―――――しまった。

 二つの意味でそれは当てはまる。

 僕は呆然と、ひきつった顔のまま、その扉を見つめていた。

 オートロックで、内側からはカギを使っても開けられないタイプのその扉を。

 左手のひらに虚しく載っているカギを右手で摘み、それを見下ろして深い溜息をついた。

「―――閉じ込められちゃったね」

 後ろから声がする。

 (たちばな)日和(ひより)。彼女が声の発生源。彼女も微妙に顔がひきつっている。

 ここは地下にある倉庫だった。僕が通っている高校の倉庫で、とりあえず県では一番の大きさを誇る倉庫だと校長が自慢していたような気がする。

 自慢するだけあって、確かにこの倉庫は大きかった。大きいと言っても、埠頭にある倉庫ほどはない。でもそれの半分はあるんじゃないか。

 この大きな倉庫には様々な備品が揃っている。よくありそうなモップやほうき、ちりとりから始めて、ペンキなどの塗料、ペンチやドライバーとか名前の解からない工具もあるし、溶接機まで存在している。棚の上の方には精密機械がめんどくさそうに載っかっている。パソコンもあればプリンターもあり、テレビやビデオ、AV…あ、オーディオビジュアルとか―――説明が疲れるほどの物がしまってある。

 もう一度溜息をついて、今起こっている事柄を整理する。

 僕らは閉じ込められた。

 

 

 ここにいたった経過はこうである。

 僕はサッカー部の一年生、橘さんはサッカー部マネージャー兼陸上部の一年生。

 明日にうちの高校で練習試合があるとの事で、試合が出来るように準備をしなくちゃならなかった。この準備と言うのが代々一年生の仕事で、先輩たちはやることを教えてくれるだけで一切手伝うことはない。この高校は結構サッカーが盛んなので、一年生の人数は準備するのに不必要なほどいるから、問題は無いのだ。

 とにかく準備をしなくてはならないと言うことで、まずは薄くなってしまったコートのラインを改めて引くことになった。部室の前にあるラインカーを三台持ってきて、ラインを引くぞって時になって、はたと気付いた。

 そのときには、もう予備の石灰粉がなくなっていたのだ。とりあえず今回の分はあるだろうけど、どうせ持って来いと言われるだろうから、誰かが行くことになった。

 その時に選ばれたのが――なんだか強制っぽかったけど――僕と、青井君と琵琶君と伴台君と、それから女子で、松下さんと橘さんの六人。

 女子の松下さんと橘さんが行くことになった理由は粉の運搬係ってわけじゃなくて、先輩から『副審が使う旗がボロボロになったから新しいのに交換』と言われたので+この倉庫(このでっかい倉庫)の場所を知っていたのが橘さんだけだった+女の子一人じゃ可哀想と言って松下さんも、と言うことでである。もっぱら女子は道案内と軽い荷物運びだけだ、と思う。粉運びは……するのかな?

 とりあえずその六人で倉庫に向かって、琵琶君がカギを取ってきて、そして入ろうって時、松下さんが『アタシ飲み物買ってくる』 それから琵琶君も『じゃオレも買ってくる』 それから青井くんも伴台君も『買ってくる』 で、僕と橘さんが倉庫前に残されたのだ。

 琵琶君からカギは渡されていたので、僕たちは中に入ることにした。

 中に入っての一声は、『広い』だった。橘さんも実際に中に入ったのは初めてのようで、とても驚いていた。

 中に何があるのかを調べたい衝動を抑えて、何となく扉を閉めて――これが事件の発端となったわけだが――粉と旗のある位置を確認し、ライン用石灰の袋を八つ入口において……。

 

 

