キリ番777記念

 

あの窓の向こうから

 

 

 今日は十日ぶりの雨。優しく降りつつ、僕をあの窓へ向かわせる。無駄に広い僕の部屋の、ベッドの上にある小さくもなく、大きくもないあの窓。本当にあるかと疑わせるぐらい透明な窓の向こうに、雨が通り過ぎていく。

 窓は開かない。完全にねじで止められている。防音。雨音は聞こえない。部屋はしんと静まり返っている。聞こえるのは時計の針が進む音と、水槽から聞こえるポンプの有機音。窓は、外の世界を見られる唯一の場所であった。

 そこから見える風景。雨と、いくつもの水たまりと、雨に見を任せている木々と、灰色の雲と、広がる町並みと。そして、本数の少ないバス停の前に、真っ白かさをさして、真っ白いワンピースを着て、じっとその場に立っている少女。僕と同じ、17だと思う。

 半年前ぐらいから、彼女は、雨の日に、必ず白いワンピを着てあそこに立っている。

 バスが来ても、乗らずにずっとあそこに立っている。そして、二時間ほどたたずみ、去っていくのだ。

 なぜだろう? 彼女は、ずっと寂しそうな顔をして、そして無理に表情を作っているような気がする。

 白いワンピースに、垂れるように黒くて長い髪が流れている。ワンピースは、傘をよけて入ってきた雨によってぬれている所が所々にあったが、彼女はまったく気にしていないようであった。

 昔から気になっていたが、なぜ彼女はあそこにたたずんでいるんだろう? あんな寂しそうに、思いつめているように。

 食い入るように見つめていると、こんこん、と誰かが扉をたたく。

 僕はすぐに窓から目線をはずし、きびすを返して窓から少し離れると、「はいっていいよ」という。その声とほぼ同時にドアがガチャリと開いた。

「失礼します」

通称セバスチャンが入ってきた。そして、深く礼をした後こう告げる。

「もう少しで家庭教師の方がいらっしゃいますので、よろしくお願いいたします」

 セバスチャンはそれだけ告げると、また丁寧にお辞儀をして、僕の部屋を去っていった。 ずっと窓の外を見ていたいが、勉強の時間だ。僕は名残惜しげに椅子に座り、家庭教師を待った。

 そんな中でも、やっぱり気になる。

 ―――彼女と、話してみたい。

 

 

 4日後。

 また雨が降っていた。

 そしてやはりというか、彼女はいつもの場所に立っている。いつもと同じ服装で、いつもと同じ表情で。

 ずっと何かを見据えているようだ。何か遠くのものを欲し、どこかに飛んでいきそうなくらい弱々しい姿。頬杖をつき、彼女を見やる。

 ふと、彼女が顔を上げた。髪が揺れ、僕の視線と絡む。

 突然でどうする事も出来なかった僕は、とりあえず微笑む。すると、彼女も微笑み返してくれた。とても笑顔が柔らかい。すこし体が浮いたような感じがした。美白な彼女の顔が、風景の中で際立って見え、なんだか気持ちが緩む。

 話しがしてみたかった。だけど、この窓は開かない。

 せっかく機会ができたのに……。

 僕は彼女に、ジェスチャーで『待ってて』と伝える。彼女がうなずいたのを確認すると、僕は部屋の中をあさる。

 どこかに画用紙があったはずだ。彼女を待たしてはいけないと焦る。

 そして、画用紙を見つけ、窓の前に来る。

 来て、彼女を見た後、手が淋しい事に気づいた。ペンがない。

 慌ててとってきて、彼女を見た。

  大丈夫。まだ見上げててくれている。

 そして、スラスラと画用紙に文字を書き込み、彼女に見せる。

『この窓開かないんだけど、僕は読唇術できるから』

 読唇術は、小さいころに何となく勉強した。口の動きさえ見れば、大体何て言っているのか分かる。

 すると彼女が口を動かす。

『本当に?』

『本当』

すぐに書いて返答する。もちろん彼女の声は聞こえていない。読み取ったのだ。

『僕の名前はエーク=ステイド。君は?』

『リミル=ウイトよ』

 お互いの名前を交換したが、何を話していいのか迷ってしまった。どうすればいいのだろう? いきなりこうやって話すことになったけど、何を話していいのか分からなくなってしまった。

