駆け引き 〜逃げられない戦い〜

 

 

 朝の爽快な時間帯。時刻は午前8:30をまわり、気温が上昇していく。時期的には秋。暑くもなく寒くもなく、また風もそんなに強くない。俗に言う洗濯日和とでも言おうか。人々が過ごしやすい日だ。

 相も変わらず社会人たちが電車にぎゅうぎゅう詰めになり、家と会社が近かったら、と心の中で愚痴る。近かったなら、徒歩か、さもなければ自転車か。どちらも優雅なものに見えてくる……。

 空気を切る音が、町の一角に響いていた。シャーっという軽快な音が、細い路地を通り過ぎていく。

 

 

 いい天気だ。いい気温だ。いい気圧だ。

 そしていい風だ。

 時速は何キロを超えているだろうか? 別にそんな事はどうでもいい。とりあえず、学校に間に合えばいい。右足を踏み下ろし、すぐに左足を踏み下ろす。激しく素早い動作で自転車のスピードを保っている所だ。

 おれの家から学校まで、平均して30分ほど。近からず遠からずというところにある高校におれは通っている。

 腕時計をしきりに確認。7:30。あと十分経ったら授業が始まる。それまでに間に合わなければいけない。

 今から三分前におれは家を出た。もちろん、狙ってやったのではない。

 遅刻はまずい。一限目にある英語の先生は、そういうのにとっても厳しい人なのだ。三回、遅刻して来たダチを見たことがある。

 一回目の時は、先生はそんなに怒らなかった。ただ、先生があてる時、全部そいつにしたという事だけで……。

 あれ以来、英語の前の休み時間は恐ろしかった。五分前になるとみな着席。授業の用意をして、もちろんだが予習を完璧にしてある。あてられても悩まず即答。間違えてはならんと家で試行錯誤を繰り返してくる。先生のあてかたはランダムなのだ。だからまんべんなく予習をしてくるしかない。

 二回目。そいつの遅刻理由は財布紛失。結局引出しの奥にあったというオチなのだが、そういう時の焦りは本人にしか分からない。

 先生は、笑顔で言ったのだ。

『これからは気をつけるように。高校は義務教育じゃない事を覚えとけ。それと、授業終わったら職員室に来るように』

 言い終わった瞬間、遅刻して来た奴はもちろん、クラス中が凍りついた。その恐ろしさに、怖さに、すべてに。

 そいつは、たくさん添削を貰い、しかもテストの点数がよかったにも関わらず、成績表で2をつけられた。

 おれはそれを傍観していた。『ははは、遅刻してくる奴が馬鹿なのさ』と。

 ただ、その立場におれになろうとは、思ってもいなかった。

 細い路地を通り、風を切っていく。この路地は微妙な広さだ。自転車で並列走行二台までなら大丈夫だろうが、三台になると窮屈になる。横幅は3メートルといったところだろう。それに電信柱などが加わり、細いように見えるのだ。