 扉に手をかけたら、こうなっていたと言うことが判明して、初めに繋がる。

「僕たちにできること……は無さそうだよね」

「うん……誰かが開けてくれるまで動けそうに無いね」

 この倉庫に当然ながら窓は無い。つまり出口はここ一つだけになる。ピッキング技術なんて僕に備わっているわけ無いし、橘さんも無論そうだろう。

 僕は溜息を一つついてから、八つ積み上げてある石灰の粉の袋を上から二つ持って地面に置いた。また同じように今度は六つになっているところから二つとって地面に置いた。

「さ、一応椅子ができたから」

「ありがとう」

 僕たちはゆっくりと腰をおろした。袋を置いた位置の関係上、向き合う形になった。

 それにしても……寒いなぁ。

 今は一月。冬の寒さが厳しくなる一方の季節だ。この倉庫、地下にあるせいで元から冷え切っているからさらに性質が悪い。

 ふと橘さんを見ると、肩を抱いて小刻みに足を上下させている。

「橘さん寒くない?」

 僕が声をかけると、橘さんは顔を上げてくすくすと笑い出す。

「え、どうしたの?」

「だって、管くんの方が寒そうな格好をしてるから」

 部活だったので、半袖ハーパンを着用している。たしかに、露出度は高い。

 管くんって言うのは僕のことで、管城子(かんじょうし)道則(みちのり)と言うのが本名。管城子と言うのは長いので、大抵管くんって呼ばれている。

「管くんは平気なの?」

「寒くないと言ったら嘘になるけどね。とりあえず今は大丈夫」

「見てるこっちが寒くなるよ」

「ごめんごめん。毛布でもあればいいんだけどね」

 首を動かして周りを伺う。これだけいろんなものが揃っているのだから、毛布ぐらいあるだろう。

 やはり、それは案外簡単に見つかった。一応それをとってくるが、袋に入っていて使っていいものなのか解からない。

 でも、載せておくだけでも結構あったかそうだ。

「載せとくだけでも少しは暖―――」

 ビリィッ。

 渡すと同時に、橘さんはそれを破ってしまった。

「載せとくだけでもの後、なに言おうとしたの?」

 暖かいとか言いながら、橘さんは毛布を身体に巻きつける。

「ううん、なんでもない」かぶりを振って「でも、了承無しに破っちゃっていいのかな……」

「大丈夫だと思うよ。救助待ちの身だもん。許されるって」

「それにしても……」僕も覚悟を決めてビニールを破る。「ジュースを買いに行っただけなのに、琵琶君とか遅いよね」僕も毛布を身体に巻きつけた。ああ、暖かい。

「あ……うん、でもそれは……」

 橘さんは僕をじぃっと見つめた後、ばつが悪そうに目を背けてしまった。

「どうしたの?」

「え……えっと……あ、ねぇ、皆が戻って来てこの事態に気付いてもさ、ここ開けられないんじゃないかな?」

「え? どうして?」

「だって、カギは管君が持ってるから」

「マスターキーがあるから大丈夫だと思うよ」

「そのことなんだけど……見間違いだといいんだけどなぁ……。カギ貸して?」

 僕は頷いて、この倉庫のカギを渡す。

 橘さんはそのカギをみつめて、溜息混じりに呟いた。

「これ、マスターキー」

「それがマスターキーなんだ。よく知ってるね」

「前に見たことがあるから。それに書いてあるし」

 僕はそのカギを渡してもらった。

 これがマスターキーか。どうやって全部のカギを開けることができるんだろう? 別段変わりないんだけどな。

 へぇ……これがマスターキィ? …………。

「もしかして、この倉庫のカギ自体がマスターキーなの?」

「みたいだね……ここは重要な場所だから……。マスターキーって二つあるのかな?」

 そのとき、ドンドンと外から扉が叩かれる音がした。

「ヒヨ! 中にいるの?」

 松下さんの声だ。ジュースを買い終わって戻ってきたのだろう。とりあえずは一安心。

 ヒヨというのは、橘日和だから、日和→ヒヨってわけ。

 橘さんは立ち上がり、ドアの近くに寄った。

「中にいるよ」