『どこに住んでるの?』

訊く事に困ってしまったので、とりあえず訊いてみる。

『ここから2,3キロ離れた所に住んでるわ』

彼女はそう言った後、下をむいて、また顔を持ち上げた。

『読唇術なんてすごいね』

『ありがとう。家の親に無理やり教え込まれたんだ』

 絶対役に立たないと思っていた読唇術。だけど、こんな時に役に立つなんてなんだか得した気分になる。

『何歳?』

訊いてみる。

『17歳です』

彼女は微笑んで訊いた。

『あなたは?』

『君と同じ』

 予想通り僕と同じ年齢だった。それがわかったけど……何を話そうか。

 せっかく話せたのに、話題が思いつかない。もっとリミルのことが知りたいのに。彼女の視線が遠くではなく、自分に向いているのに。

 悩んでいると、彼女が口を開く。

『私、そろそろ帰るね』

 何も言えずに彼女を見つめる。そして、

『じゃあ……またね。もうちょっと字を上手くした方がいいよ』

微笑みながらそう言った彼女は、傘で自分の顔を隠すと、歩きづらそうにしながら帰ってしまった。まだ雨は降り続いていた。僕が彼女と話し始めたのは、もう二時間経っていたころだったのか……。

 その後ろ姿をずっと見つめていた。

『またね』……つまり、また会話ができるという事だ。

 相手の声が聞こえないとはいえ、初めて会話ができたのだ。まだ興奮が冷めない。

 今度の雨の日までに画用紙をたくさん用意して、そして、少しでも字うまくなろう。

  

 

 それから一ヶ月。

 雨の日って、とてもいい日だと思う。彼女を見たときからそう思っていた。彼女に会えるのならお日様が照っていないほうが嬉しい。雨の日は僕にとってかけがえのない日なりそうだった。いや、もうなっているのかもしれない。

 雨がふった日にはいつも通り白ユリのような彼女が窓の外に見えて、画用紙とペンを取り出して会話をしていた。

 少しずつ彼女の笑顔に曇りがなくなってきて、ますます彼女の声が聴きたくなってきた。

 どんな声なんだろう? 僕の周りにいる女性のような声なんだろうか? それとも、もっと可憐な声なのだろうか?

 でも、その前に、なんで彼女は、雨の日にあそこに立っているのだろう? あそこに立っていたからこそ僕は彼女に会えたのだが、気になってしょうがなかった。

 訊いてもいいのだろうか? 駄目なのだろうか? 

 彼女の悲しみの素を解放し、笑顔を自分のものだけにできないだろうか……。

 ……太陽の光を浴びている彼女は……どんな表情を見せるのだろうか?

 

 

 今日はどしゃ降りだった。こんな日でも、彼女はあの場所にやってくる。彼女が雨の日で来ないのは、風の強い日だけ。風さえ吹いていなければ、雨がどれだけ降ろうとそこにやってくるのだ。

 少し、陰のある表情で。 

 今日は話ができなさそうだ。視界に雨の弾道がたくさんあるでは、彼女の口の動きを読み取る事ができない。

 ……僕は本当に、彼女と同じ空間にいるのだろうか。もしかしたら窓の外は虚像の世界で、僕にだけ見えている姿ではないだろうか? 声も聞こえず、音も聞こえず、ただ風景だけ。

 あたりの景色は機械的に動き、……気持ち悪い。

 外に出たい。僕は庭までしか出たことのない。出るときは必ず車で、周りの風景なんて見えやしない状態。僕にとって、塀の外は別世界だった。

 窓から見える景色が虚像でないのなら、それだけが外の世界。

 彼女は淡い夢ではないかと疑ってしまう。見つめる事しかできないなんて、正直僕には耐えがたい事だった。

 雨が止めどなく降り続き、水たまりではねた水が白いワンピースの裾にかかる。彼女はまったく気にしていないようだった。

 雨が急に強くなった、そのときだった。

 とつぜん、彼女の影がうずくまったのだ

 とてつもない不安感に包まれる。

 どうしたのだろう? 彼女のみに何が起きた?

