――― サン ―――

 

 

「ガン、らしいね。俺の病気は。子供のうちになるのは珍しいんだってよ。一年前にガンという事が判明してね。もう、その時から末期だった。俺が一年も生きているのは奇跡らしいよ。本当は、去年の年変わり頃には死ぬ予定だったらしいからさ」

 

 

 あれから数日。

 逃げ出してしまった事に後味の悪さを感じた紗枝は、勇気を出してまたあの病室に向かった。

 彼は新聞――見ている面は政治面――片手に驚いていた。もう、ここに来ることはないだろうと思っていたらしい。

 自分でも、戻ってきた事を不思議に思う。

 家から病院まで走ってきたが、病院内を歩いているうちに、何とか熱気は逃げた。走ってきた事がまず不思議なのだ。こんなめたくそ暑い中で、運動なんてした事ないのに。

 扉を開けて、言った第一声が、「病名は?」だった。

 彼は、驚愕した表情を通常に戻し、即答してくる。

「ガン」

「鳥の?」

 無理にボケたせいで、天麻はだんまりになってしまった。

 紗枝はボケた事を後悔する。

 顔をひきつらせ苦笑しながら、紗枝はゆっくりと天麻のベッドの隣に腰を下ろした。

「ごめん……この前逃げた事とあわせて」

 心から謝る。

「で……天麻君がかかってる病気って……なに?」

 天麻は、一瞬紗枝と目線を交えたが、すぐに逸らせてしまい、答えてくれない。

「ごめん。真面目に聴くから。というか、聴かせて」

 完全に自分が折れた。明らかに悪いのは自分なのだ。

「病名は、ガン」

 数分時間が経ってから、天麻は答えた。

「…………子供なのにかかるものなの? ガンって?」

「俺もよく分からないけど、とりあえずガンらしいね。俺の病気は。子供のうちになるのは珍しいんだってよ。まぁ、俺は元から体が強い方でもなかったし。一年前にガンという事が判明してね。もう、その時から末期だった。俺が一年も生きているのは奇跡らしいよ。本当は、去年の年変わり頃には死ぬ予定だったらしいからさ。でも、後一ヶ月ってのはもう覆らないらしい。そう言ってたし、俺も何となく分かるんだ。体はどんどん衰弱してるってのが。それを医者に言っても否定するんだ。それが当然だし、それに本当に衰弱していないのかもしれない。ただ、体の変化が、俺には何となく分かってしまう。もうちょっとってことが」

 天麻の喋り方には、ためらい一つ無かった。

 すらすらと述べたものは、事実には違いない。

 なぜ、ためらい一つ無いのだろう? ―――自分が、死ぬ、というのに……。

 だが、その前に言っておかないとすまない事がある。

「天麻君って……意外と饒舌だったんだ……」

 天麻は信じられないというように目を見開いたが、すぐ顔をうつむかせた。

「はっはーん……照れてるな」

 返答は返ってこなかったが、まあそういう事だろう。よくもぺらぺらとあそこまで喋れたものだ。

 彼女は小さくため息をつき、そしてうつむき真顔になる。

「……こういう場合、どういう言葉かければいいのかな……」

 彼女は小さく独りごちる。

 どうして言葉をかけることができよう。この状態で、どういう言葉をかければ良いのだろうか?

 死を直前に控えている、彼に向かって―――

「とりあえず……大変……なんだね……」

 これぐらいしか、励ましの言葉が浮かばなかった。

 嫌な沈黙が舞い降りる。

 初めての経験。死、ということに関わるなんてもっと後でよかった。なぜ自分は戻ってきたのだろう。先日来た時からそれは分かっていたはずだ。

 ―――逃げた自分が許せなかった。

 何事からも逃げている。勉強に対しての不満だって、ただの逃げにしか過ぎない。

 悔しかった。なにかこの男には、いろいろ見透かされているようで。

 澄み切った視線が、痛くて。

「……天麻君……怖くないの?」

 天麻は、まだうつむいたまま動こうとしない。

「……死ぬの……怖くないの?」

 自分の質問が失礼極まりない事だと言う事ぐらい分かっていた。

 その証拠に天麻の表情は闇で覆われていた。

 内なる好奇心からか、はたまた別の感情からか。彼女には理解できなかった。自分で口走っておきながら、さらには失礼だと言う事が分かっておきながらこんな事を訊いたなんて。

「その質問には答えられない」

 天麻は天井を見やる。

「答えられないんじゃなくて、今は答える事が出来ない。あまり、そういうこと考えた事なかったから」

「自分の事、なのに?」

「自分の事、だから」

 天麻はゆっくりと紗枝の目を見つめた。紗枝は金縛りにあったかのように動けなくなる。

「自分がもうちょっとで死んでしまう。それは認めざるを得ない。問題は、自分の存在意義を見放してしまいそうだから」

 天麻は、いったん言葉を切った。何かためらっていたようだが、そっと言った。

「帰ってくれないか?」

 紗枝は唐突な事に何を言われたか分からず、目を見開いている。

「もう、ここには来ないで欲しい」

 数秒経って、ようやく紗枝は理解した。

 ―――帰れ?

 露骨に眉をひそめながら、訊く。

「なんで?」

「これ以上、関わりを持ちたくない」

 紗枝は下唇を無意識のうちに噛んだ。

 彼の意図はどういう事だ?

 自分と関わると馬鹿になるから? 多分違う。違わなかったら自分がとどめをさしてやるだろう。

 せっかく彼の事が分かりかけてきたのに―――

 ……分かってどうする? なぜ私はここから去ることを拒む? 

 こんなやつと、関わらなくたって良いはずじゃないか。

「いや」

 思考とは裏腹に、口はきっぱりとそう告げていた。

「ここじゃないと勉強はかどらないもの」

 真剣な眼差しで天麻を見つめ返す。

 なんで、自分は、ここに、留まりたいのだろう。

 自分の中をめぐる迷いはともかく、言葉を発してしまった。だったら、否が応にも絶対、留まってやる。

 しかし、彼は、こう答えた。

「勝手にしろ」

 そういって、ふいと顔を背けた。数秒後には、また新聞に目を落としていた。こんどは地方面だった。

 ―――とりあえず、ここに居ていいのだろう。

 ふと動き、前に勉強した所に行き、座った。

 なんで、ここに留まってしまったのか。わざわざ張り詰めた空気に留まったのか。

 留まりたくなかったが、留まった自分。心のどこかで留まりたかったのだろうか?

 ただ逃げたくなかったのか……それとも……

「馬鹿みたい」

 静かに、自分をなじった。  

 

 

   HR

 

            天麻の気持ちってむずかしいなぁ。

            ていうか、ほぼ紗枝の一人称っぽいし……

 

 

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