ドウセイキライ




 私は、私の名前が大嫌いだった。
 なぜ嫌いだったのかと言うと、自分の苗字が『鈴木』だったからだ。
 保育園の事から鈴木と言う苗字の人がいっぱいいた。
 その頃はよく解っていなかったけど、個性の無い苗字だと言うことは何となく解った。
 小学生の頃も周りに鈴木姓が多く、私のクラスには必ず2,3人の鈴木さんがいた。
 鈴木さんと呼ばれるたびに数人が反応するから、その姿が醜くて大嫌いだった。
 中学生の頃になると更に人数が増して、一番酷い時には私以外に5人の鈴木さんがいた。
 友達からは名前で呼ばれていたから苦労しなかったけれど、男子から呼ばれる時はほとんど鈴木さんだったため、煩わしくて大嫌いだった。
 スズキと言う魚も大嫌いだった。魚風情が苗字を名乗るなんて侮辱以外のなんでもなかった。スズキを食べようとすると「共食いだ」と馬鹿にされたこともあり、スズキへの嫌悪は深まるばかりだった。
 『鈴木』と言う言葉は地上に生れ落ちた悪魔の言葉ではないかと思うようになった。これ以上に耳障りな単語が地球上に存在するのだろうか。史上最悪の誹謗中傷であると、辞書に書いてあるに違いなかった。
 『鈴木』と聞くだけで怒りのボルテージは上がり、『鈴木』と呼ばれるだけで不機嫌になっていき、看板に『鈴木』と書いてあったら蹴飛ばしたくなり、家の表札ですらマジックペンでぐちゃぐちゃにしたくなる。
 一種の中毒だと言うことは解っていたけど、それでも鈴木嫌いは止められず、自分以外の鈴木も大嫌いだった。
 他の鈴木さんも私の雰囲気が伝わったのか、私と関わる機会は少なかった。
 名前を変える方法を調べたのだが、ただでさえ名前を変えることは難しい上、特に苗字を変えるのは難しいらしく、ならば鈴木姓以外の人と結婚すれば良いのだと考え、一つの希望が見えた気がした。私は女なのだから、変更される可能性は至極高いというものだ。
 高校生になってからは周りの鈴木姓は減少し、鈴木嫌いが無くなって来たと思ったら、『鈴木』は『佐藤』より人数の少ない二位の苗字だと知り、その中途半端さに憤りを覚え、さらに鈴木が嫌いになった。
 その風変わりな私の行動から、『鈴木嫌いの鈴木』と言う異名を与えられ、もっともっと鈴木が嫌いになった。
 高校二年生になって、また同じクラスに鈴木がいた。そいつは男で、風体は嫌いではなかったけれど、鈴木とつくだけで総合点はマイナスになるので、いきなり私はそいつが大嫌いだった。
 鈴木というヤツの嫌なところは、必ず私の前か後ろの席になる事で、席替えするまで地獄を見なければいけない。彼は私の前の席に座っていた。
 あまつさえ、彼は私にこう話しかけて来た。
「俺、いままで俺以外の鈴木さんと同じクラスになったことなかったんだよ。あれだけ多い苗字なのにな。ま、平凡な苗字同士、仲良くしようぜ」
 人生で最も酷い侮辱だった。

 その日から毎日が憂鬱な日々に変わった。
 彼は朝からおはようと話し掛けてくる。体面上私も応えなくてはならず、いきなり億劫だった。
 私以外の鈴木が近くにいる事すら受け付けなかった。けれど彼とは席が近かったから、嫌々ながらも会話をする機会が多かった。
 授業中はもっと最悪だ。なんたってずっと彼の後頭部を見る羽目になるのからだ。
 彼の髪の毛がサラサラなのが気に食わない。私の髪も友達からサラサラだと言われるが、絶対彼のほうがサラサラだ。キューティクル抜群だ。しかもなかなかの美男子で、欠点と言えば、鉄棒にぶつかって折れたと言う一本の前歯。それも愛嬌があると言ってしまえばそれまでだ。
 それだけではなく、彼は頭もよい。
 私は鈴木と言う劣等な姓に負けないように、散々努力してきたつもりだが、彼の頭のよさは私を越えていた。私が勝っているのは英語だけ。古典と数学は同じレベルで、他の教科ではすべて負けていた。
 だけど彼は謙虚だった。解らない問題があって仕方なく彼に質問した時も、とても解りやすく教えてくれるし、彼も私に質問してきて私が教えてあげると、彼は素直にありがとうと言うのだ。
 さらに彼は運動神経も良い。
 私は女バスで彼は男バスに入っているのだが、練習場所は隣り合っているので、嫌でも彼が目に入る。
 背が高いくせに動きは俊敏で、トリッキーな技でシュートを決めてくるかと思えば、ディフェンスをかいくぐり強引にシュートを決めてしまったり、その知性と力強さには思わず感嘆してしまう。
 男女差があるから仕方が無いのは解っているけど、私は女子の中では巧い方なので、余計に彼の動き悔しいのだ。
 しかし、華麗なプレイを決めた後、私の方を見るのは止めて欲しい。これ以上とない嫌がらせだ。見せびらかされているみたいで心地が悪い。
 こんなにできた奴なのに、嫌味を言うことが無いし、まだまだだよと更なる精進を積んでいるのだ。
 こんなヤツの苗字は出来杉にすればよい。鈴木という苗字のくせに、優等生なんて間違っている。鈴木は劣っていてこそ鈴木なのだ。

 始業式から一ヶ月、ようやく席替えの時期になった。
 やっと念願の席替えだと喜んだのに、終わってみたら今度は彼と隣の席になってしまった。酷い話だ。やはり鈴木姓は呪われているのだろうか?
 あまつさえ、彼は私にこう話しかけて来た。
「何かあったの? なんだかとっても嬉しそうだけど」



 HP
    全国の鈴木さんゴメンナサイ(土下座)


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