 行きたいけど、ここから出ることはできない。じれったい。強行突破でもして彼女の下に駆けつけようか。

 焦る。何もできない自分がいらただしい。

 唇を噛み締めたその瞬間だった。

 僕の体は勝手に動いていて、部屋のドアを大きな音を立てて開けていた。

 そのまま、使用人の間を突っ走り玄関に向かっていた。

 雨が降っているのにも関わらず、外へ飛び出した。使用人の制止を振り切って。

 雨など気にならなかった。ただ、彼女に会いたかった。

 水たまりを踏もうと、服が汚れようと、僕は雨の中突っ走っていた。

 

 

 彼女の元へとたどり着いた。雨が邪魔だったが、今はそんなもの気にならなかった。

 目の前でうずくまっているリミルは、泣いていた。弱々しく、体を折り曲げて、泣いていた。

「どうしたの?」

勇気を出して声を出す。もう彼女は同じ空間にいるのだ。心臓が激しく鼓動する。

 リミルは、声をかけられてはっとして、顔を上げる。

「……エーク?」

「あ……うん。」

 たった一言だが、彼女の声が聴けた。思っていたよりも澄み切っていて、雨の音をよけて僕の耳に届く、とても可憐な声だった。

「何で……泣いてたの?」

訊いてみる。気になってしょうがなかった。目の前で、ガラス越しだが目の前で、リミルはうずくまったのだ。彼女の様子を見る限り、病気というわけではなさそうだった、が、余計に気になる結果につながるわけでもある。

 彼女はうつむいて、立ち上がった。そして、ゆっくりと口を開いた。

「ちょっと……思い出しちゃって……」

 それを聞いて、僕は揺れる。その先を聴いて言いのだろうか? 何か古傷をえぐってしまわないだろうか?

「エークにだったら言ってもいいかな……」

そう言うと、彼女は空を見上げた。愛しき人を見つめるように。

「このワンピース、昔の彼氏が作ってくれたものなの。町の、小さな裁縫屋さんの息子でね……。愛し合ってたわ……」

彼女はぎゅっと手を握り締めた。つらいのを我慢するかのように。

「ある日、彼は隣町に出かけたの。ちょっとした用事で……。ここのバス停に帰ってくるはずだった。……その日は雨の日、そして、私はこのワンピースを着て、ここで彼を待ってたの。だけど……彼は帰ってこなかった。事故に遭って……」

また彼女は崩れ落ちた。傘も落とした。雨にさらされる。

 彼女は、彼の死を受け止めていても、ここで彼を待っていたのだろう。帰ってこないと分かっていても、ここに立たずにはいられなかったのだろう。抜け殻となってしまった思いを、どこに置いていいのか分からず、ずっとさまよって、不安定な状態でふらふらしているのだろう。

 なみだが痛々しい。もっとも、雨に打たれて、本当に流しているのかは分からなかった。流しているのを見られたくないから傘を捨てたのだろうか? ……それはない。手に力がなくなったのだろう。つらいことを思い出して、我慢して、話し終えると、また何かが切れたような感じがして。

 このもやもやした気持ちはなんだろう? ……嫉妬だろうか? リミルの彼へ対する、嫉妬なんだろうか?

 思わず、僕は口を開いた。

「僕じゃ……駄目かい? その彼の、代わりにはならないとしても、君の想いを置く事ぐらいだったら、できるよ」

 言ってから、顔が赤くなった。だけど、それは雨によってすぐにおさまった。だけど、心臓は正直にバクバク言っていた。

「ありがとう……」

彼女が口を開く。

「だけど……あなたはお金持ち……私はただの町娘。……ごめんね……」

 雨の音がはっきりと聞こえたような気がした。それ以外の音は聞こえずに、雨の音が耳の中に残る。なんだか当たり前のような答えだったが、それでもやっぱり少しは期待していた。少し微笑する。もちろん気を紛らわすために。

 そして、また彼女が口を開いた。

「でも…………お話……は、できるよね……?」

「……当たり前だよ」

僕はすぐに答える。

 それを聞くと、彼女は微笑み、立ち上がった。

「じゃあね……今度……昼間に行ってもいい?」

「うん。窓をさ、……外の声聞こえるようにしとくから、呼んでくれれば、した行くから」

 彼女はにこっと笑うと、彼女は身をひるがえし、水たまりをよけながら去っていった。

 それと入れ違いに、召し使いの人がやってくる。声をかけてきたが、僕は何も答えなかった。

 いろんな意味で、彼女の答えは『OK』という意味なのだろうか?

 分からないが、……とりあえず、よしとしよう。

 なにか悔しいが、彼女に会えるんだから…………。

 

 

 

      HR

 

  うわぁぁぁぁぁん。微妙な終わりかただよぉぉぉぉぉ。

  のんちさん。けちつけてもかまいません。駄目出しをたっぷりしてください。

  続きは、書けと言われれば書きます。(たぶん)

  こんな作品を書いた俺ですが、どうぞ俺の作品たちを面白いと思って読んで下さい。これから精進しますんで、よろしくお願いいたします。

  ……あぁ……。

  この話は、一応ファンタジー世界っつー事っすね。

 

 

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