「早く開けなさいよ。十分も待っててあげたんだからね」

「あ〜もう。それどころじゃないの。絢ちゃん、大変なんだよ」

 ちなみに、絢と言うのは松下さんの名前。

「何?」

「この扉ね、オートロックなの。そんでもって内側からは開けられない構造になってて、外からじゃないと開かないみたいなんだよ」

「カギはそっちにあるから……、閉じ込められたって事?」

「うん。そうなる」

「解かった。こっちで対処してみるから」それから妙に嬉々とした、いや相手を茶化す声で「頑張ってね」

「バカっ!」

 バカという声が倉庫中に響き渡る。僕はとっさに耳をふさいでいた。

 橘さんははっとして僕の方を見ると、顔を赤くしてまた腰をおろした。

 頑張って? うーん。確かにこの中は寒いから頑張らなくちゃならないな。毛布があるからほとんど大丈夫なんだけど。あれ? でもこの中が寒いって事松下さんは知ってたのかな?

「気にしないでね」

「何を?」

 僕が素っ頓狂に返答したからか、橘さんはあっけに取られている。

「僕変なこと言った?」

「う、ううん」

慌ててかぶりを振った。それから目を泳がせて、布団に顔を埋めてしまった。

「寒いの?」

 橘さんは顔をあげて、苦笑しながら僕を見る。

「そうじゃないんだけど…………そうだ、話題変えよう」ポンっと手を打ち鳴らし「管くんて、どうしてサッカー部に入ったの?」

「えっとね……」

 何故部活に入ったか。大抵の人は訊かれたことがあると思う。僕も前になんどか訊かれたことはある。けど……。

「理由が、恥ずかしいんだけど……」

 相当恥ずかしい。すんごく幼稚で、単純だったから。もちろんサッカーが好きって言う理由もあったけど。前に訊かれた時ははぐらかしてしまった。

「平気だよ、笑わないから」

「あまり信用できないなぁ」

「わかった。じゃあ、あたしから恥ずかしい話言おうか?」

「どんな?」

「あたしがベジタリアンになった理由」

 橘さんが根っからのベジタリアンだと言うことは、サッカー部ではよく知られている。

 宗教がらみでもないし歳をとっているわけでもないから、理由が気になると言えば気になる。

「うん。じゃあそれ聴いたら僕も話す」

「よーしじゃあ……」

 橘さんの視線が、どこか遠い所に向けられる。

 そこまでつらいことがあったのかな?

 そんな心配をよそに、橘さんは溜息一つついた後、ゆっくりと話し出した。

「あたしのお母さんはね、料理が下手だったの」

 今はそうでもないけどね。と言いながら、自嘲気味にその単語を言った。

「ステーキ」

「え?」

「ステーキ。そうビフテキ……その日の夕食は牛のステーキだったの」

「美味しそう……だよね?」

「うん……確かにステーキだけだったらよかったの……でもね、管くん解かる?」悲痛な声で「甘いステーキの味を!」

「あ、甘い?」

「そう、あの地獄の味」

 橘さんの威圧感に、完全に押されている僕。

「味を引き立たせるための砂糖とかの甘さじゃないの。塩気のある料理にあるまじき甘さ。あの甘さは……みたらしダンゴとハチミツとアセロラドリンクと腐りかけたブルーチーズと青汁を足して5を掛けたような味……」

 掛けたらなんだか壮絶な味になりそうなんですけど。その前にブルーチーズってもともと腐ってませんか?

 声に出してもいいんだけど、怖くて口に出せない。

「お母さんは何をとり間違えたのか、缶詰のフルーツポンチの汁だけじゃあきたらず果物も一緒にステーキを焼く時に使ったらしいの。『パイナップルは肉を柔らかくするのよ★』みたいなことを言ってて、その頃は何にも知らなかったから、へぇそうなんだ、って思って――」

 ふふっ、とせせら笑う。

「とりあえずあれは、人生に一度も経験しなくていいような事件を二つ三つ重ねて味わっても物足りないぐらいの味がした」

「大変だったんだね―――」

「でもね、ここまでだったらよかったんだ」

 え、まだあるの?

