キリ番3500記念
HR
この話の地盤は、豆鉄砲さんから頂きました。
基礎工事と家建てたの俺ですが(笑)
で、三人称です。ではどーぞー。長くなりまーす(苦笑)。
・・ 陽光 ・・
―― イチ ――
時は夏休みに突入していた。
温暖化とか言って暑い夏は余計暑くなり、ビールの売れ筋は伸びる。それにヒートアイランド現象が拍車をかける。
つまるところ、最悪の、猛暑だった。
セミが五月蝿い。その音を聴くと夏を思い出すが、それは地獄への始まりでもある。
太陽は光り輝きすぎて、肌に突き刺さる。
彼女は、その日光の攻撃を避けるかのように日陰を通っていた。塀のそばを歩いたり、ビルの陰を通ったりと、端から見ればストップアンドダッシュを行っているように。
きちんと日焼け止めクリームを塗り、帽子もかぶり、長袖……は流石に着る気になれなかったが、とにかく日焼け対策は万全に施して、わざわざ外を歩いていた。
今年度中三になり、受験を向かえる彼女――虹羽 紗枝(こうう さえ)――が外を歩いている理由、それは、いい避暑地を見つけたからだ。
受験勉強するために、ちょうどいい場所。
それは『涼しく』『静かで』『気が散らない場所』と、自分は考えている。
図書館、などありふれた勉強所じゃなかった。その前に、この付近に図書館などないのだけれど……。
不幸中の幸いというか。でも、この言葉は、失礼かもしれない。
その、不幸中の幸いというのは、―――親戚のおばさんが、入院したという事。
人の不幸を笑うのは良くないが、病院と聴いて、はっとした。
病院はまさしく『涼しく』『静かで』『気が散らない』所じゃないか……と。
おばさんは約一ヶ月入院するという。自分のうちの近くにある、大きな病院へ。
受験勉強が特別にしたい訳ではないが、周りが五月蝿いし、友達もいろいろしているし、はっきりいって自分には苦痛だった。勉強なんか、クソ喰らえ、と何度思った事か。
苦痛だが、やるしかない。置いてけぼりは嫌だ。
……高校受験なんか、小さなハードルにしかならないというが、とりあえず今は、その小さなハードルが彼女を憂鬱にさせるものであり、苦痛をもたらすものにしかならない。
今、自分は、とても大変だ。
紗枝は勉強道具が入れられているバッグと、花束を持ち、そこに向かっていた。
「ええと、虹羽さんは502号室ですね」
おばさんの場所を院の人に聞き、彼女はエレベーターに乗り込む。
病院はやはり涼しかった。外と中の温度差は著しいものだった。今は涼しいと感じるが、多分あとから汗で寒く感じるようになるかもしれない。
彼女は、五階のボタンを押した。
おばさんは個室を取ったと言っていた。だったら静かに勉強できるだろう。
高校受験まで後半年以上あるが、上の人からいろいろ聞くと早めに対策を打っていたほうがいいらしい。あまり実感は沸かないが、家にいてもどうせごろごろするだけだろうと踏んだ紗枝は、ここに来たのだ。
エレベーターの扉が開く。
歩いて右から二番目の扉の前に来ると、ノックし、そして入った。
「おばさーん。元気?」
とりあえず、社交辞令とでもいおうか。そんな言葉を発する。
―――返答はない。
「おばさん?」
ベッドはいかにも清潔そうな白いカーテンで見えなくなっていた。ドア側からは見えないようにカーテンを閉めているが、窓側のカーテンは開いていた。
人の気配はする。いるはずなのだが、うんともすんとも返事がこない。
紗枝は疑問に思い、ベッドに近づいていった。
「おばさーん?」
カーテンがなくなる境目から、顔を覗かせる。
―――時が、確実に止まった。
おばさんが、なぜ、少年になっているのだろう。
「……誰?」
紗枝は、ともかく疑問に思った事を声に出す。
「こっちが訊きたい」
ベッドに寝ていたのは、おばさんではなく、少年だった。しかも、自分と同じぐらいの年齢だろう。
その少年は、紗枝を睨むようにして、冷ややかに言う。
「君、誰?」
「私?」
「ほかに、誰がいると?」
毒の入った口調は、紗枝を確実に挑発していた。と、紗枝は勝手に思い込む。
「ナースコール押して」
彼女は明らかに敵意を抱いてそう言った。
「……なんで?」
「なんでって、なんであなたがここにいるのよ。ここはおばさんがいるべき場所でしょ。ナースコール押して、あんた叩き出してやるから。そしてムショ入りしなさい」
少年は、相変わらず冷たい視線を送りつづけていた。ただその表情には呆れにも取れる困惑が浮かんでいた。―――どう、この五月蝿いのを排除しようか、と悩む。
「呼んだら、君が追い出されると思うけど?」
「なわけないでしょ犯罪者。不法侵入に殺人罪、さらには詐欺罪まで被りたいの? ここは502号室、おばさんの病室なの」