 直角九十度の曲がり角が前方に見える。流石にスピードを落とさなくてはならない。

 曲れるギリギリの速度でカーブに進入、レースの基本アウトインアウトを使い、その曲がり角を抜けた。

 そして、またスピードを上げようとして……、足を止めた。慣性の法則により自転車は勝手に前進していく。

 目の前、前方百メートルあたりにいるその物体は、早くも無く遅くも無いスピードで目の前を走行している。

 チャリだ。しかも、まったく知らないおばさんのチャリだ。

 抜かさなければ間に合うという勝機は見えない、ただ、おれは抜かすという動作が、非常に苦手なのだ。こういう状態で、前の人を追い越すという事が。

 生身での走りなら問題が無い。同じ方向に走っていようと、簡単に抜かせる。だけど、自転車で同方向に走っている人を抜かす事は、どうしてもおれには出来ない荒業だった。

 これだという理由はない。ただ、少し恐怖感を覚えるのだ。

 とりあえず、そんなことはどうでもいい。

 腕時計の針は8:34を指していた。前のおばさんのスピードで走っていくと、必ず遅刻だ。計算してみる。あと三分以内に抜かせれば、ミッションコンプリートだ。

 こちらの方が微妙にスピードが速いので、すぐに追いついてしまう。ここからが駆け引きの始まりだ。

 道幅は述べたように3メートルほど。抜かすのは簡単だ。

 ただ、前のおばさんは重そうな荷物を前の籠に入れている。あれは危ない。ふらふら走っているのがその証拠だ。

 ふらふら走行のせいで、抜かす確立がぐんと減る。

 そして点々としている電信柱にも気を配らなければならない。

 勝負勘が命だ。

 おれの勝負勘は、特に悪くない。強いて言えばいいほうかもしれない。

 おれはサッカー部在籍で、キーパーというポジションを受け賜っている。キーパーは、ほとんど勝負勘が命だ。

 飛び出した方がいいのか否か、どこに蹴り飛ばせばいいのか、飛び出すタイミング、相手が蹴る場所の予知……。知力も入ってくるが、最終的には勝負勘を頼るしかないのだ。

 いつもは頼りになる勝負勘。

 だけど、このシチュエーションは、どうも苦手だった。

 とにかく、この状況を打開しなければ、おれの人生が報われない。

 機会を伺う。

 そのとき、前方からチャリがやってくる。

 勝負だ。おばさんが左か右に移動して、前方のチャリがそこを通過、そしておれがそのスペースを使い抜かす。グリップを強く握り、スピードアップの態勢を整え、そのときを待った。

 そして、―――

 前方からやってきたチャリは、道の端をとおり、去っていった。おばさんは、まったく動いていなかった。 

 第一次の勝負は見事に散った。

 あのおばさんは最低だ。少しぐらい道の端に寄るべきだろう。たぶん井戸端会議なんかをそこら辺で開いて、周りから迷惑がられる類いの人だ。

 第一次の勝負に敗れたところで更なる作戦を練る。

 時計を見る。時間は一分経過していた。

 探せ、抜かす機会を、些細な事でもいい。

 遅れたらクラス皆に馬鹿にされる。憧れの佐奈ちゃんにも笑われる。永延と馬鹿にされるに決まってる。部活のレギュラーも危うくなるし、嫌な事尽くしだ。何をされるんだおれは? 添削か? 成績ダウンか? 英語の成績2だから1になっちゃうよ! 

 チャンスが来た。目の前に、工事現場がある。

 下水道の工事らしく、道路の右側が通行止めとなっている。あのおばさんが左側を通過し、抜けても左側に寄っている事は間違いない。だったらその時に右側を通過すればいい。左によってから真ん中に戻る可能性は低い。対向自転車が来ても動かなかった怠惰ぶりだ

 ぐんぐんと近づいてくる工事現場。おばさんは左に寄った。そのままおばさんは左に寄ったまま走っている。工事現場を通過。おれはスピードをあげて、右側による―――

 きぃぃぃぃぃぃっ!

 ――――――――――――甲高い、タイヤとコンクリートの道路が擦れる音。

「バカやろう!」おれを怒鳴る声が聞こえる。

 ―――死ぬ所だった。対向車が来ていた。間一髪で避けたが、多分寿命が百年縮んだ。

 おれは車の人に謝りまくり、また走り出す。

 おばさんは米粒ほどになっていた。

 絶対間に合わない。絶対間に合わない。奇跡の大逆転が起こっても間に合わない。

 時計を見た。8:40を9秒ほど過ぎていた。

 どうするのが最善か。どうすればいい。どうすれば―――

 

 

 

 結局、仮病を使って休む事にしましたとさ。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

  HR

 

    過去の遺物。きっと一年前のもの。しかもいつかのキリ番小説にしようと考えていた愚か極まりない作品。

    なんだ「ちゃんちゃん」って。おかしいだろ。

    つーか、佐奈ちゃんて誰だよ。

    計画性が見えていない作品。まだまだ青かったな、オレ。

    まだ青いけどさ。へっ。

 

2003年12月22日

 

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