 やっぱり声には出ない。

「お肉が歯に詰まって、そのいい汁(したた)ってる肉をとろうとしたら―――乳歯が抜けたの。二本、一気に、ぐわっと、ぼきっと、めきっと、そりゃもう景気がいいぐらいに」

 橘さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、自分の左頬を抑えた。あれは痛かったと言わんばかりに。

「口の中に広がる鉄の味…と言ってもその頃はその味が鉄って事を知らなかったけど、そして肉の奇怪な汁が融合して、何故かそういう時に限って唾液が沢山分泌されて……思い出しただけで寒気がする」

 ナンダカ、すんごい解かるようで解からないお話。

「それからあたしは肉嫌いになったの。酷い話だよね?」

 同意求ムと顔に貼り付け、橘さんは僕を見つめて――というより睨んだの方が正しいかも――それから彼女ははっとして、少し俯いた。顔に紅葉が散ってゆく。

「……あの、ごめん。少し感情的になりすぎた」

 手を(せわ)しなく振りながら、また布団に顔を埋めた。

「すごいね」

「でしょ、イロイロと」

 半分だけ顔を埋めてこちらを見る。自然的に上目遣いということになるんだけど……どうも僕はこの上目遣いに弱いらしい。橘さんが、とても可愛く見える。

 なに言ってるんだ僕は。

「あたしの場合は特別だったけど……けどね、ベジタリアンの人って結構多いんだよ。もちろん宗教関係でって人も居るけど、IVUって組織があるぐらいだから」

「アイブイユゥ?」

「そう、インターナショナルベジタリアンユニオンの略称。簡単に言えば、ベジタリアンのベジタリアンによるベジタリアンの為の組織ってこと。仲間って意外と居るもんだよね―――それは置いといて」顔をあげて、身を乗り出した。「理由聞かせてね」

 先ほど約束してしまったので、少々恥ずかしいが話すしかないみたいだ。

 今でもあの時の衝動を覚えている。あの時からずっと、胸の内に収めておこうと思ったけれど。

 僕は覚悟を決めて、ゆっくりと語りだす。

「初めはね、文化部にしようと思ったんだ」

 中学校の頃からサッカー部に入っていた。だけどとりえは持久力だけで、技術が一方に進歩しなくて、試合とかもあまり出させてもらえなかった。たまに出させてもらうと、どうにもこうにも緊張しちゃって、ただでさえ巧くなかったのに、もっと酷くなっちゃって。

「でも、やっぱりサッカー好きだったんだよね」

 入る部活の候補に、サッカー部を一応入れておいた。そのときは、入ることは無いだろうと思いながら。

「一回だけ見学に行ったんだ。そしたら、声を掛けられたんだよ」

『君もサッカー部見学行くの?』

 その人物に驚きながら、とりあえず僕は頷いた。

『じゃあさ一緒に行こう』

 その人は和良君と言って、僕と同じくサッカー部に所属している。

 和良君と親しくなかったその時にでさえ、僕は和良君の名前を知っていた。ここらの地区――いや、この県のサッカー部に所属していたものなら誰でも知っている存在だ。県屈指のストライカーで、その技術は折り紙つき。関東選抜にも呼ばれたんだけど、どうしてかそれを辞退しているという変わった経歴を持っている。その経歴もあいまって、その名声はとても高い。

「とりあえず僕らは一緒に見学に行ったんだ。その時に解かってビックリしたんだけど、和良君って一人暮らしでしょ。忙しいはずなのに、サッカーやれるんだ……って」

 一緒に歩いていた時に、名前を言い合ってから、こんな会話を交わした。

『道則君ってさ、ポジションどこ?』

『僕は……体力に自信があるし、左利きだから、左ウイングを一応』

『じゃあポジションかぶること無いね。それに左利きって重宝されるし、レギュラーとりやすいんじゃない?』

『なれればいいけどね。僕はあまり巧くないからさ』

 そして、和良君は笑って言ったんだ。

『だったら練習嫌ってほと付き合ってやるよ。体力があるんだったら、すぐ上達する』

「これ聴いて自分がバカみたい思えたんだ。なんだか僕は弱い理由でサッカー部に入るのをやめてたような気がしてさ。巧くなりたいなら、特に僕みたいな人は一生懸命に練習しなくちゃならなかったんだよね」