少年は、完全に侮蔑の眼差しを、紗枝に向けた。
「ここ、602号室」
「へ?」
「ここは、602号室。6・0・2。分かる?」
彼は、それだけ言うと、また窓の外に視線を向けた。窓は開いていないが、夏の音はけたたましい。
紗枝は一瞬狼狽し、いったん外にでて、プレートを見た。
『602』
刻まれていた文字をみて、紗枝は驚愕の表情を浮かべる。そして、部屋の中に戻った。
また彼が見えるところまで移動して、聞く。
―――敬語で。
「どうしてですか……? だってここ……五階じゃぁ」
「いまさら敬語使うな。煩わしい」
たどたどしい敬語は一蹴された。
カチンときたが、訊きなおす。
「普通、五階が五百うんたらって番号付かない?」
「……………………」
彼は、返答しなかった。
「ちょっと、返答してよ」
しかし、彼はシカトを決め込む。
「ちょ――」
「4とか9の文字は不吉だから使わないだけ」
あっ、と紗枝は小さな声をあげた。
そういえば聴いた事がある。とりあえず日本では、その文字を病院では使わないという事とを。
先入観とは恐ろしいものだ。さっき、プレートを確認して入ったが、それでも気付かなかった。
ようやく静かになり、少年は、ベッドにねっころがった。
紗枝は言葉を失い、目を泳がせる。
出て行こうにも何か変な感じがする。何か言った方がいいのだろうか。
「えっと……ごめんなさい」
とりあえず、彼女は謝った。敬語で言ってしまったが、もう遅い。
しかし……やはり、返って来るのは静寂だった。
「ちょっと、聴いてるの? 謝ってんだから少しぐらい反応しなさいよ」
彼女は空気と会話しているみたいになって、恥ずかしくなった。返答がないのでイライラしてきた。
一発、喝を入れてやる。
心に思った紗枝は、眠っている――たぶんタヌキ寝入りだろう――彼の顔を覗き込み、手をメガホンの形にし、口に当てた。
「人の話聴く時ぐらい、起きてろー!」
その声は、彼の脳みそを劈(つんざ)いた。
眠っている事は叶わず、頭がガァンガァンするなか、彼は薄らと目を開けた。
まぶたの下の見上げているが見下している彼の視線と、紗枝の見下した視線が交錯する。
大声が反響した後の病室内は、ひどく静かだった。変わりに、窓の外のから夏の音がさんさんと降り注いでくる。個人部屋なのだろう。この二人のほかには部屋に誰もいない。そのせいで声も通るし、静かな時は静かだった。
ベッドの横には本棚が置いてあった。よほど暇なのか、かなりの冊数がある。漫画、小説――ジャンルは、恋愛やらファンタジーやらミステリーやらエッセイ……とにかく、数量が多い。一冊一冊以外に汚い。誰からかもらった物なのか、何度も読み直しているのかは分からないか、趣があった。今はカーテンで仕切られていて狭いように見える部屋も、カーテンを開ければ広い。少し空間があるし、そこには花瓶が載った白い机。あとはほかの病室と何も変わらないだろう。
そして、彼の左から伸びているチューブ……点滴がつけられている。液が入っている袋には、取り替えたばかりなのか、ほぼ満杯に液が入っていた。
と、二人は、部屋の説明が出来てしまうほど長い時間微動だにしなかった。
何となく、目線をそらしたら、負けのように思えてしまったのだ。
永遠に続いてしまいそうなその時間。だがそれは、彼のため息によって崩れる。彼のため息は――また、侮蔑がこめられていた。
その後、彼は首を回し、目線をはずした。
確実に馬鹿にされた。
今のため息、確実に馬鹿にしていた。
「最低、もういい」
彼女は吐き捨てると足音をはっきり残し、この場を去った。
紗枝は部屋の外に出ると、プレートを見てみる。
やはり602号室だった事に何かむかついた。
もう一つ、見る。
『簗田 天麻』
「………………」
数秒間そのプレートを凝視したが、どう読むのか見当がつかなかった。
―――ムカツク。
知らないやつに馬鹿にされ、さらにそいつの名前が読めない。そして今気付いたが、花束を置いてきてしまった。
今さら取りにいくのも癪だ。
紗枝は仏頂面で、その下の階に下りていった。
「―――何だ? あの五月蝿い女」
病室で天麻が、呟く。
「―――何よ。あの無愛想でムカツク男」
紗枝も、呟く。
『最悪に―――ウザイ』
お互い知らずに、声がはもる。
―――出遭いは、最悪だった。
HP
はい、長くなりますね。
よく前回のキリ番小説は短く出来たもんだ。
ここで、 天麻 を読めたら拍手もんですね。(だって辞書にユーザー登録したやつだし)
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