとすれば…………
堪らなくなって、強く、服を掴んだ。
今になって、天麻の死を拒んだ。
―――気持ちが、氷解し、気付く。
自分は、多分、遭ったその日から―――――
……天麻が、好きだった。
―――遅すぎた。せめて、早く気付いていれば、気持ちを伝えることができたのに。
紗枝は、天井を見上げる。
「ずるいよ……自分だけ言って……逝くなんて……」
せめて、心の中で、そして天に向かって言っておこう。
―――天麻君、私も、赤菊を、あなたに捧げます。
それと私も、あなたに遭えて
………………よかった。
今までで一番深い涙が、頬をつたる。
天麻は、自分のために存在したのではないかと思うぐらい、大きい存在だった。
天麻に遭わなければ―――あやふやな気持ちで、生きていたかもしれない。
拭わず、誓った。
精一杯頑張って、悩んで、生きて、
たまには逃げて、隠れて、怒られて、
もがいて、苦しんで、泣いて、笑って、
そうやって、経験を積んで、
大きく、羽ばたくよ。
終わりは在るけど、果てし無き未来へ―――――
HR
赤菊の花言葉。結局最後まで解からずじまい。
それは、自分でお調べください。
しづくさん、こんなんできました。
長くなりました。
リクエスト悲恋だったのに、案外悲恋じゃなくなっちゃいました。
ああ、作者が不甲斐なくて―――
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