 そんなこんなでサッカー部の練習が始まった。僕はスパイクとか持ってきてなかったから練習に参加はできなかったんだけどね。和良君と琵琶君は練習に参加したんだ。

 先ほども名前が出た琵琶君というのは、和良君と同じ中学校出身で、同じく関東選抜に選ばれていたらしい。だけれども同じくそれを蹴った、やっぱり変わり者。琵琶君も県内屈指のストライカーという噂を聞いたことがある。

 仮入部の一年生を交えた放課後の練習中、サッカー部の顧問とか他の先輩方もその二人を注目していた。そんな中、ちょっとした試合が行われることになったんだ。

 なんと言うか、その二人は凄かった。

 先輩に交じってプレイしていたんだけど、この二人の動きにはみんな驚嘆していた。

「橘さんはもう知ってるよね。和良君はボールコントロールの巧さと跳躍力、琵琶君は突破力とキック力が優れてるってこと。そして最近ではそれに加えて判断力と統率力も秀逸になってきたからすごいよね」

 痛快なプレイ、とでも言うんだろう。和良君が絶妙に浮かせたボールをいとも簡単に琵琶君がボレーシュートで放り込むし、先輩からのセンタリングとかのミスキックだと思われたものですら、二人は決めてしまう。

 見ていて爽快だった。

 見ているこっちまで興奮しちゃって―――、いつの間にか、こう思ってたんだ。

「あの二人に、パスを出したいって」

 一種の尊敬だったのかもしれない。あの時の興奮の中に僕もいたいって思った。

 全身を駆け抜けた衝動、それをまた味わいたくて、僕は入部して努力することに決めたんだ。

 でも入部してからは大変だった。元から体力があった僕だけど、やっぱり疲れるものは疲れる。

「練習の後も自主練して、きちんとステップに当てるとかリフティングとか、そんな基本から全部こなした。和良君とか琵琶君にも手伝ってもらったりしてね――――――――とりあえず、こんなんが僕の入った理由」

「………………」

 橘さんはぽかんとして僕を見ていた。

 過去を話すって、思いのほか感情が高ぶる。その感情が収まってくるにつれ、僕はだんだんと話したことに恥ずかしくなり、少し顔が赤くなる。

「あの、変だよねやっぱり、同年代の人を尊敬しているなんてさ。それに毎日毎日遅くまで練習してるのに、かっこ悪いよね。あまり巧くなってないしさ」

 ううん、と彼女は大きくかぶりを振った。それから僕に、微笑んで、

「そんなことないよ」

 一瞬、どきりとした。

「管くん巧いじゃん。二年生にも引けを取らないほどまで上達してるよ。それに多分、一年生の中だったらあの二人に次いで巧いと思うな、あたし」

「お世辞はいいよ」

「お世辞じゃないよ」 

 ここまで素直に褒められると、かなり照れる。自惚(うぬぼれ)れてはいけないと、自分に釘は刺しておく。

「先輩たち言ってたよ。もちろん管くんの居ない所でだけど、『レギュラー奪われるかもな』とか。顧問の先生も管くんのこと褒めてたし」

「そうなの?」

「うん。それに、遅くまで練習してる管くんはかっこいいよ」

 橘さんは僕を見つめた。僕はその瞳を見て、また、どきりとした。あまりにも綺麗な双眸だったから。初めて見た、こんなに美麗な瞳、そして微笑みを。

 この冷涼な倉庫の中で、唯一光が溜まっている。

「毎日の自主練なんて誰もができるものじゃない、本当に巧くなりたいっていう強いキモチがなきゃできないことだよ。あたしはずっと見てたから解かる。管くんはどんどん巧くなってるよ。だれからも頼りにされるぐらいになってる」

「ずっと……?」

 橘さんの顔が一気に朱色に染まった。顔を覆い隠して、目線を反らした。

 ―――ずっと見てた?

 僕は橘さんを見る。(おの)ずと、橘さんも僕を見た。

 視線が絡まる、心臓が高鳴る。

 この瞬間、彼女が何かとてもいとおしく感じた。抱きしめたいと感じた。

 初めての衝動、抑えるのに手いっぱいで、何も言えなくなる。

 どれほどの時間、無言で見つめ合っていただろうか。実際には数分もしていない、よく使われるけど、本当にそんな気分に陥る。

 この沈黙を先に破ったのは彼女だった。彼女は、何かを決意して、そして、切り出す。

「管くん」

その言葉が、倉庫全体に響いた気がした。目線はずっと僕の双眸にあった。全部見透かされているようで恥ずかしかったけど、視線は反らせなかった。

 彼女の唇が、ゆっくりと動いた。

「あたしね、管く―――」

「ひよ〜生きてる?」

「みっちー、変なことしてないだろうな」

「あんたじゃないんだからするわけ無いでしょ」

「何を言ってる、オレはお前にしかしないぞ」

「はいはい」

 がちゃがちゃ、ギィィィィ。

「お待たせ。別のマスターキーがあることは分かってたんだけど、それを持ってた用務員さんがなかなか見つからなくて――」

 静寂を打ち破って入ってきたのは松下さんと琵琶君。

 言い忘れてたがこの二人、いわずと知れずバカップル。この二人は幼なじみというわけではないが、小学校中学校そして高校と一緒に過ごしてきた、松下さん曰く腐れ縁。琵琶君は運命だとか言ってたけど。

 僕らは入ってきたその二人を見て、固まっていた。

 入ってきた二人も、僕たちを見て、固まっていた。

「あら……オジャマだったみたいね」

 初めに置いた椅子となるための袋の間隔が狭かったのか、僕らがあまりにも身を乗り出していたのか、僕と橘さんの距離は、すんごい近かった。

 それに気付いて慌てて身を離す。

「アタシたち、外に出ようか?」

「絢ちゃん、今さらそれは困る」

「でしょーね」

「……とりあえず、みっちー粉を運ぶぞ。おら、お前らも運べ」

 琵琶君は外にいる二人にも促して、粉を運び出す。三人は重そうに粉を運び出した。一人二つ持っているから往復する必要はなさそう。

 松下さんと橘さんも、副審の旗を持って早々にこの倉庫を立ち去ってしまった。

「なんだか孤独感」

 女子が立ち去るのはわかるけど、男どもまで立ち去るなんて。

 でも僕が琵琶君に言われた時に動かなかったのもいけないのか。

「ういしょ」

 僕は自分が座っていた袋を二つ持ち上げる。それからもう一回倉庫を見渡した。

 さっきとイメージが違っていた。煩雑とか無駄だとか思ってたけど―――。

 バタバタと足音が聞こえた。それが止まった時、扉から橘さんが顔を覗かせていた。

「どうしたの?」

「ちょっと、言いたいことがあって」深呼吸一つして、「来月、2と7の最小公倍数日に、さっき言おうとしたこと、もう一回言うね」

 じゃ、と言って、またバタバタと立ち去っていった。

 とても楽しそうに、僕に微笑みを向けていた。

 

 

 

 余談だけど、橘さんが最後に言った言葉の意味を、その日当日に知る事になって、僕はただびっくりすることしかできなかった。

 気を取り直して「うん」って言ったあとに、「この事だったんだ」って言ったら、「鈍感なんだから」って返された。

 

 

 

END

 

 

 HR

 

   TKAKさん、キリ番小説、こんなのです。

   この世界観と連載予定(注:現連載中)のトゥーブレイブの世界観は同じです。

   えー、解かると思いますが、橘さんは初めから管くんの事が好きです。

   んで、管くんは橘さんを好きではなかったけど、好きになる直前みたいなそんな感じです。

   この小説、女性視点にしたら、女性が書きそうな小説になりますよね。

   男が鈍感でなんだかのんびりしてますし、女が男を好きであって、という構図ですし。

   その前に……あのステーキ、一体どんな味がするんだろう? 誰か試してくれませんか?(ぉぃ)

   あ、毛布倉庫の中に放置しっぱなし…………。

   ――――ま、気にしないで下さい。苦情等はしみじみと受け付けます。

 

 

 

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